第1話 悪役令嬢の勇者
「あら、何やら変なにおいがすると思ったら、これは田舎臭いお嬢様じゃないですか」
出会い頭に神経を逆なでするカン高い声は、ローヤル王国の四大貴族クーリエ家の一人カタリナだった。
空色のドレスをたなびかせ、タテロールの栗色の髪をかき上げながら、高笑いをする。
絵にかいたような悪役令嬢。
「男爵家ごとき廊下の端っこを申し訳なさそうに歩きなさい。邪魔よ!」
人の二倍はありそうな横幅のカタリナはのっしのっしと廊下の真ん中を歩いていた。
そしてその後ろから、従者が一人ついてくる。
身長二メートルを超す大男。頭はM字に剥げており、カタリナ同様栗色の髪を短くしている。
足も腕も身体も筋肉質で大きく、貴族の従者というよりも酒場の用心棒と言った風体である。
彼はカタリナの従者マイクである。
カタリナはその身分の高さとマイクの暴力で、自分よりも弱いものをいじめているのだった。
男爵令嬢のノアールは黙って廊下の端に避けるが、カタリナはその巨躯でわざと近づいて、ノアールにぶつかり、跳ね飛ばしていった。
「あ、痛い」
ノアールの体重の二倍はあろうかというカタリナの跳ね飛ばされて、ノアールは倒れ込んでしまう。
カイルは慌てて主人のもとに駆け寄り、助けようとするが、邪魔が入った。
「邪魔だ!」
そう言って、カイルを蹴っ飛ばしたのはマイクだった。
「二人で何を大げさに転んでいるの、まるで私が悪いみたいじゃない。そうやって同情を引こうだなんて田舎の小娘はなんて性根が腐ってるんでしょうね。今日は大事な日なんですから、行きますわよ。マイク」
今日は、このローヤル王国王都にて、五人の勇者を選ぶ日だった。
各貴族が推薦した者を巨大な魔法の球で、勇者かどうか判断するのだ。
勇者となったものは現在、王国に攻め込んできている魔王軍とたたかい、魔王を撃ち滅ぼす役目を担う。
勇者として選ばれることは非常に名誉なことでり、その上、魔王軍に対して大きな功績を上げれば、勇者はもちろんその主君たる貴族家にも大きな恩恵がある。
そのため、どの家もえりすぐりの強者を推薦する。
カタリナは当然、自慢のマイクを推薦していた。
「お嬢様、本当に僕でいいんでしょうか? 僕なんか勇者に選ばれるはずがありませんよ」
「大丈夫、あなたは誰よりも優しくて、強い心の持ち主よ。勇者に選ばれれば、スキルと神具が与えられるはだから、力は後からでもついて来るでしょう。あたしは何よりも、正しい心が勇者には大事だと思うのよ。それともあたしの言葉が信じられないの?」
カイルは主人のまっすぐな言葉に頭を横に振るしかなかった。
「では、行きましょう」
ノアールとカイルはカタリナ達の後を追う様に、選定の間へと急ぐ。
選定の間。
そこはダンスホールのように室内の広い空間。二階席から勇者選定が見えるようになっており、すでに選定が終わった貴族たちが様子をうかがっている。
勇者は火、水、風、土そして闇の五人が選ばれる。
すでに火、水の勇者は選ばれており、残るは風、土、闇の三人となっている。
今回、勇者が選ばれなければ、次は一か月後に再選定となる。
そのため、二階席からは勇者でないと判定が出るごとに、他の貴族達から安堵の声が上がる。
「あなた、まさかそのガリガリが勇者候補じゃないでしょうね。適当に連れてきても駄目だってわからないのかね。これだから教養もない下級貴族は」
一階では、人々が選定の順番を待っており、先ほどのカタリナがノアールの一つ前の順番だった。
「まあ、ひと枠はうちのマイクで決まりですから、せいぜい頑張りなさい。まず選ばれるとは思えませんがね」
「……」
そんなカタリナの言葉を、ノアールがじっと聞き流していると、カタリナの順番になった。
選定は広場中央にある直径三メートルほどある、七色に輝く魔法の球の中に入り、勇者かどうか判別される。
勇者と認められれば何の勇者かと、自分の今のレベル、スキル、神具が表示されて、自動的に与えられる。
マイクは中に入ると魔法の球の周りを土星の環のようなものが三つくるくると回って、マイクの隅々をチェックしているように見える。
「結果が出ました。クーリエ伯爵家マイク・チャン。土の勇者。レベル40。スキル、ブーメラン。神具、双斧」
レベルとは成人男性が一年間武術の修業をするとレベルが1上がると言われるものだ。つまり、マイクは二十代にも関わらず、すでに四十年修業してるだけの技量を持っていることになる。
マイクを含め、四人の勇者の中で一番レベルが高い。
そのため、二階席から驚きの喚声が上がる。
貴族たちは自分の従者が勇者に選ばれることを望んでいるが、それ以上に強い勇者を望んでいる。
それは魔族から自分たちを守ってくれる盾は強い方が良いからだ。
みんなカタリナにお祝いの言葉を送るが、カタリナは当たり前だと言わんばかりに鼻で対応していた。しかし、その顔は豚が満腹になったように満足げな表情をしていた。
球の中から、額に勇者紋をつけ、両手に金と銀の斧を持ったマイクが出てくると、みんなの歓声に答えて手を振っていた。
「さあ、次はあなたの番よ。カイル」
カイルは腹を決めて、魔法の球へと足を進めた。