突貫企画
九月五日までに書評を完成させて、再来週までには……
予定を頭の中に展開させるだけで気分が沈む。今日は九月一日、今までゴロゴロと時間を持て余してきたしわ寄せに苦しんでいる最中だ。
いや、苦しんですらいないのかもしれない。
空回り、でもない。焦燥感だけが胸の中を走っている。走り去ってどこかへ消えてしまった。何もせずにただ時間が過ぎるのを眺めている。
手は動かない。頭は予定をテトリスみたいに消してしまう妄想に忙しい。やるべき仕事、やりたいこと、と手に負えない量のタスクだけが山となって背中に雪崩れ込む。目は虚空を泳ぎ、身体は一寸たりとも動こうとしない。
使える時間は一刻一刻と縮み続ける。
空気を逃さない風船状の身体にタスクを送り込み続けている。いつ破裂するともしないなかで、ただただ座っている。
腹がぐぅ、と鳴ったので仕方なく立つ。ミッション「食事」が追加されてやっと立つ。祭の翌日に同居人が土産として買ってきた、冷めた焼きそばが冷蔵庫で出番を待ち構えている。
バタン。臭くはなっていない、食えなくはないだろう。
こういうものは再加熱をすると無粋である、などと零しながら二パック食べる。うん、別においしくない。レンジで加熱するのを面倒臭がっただけだ。
炭酸の抜けて温くなったエナジードリンクでもさもさのソース麺を流し込む。
ここに座っていても何らの進捗も生まれないだろう、と夏の終わりの夜を感じるべく外に出た。部屋着の甚平姿のまま、ボロボロの突っ掛けに足を入れて、チャチな扉を押す。点描のような街灯と虫の小群をくぐって、近くの古本屋に向かう。
ジャリ、ジャリ、と古本屋に向かうと馴染みの店主と出くわした。
「もう閉まったのかい」
「いやぁ、煙草を切らしてね」
こんな時間までやってるタバコ屋なんて無いだろう、と近くのコンビニへ行先を変更する。
二〇時、人は疎らながらスーツが目立つ、小さなコンビニだ。
「ゴールデンバットをふたつ」
とこちらに目配せする。自分に合わせなくてもいいのに、と軽く笑い返す。
「もうあとひと月もすればこいつも廃版だねえ」
「コンビニが自爆営業でもすりゃあ寿命も延びるさ」
「はっは、無茶言いなさんな」
煙を吐く。コンビニから古本屋まで、二本も吸えば着く距離だ。
「そういえば、アイツがまた本多とレーニンを二巻ずつ売ってきたんだよ」
「小出しにしたほうが売れると思ってるんだよ」
「まあ絶版してりゃあ、そうさねぇ」
踏切の点滅が目に刺さる。
古書店について、ざっと店内を見渡すが、二日じゃ変化も少ない。太宰が何冊か売れたくらいか。
「高校生がねぇ、買ってったんさ」
「へえ、今どきもっといい版のもあるだろうに」
「古書は人を惹きつけるからねぇ」
嬉しそうに目を細める店主は、煙を眺めて「太宰ね」と続ける。
「太宰もさ、ゴールデンバットを、吸ってたんさ。廃版なんて、こりゃあ物書きの時代がひと区切り終わっちまう、事件かもねぇ」
そんな大袈裟な、と煙交じりに笑おうとした科白を引っ込める。
寂しそうな目だった。
かなりの時期を古書と共に生きてきた、そんな老人の悲しい目だった。
しばらく話して店を出る。
「また来てくんせぇな」
「あいよ、また」
あんたが死なねえうちは、な。
夏の夜のアスファルト、煤と油と古書の匂いがした。湿った空気と、小虫と踏切の警笛とが、店から出たわたしを出迎える。
闇夜に浮かぶ山からは、少し冷たい空気が流れ込む。
じーじー、りーりー、秋の虫の音が微かに聞こえる。
夏が、終わる。
胸に渦巻く寂寞は吐息となる。
「さて、続きを書かなきゃなあ」
喧騒ははるか遠く。秋が来る。
お題「自爆」
所要時間 五五分