第29話 土の勇者の最後
目つきの鋭い老人アルパカ子爵はノアールの目をまっすぐ見つめた。
「それで、お前達は何がしたいんじゃ?」
「みんなが安全で幸せな暮しができる国を作りたいんです。貴族だけでなく領民を含めて全ての人が。当然、その中には私もあなたも含まれます」
「それは国王に反逆して独立をすると言うことか? それによって多くの血が流れるのだぞ」
「それについては、なるべく戦いにならないようにします。すでに魔王軍とは同盟を結ぶ約束になっています。魔王軍の後ろ盾と、この二万の騎士団がいれば、国王軍もむやみには攻めてこないでしょう。フェラガモ伯爵令嬢アクア様には貸しがあります。そのため、フェラガモ家からは積極的に攻め込まれることも無いと思います」
アルパカは魔王軍と言う言葉に反応した。
当然の反応だった。王国に攻め込む異形の者達は敵というのが一般的な反応である。
ただでさえ、領地を略奪した上に、魔族と手を組む。そんな人間から協力を求められる。
アルパカの心の内を想像しながらも、顔に出さずに冷静にアルパカの出方を待つノアール。
「先ほど、お前さんが言った安全で幸せな暮らしのには魔族も含まれるのか?」
「……もちろんです。現に私の仲間にも魔族がいます。線引きが必要かも知れませんが、むやみにいがみ合う必要はないと考えています」
アルパカは少し考えると、意を決したように口を開いた。
「分かった。この老体でどこまで出来るか分からんが、お前さんの理想の礎にならせてもらおう」
「アルパカ候!」
「王国から独立するのじゃろう。ならば、王国時代に貰った爵位など意味をなさんだろう。ただのアルパカでよい。それとひとつ頼みがある」
「何でしょうか?」
アルパカの色よい言葉にノアールの言葉も弾む。
「年寄りにこの料理は多すぎる。せっかくなんでこれらを持ち帰らせて貰えないか? ウチには腹を空かせた子供達がいるんでな」
「え!? アルパカ様は独り身のはずでは?」
「そうじゃが、引退してから戦争孤児を引き取ってるんじゃよ。人族、魔族関係なく。だから、お前さんの魔族とも手を組むと言ったとき、渡りに船だと思ったんじゃ」
こうして、ノアール領はアルパカの指揮の下、新たな態勢作りへと進み始めた。
~*~*~
「これが、あの土の勇者なの?」
「ええ、そのようですね。かわいそうに」
ノアールとカイルはクーリエ家の地下牢で土の勇者マイクを見つけた。
マイクは汚いベッドに縛り付けられていた。あの見事に鍛え上げられた筋肉は見る影もなく、痩せ細り、肌の色もくすみ、まるで老人のようだった。カイルが砕いた手足には申し訳程度の包帯が巻かれていた。
地下牢の担当の話によると、日に一度、死なない程度の食料が与えられ、排泄物などもベッドで横になったまま垂れ流しだという。
マイクは力の無い目で天井を見ていた。
そしてカイルを見て一言、乾ききった声でつぶやいた。
「頼む、殺してくれ」
それがレベル40で将来を有望視されながら、その行いの悪さ故、一度も戦場に出ることがなかった土の勇者マイク・チャンの最期の言葉だった。