奇妙な同居人⑵
土曜日の朝。黒のパーカーと黒のズボンに身を包み、バスに揺られる。
聖川駅から電車に乗り換えてからも、窓側に座る小夜は外の景色を眺めてばかり。
「聴きますか?」
付けていたイヤホンをひとつ取って、小夜へ向けた。垂れ下がったコードがぷらんと揺れて、小夜は黙って左耳を音で塞ぐ。
窓の方を向いたまま、たわむコードだけが距離を詰める。
「こうゆう曲が好きなの?」
「バラードって、特に落ち着くんですよね」
暗い気分の時は、より感傷に浸れる。堕ちるところまで堕ちていけるのが心地よい。
「胸が締め付けられる不思議な曲」
「星の彼方の主題歌ですよ。ほら、去年映画公開してすぐ話題になった」
「えー、知らないなぁ。でも、たしかにいい歌だね」
再び口を閉ざして、小夜は外を見つめる。何かを思い出すように。
ノスタルジックな風景から華やいだ街並みへと変わり始めて、ずっと黙っていた唇がゆっくりと開いた。
「ねえ、どこへ連れてってくれるの?」
「たぶん、女の人が好きなところです」
「それは期待しちゃうなぁ〜」
背を向けたまま、フフッと笑う表情は見えない。大きな窓には僕が映っていて、あらためて彼女はこの世界の人でないのだと実感させられた。
楠駅周辺は、銀杏並木の通りから周りに広がる路地通りまでの間に、ブランド店やセレクトショップ、カフェなどが立ち並んでいる洒落た街だ。
高校へ通うしか用のない僕には、到底縁もゆかりもない場所。
ここへ訪れた目的は、小夜が生前に出来なかった事を叶えるためだ。心残りがなくなれば、成仏するのではないかと彼女が言うから仕方なく。
いくつか並ぶ店の中で、品の良い洋服が飾られたセレクトショップへ足を踏み入れた。
花柄のワンピースを手にして、小夜が体に合わせる。
「ちょっとお嬢様みたいじゃない?」
華やかなイエローだからか、太陽に照らされた向日葵のように映る。透明感のある肌に映えて、キレイだ。
「ちゃんと値札見てますか?」
一瞬でも見惚れた自分が恥ずかしくなって、冷静を装った。
「一万六千円だって。こんな高い服買ったことないなぁ」
「僕が払うんだから、高校生なの頭に入れておいて下さいよ」
「着てみたかっただけよ」
ベッと舌を出す仕草は、無邪気な少女みたいだ。
時折、小夜はあどけない表情を見せる。大人の振る舞いを忘れた子どもみたいで、あまり年の差を感じない。
小夜はグレーのニットワンピースと、そばにあったレースの手袋を手に取って。
「ほとんどパンツだったから、ワンピースって憧れてたんだよね」
試着室の姿見の前に立ち、体の角度を変える小夜の表情は、どこか寂しそうに見える。
どんなに食いるように見ても、鏡の向こうに自分の姿はないからだろう。
結局、小夜は何も買うことなく、トイレへ行きたいからと先に店を出た。
後から外へ行くと、小夜が俯いていた顔を上げて、「次、どこ行く?」と笑う。
その頬には、雫の通った跡が残っていた。




