勇者の物語
ソルリは、突然、その日から勇者と呼ばれるようになった。
今まで住んでいた場所ではない場所で、見た事もない人たちに囲まれて。
ソルリはまさか自分にこんな事が起るなんてと酷く驚いたが、厳粛に頷いた。
ソルリはきちんと知っていた。
勇者とは、よく見て、よく考え、その判断の元に行動する力を持つ者だと知っていた。
**
まず、ソルリはその国を出ることにした。
悪いものを倒せというのだから、留まっている必要もないし、出ていく事は自然な事だ。
国から、剣やお金を渡されたので、ソルリは素直に受け取った。
ソルリは、もともと水汲みの途中で、このように人攫いのように別の場所に呼び出されてしまったので、お金も持っていなかったし、服も着ているものしかなかったからだ。
お金は、ソルリの国の使うコインでは無かったから、受け取ってから、これで正しかったのだとソルリは安心した。
旅の仲間をつけましょう、とその国から言われたけれど、ソルリは丁寧に断った。
「僕は、ここに呼ばれるぐらいだから強いはずです。だから、大丈夫です」
とソルリは答えた。
正直なところは、勝手にソルリを呼び出した人たちが選ぶ人というのが不安だからだ。ソルリは人見知り気味でもある。
それに、ソルリには、遠く離れていても、ソルリが呼べば来てくれる存在がいるはずだ。
こうして城を出たソルリは、初めて見る町の様子を物珍し気にキョロキョロと見回した。
城から出てきた、物珍しい恰好をしたソルリに、足を止める人が何人もいた。
「あなたはどこの人ですか」
と声をかけられたので、ソルリは自分の町の名前を答えた。
「僕は天空から来ました」
「なんと!」
ソルリの周りに、あっという間に大勢の人が集まった。
あまりにギュゥギュゥ集まってきて、驚いてしまったソルリは、ポンと宙に跳び上がった。
「オォッ!」
人々がどよめき、ソルリを見上げ、見つめ、指差し、手を振る。
踏みつけて透明な階段を上り、宙を歩くソルリは不安を覚える。
あまりにもたくさんの人たちが集まっていて、皆が熱を帯びていくのだから。
「勇者様!」
「勇者様!」
「魔族を倒せ!」
「人類に勝利を!」
「勇者様!」
怖くなってきて、ソルリは宙を駆けだした。
「見て、羽があるわ!」
ソルリの背に薄く見える透明な羽を誰かが見つけ、また騒ぎ出した。
走って人気のないところを選び隠れようと思いながら、ソルリは思った。
ここに住む人たちは、背の羽が珍しいらしい。
***
結局、夜になるまでソルリは移動し続けた。
喉が渇いてしまったけれど、どうやって水を得れば良いのか分からない。
ここに来る前に汲んでいた水がここにあれば、今自分は喉なんて乾かなかっただろうに。
人気が無くなった場所で、ソルリは首元をさぐり、丈夫な太い糸でぶら下げている身分証を取り出した。皆がお守りのように持っているものだ。
薄い箱型の身分証の4つの角から1つを選び、ソルリは思い切り吹いた。
プゥーーーー!!!
