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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死の抱擁

作者: ロン・ハクォーベル

_王都では毎年一回新進気鋭の劇作家が挑戦する悲劇の原典です。

_王国の暗黒期、勇者王アルヌンタオスの伝承、その時代を生きたかの作家ロン・ハクォーベルの遺作です。

 数多の冒険と試練を乗り越え、勇者アルヌンタオスは魔王を討ち取り、世界を救った。


 当時のレルケーヌ国王は人々に希望をもたらした彼を褒め称え、褒美として己の王位と娘を与えた。

 アルヌンタオスは苦笑しながらそれを受け取り、レルケーヌ王国の王となった。


 アルヌンタオスは素晴らしい政治をした。

 数々の画期的な技術を人々にもたらし、魔王軍によって疲れ果てていた人々を活気付け、国はたいそう豊かになった。


 ある日、前王の娘、現女王は彼に抱擁を求めた。

 世継を作り、レルケーヌ国民の不安を拭うためだった。


 アルヌンタオスは拒絶した。涙ながらに拒絶した。

 女王は何故かと尋ねた。


 アルヌンタオスは言った。

「私の愛した、私が抱きしめた全ては、例外なく、非業の死を遂げるのだ」と。


 アルヌンタオスは人を抱きしめることを恐れる。

 それは、かつてのおぞましい記憶の所為だった。


 幼き日、アルヌンタオスには将来を誓った少女がいた。少女は魔王軍の兵士に犯されて死んだ。

 魔王軍から逃げ惑った若き日、絶望したアルヌンタオスに、生命の希望を教えてくれた赤子がいた。赤子は魔王軍の兵士に貪り食われて死んだ。

 魔王を倒すために立ち上がり、アルヌンタオスと共に戦った多くの友がいた。彼らは魔王との戦いの中で皆死んだ。

 旅の果て、アルヌンタオスが愛した女がいた。結局、アルヌンタオスはその女の胸に剣を突き立てた。


 アルヌンタオスが親愛の情で、友愛の情で、恋愛の情で抱きしめてきたその全ては、皆無惨に死んでしまうのだ。

 だからアルヌンタオスは人を抱きしめることができない。二人が夫婦となったその日からもう六年程が経ったが、二人は未だに抱擁すら交わした事が無いのだ。


 女王は優しい言葉で諭した。

「貴方が世継を作らなければ、いずれ国は割れ、多くの民が血を流すでしょう」と。


 だがアルヌンタオスは女王の話を聞いても、女王を抱きしめることができない。

 アルヌンタオスは女王を愛していた。

 それと同時に、未来の為と友愛を育み、結束した友人達の死に様が目に浮かんだからだ。


 女王は、話を聞かないアルヌンタオスに対し、子供をあやすように言った。


「もう魔王は居ないのです」

「恐ろしくて、邪悪で、皆を絶望させる魔王は、貴方が倒したのではなかったのですか?」と。


 アルヌンタオスは衝撃を受けた。ハッとした。


 少女を犯したのも、赤子を食ったのも、友を殺したのも、女を操り人形にしたのも、全ては魔王の仕業だったことを思い出したのだ。


 アルヌンタオスは勇者だ。魔王を討ち取り、農民から王に成り上がった英雄だ。


 知らず知らずの内に、アルヌンタオスは涙を零していた。


 女王は、優しくアルヌンタオスを抱きしめた。



 それからというもの、レルケーヌ王国はより一層栄えた。

 その多くはアルヌンタオスの活躍によるものだ。


 アルヌンタオスは愛情の溢れるままに愛する国民を抱きしめて回った。民は王を愛し、王の期待に応えるようになった。


 アルヌンタオスは良く働いてくれる家臣達に感謝の抱擁をして回った。家臣らは同胞意識を高め、より一層国の為に、王の為に尽くすようになった。


 アルヌンタオスは同じ立場の者、他国の王にまで友情の抱擁を交わしに行った。他国の王達はアルヌンタオスの大らかで優しく聡明な人柄を前に、己の言動を恥じ、戦争をやめ、国家間も親密になった。


