探偵とは名乗らない
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学校の終業式、この日は生徒の中でも感情が分かれる。休みに入ることにウキウキと胸を踊らせる生徒もいれば今年のクラスが解散ということで悲しくなり涙を流す生徒もいる。俺はそのどちらでもなかった。ただ、この高校に通うのがあと一年になっただけ、そして先輩という立場の人がいなくなりこの学校では後輩しかいなくなるというだけでこれまでの自分の人生になんの変化もなかった。
終業式は淡々と終わり、適当な宿題を出されたあと荷物をまとめて家に帰る。春休みは長いようで短い。そしてこの時期はなにもすることがない。そんなことを思いながら俺は春休み序盤を過ごしていた。
春休みに入ったある日、俺たちは宿題をするために天草の家に集まった。
各々が宿題を進める中、途中で休憩することになり、天草がお茶とお菓子を出してくれた。暖かい緑茶と羊羹のような和菓子、この時期はお茶がしみるほどにうまく感じられる。そんな時に話題はこの一年の探偵部についてだった。
「いやぁそれにしても今年の一年は充実したよ。探偵部に入ったおかげかな」
そう言ったのは友也、そもそもお前は探偵部なんかに入らなくても毎日を忙しくしているのだから楽しめたはずだろう、おそらく探偵部に入っていなかったとしても同じセリフを吐いただろうさ。
「たしかに、今年はなんか色々ありすぎてあっという間に感じられたなー」
次にそんなことを言い出したのは清水だった。そもそも人数合わせで入ることになった清水は後半になるにつれてほぼ毎日顔を出していた。もちろん本業は美術部だ、そちらの方も手を抜かず過ごしてきたのだから文句は言えない。ただそうまでしてこの部活は有意義かと聞かれれば俺には分からない。
「そうですね、2年になってからは毎日が楽しかったです。みなさんのおかげでいろいろなことを学べた気がします」
天草がお茶を飲みながらそう呟いた。
全ての発端であるお前がそう楽観的とはね。春に天草が探偵部発足を発案した張本人だ。もしあの時天草が発足を決意しなかったら、もしあの時俺が入部を断っていたら……考えても答えは出ない。仮に答えが出たとしてもう引き返すことなんかできやしない。
そう思っていると天草から投げかけられた。
「梅原さんはいかがでしたか?この一年」
「そうだな、強いて言うなら疲れた」
率直な意見だった。
「確かに孝太はこの探偵部の柱だったからね、誰よりも多く学校の謎を解いてきたんだ。中々経験できない労力だったろうよ」
友也が胸を張ってそう言うがこれには俺も言い返す。
「そもそも、俺はやりたくてやっていたわけじゃない。お前たちが嗾すから適当に理屈をこじ付けていただけだ。天草の祖父の件や文化祭、かるたの事件も本当のところは謎のままだ」
「つまり孝太は僕たちが勝手に納得しただけで真実を突き止める推理をしていないと言いたいのかい?」
友也と口論のようなやりとりが続いているがこれはたまにあることで慣れっこだった。
「当たり前だ、そもそもそんな簡単に自分の出した推論が当たるとは思っていない」
このやりとりに終止符を打ったのは意外にも天草だった。
「そうだとしてそれは両方とも証明することができませんよね」
その言葉に友也も俺も何も言い返せなかった。確かにその通りだったからだ。
お茶を飲んだ時に一つの謎を思い出した。昨日か今日、新聞の記事で見た気がする。
「いや、証明できるかもしれないぞ」
「どういうことですか?」
「今から一つの質問をする。それぞれで何かしらの答えを出してみてくれ」
「それは面白そうですね!」
俺はルーズリーフにペンを走らせて問題を書いた。
問題はこうだ。
消えた王と月、3人の兵は日が昇るのを眺める。
「この文から連想される単語を答えてみてくれ」
俺がそう言ってテーブルの真ん中にこの紙を出す。
全員がまじまじとその紙を見て各々がなにかを考え出した。
最初に質問してきたのは清水だった。
「なにこれ?なにかの本の一文?」
「さぁな、新聞に載ってたんだ、この言葉でなにか連想されることがあるとかないとか書かれていたな」
そう答えると清水も黙り、3人は天井を見上げたり、腕をくんだりと考えることに集中しだした。
出題者である俺は自分の春休みの宿題をしていた。
しばらくしてから最初に答えたのは友也だった。
「分かったよ、答えは眺望じゃないかな、消えた王と月ってのは亡くなった月と王ってことでくっつければ望むって字にならない?そして眺める人がいるってことで単語にするなら眺望だよ」
なにかを思ったのか清水が口を挟もうとする。
「でも、」
だが俺はそれを遮るくらいの声の大きさでこう言った。
「なるほどな、悪いがこれに関して一回一回討論するつもりはないから他人の意見に口を出すのはやめてくれ」
そういうと清水は何も言わずにまた考え出してくれた。
次に答えをだしたのは天草だった。
「わかりました。私の答えは転冠式です。王が亡くなった日の夜、次の王候補である3人の兵士が待ちきれない様子を描いているのではないでしょうか?」
なるほどね、面白いこの文からそこまでの世界観を作り出せるとはさすがは成績優秀者というべきか。
「清水はどうだ?何か思いつくか?」
清水はテーブルに突っ伏したままこう答えた。
「ダメ、私こういうの苦手かも。なにも出てこない」
「そうか、まぁいいさ。これに答えはないから」
そういうと天草と清水が強い目線を送ってくる。
「どういうことですか?」
「どういうことよ」
ほぼ同時にそう発せられた。
「落ち着け、ちゃんと説明するからさ」
俺はお茶を一口飲んでからコホンと咳をして説明に入った。