夜に、柔らかな音色が響いた。
***
ヒラリ、と宙から花びらが零れるようにして、一人が姿を現した。
ソルリは驚いて動きを止めてじっと見た。
その人はキョロリ、とあたりを見回してから、ソルリを見つけて礼をとった。
「こんばんは。素敵な夜ですね。さて、私はムーポンです。あなたのお名前は、召喚された勇者どの」
「ソルリです。あの、僕、友達が駆け付けてくれると思っていたんですけども」
ソルリより年上の、なぜだか印象の薄い青年は、うんうん、と分かったように頷いて見せた。
「あなたのご友人よりも、私の方がきっと役に立つでしょう」
「どうして」
「私が風の一族だからですよ」
「友達は?」
「転移の術についてでしょうか? あなたは天空の町の住人でしょう。大分離れている上に、この場所に来たことがないのですから、転移は難しいでしょう。それに、音色も天空の町にまでは届きませんよ。聞こえた私が駆け付けました。ご不満ですか?」
「えっと」
ソルリは、念のために確認した。
「あなたは、人間ですか、魔族ですか?」
「風の一族と言ったでしょう。私は魔族ですよ。さてあなたは人間ですか?」
「人間です」
「そうでしょう。人間だから、勇者にと呼ばれたのですからね」
手を差し出されて、ソルリはとりあえず握手に応じた。
風の一族だというムーポンは、ニコリと笑った。
「さぁ、では、行き先はご自由に。風のように駆け巡りましょう!」
***
ソルリとムーポンは、基本的に宙を走って移動した。
人にない動きをするので、ソルリが勇者だと人々はあっという間に噂した。
ソルリは地図を購入し、見知った名前を探そうとした。
ムーポンは行き先を決める気が全くないらしく、ただソルリのお供だと言ってついてくる。
なんでも、大昔から、勇者が召喚されたら協力できることはしようという秘密のルールができあがっているそうだ。
「きみの町には私は行ったことが無い。道中で教えてくれると嬉しいよ」
とムーポンが言うので、ソルリは自分の町の事を話し、代わりにムーポンからは、オススメの場所などを聞いてみる。
***
ソルリの国は、高い山々に囲まれた中にある。
「天空の町」と自分たちも呼んでいるし、下界でもそう呼ばれていると、学校でも教えられる。
なお、世界は全てソルリたちより下にある。あまりに高度が違うのと、荒れた世界だと聞いているので、ソルリたちは今まで下界に降りた事はない。わざわざ苦労する必要もないからだ。
学校で、どうしてこの場所に国があるのか、きちんと学んでいる。
ソルリたちの祖先は、もともと下界に住んでいた。
だが、下界というのは酷く荒れた場所。
祖先は住む場所もなくなり困り果てる。
それを、強い魔族が助けてくれた。今では神様として祀っている。ちなみに、神様は夫婦で今も生きている。時々、夢に現れておしゃべりして帰っていったと噂になるし、王様のセルリエカ様にも姿をたまに見せるという。
ソルリも一度見た事がある。数年前に、ぼーっとした男の人が現れて、なぜか頭を撫でて通り過ぎていった。夢だ、神様だとソルリは思った。起きて家族に報告したら、たぶんそれは神様ねという結論になった。だいたい、皆同じような経験をしている。
さて、下界には、勝手に強い人を呼びよせて、剣を持たせて魔族を殺しに行け、と一方的に命じる習慣があるそうだ。
下界では、魔族を悪者だと決めつけている。
だけど、この町の祖先たちは、魔族に助けられて生き延びた。
そして、王様のセルリエカ様は、魔族と人間のハーフで、たまに皆に会ってもくれて、とても綺麗な声で、とても優しい。なのに下界は大昔、魔族と人間の間の子どもなんて許さないと、異世界から強い人間を呼び寄せて、この優しい王様を殺そうとしたと言う事だ。
聞いた時は皆で憤慨した。
セルリエカ様は、皆のおばあちゃんでもある。
実際に、この町の人は、多かれ少なかれセルリエカ様の血を受け継いでいる。
この世界の魔族は、人間があまりにも酷くて、こう決めた。
もしまた、魔族を倒そうと異世界から勇者を呼び寄せる術を使ったら、異世界からではなく、この天空の町の人間に差し替えようと。
