第7話 魔王軍の部長の提案
「ちょっと、まって。その前にあなたは誰なんですか?」
カイルはノアールが交渉をするのを止めて、リザードマンに聞いた。
「何だ、ネーラ。説明していないのか?」
「説明も何も、部長が突然、襲いかかってきたから説明する暇なんてないニャ」
「ああ、そうだったな。失礼いたしました。私は魔王軍諜報部部長サラマンディーネと申します。そこのネーラの上司です」
サラマンディーネはピシッと直立すると四十五度のお辞儀をした。
カイルはそのお辞儀の美しさに思わず、名前を復唱した。
「サラマン……ディーネさん?」
「呼びづらければディーネとお呼びください」
「うちの有能上司だニャ」
なぜかネーラが胸を張って紹介する。
「ディーネさん、ネーラさん、とりあえず、あっちで話をしませんか? せっかくイノシシを仕留めたのですから、みんなで食べませんか?」
カイルがそう提案すると、誰かのお腹が返事した。
グー。
「カイル、あたしじゃないわよ」
「私でもないですよ」
そうすると、残りの一人が恥ずかしそうに手を上げた。
「あたいニャ。森で迷ってお腹すいたニャ」
カイルはサラマンディーネと協力して巨大なイノシシを捌いて、メイの待つキャンプへ戻った。
「お嬢様、カイル。その方々は魔族じゃないですか。どうしたのですか?」
「メイ、くわしい話はあとでするから、この肉を調理してちょうだい。五人分ね」
「わ、分かりました。お嬢様」
「出来れば六人分でお願いするニャ」
「あー分かったわよ、泥棒猫。メイ、六人分ね」
メイがイノシシ肉を切り分けて、串焼きを作り始めた。
「それで、この不始末はどう責任を取ってくれるの!? うちの可愛いカイルがそこの泥棒猫を助けただけなのに、いきなり襲いかかったたりして。魔王軍には礼儀というものがないのかしら?」
ノアールはその美しい漆黒の瞳でサラマンディーネを睨む。
それに対して黒猫獣人のネーラが反論する。
「でも、あんただって、いきなりあたいに襲いかかったニャ」
「当たり前じゃない! あたしのカイルに寄りかかるような女は全て死んでしまえば良いのよ!」
「ニャッ!」
ネーラは長細い尻尾をピンと立てて警戒する。
「ノアール、あれはただ、ネーラさんがふらついただよ。突然、襲いかかったのはノアールの早とちりです。ネーラさんに謝ってください」
「……カイルが言うのなら……突然、襲ったことは謝るわ。悪かったわ」
「わかったニャ。これからはなるべくカイルには近づかないようにするニャ」
ノアールは素直に謝った。
貴族育ちではあるノアールが素直なところを、カイルは可愛いと思った。
「ところで皆さんはなんでこんな森にいるのですか? さっきの巨大猪を倒した腕前なら危険は無いかも知れませんが、このあたりに人里はありませんよね」
ノアールとネーラが一応ながらも和解するとサラマンディーネが疑問をぶつけてきた。
それはそうだ。街道沿いでもない森の中に猟師でもない者達がいるのはどう考えてもおかしいと思うだろう。
カイルがどう答えようかと考えあぐねていると、ノアールが口を開いた。
「あたしたち、王国から逃げだしたのよ。王様が無理難題を言ってきたからね。たかだか土の勇者をぶん殴って、再起不能にしたくらいであたしのカイルをヘルダイト奪還に行かせようとしたのよ。それもたった一人で。アホでしょうあのクソ王様は」
ノアールは鼻息荒く、状況を説明した。
「あなた、強いと思っていたけど、勇者を倒したの!?」
サラマンディーネがノアールに向かって驚きの声を上げる。
「あたしじゃないわよ。カイルが倒したのよ。だって、カイルは闇の勇者なんだから」
「闇の勇者!」
サラマンディーネが僕を見つめて、しばらく考え込んだあと、カイルたちに提案してきた。
「あなたたち、行くところが無いって言っていたわよね。魔王軍に来ない?」
「あたし達を連行するつもり!? 命の恩人を!」
「ノアール、そういう意味じゃないと思うよ。仲間にならないかって言っているんだよ」
カイルの言葉にサラマンディーネが頷く。
王国側でなくなった勇者としてのカイルの力が欲しい気持ちは分かる。そして、断ったときのサラマンディーネの対応も。魔王軍に取って、どう動くか分からない、巨大な戦力ほど厄介な存在はない。敵にならないとしても、味方にならないなら排除しておくに限る。
カイルは自分が相手の立場ならそう考えるだろうと考えた。
つまりは先ほどの戦闘が再開される。
カイルはコンバットスーツを一瞬で装着する。
「ナビちゃん、先ほどの戦闘の解析は終わっている?」
『解析終了。サラマンディーネの透明化は光学的透明化のみ、温度感知により戦闘可能です』
カイルがナビちゃんの回答を聞いている間に、ノアールがサラマンディーネに尋ねる。
「詳しい条件を聞きましょう。田舎男爵とは言え元貴族であるあたしに中途半端な条件じゃないですよね」
「ちょっと、あなた元貴族なの? 戦士じゃなくて?」
「何言っているの? どこからどう見ても、か弱き元男爵令嬢でしょうに」
確かに黙って座っていれば、ノアールはか弱い貴族令嬢に見える。だからこそ、伯爵令嬢のカタリナなどがノアールをいじめていたのだった。本来ならば、カタリナなどは一撃で屠れるだけの実力を持っているのだが、さすがに貴族として押さえていたのだった。
「なぜ、男爵領に戻らないのですか?」
「だから、国王がカイルに無理難題の命令を発したから……」
「それは分かっているのですが、だからこそ、なぜ自分の領地に戻らなかったのですか? 今の王国にただの男爵領に手を出す余裕がないでしょうに」
サラマンディーネの言葉で、カイルたちはオーデリィ男爵領へ戻って行ったのだった。