「俺が言いたいのは理屈が通れば納得してしまうってことだ。友也の答えも納得できるし天草の答えもおもしろいと思えた。それに答えがないという清水の意見もあながち間違っちゃいないと俺は思う。こうなると全員の答えは正解だと俺からすれば成り立つわけだ」
そう説明すると友也が反応した。
「なるほどね、つまりこの一年の謎について僕たちは孝太なりの意見を聞いてそれに納得した。だからそれが答えだと信じざるを得なかったって言いたいのかい?」
「まぁそうだ、ほかにそういう風に推論を立てる人がいれば恐らくそっちを信じて俺の言っていることが間違えだと気づくこともできたと思うんだ」
「確かにその説には説得力があるね」
天草も清水も友也のその言葉に同意した。
これでようやく分かってくれたかと思うと俺はなんだかホッとした。
気付けば外が暗くなり始めていた。
「もうこんな時間だ、そろそろ帰ろうか」
友也がそう言い出して、俺たちは帰る準備を始めた。
清水が帰りに文房具屋に寄るということで途中で解散した。
友也と歩いている時に友也が急に話し始めた。
「さっきの話。納得してしまうってやつ、あれはどうしても話しておきたいことだったかい?」
俺は少し考えてから答えた。
「そうだな、お前たちに誤解されたままというのも嫌だし変にあてにされても困るからな」
「孝太は探偵部に入ってからいろいろな謎や事件を孝太なりに解いてきた。僕や天草さん、茜だってそれが正解だと信じている。おそらくさっきの孝太の話を聞いてもそれは変わらないよ」
「無駄話だったってことか?」
「それもそれで違うかもしれない。僕からするとね、孝太の説には誤りがあるよ」
誤り?俺が自分で言い出したことに他人から指摘するほどの欠点があったというのか?
「な、なんだよ誤りって」
俺は自分では理解できないと思い友也に聞いた。
「孝太の考えではさ、僕たちが勝手に納得して答えだと思い込んでるって言いたいんだろうけどそれは違うさ。だって孝太は僕たちの意見を否定してからまとめてるんだから」
どういうことだ?まだうまく理解できないでいた。それを悟ってくれたのか友也は説明を付け加えた。
「つまりね、どの事件も僕たち3人の推論をまとめてるってことそうなると反論もできないし納得せざるを得ないんだ。それに孝太は僕たちの推論に納得しないだろう?なぜかわかるかい?」
友也の言いたいことが少しずつ分かってきた。
「元来俺が、天邪鬼だからか?」
そう答えると友也は少し微笑んだ。
「はは、それもあるかもね。でもちがう、孝太はその先をいつもその先を考えているからさ」
「答えになってない気がするのだが」
「つまりはさ、僕たち3人は謎や暗号について考えるだろう?でも孝太はそれと同じくらいなんでこんなことを?って考えるんだ。動機から含めて全てを説明されると反論するような場所がなくなって受け入れるしかないんだ。そしてそこまで分かっているということはそれが確実に正解だと僕は思う」
俺は友也のその意見になにも言い返すことができなかった。確かに俺はどの事件も事の発端について知りたがることがあった。そしてそれを含めて推論を立ててこいつらに披露していた。
春の風が一瞬強く吹いたように俺の頭と心は異常なほどにすっきりとした感覚に陥った。
「それじゃまた今度」
そういって友也と解散した。
俺はしばらくその場を動くことができなかった。家に着いた頃にはすっかり暗くなっていて、肌寒さを感じるほどだった。
俺は晩御飯を食べて風呂に入り、ベッドに寝転がった。こと一年を走馬灯のように思い出す。どれも自分が犯人と思われる人間になにか言っているシーンばかりだった。
探偵がどういったものかはよく分からないし、小説に出てくるような感じではないと思うがそういうのをイメージしてしまう。ただそれと肩を並べている自分は全く想像できない。
「俺は探偵じゃない」
そう呟いた時、携帯電話が鳴った。相手は天草だった。
「もしもし?何か忘れ物でもあったか?」
「い、いえ違います。あの少し気になったことがありまして」
「なんだ?」
「その昼間の消えた王と月、3人の兵は日が昇るのを眺めるって問題についてなんですが」
「あれなら答えはないといっただろう」
「いえ、そうではなくて。梅原さんはどのような答えを出したのかなと思いまして」
そう言われると俺は出題するだけしといて考えていなかった。それは答えがないと分かっていたからだ。
そう聞かれるとなにか答えたい気持ちにはなるがぱっと思いつくものがないな。
その時一つの単語を思いついた。
「俺の答えか、俺が思いついた単語は青春だな」
しばらく天草から返答が無かった、それ間が妙に恥ずかしく思えた。
「王と月で青って漢字ができるだろ?それで三人と日を重ねると春って字になるからそう思っただけだ」
と少し早口に説明した。
天草からはクスッという声がした後
「なるほどです、梅原さんらしいと思います。夜分遅くにごめんなさい、それじゃおやすみなさい」
「お、おやすみ」
そう言って電話を切った。俺らしい?天草がどういう意図でその言葉を言ったのかはわからないが青春という単語が俺の口から出るなんて一年前の俺からしたら笑い事だ。いやむしろ笑えない、何かの病気かと疑うかもしれない。
もっとも自分からかけ離れているであろうその単語がなぜ今出てきたのかは分からない。おそらくこの一年で俺の思考回路は変わったんだ。多くの事件を自分なりにを解いてきたが俺はそれが自分の能力や実力だとは思っていない。
いつだって、友也や天草、清水の助言や手助けを経て成り立っていると思う。だから俺は心に決めている。
ーー探偵とは名乗らない。




