神託の儀
「よし、なら行こうかレティ」
「うん」
一五歳になったハルトとレティは、『神託の儀』のある隣町の神殿に向かうべく、身仕度を整えていた。
既に隣町から来た馬車の準備はできており、同じく『神託の儀』を行う村の者たち数人が乗り込んでいる。
「気を付けてね二人とも」
「どんな職業でも自信を無くすんじゃないぞ。もっともお前たちなら大丈夫とは思うがな」
温かい言葉をかけてくるのはレティの両親だ。
親の顔を知らない自分にとって、幼い頃から我が子のように育ててくれた彼らは何時しか本当の父と母のようにハルトと接してくれた。レティとの仲も認めてくれているし、感謝の念が絶えない。
「絶対剣士になってくるからね! 父さん」
「ああ、楽しみしてる。ハルト、レティを頼んだ」
「はい。では行ってきます!」
二人の見送りもあり、ハルトとレティは意気揚々と馬車に乗り込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『神託の儀』が行われる隣町まで、馬車で二日ほどかかった。
町の門をくぐり抜け、慣れない馬車から降りると、すぐさま大きな神殿へと案内された。中には既に神官と呼ばれる者たちが何人も横に並んでおり、静寂に包まれていた。
二人は一緒に来た村の人間と少しの間待つように言われる。十分もしないうちに、神官服を纏う大柄な老人が入ってきた。
「待たせてすまんな。私はここの神官長を務めている者だ。」
そう言うと神官長は柔和な顔で笑いかけてくる。他の神官とのやり取りを見ても、この神殿で大いに信頼されているのだとハルトは直感した。
「さて。挨拶もそこそこにして、本題に入るとするか。先ずは成人おめでとう。これで君たちは晴れて大人の仲間入りだ。これからは各々が進む道をしっかりと考え、良い出会いと新しい発見に恵まれる事を心から願おう」
神殿の奥から一人の神官が鈍く光る水晶を持ってくる。水晶を受け取った神官長は改めてハルトたちと向き直った。
「その一歩目として、これから皆の職業を確認したいと思う。この水晶に一人ずつ手をかざして貰えれば何の職業かが分かる。安心してくれていい、きっと皆が望む職業が表示されるだろう」
途端に村の人間たちは鼻息を荒くする。レティもその一人だ。早く自分の職業を知りたくて仕方がないらしい。
「では、そこの君から–––」
こうして『神殿の儀』が始まった。冒険者を目指す者、鍛治屋や薬師として生計を立てて行く者、学者として知恵を追求していく者など、自分の夢に適した職業を与えられた人たちは、大きく喜んでいた。
ハルトやレティも、友達から希望した職業だったと告げられると手放しに喜んだ。友達の門出を祝わない理由などない。
「では、次はそこの君。こちらへ」
着々と『神託の儀』は進んでいき、ついにハルトは自分の番が来たのだと神官長の前まで歩いた。おそるおそると汗ばんだ両手を目の前の水晶にかざす。
ハルトか望む職業は魔術師。先陣切って戦う力を持たないと自負している自分にとって、後衛で前衛を補助し、魔法で戦う戦術がベストだと判断した結果だった。
あるいは治癒士でもいい。味方の怪我を治せるし、レティと組むのなら不要な職業ではないだろう。
レティは剣士になるだろうと踏んでいたので、最大限彼女の戦いをサポートする職業に選ばれれば、それで満足だった。
彼女と共に生きる。そう覚悟していたハルトにとって、無理に彼女の横に並ぶ必要は無く、できる限りレティが傷付かないように守りたいと考えていた。
水晶の光が別の色に変わり、目の前に文字が浮かび上がる。自分の職業が表示されたのだ。ハルトはそこに書かれている文字を読み、絶句した。
『職業:農民』
「–––––––」
心の何処かで予感はしていた。