つまり、僕たちの誰かが勇者として召喚されるという事だ。
何度も繰り返された歴史を終わらせようと、神様たちが下界には秘密にして計画した事だそうだ。
***
さて。
仲間になってくれたムーポンは、話し好きな気さくな魔族だった。
「世界の秘宝について語ろうか? それとも、封印を解く旅を望むなら、私より詳しいものを紹介する」
楽しそうに話すので、ソルリも楽しい。
「せっかく選ばれたのだ、楽しまなければ面白くない。人の一生は風のように短いのだからね」
「ムーポンの一生も短いの?」
「そうだ。だから積極的に動き歌う」
ふふふふふん、と陽気に鼻歌を歌い出すので、ソルリも宙を歩きながら歌を歌う。
***
こうして勇者ソルリは旅に出た。
人間とは、話に聞いた通りに本当に浅ましく自分勝手な生き物なのだろうか。
人間にも、良い人だと思う人はいるのだろうか。
ソルリはどちらかというと人見知りだからか、怖いと思う事が多い気がした。
初対面なのに責めるように迫ってくる人が大勢いて、ソルリにあれをしてくれこれをしてくれと要求する。
そんな事を言われてもどうしたらいいのか分からない。
買い物などで必要に迫られて町に降りたのにこのようになり、宙に逃れようと思うけれど囲まれ過ぎて逃れられない。
ソルリより背の高い大きな人たちが上から押しつぶすように訴える。
天空の町で、こんな恐怖を抱いたことはない。
ムーポンが慌てて空から駆けつけて助けようとしてくれるが、人間の町だからとムーポンは待機で別行動になっていたのだ。だから空から来るムーポンに気付いた人たちは、相手が魔族だと知り石やものを投げつけて追い払う。
ムーポンは気さくで陽気で良い魔族だと思うけれど、それほど強くないと本人は言っている。
ものを投げつけられるだけで、ムーポンはこちらに近づけなくなる。
止めてください、と大声で怒ると人間たちは驚き、それから険しい顔になる。
「魔族を仲間にしてるのか!?」
と責められる。雰囲気に押し負けそうなのをグッと堪えて言い返した。
「ムーポンは良い人なのに、そっちが酷くて悪いじゃないか!」
町の人たちを怒らせてしまった。
大勢がソルリを掴もうと手を伸ばすのを、頭を覆って連れていかれないようにする。
勇者は普通の人たちより強いというけれど、ソルリはこの人たちがあまりにも怖い。
泣きそうに目の端に涙が浮かんだところで、ブンッ、と周囲の陰が消えた。
周囲がいなくなって明るくなった。顔を上げると、呆れたように、赤い髪の美人が自分に手を差し伸べていた。
「仲間になってあげる」
「え」
唐突な申し出だが、美人の目に既視感を覚えた。でも、変装している?
ソルリが気づいたのに分かったらしく、美人はソルリにウィンクをしてみせた。
「行きましょ。仲間もあっちよ」
美人が手を振った先に、片目をつぶり、頬を赤くしたムーポンが浮かんでいる。
「おい姉ちゃん! 魔族の肩を持つのか!」
町の人が声を荒げるのを、美人は一瞥してこう言った。
「馬鹿が」
突然の美人の威圧に、誰もが何も言えなくなった。
ソルリも驚きながら、手を引かれて美人と一緒に歩いていく。
***
「名前は?」
「ムーポン」
「目、大丈夫? 私、回復とかできないのよね」
心配そうに美人はムーポンを覗き込む。
ムーポンは片目をつぶったままだ。ウィンクではなくて、投げられたものが顔面に当たってしまったらしい。
ソルリは急いで、ムーポンに回復の術をかけた。
「お。すごいな」
「人間の術にも良いところがあるわ」
嬉しそうにムーポンと美人が褒めてくれる。
ところで。
「あの。僕、あなたを知っている気がします」
「気のせいよ?」
と美人は少し威圧するようにニコリと笑んだ。
しかし、ムーポンも首を傾げた。
「あなたの旦那様はどこに?」
美人はムッと口を尖らせた。
「良い!? 私はね!?」
美人がガン、とテーブルを叩いた。ガガガン、と店が揺れた。
皆が美人に注目している。ここは、美人が選んだ店の中。
「私は強いの! 勇者を助ける旅に出るの! 冒険するの!」
「・・・」
コクリ、とソルリは頷いた。
間違いなく、あの人だと確信した。
