第5話 闇の勇者と魔王軍の主任
その巨大イノシシはカイルに気が付いていないようだった。その瞳の先には一人の女性を見ていた。
黒いショートの髪に二つの猫耳。しなやかなバランスの取れた肢体。猫の獣人だった。
獣人と巨大イノシシが対峙していた。
獣人と言うことは魔王軍の手の者の可能性もある。
カイルは木の陰に隠れて、様子をうかがっていると、巨大なイノシシは叫び声を上げている。
「ブォフォフォフォ~~~!!!」
明らかに獣人を威嚇している。頭を下げて前足で地面を掻く。
イノシシは獣人の仲間ではないようだった。
カイルは黒猫の獣人の様子を見た。
「きゃ、きゃ~~~~~!」
獣人は悲鳴を上げて、へたり込んだ。
その動きを見た巨大なイノシシが突進を始めた。
まずい、そう思ったカイルはコンバットスーツをを身につける。光線銃を抜くと暗くなってきた森に一瞬、光の線が走る。イノシシの大きな頭をレーザーが打ち抜いた。
巨大イノシシは突進のスピードのまま倒れ込むと、黒猫の獣人の側を通り過ぎた。
「え! な、なんニャ!」
黒猫獣人は、腰を抜かしたまま叫んだ。
「大丈夫でしたか?」
カイルはそう言って、腰を抜かしている黒猫獣人の手を取った。
「助けていただいて、ありがとうニャ。あたいはネーラニャ。あなたは?」
「僕はカイルと申します」
「カイルさん、強いのニャ。あっ」
黒猫獣人のネーラは足に力が入らなかったのか、カイルに寄りかかった。
「あ! あたしのカイルに何してるの!!!!! この泥棒猫!」
カイルは声の方を見ると、タイミングが悪く、様子を見に来たノアールの姿がそこにあった。
怒りに満ちたノアールの姿を見たネーラは、慌ててカイルから離れたが遅かった。ノアールが一気に距離を詰めた。
ドォン!!
地面が揺れるほどの震脚からのボディーブロー。(レバー斜め上+大パンチ)
「ニャ!!!」
ノアールのボディーブローにネーラの身体が浮き上がる。
そこにノアールの追撃。
ワンツー。(小パンチ、大パンチ)
身体が浮いたまま、ネーラはノアールから距離が離れる。
飛び二連蹴り。(レバー下半周+小大キック同時押し)
ノアールの蹴りを食らってネーラは吹き飛び、木に当たると跳ね返りノアールの元へと戻ってきた。
戻ってきた勢いのままネーラを一本背負い。
それも空中で一緒に一回転してからの一本背負い。(レバー一回転+大パンチ)
ノアールの体重が乗っかったまま、ネーラは地面に叩きつけられた。
ノアールの浮かしからの投げコンボ。
「キュ~~」
せっかく巨大な狼から助かった黒猫獣人は、小さな女拳闘士に気絶させられてしまったのだった。
「お嬢様!」
「二人の時はノアールって、呼んで!」
「ノアール! その人、倒したら駄目な人!」
「駄目……だったの?」
先ほど見事なコンボを決めたとは思えないしおらしい顔で、ノアールは尋ねる。
ここで流されたら駄目だ。そう気を引き締めたカイルはきっぱりと言った。
「駄目です」
「……ごめん」
その後、カイルとノアールは必死で介抱すると、ネーラはすぐに目を覚ました。
「きゃ~~~!!!!!!!」
黒猫獣人はノアールを見ると、先ほどのイノシシの時よりも大きな悲鳴を上げた。
「大丈夫です。落ち着いてください」
「そうよ、あたしのカイルに手を出さなければ、大丈夫よ」
「ニャ!?」
「ちょっと、ノアール。黙っていてください。僕の名前はカイルと申します。あなたはなぜ、こんな所にいたのですか?」
とりあえず、ノアールを黒猫獣人から少し離して、落ち着かせる。
「あ、ああ、はい。あたいはネーラ、魔王軍諜報部情報収集課人間界係主任ネーラだニャ」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「え? 何のネーラさんですか?」
「魔王軍諜報部情報収集課人間界係主任ニャ」
この黒猫獣人のネーラが魔王軍と言うことは、ある程度予想をしていたので、驚きはなかった。しかし、諜報部? 情報収集課? 斥候隊の事だろうか? 人間界係と言うことは、対王国用の部隊だろう。主任? 主任ってどういう意味だろうか? 専属と言うことか? カイルはとりあえず、分からない単語は置いておいて、なんとなくネーラの役割を理解したのだった。
「それで、ネーラさんは、なんでこんな人里外れた森の中にいるのですか?」
「……」
ネーラはすごく言いにくそうに下を見ながら、もじもじとしていた。
「何よ、はっきり言いなさい! もしも、出会いを求めて居るんだったら、ダンジョンに行きなさい! そんな理由でカイルに近づいたなら、もう一度投げるわよ」
ノアールが僕の背中から答えを促す。
「いえ、いえ、そんなわけないニャ。仕事ニャ。仕事……途中まではニャ」
ノアールにびびっているネーラは、慌てて言葉を発した。
「途中までと言うのは?」
「……王都はどっちだニャ?」
ネーラは涙目でカイルに訴えてきた。
「王都に行く途中で道に迷ったのですか?」
「……だって、仕方が無いじゃないニャ! 王都行ったことが無いし、街道は目立つから使っちゃ駄目って部長から言われるし、森で目が覚めると自分がどっちに向かっていたのか、分からなくなるニャ。普通、そうだニャ! ア~ン」
早口でそう言うとネーラは泣き出してしまった。どのくらい、森で迷っていたのかは分からないが、意外と長く迷っているのかも知れない。そう思うとカイルはネーラに同情し始めた。
「それで、どのくらい迷っていたのですか?」
ネーラは泣きながら指を二本立てる。
「二日?」
ネーラはクビを横に振る。
「……二週間?」
ネーラはコクリと首を縦に振った。
二週間もこの森の中を一人でさまよっていたのか。さぞかし心細かったのだろう。
カイルが泣きじゃくるネーラにハンカチを差し出そうとして、吹き飛ばされた。