奇妙な同居人⑶
その後は、しばらく歩いたところにある『Blue & Lion』というカフェへ入った。
店内はブルーとゴールドで統一されていて、アンティークな雰囲気を醸し出している。
シャンデリアや大きな鏡、青い薔薇のドライフラワーが飾られていたりと、まるでおとぎ話の世界にいるようだ。
もちろん店員には僕しか見えていないため、出された氷水はひとつ。
それでも、落ち着きのある店内をとても気に入った様子で、小夜はオススメのケーキとカフェラテを選んだ。
〝三月の白雪姫〟や〝星空の口付け〟など、この店のデザートには変わった商品名が付けられていて、メニューを見るだけでも不思議な気分になる。
僕が感じるのだから、女の人は尚さら好ましいだろう。
「理人って、女の子が喜びそうな場所よく知ってるんだね。ケーキのネーミングも好み過ぎて感動しちゃった」
「それは、よかった。高校の近くだし、一応調べたんですよ」
「大満足! ありがとね」
ブルーとピンク、ホワイトの生クリームが疎らに装飾された小ぶりの丸ケーキが運ばれてきた。
紫の小さな花とベリーが飾られ、金箔が散りばめられている。
『絶望と希望に咲く花』という名も、とても繊細に映った。
「ねっ、写真撮ってよ」
ケーキの皿を軽く持ち上げて、小夜が少し前のめりになる。
「……なんのために?」
「素敵なケーキだから残しておきたいの」
「僕のスマホに残して、意味あります?」
「今の私には財布もスマホもないんだから、仕方ないでしょ。それにもしかしたら、これがきっかけで成仏するかも」
上手く乗せられた気がしないでもないが、言われるがままにカメラをかざした。
画面の向こう側には笑みを浮かべる小夜がいるのに、僕の映す世界に彼女はいない。
写真を見たいと、僕の手からスマホを奪った彼女は、やっぱりねと言うように眉を下げた。
写真には姿が写るのか、確かめたかったのだろう。
落ちていく視線をケーキへ向けて、真ん中にふわっとフォークを入れる。生クリームと層になったスポンジが現れると、小夜は何か物思いにふけるように黙ってしまった。
そして、憂いを吐くような小さな溜息をひとつ。
「この世界って、実はいくつもの次元によって成り立ってるのかもね。あれと同じ、イラスト描く時のレイヤー?」
「なんですか、そのレイヤーって」
「分かりやすく言うなら……このジップロックにイラストが付いてるでしょ? パッと見は表側だけに絵が描かれているように見えるけど、実際は……」
透明のジップロックを左右にずらして見せて。
「ほら、こうしてみると裏の内側にも絵があって、それが重なってひとつの絵に見えてたの」
僕らがひとつだと思っているこの世界は何層にもなっていて、普段は交わることのない並行世界にある。
稀に何かの波長で重なって見える人間がいるらしい。それが、僕と言うわけだ。
心残りを解消出来なかったのか、見当違いだったのか、小夜は成仏することなく家へ戻った。その様子が異常で、テンションが高く常にフルパワー。あえて元気に振る舞っているようだ。
「あの」
「そういえば、理人って黒い服ばかり着てるよね。黒が好きなの?」
どうしてか、僕から話しかける隙を与えない。わざと被せて話しているように思える。
「嫌いじゃないけど、特別好きでもないです。理由があるとすれば、習慣、ですかね」
死神と呼ばれるようになってから、意識的にか黒い私服が多くなった。
黒を身に纏うことで、何者でもない何かになれたような気がして。
不幸を呼ぶのは、僕ではなく外側に存在する〝何か〟なのだと思うことで、少し楽になれた。それは心の安定剤と同時に、月城への償いの色でもある。
星空が好きな彼女を、忘れてしまわないように。
気が付くと、クローゼットの中は黒一色になっていた。
ベッドでうつ伏せになっている小夜が、雑誌をめくる手を止めて視線を上げる。
「明日、これ見ようよ」
開いているのは、流星群の特集が載ったページ。
「行かない」
少し強めの口調で雑誌を取り上げた。向けられた濁りないガラス玉が、月城と重なる。でも、彼女は月城じゃない。
「流星群を見たら、成仏するかもしれないのに?」
「だとしても、誰かと一緒に見たくないんです」
投げ捨てた雑誌が、ごろんとゴミ箱ごと床に倒れた。
少し間を置いて、小夜は部屋を出た。彼女がどんな表情をしていたかは知らない。
ただ、背中越しに伝わった視線は、寂しげな空気をしていた。
星は嫌いじゃない。むしろ、好きだ。
星空を見ていると、あの頃に戻ったような気になれる。
高校へ入って、バスケを辞めることに抵抗はなかった。率先して天文部へ入部したくらいだ。
月城の見た景色を、もっと見てみたいと思ったから。
チクタク、チクタク。
さっきから、時計の秒針が耳に話しかけてくる。静かにしてくれないか。これで三度目だ。
小夜のことは少し気になるけど、視線を宿題のノートへ戻す。
集中出来ないのは、たぶん彼女にキツく当たったことを後悔しているからだ。
なかなか戻って来ないから心配になって、僕は部屋を出た。
誰もいないリビングへ入ると、ソファーに小夜が座っていた。風呂場からシャワーの音が聞こえる。誰か入っているんだろう。
脚に顔を埋めている小夜の隣に、そっと腰を下ろす。
「ごめん」
「どうして君が謝るのよ」
目元だけを見せるように、口元は隠したまま。それでも、なんとなく笑っているのが分かった。
「私の方こそごめんなさい。冷静になって考えると、大人気ないことばかりしてたなって」
こもっていた声が、はっきりと綺麗な音になる。
「やっと話せる人に会えて、頼れるのはこの人しかいないって必死だったの。だけど、理人のこと考えないで、自分のことばっかりで。ごめんね」
他に言いたいことはあったはずだけど、僕は黙って頷いた。
霊体である小夜に、なぜ心配や後悔という感情を抱いたのか分からない。
誰かに助けを求めて、ああして彷徨っていたかもしれない月城を考えると、放っては置けなかった。