ソルリの住む天空の町は、とても高いところにある。外から、人間や魔族が来ることができないほどに。
だけど、唯一の例外は、ドラゴンだ。
そしてこの人は、その夫婦のドラゴンの奥様の方だ。黒いドラゴンが魔王のスピィーシアーリ様。赤いドラゴンが奥様でセディルナ様。
お二人は人間の姿になることもできる。
目の前にいるのは、間違いなくセディルナ様。いつもより、人間ぽく変装している。
ソルリとムーポンは顔を見合わせた。
セディルナ様と直接話をした事は今までない。でも、変り者だと語られている。
そして、強い。
ソルリとムーポンは頷いた。
不要な事は言わないでおこう。共に同じ判断をしたのだった。
***
勇者のソルリ、風族のムーポン、ドラゴンのセディルナ様。
わいわい、賑やかな旅になった。人見知りなんていっている場合ではないぐらい、セディルナ様がひっかきまわしてくれるので、多分たくましくなっているとソルリは自分で思う。
急に山に連れていかれて、洞窟探検することになり、たくさんの隠し財産を見つけた事もあった。
どうして良いのかソルリもムーポンも分からなかったので、結局気に入った1つだけ貰ってあとはそのまま改めて封印しようという話になった。
それにセディルナ様が「つまらなーい」と口を尖らせたので、ムーポンが思いついて、『1つを貰う代わりに自分のものを1つ残す』というルールを勝手に作り、勝手にそこに張り紙をすることにした。セディルナ様は、それはちょっと面白いと許可してくれた。
このルールを他の場所でも適用して、ソルリとムーポンの持ち物は、色々入れ替わっていった。
「このマント、キラキラ虹色になって気に入ってるんだ」
「私はこの靴だね。ふわふわフカフカしているのが良い」
「ねぇねぇ、そろそろ、ドラゴンの住処に向かいましょうよ!」
セディルナ様が提案してきた。キラキラと目を輝かせている。
ソルリとムーポンは、持ち物自慢を中止して、セディルナ様を見て、それから目くばせし合った。
「なによ。ねぇ。ドラゴンの背に乗って移動するの。しましょ?」
「それですが・・・」
「私は吹き飛ばされてしまいませんか? 力の差が酷いのですが」
なんとなく予想できていたため、事前に二人で相談していた。
魔族は力の差に敏感だから、ムーポンは魔王様の背に乗るなんて無理だと悩んでいたのだ。
オズオズとした申し出に、セディルナ様はショックを受けたように動きを止めた。
それから動いた。口だけ。
「・・・だめ、なの・・・」
多大なショックを受けたままだと分かって、ソルリとムーポンが気まずそうな顔になる。
「駄目なの? だって、スピィーシアーリ楽しみにしてるの! お願い!」
「魔王様もついてくるんですね・・・」
「くぅ、無理だ!」
頭を抱えたムーポンを見かねたのか。
どこからかとても小さく、
「策はあります・・・」
と声が聞こえた。
皆で地面を見る。
ポコッと小さな穴があいた。
ヌッと木の枝が現れた。
「勇者さん、はじめまして。ねぇ、風の一族さん。せっかく秘宝を巡っているのです。ドラゴンの背に耐えられる秘宝を入手すれば良いのです」
こうして、枝のような姿の魔族も仲間になった。色んなことを知っていた。
***
ソルリは、秘宝を巡りつつ、ドラゴンの住処も訪れて、魔族で一番強いドラゴンも仲間に加えた。
ちなみにその際、奥様のセディルナ様に、「大昔にも勇者の仲間になったことを話題にした上で誘ってあげて」と頼まれたので、そのようにした。
なんだか非常にヤラセ感が満載だけれど、魔王スピィーシアーリ様はシッポをユラユラ揺らしてとても嬉しそうにしたので、良い事をしたとソルリは心から思った。
魔王様が心優しいドラゴンであることは町の皆全員が知っている。喜んでもらえるなら嬉しい限りだ。
さて、勇者の仲間になったドラゴンが魔王である事は公然の秘密。
黒い大きなドラゴンは嬉しそうに皆を背に乗せて行きたい場所まで飛んでくれる。
場所についたら、人間の姿になって、一緒に旅についてくる。ちなみに美人のセディルナ様にも負けない美丈夫で大変絵になる。そんな夫婦がニコニコ浮かれたようについてくる。
