第25話 貴族令嬢二人の命乞い
「お久しぶりね、ノアール。国王閣下の御前で会った時以来かしら。あのときとずいぶん変わった姿で、わたくし、びっくりしましたわ。まるで罪人のようね。ワハハハハ」
豚がさえずるような声でカタリナは高々と笑った。
その隣で親豚も同じように笑っていた。
「ねえ、カタリナ。これまで色々あったけど、私たち友達だったじゃない? どうか命だけは助けてくれない?」
ノアールはすがるような顔でカタリナに語りかけた。
「はっ! なに言ってるのよ。ワタシはあなたのことなんて道端に落ちてる汚物ぐらいにしか思っていなかったわよ。汚物がワタシのことを友達だなんて言うのは止めてちょうだい。あなたも貴族の端くれなら命乞いなんて恥ずかしい真似はやめてちょうだい」
「そう、そうね。ここまで来て命乞いなんて恥ずかしいわね。ごめんなさい。忘れてちょうだい。ただ、これだけはお願い。私が亡くなったあと、オーデリィ領をお願い。領民達には罪はないのよ。ここの領民同様、扱ってちょうだい。それだけが私の心残りなの」
ノアールはそう言って涙を流していた。
それを隣で聞いていたカイルはどこまでが演技なのだろうか不安になった。
そんなカイルなど全く目に入っていないようにカタリナはノアールにつばを吐きかけた。
「良いわよ。お宅の領民もウチの領民同様、奴隷の様に扱ってあげるわよ」
「そ、そんな、あなたも貴族でしょう。領民を守るのが貴族の義務ではないのですか?」
そのノアールの言葉にクーリエ伯爵が笑いながら答えた。
「ワハハハ、面白いことを言う小娘だ。領民などただの奴隷だろう。ただただ、その日暮らせるだけの飯を食って、我々に貢ぐ働き蟻だろう。働き蟻など、くたばれば捨てるだけだろうが」
親子して下品な笑いを美しい庭に響かせていた。
「そろそろ、よろしいのではないのでしょうか?」
「あ! 小隊長ごときがワシに意見するのか? おい、誰かこの生意気な男の首を落とせ」
「すみませんね。あなたに言ったのでは無いのですよ。ノアール様、こいつらの本性という物がよく分かったでしょう」
トーマスはそう言いながら、手に持っていた剣でノアールとカイルの縄を切った。
「なっ! 何をする。なんでそいつの縄をほどくのだ。早く縛りあげろ! ワシの命令が聞けぬのか!」
「どうする? トーマス。あなたの手で幕を引く? 仮にも昔の主人を手にかけるのが嫌であれば、こちらで始末するけど?」
ノアールは縄の跡が付いた手首をさすりながらトーマスに尋ねる。
「私にやらせてください」
「だ、だれかおらぬのか!!!」
それが豚伯爵の最後の言葉だった。
カタリナは首と胴体の離れた父親の隣で、腰が抜けたように座り込んでいた。
全く似合っていない、フリフリのドレスのスカートの股の部分が大きく濡れていた。
「なんだか、今のあなたは汚物と変わらないわよね」
「た、助けて。ねえ、ノアール。さっき、私とあなたは友達だと言ったわよね。あなたは友達が殺されるのをただ見ているの? ねえ、助けてよ。お願い」
そう言って、ノアールの足にすがりつく涙と鼻水とよだれにまみれた豚令嬢がそこにいた。
「あんた、さっき、自分で友達でも何でも無いって言ったじゃ無い。貴族ならなんだったっけ? 命乞いなんて恥ずかしい真似はしないわよね」
「いや、いや、死にたくない。死にたくないの~~~~~!!!! ぶひ~~~~~」
そう言って地面にうずくまる醜い肉の塊に、今まさに剣が突き立てられようとしていた。