剣の才能はない。それは槍や弓でも同じ事だろう。自分がいくら体を鍛えたところで、それはあくまで並の人間の中で少し力がある程度の認識だ。
だからこそ魔法を使えれば、力には頼らず魔力を操り戦う職業ならば、まだいくらでも遣り様はあると、そう信じていた。
だが、たった今–––その可能性すら否定され、何の才能もないという現実を突き付けられた。
「ハ、ハルト…」
失意の中、元の場所に戻るとレティが何とも複雑な表情でハルトを出迎える。掛ける言葉が見つからない、と言った様子だ。
「ごめん。レティとの約束、果たせそうにないや」
「な、何言ってるの!農民だからって、やれる事はいっぱいあるんだよ! そんな事で諦めちゃ駄目だよ!」
「だけど…俺は」
「どんな職業でも関係ない! 私はハルトと一緒にいれればそれでいいの! …だから、そんな事言わないで…」
「レティ…」
「…次は私だから行ってくるね」
ハルトを励ますレティの声は、微かに震えていた。何もショックを受けていたのは自分だけではない。大切な幼馴染にも少なからずダメージを与えていたと思うと、ハルトはますます己が情けないと自己嫌悪する。
(これからどうしようか…父さんと母さんに何と言えばいいんだ)
とりあえずは村の大人たちに師事して、村の仕事をしていくしかない。レティは一緒にいたいと言ってくれたが、果たしてどれだけ一緒にいれるかどうか–––
次の瞬間、ハルトの思考を断ち切るように神殿に大声が鳴り響いた。
慌てて目を向けるとそこには明らかに異常な光を放つ水晶と、戸惑って硬直しているレティ、険しい顔をした神官長が立っていた。
「え? …な、何?」
「これは…やはり[聖騎士]…!まさか特殊職の者が現れるとは…」
神官長の呟きに近くの神官たちもざわざわと騒ぎ始めた。ハルトは何が起きているんだと周囲を見回す。
「おい、今聖騎士って言わなかったか? それってあれじゃないのか? 勇者パーティの」
「ああ…かつて異世界の魔王を先代勇者とともに打ち倒したとされる職業だ。確かに言い伝えでは女性だったと聞いてるが…」
「嘘!? レティーシャが? それって凄いんじゃない!?」
村の人間たちの会話を聞いたハルトは、夢でも見ているかのような気分だった。自分の幼馴染が、無邪気に剣を振っているだけの少女が、そんな伝説の職業に選ばれるとは思いもしなかったのだ。
(レティが…聖騎士…)
やがて神殿内の騒ぎはピークに達し、次第に怒号が飛び交うまでになった。
「た、大変だ! とにかくすぐに王都に報告を…」
「口だけで信じられるものか! 彼女も一緒に連れて行かなければ! 」
「そもそも何かの間違いではないか? 念の為、別の水晶を…」
「落ち着け皆の者!」
神官長の一喝に、神官たちは一斉に口を閉じた。周りが黙ったのを確認すると神官長はハルト達に向き直る。
「すまない。驚かせたな。どうやら此方でも予想外の事が起こってしまってね、『神託の儀』はこれで終了とする。幸い彼女を除く君達は無事に終えたようだ。すぐに帰りの馬車を手配するので村に戻るといい」
「…レティはどうなるんですか?」
「彼女はちゃんとした職業確認が必要のようだ。しばらくこの町に滞在して確認が取れたら村に帰らせるよ」
「そんな… 私も帰る! いま帰るよ!」
「それはできない。これは君だけの問題じゃない。下手をすればこの世界の未来にも影響する。だからこそ、君はここに居てもらう」
冗談で言っているのではない。神官長は鬼気迫る表情で淡々と告げた。とても断る事などできず、ハルトは目を伏せる。
「分かり、ました」
「ハルト! 助けて…ハルト!!」
神官たちに強引に引き摺られ、レティは神殿から出て行った。伸ばされる手を握り返す事もできず、ハルトはただ自分の無力さだけを嘆いた。