始まり
「おーい、ハルトー!」
晴れ渡る空の下、穏やかな風が吹く草原に座り込んで本を読んでいた少年は、遠くから自分を呼ぶ声に気付き、本から目を離した。
「–––––レティ。どうしたの?」
レティと呼ばれた少女––––レティーシャは息を切らしながらハルトに駆け寄り、満面の笑みを浮かべた。
「お父さんとの稽古、早めに終わったの! だから会いに来たよ!」
「そうなのか? 随分早かったね」
「へへー、お父さんもびっくりしてたよ。『これ以上は俺の身が持たない』って」
「…父さんも元冒険者なのに悲鳴を上げさせるレティはスゴイな」
「そう?」
キョトンと首を傾げる幼馴染にハルトは軽く戦慄する。
彼女が言う稽古とは剣の稽古であり、ふとした好奇心から始めたそれは既に自分と同じ十四歳の子どもとは思えないレベルにまで上達していた。元 Bランクの冒険者である父親に音を上げさせる時点でその実力が窺える。
「ハルトもやろうよー。私ハルトと稽古したい」
「いや…俺はいいよ」
「えー?」
不満そうに口を尖らせるレティ。
実はハルトも彼女と一緒に剣を教わっていたのだが、まったく上達しない上にレティから一本も取れない事もあり、いつの日からか参加しなくなった。一応自分でも隙を見つけては剣を振り、必死に練習していたのだが、それを嘲笑うかのようにレティはどんどん上達していった。
自分に剣の才能はない。そう自覚したハルトは、腕立てや腹筋、走り込みなど自分にできる体力作りを行うようになった。これでも村の子どもたちの中ではかなり体力があるほうだと自負している。
ハルトは立ち上がり、ズボンに付いた草を払うとレティと手を繋いで村に向かって歩き出す。
「ねぇ、また難しい本を読んでたの?」
「うん。村長のとこで珍しい本を見つけたんだ。薬草に関する本。それにそんなに難しくないよ」
ハルトは片手に持っていた本をパラパラとレティに見せる。途端にレティは顔を顰めた。
「うへー、私は無理だよ。もう一ページ読んだだけでパス。剣を振ってた方が全然いいや」
「ははは、確かにレティには厳しいかな。お世辞にも座学が向いてるとは思えないし」
「ひどい。ハルトまでそんなこと言うんだー! 私だってやれば…」
「はいはい」
そんなやり取りをしながらも二人は自分たちが住む村に戻ってきた。
彼らの村は王都から南にある辺境の地で、総勢八十人にも満たない小さな村だ。無論、交通の便も最悪で隣町から月に一度、手紙や物資を運ぶ馬車が来るだけである。
それでも自分たちが育てられた村だ。決して裕福な暮らしとは言えないが、ここにしかない光景、培ってきた作物、そして大切な幼馴染がいるだけでハルトは十分だった。
「あ、そういえば私たちも後ちょっとで成人だね。そしたらハルトも行くよね。アレ!」
「アレ? …ああ、『神託の儀』か」
納得したようにハルトは頷いた。一五歳になると成人として認められ、それに伴い『神託の儀』を受けなければならない。
『神託の儀』とは端的に言うと、女神から自分に適正のある職業を与えてもらう儀式の事である。その後の人生を左右すると言っても過言では無く、その職業によってはその者の将来の選択肢は大きく限られてくる。
例えば冒険者を目指す者ならば、当然戦闘やそれをサポートする職業を希望する。しかし、[商人]や[調理師]など、とても冒険者としては適さない職業の場合、必ず限界が見えてしまう。
逆に耕起や漁など力仕事を主とする者にとっては、[剣士]や[拳闘士]は更なる効率を与えてくれる。
とは言えそのような事態は稀であり、ほとんどの者が望む職業を与えられる。それまでの行い、その者が志す将来を読み取り、相応しい職業が賜れるのだ。
「私はやっぱり剣士だね! 沢山の剣技を覚えていっぱい魔物を倒すの」
聞いてもいないのにレティは堂々と宣言する。ハルトは苦笑しながら言葉を返した。
「俺は…魔術師、とかかな。剣士は絶対に向いてないし、前線で戦えそうなんてないから後ろで支援する職業がいいよ」
「なるほどー! 私が前で戦って、ハルトが後ろでサポートするってことだよね?」
「そうだね。そうなるといいけど」
「私たちならきっとできるよ! 私たちが組めば勇者様にだって負けないよ!」
勇者、とはまた大きく出たものだ。
今も北の大陸で魔王率いる魔族軍と、日夜激戦を繰り広げていると言われる勇者とも渡り合おうとしているのだ。
本当にレティは自分とは見ている世界が違うな、と改めて感心させられるハルトだった。
「…私たちが頑張ればこの村はもっと豊かになるのかな」
「…分からない。だけど、俺はこの村をこのままになんかしたくない。俺の親代わりとして育ててくれたレティの父さんや母さん、村長に同じ村の皆、…それに俺にとって大切なレティのためにも俺はこの村に尽くしたい」
「…うん。そうだよね、私も頑張らないと」
二人は手を繋ぐ力を更に強め、真っ直ぐと自分たちの村を見据えた。
「あのね、ハルト。私…ずっとハルトと一緒にいたい。ハルトと一緒に強くなりたいの。だから、成人したら…その…」
そこまで言うとレティは顔を伏せてしまった。頬を真っ赤に染めた幼馴染の心を察してハルトは告げる。
「レティ。成人したら俺と結婚してほしい。…俺なんかに守られる君じゃないけど…そばにいたいんだ」
「! う、うん…! 絶対だよ? 約束だからね!」
「ああ、約束だ」
咲き誇る花のように笑みを浮かべるレティは、嬉しさを表すように握る手をブンブンと振り回した。
「レ、レティ。さすがに痛いかな」
「えー? これくらい普通だよー!」
二人はこれからの未来に思いを馳せる。
…その道が違うのは、そう遠くはなかった。




