第28話 戦いの終わりと新たな戦いの始まり
ガッキン!!!
金属音が響く。
「痛っつ!!! 何だ!?」
鎧が剥がれ、無手の状態になったランスロットが叫んだ。
ランスロットは素手でカイルのコンバットスーツを叩いていたのだった。
その指からは骨が飛び出て、右手は力なく、ぶらりと垂れ下がっていた。
「先ほど、あなたの剣を受け止めたときに、防具は手を払ったときにマーキングさせていただきました」
カイルは水龍を吸収しながら、腕を押さえて苦しむランスロットに説明する。その右手にはランスロットの剣が握られていた。
そのランスロットにアクアが近寄って手当をしはじめた。
「まだ戦うつもりですか? 腕は折れて、武器も防具もない状態で」
水龍を完全に吸収し終わったカイルは、ランスロットの大剣をランスロット自身に突きつけた。
「勝負ありですわ、お姉様。あたしとしても憧れのお姉様を手にかけるのは気がとがめます。今後、あたしたちに関わらないと言うことであれば、この場を見逃しても良いと思っていますが、いかがされますか?」
ノアールはアクアに終戦を告げた。
それは憧れのアクアとこれ以上戦いたくはないという、ノアールの意志表示でもあった。
「アクア様、私はまだ戦えます。防具が無くても神具が無くても、この身体が朽ちるまで戦って見せます」
「ランスロット……いえ、私たちの負けよ。そもそも、私たちは土の勇者マイクの見舞いに来ただけで、ノアール達の討伐の命令は受けていないのだから。本来、勇者であるあなたの敵は魔族なのよ。ノアールが見逃してくれるというならば、その言葉に甘えさせていただくわ」
「……分かりました」
アクアはランスロットの手当をしながら、終戦の説得をすると、ランスロットは素直に応じた。
「ノアール。私たちからはできる限り、あなたの敵になる事をしないことを約束するわ。ただし、国王からの厳命や戦場で会った時は諦めてちょうだい。それでいいかしら?」
「分かりました。お姉様のご武運をお祈りしますわ」
「ありがとう。月の影のように慎ましやかだと思ったあなたの芯が、こんなに強かったとは……私の人を見る目もまだまだだったようね。さようなら」
こうして、フェラガモ伯爵令嬢アクアと水の勇者ランスロットはクーリエ領を去ったのだった。
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こうしてクーリエ領においてノアール達の障害になる物はなくなったのだった。
ノアールはクーリエ領の戦力の掌握と再編成をアイリーンに一任した。
「アイリーン、基本的にはあなたに任せるけど。オーデリィ男爵家がクーリエ伯爵家を占領したのではなく、あくまで両家の発展の為に併合したと言うことを前提にした人事をしてね。トップはあなただけど、旧ノラリス兵への配慮も忘れないでね」
ノアールにとって内乱が一番困る。内乱を収めても国力は落ちる上に、得るものが無い。
体制の整っていない今が、一番大事な時期なのだ。
「それで、ワシに何をさせたいんだ?」
「わざわざ、秘密裏に来ていただき、ありがとうございます。アルパカ子爵」
「……何の嫌みじゃ? 閑職に追いやられた名前だけの年老いた子爵を呼び出して、どういうつもりだ?」
そこにいたのは白髪の背の低い老人、アルパカ子爵。以前はクーリエ伯爵の懐刀として、クーリエ家の繁栄を影から支えていた。しかしカタリナの父親の代になり、小煩い老人は用済みとばかりに、わずかながらの退職金と共に田舎へと追いやられていたのだった。
ノアールはネーラにクーリエ領地内でクーリエ家の息がかかっておらず、有能な人物を聞いたときに真っ先に出てきたのが、アルパカの名前だった。
アルパカをもてなすために食事とお酒を用意して、二人っきりで会っていた。
「どうか、わたくしに力を貸してください」
ノアールは椅子から立ち上がり、床に片膝を立てて頭を下げた。
それはノアールにとって最大の礼を尽くした姿だった。
その姿を見たアルパカは用意された食事と酒を見た。
羊を一匹、余すことなく料理されていた。
羊だけでなく、野菜や麺、白パンなども用意されていた。
アルパカは酒を一口含む。
「ここにある物は全て、クーリエ領以外の物だな。そしてこのワインはかなりの古酒。なんでわざわざ、ワシのためにこれらを用意したんだ?」
「わたくしは、あなたたちからすれば略奪者です。その土地の物であなたをもてなすのはおかしいと思うのです。そのため、全てオーデリィ領から取り寄せました」
「……それで、ワシに何をさせたいんじゃ?」
「クーリエ候の悪政で荒れ果てたこの領地を、アルパカ候の手腕でよみがえらせていただけないでしょうか?」
ノアールは単刀直入に考えをアルパカへ告げた。