第8話 男爵領の騎士団長
「お嬢様! お帰りなさい。遅かったですね」
騎士長のアイリーンがカイルたちを出迎えてくれた。
アイリーンは、ぱっちり二重の青い目、すっと通った鼻、ピンクのふくよかな唇。若い女性特有の爽やかな顔つき。騎士として鍛えられた引き締まったプロポーション。
オーデリィ男爵領の武力の要。
「お父様達はいるかしら?」
「ジャック様ですか? 奥様と一週間ほど前に領内を見回ってくると言って出かけました」
「そう、お父様達は当分、帰ってこないわ。その間、あたしが代行するわ」
「はい、分かりました」
アイリーンは素直にノアールの言葉に従った。
「それと、王国とは縁を切って独立するわよ」
「はい、分かりました……え!?」
さすがのアイリーンも驚きの声を上げた。
「どういうことですか? 独立してどうするつもりですか? 三大貴族でもないうちが独立なんてしようものなら、すぐに潰されてしまいますよ」
「大丈夫よ。こっちにはアイリーンとカイルがいるんだもの」
「カイル? この従者に何が出来るんですか? お嬢様の身の回りの世話以外に何が出来るというのですか?」
アイリーンは気弱そうな従者を睨みながら、ノアールに問いかける。
「あら、アイリーン。そんなに言うのなら、カイルと戦ってみる?」
「……かまいませんが、手加減はしませんよ。良いのですか、カイル?」
アイリーンはカイルに辞退しろと言わんばかりに確認をする。
「え、いや……」
「かまいませんよね、カイル。手加減してあげなさいよ」
ノアールはカイルの退路を断つ。こうなってはノアールの言うとおりするしかなかった。
「……分かりました」
「分かっただと……手加減など不要だ。本気でかかってこい!」
「いえ、そう意味ではなくて……対戦するのを……」
「どっちでも一緒だ! 場所は庭でよろしいですね」
アイリーンは怒りながら、広い庭に出ていた。
「カイル、貴様がお嬢様のお気に入りだという事は重々承知している。しかし、私は武の世界に生きる者として、貴様のような軟弱者を私と同列に扱うことは我慢ならない。悪く思うな」
アイリーンは剣を構える。金属製の鎧に身を包み、両手持ちの細身の剣。王国騎士の正式装備である。
「じゃあ、怪我がないようにね。はじめ!」
ノアールは、お気楽にカイルにアイリーンとの戦いを始めさせてしまった。
カイルがすぐにコンバットスーツを装着すると、アイリーンは驚いたように距離を取る。
「な、何ですか、それは!?」
「これは僕の神具です」
「神具! それはお前が勇者に選ばれたということか? お嬢様! なぜ、カイルが誉れある勇者に選ばれたというのに王国に弓を引くような真似をなさるのですか?」
アイリーンはごくごく当たり前な疑問を主人であるノアールに投げかける。
「そんなの簡単な理由よ。あのくそ国王が豚令嬢の口車に乗ってカイルを殺そうとしたからよ」
「……何言ってるんですか? お嬢様……まあいいです。とりあえず、カイルとの戦いが終わったら、あらためて詳しい話は聞かせてもらいます……行くぞ、カイル」
そう言って、カイルに襲い掛かるアイリーン。
小さい頃から正式な鍛錬を積み、その実力によって騎士団長になったアイリーンの剣激は鋭く、隙がなかった。
「ナビちゃん、シールド!」
光輝く盾を左手に、光の剣レーザーブレードを右手にアイリーンの剣を受けるカイル。
「どうした! 受けているだけでは勝つことはできないぞ!」
その言葉通り、アイリーンの攻撃は激しさを増すばかりだった。
『戦闘サポートモードを使用しますか?』
防戦の状態をカイルを見かねたナビちゃんが、サポートを申し出た。
「大丈夫、戦闘データーだけ取っておいて」
ナビちゃんには色々な戦闘データーを記録、分析し戦闘をサポートする機能が付いている。
ここまでまともな戦闘はサラマンディーネとの戦いしかなかったカイルには、アイリーンとの戦いは良い戦闘データーだった。
アイリーンの剣がカイルの右手に襲い掛かり、レーザーブレードを弾き飛ばした。そして、その勢いのままカイルの頭部を狙う。カイルは慌てて手の平で剣を受け止めた。
「な! それが神具の防御力か」
通常であれば防具を切り落としていただろうが、コンバットスーツを着たカイルは軽々と受け止めたのだった。
「ならば、本当に手加減は不要だな。本気で行かせてもらう」
一度、カイルから距離を取ったアイリーンは、呪文を唱え始めた。
アイリーンの奥の手、魔法による肉体強化。鍛え上げた剣術に上乗せされる基礎能力。
女性であるアイリーンが騎士団長たるゆえん。
剣を上段に構えるアイリーン。
「降参をするなら今のうちだぞ」
それに対し、カイルはコンバットスーツを解除する。
「そうか、賢明だな」
「いいえ、今のあなたならコンバットスーツ無しでも問題ありません」
「……良い度胸だ。死んでも文句を言うな!」
アイリーンは殺気と共に、必殺の一撃をカイルの頭上に振り下ろしたのだった。