53 情報屋な部長
<(*¯꒳¯*)>
「本当に今泉くんって、覚えるの早いよね」
テストも終わって通常通り部活が始まったが、練習をしてるとそんなことを言う部長。
「そうですか?」
「うん、まあ、元からサーブとか凄かったけど……コントロールがめちゃくちゃ上手くなったよね。サーブに関しては取るのかなりキツいよ」
そんなことを言うが、多分俺のサーブをギリギリでも返せるのは今の部活の中ではこの人だけだろう。
「こんな弱小チームにいるのは勿体ないくらいだよ」
「いえ、俺にはここが都合がいいんです」
「彼女さんのことかな?」
「ええ、彼女の部活中の時間潰し程度でやれれば満足なので」
「ふふ、まあ、確かにウチの部くらいだろうね。でも、今泉くんが大会で、しかも個人でいい成績取ったら、きっとうるさくなるよね」
「その時は遠慮なく辞めますよ」
「だろうね。出来れば僕の跡を継いで欲しいんだけど……」
思いもよらぬ言葉に少しだけ驚いてしまうが……それは出来ない。
「俺は彼女の方が大切なので責任のある職は無理ですね。2年生なら遠藤先輩、1年なら古賀でいいと思いますよ」
「ま、妥当かもね」
2人しかいない2年生で1番上手い人が遠藤先輩。俺と同じくして入部した1年生の3人の中で真面目な古賀が適任だと言うと納得する部長。
「そうそう、頼まれてたことある程度調べてきたよ」
「もうですか?流石ですね」
「こう見えても生徒会長が親友だからね」
部長に頼んでいたこと。それは、俺と琥珀の噂がどの程度のものなのかと……そして、この学校の不良生徒と不登校生徒の情報だ。
「今泉くんと彼女の噂……というか、今泉くんが凄く運動神経が良くて彼女を溺愛してるという認識はかなり多かったね。その彼女についてはあまり広まってないけど。それと、怪しそうなのだけメモってきたから渡しておくね」
「すみません、ありがとうございます」
「用心ってことかな?」
「ええ、まあ、寝取られ展開とかマジで嫌なんで」
杞憂だろうと、琥珀の害になるような人物を把握することは急務。1年は俺の交友範囲ならある程度把握出来る。教師陣も担任にある程度制御可能。となれば、後は2、3年生だろう。
こうやって、学校全体を大まかにでも把握して絶対に琥珀を失わないために努力する。そして、琥珀を全力で愛でるのが俺の役目だからね。
(はぁ……またか)
帰ろうと下駄箱を開けて靴を取り出そうとした黒華は、思わずため息をついてしまう。上履きにではなく、黒華の登校用の靴の方に大量に入っている画鋲。チラッと見れば外でたむろしてる3人組がこちらを見て笑っているのがすぐに分かった。
(まあ、靴自体を消されるよりマシか)
同級生の幼稚な嫌がらせに黒華は馬鹿らしいと画鋲を回収して持ち帰る。一応証拠は残しておかないといけないからだ。まあ、別にこの程度なら気にする必要など皆無だろう。
テスト結果が張り出されてから、頻度が増えた幼稚な嫌がらせ。黒華から言わせればろくに勉強もしないで他人の足を引っ張るのが心底アホらしいとさえ思うのだ。まあ、人間とはそういう生き物なのだろうとも思うし。
とはいえ、例外もある。
「あ、浪川さーん」
1度下駄箱をスルーしてから、自分を見つけて近づいてきたであろうその少女は、きっと黒華にとってかなり特殊な存在と言える。運動は苦手、学力はそこそこ、容姿はまあまあ。とはいえ、黒華が出会った中で最も優しく、最も純粋な女の子。それが、琥珀だ。
「今帰り?」
「まあね。桐生さんは……彼氏の所に行く途中とか?」
「ふぇ?う、うん……」
照れつつも嬉しそうに頷く琥珀。あんな腹黒のどこがいいのかはさっぱりだが、まあ、別に口を出すことでもないだろうと帰ろうとする黒華に琥珀は少しだけ心配そうに聞いてきた。
「あの……大丈夫?」
「……何が?」
「なんか、浪川さん少し疲れたような顔してた気がして……勘違いだったらごめんね」
鋭い指摘に黒華はまたこの少女への認識を変える。決して鋭くはないが、変化にはそこそこ敏感。その上でこうして自分のことを心配するのだから、やはり侮れない。
「まあ、少しね。でも、どうせこれで帰ってご飯食べたら寝れるから」
「そう?ゆっくり休んでね」
「桐生さんも、早く行かないと彼氏寂しいかもよ」
「うん!」
そうして離れていく琥珀に黒華はポツリと呟いた。
「本当に……変な子」
いつの間にか先程まで外でこちらを見て笑っていた連中は消えていた。まあ、暇人の動向などどうでもいいが、黒華としては、あの連中が見えていたら勘づかれていたかもしれないと思う。
(あの腹黒の言ってた通り……なんとかしないと、あの子絶対首を突っ込むかもね)
しれっと今回のテスト、自分より上の順位を出しておきながら、彼女といつも通りイチャイチャしていた暁斗のことを思い出してため息をつく。まあ、別にその程度の勝ち負けを気にする事はあまりないが……あの腹黒が自分より頭がいいというのはなんかムカつく。そんな対抗心が芽生えてたりするのもまた事実だった。