 繁栄し、これ以上ないほど平和な時代の最中、アルヌンタオスは王女との間に三人の子供を設けた。もちろん、幼い彼らにも心いっぱいの抱擁をした。


 平和な時代が五十年程続いた頃の事だ。

 アルヌンタオスはすっかり老いて、女王も寿命で安らかに逝った。


 アルヌンタオスは安らかな女王の顔を見て、己の呪いは解けたのだな、とひそかに嬉しく思った。


 すっかり安心したアルヌンタオスだったが、もう高齢。己を支えてきてくれた女王も亡くなり、静かに退位を決心した。


 最後に、アルヌンタオスは家臣に、他国の王達に、国民達に、そして三人の息子に抱擁をして回った。

 アルヌンタオスは王位を長男に譲り、カルフィス山の屋敷に隠居した。


 アルヌンタオスは幸せの絶頂にいた。

 人々を気兼ねなく愛し、気兼ねなく抱擁しあえた。それは彼にとってこれ以上無いほどの幸せだった。

 あとは、すっかり平和になった世界を残し、穏やかな気持ちで、老衰で妻の後を追うだけだと思っていた。



 だが、そうはならなかった。



 長男は父から聡明さと優しさを受け継いだ素晴らしい君主だった。だが、その兄弟には問題があった。


 次男は父から強い心だけを受け継いだ。王宮で贅沢に育ち、自尊心を肥大化させていった彼は、傲慢にも王位は兄よりも自分こそが相応しいと公言して回っていた。


 三男は父から力強さだけを受け継いだ。聡明さは欠片もなく、子供のように癇癪を起こす困り者だった。


 長男は特に危なげのない平和な政治をした。しかし、そこに不満をもった家臣がいた。


 家臣はアルヌンタオスの政治を良く理解し、陶酔さえしていた。


 アルヌンタオスはいつだって革新を求めていた。

 技術の発展や人々の幸福を飽きることなく追いかけていた。

 長男の政治に悪い所は無かった。だが、家臣達にはそれが臆病すぎると見えたのだ。


 だから、結束した家臣達は次男を誑かした。


「今の王には向上心が無い!王位を狙い諦めない、貴方のようなお人こそが王位には相応しい!どうか我々の王になって下さい!」と。

 次男は快く了承した。



 内乱が起こった。



 いくら聡明な長男といえど、王によく従っていた家臣が反逆するなど、全く想像できなかったのだ。

 街中で大いに暴れる次男とその家臣による軍隊。鎮めるのには三ヶ月もかかった。


 その過程で国民にも多くの犠牲者が出た。

 国民の怒りは一向に収まる気配が無く、長男は仕方なく、次男とその家臣達を処刑した。



 国民の怒りが鎮まった後、長男は二度とこんな事が起こらないように、国内を守る騎士団を作ることにした。


 長男にとって、残り少ない家臣は信用できなかった。だから、唯一の血縁である三男を騎士団の代表につけた。


 騎士団の創設にあたり、式典が開かれた。

 他国の王達も含め、多くの客がやって来た。


 他国の王達はとても楽しみにしていた。

 なにせアルヌンタオスの子供と会えるのだ。あの聡明で、優しく、気高かった彼の血縁ならば、さぞかし聡明な奴なのだろうと考えていた。


 誰もその考えを疑わなかったから、王達は三男に高度な会話を仕掛けた。

 小粋なジョークも交えた、王達にとっては気軽な会話だった。


 三男は怒り狂い、王達を殺した。


 賢くもなく、精神性も子供同然の三男に王達のジョークは難し過ぎたのだ。しかも、それらは酷く回りくどい会話な為、真意を理解できない人にとっては、人を馬鹿にしているとしか思えないような会話だったのだ。


 王を殺された他国の者たちは、当然怒り狂い、レルケーヌ王国に矛先を向けた。



 戦争が始まった。



 平和だった時代が終わり、多くの民が血を流す中で、長男は収拾をつけるため、仕方なく三男を処刑した。


 なんとか各国は鎮まったが、レルケーヌ王国に対する不信の念は強まってしまった。


 すると、次にはレルケーヌの国民が乱を起こした。


 立ち上がった国民の多くは、アルヌンタオスの政治の最中に生まれた者だった。


「こんな乱れた政治など、我々のレルケーヌ王国になどあってはならぬ。皆で諸悪の根源たる王宮を襲うのだ!」と。


 乱は三週間続いたが、騎士団の活躍によって鎮められた。


 長男は、いきり立つ国民を鎮めるために、仕方なく、乱に参加した国民達を処刑した。


 国民の暴動は鳴りを潜めた、だが、次は長男が気を病んでしまった。


 血の繋がった兄弟に、信頼していた家臣達に、仲良くしていた他国達に、愛していた国民達に次々と裏切られ、牙を向けられるこの世界に絶望したのだ。


 長男は父の剣で己の命を絶った。




 報せを聞いたアルヌンタオスは嘆き、悲しんだ。


 全ては皆に抱擁した自分が悪いのだ、と。


 己を恨んだアルヌンタオスは、報せを聞いてから程なくして、この世を去った。



_知ってるか?今年の舞台はベルドロ・マーシーが本を書くらしいぜ?あんな喜劇作家がこんなの書いたら、どうなっちまうんだろうな!

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