ドラゴンの脅威を防ぐ秘宝を入手できたムーポンも、動じず楽しそうに笑っている。
樹の枝のような魔族、キーニティーガは歩くのが苦手で、ソルリの鞄の上に乗って移動する。
山では、体中が金属の鉄器族、ザザドも仲間になりたいと入ってきた。魔王スピィーシアーリと手を打ち鳴らして喜んでいる。
なんだか賑やかな一団になってきた。これってなんの旅だっただろう。
花が美しい谷までは、ケガして困っていた小人族を助けて、集落まで連れていったら感謝されて、2名、兄妹が仲間に加わった。
***
さて、魔族の領域に来てしまっていたので、歩いて人間の町に戻ってみる事になった。
道中、古い遺跡に立ち寄った。
ソルリは目の前の光景に感動した。学校で、天空の町の前に、祖先が住もうとした町があると習っていたからだ。ここはその町だと分かったからだ。
せっかくだから泊まろうと、生えている低木の根を枕にしようとして驚いた。話しかけて来たからだ。
『どこから来た? 人間か? 魔族か? 世界は今どんな風だ?』
セディルナ様が教えてくれた。
「あ、この木ね、昔にこの町に来て、魔族化した人間たちなのよ」
それから、一つを指差した。
「あ、そこの木が兵士Bよ。皆の話を教えてあげて。とても喜ぶわ」
言われるがままに、その木に向かって話をする。
木は嬉しそうに葉を鳴らした。
『セルリエカ様をよく知っている。お元気でとても嬉しい。カールは死んだと聞いているが、そうか、お前は子孫なのかぁ』
カールというのは、王様のセルリエカ様が結婚した、人間の旦那様のお名前だ。
つまりソルリの町の祖先の一人だ。
ソルリは酷く驚いて、その木から思い出話をたくさん聞いた。
その木は、この町に来たけれど、予想できない影響を受けて、この姿になったという。
『あぁ、懐かしいなぁ』
「この姿になって、魔族を恨んだりして無いの?」
『魔族を恨む筋合いはないな。どっちかっていうと、俺には人間の方がセルリエカ様に酷いと思ったから』
「・・・ふぅん」
『なぁ、実は、俺はここで動けないが、たまにイフェル様が来てくださるんだ。皆の様子を、今でも見に来てくださるんだ』
イフェル様というのは、町の夫婦の神様の、奥さんの方だ。もともとは人間だったけれど、旦那様が魔族で、奥さんも魔族になってしまったという。
『そうだ。これ、持って行ってくれ』
木の幹が急に盛り上がり、コロリと転がり落ちた。
驚いて見ると、木の塊がモゴモゴと動く。それから、クルン、と回転して、人の顔になった。
怖くてソルリは驚いて息を飲んだ。
『俺も俺も』
向こうの木から声がした。ゴトリ、と音がする。
それからソルリの方にゴロンゴロン、と転がってくる。
『私も』
『ワシも』
『わたしもー』
ゴロンゴロン、と木の塊が集まってきた。
『大丈夫だ、みんな集まるだけだから』
ソルリが硬直しているのに気付いて、木が言った。
その前で、木の塊がガツガツとぶつかり合い、粘土のように組み合わさる。
『俺、頭でも良い?』
『良いわよ。「兵士B」だからね』
『ワシは左腕が良い』
『わたし、じゃあ左足』
色んな声がして、大きな木の人形が出来上がる。
『ついていっていいか?』
出来上がった人形に尋ねられて、ソルリは息を飲んだ。
木の人形は、グルグルと楽しそうに腕を動かし、それからまた聞いてきた。
『駄目か?』
悲しそうに聞かれて、ソルリはブルブルと首を横に振った。
「良いよ、大丈夫だよ」
『ありがとう』
木の人形は、両腕を上げて喜びを表現した。
その夜、ソルリはその木に聞いた。
木は教えた。
皆、勇者が召喚されたら、力になろうと心に決めていたんだと。
だから安心して良いと、木は言った。
『ソルリは全ての責任を負わなくて良い。ソルリはただの、きっかけだから』
「きっかけ?」
『ソルリがきっかけじゃないよ。正しくは、ソルリを呼んだことが、きっかけなんだ』
と他の木が口を出した。
***
旅の仲間は増えていった。魔族ばかりだ。
元の町で、魔族の方が優しい、人間は浅はかで自分勝手だと聞かされていたけれど、ソルリはその通りだという思いが増すばかりだった。
自分にも魔族の血が流れている。でも人間の血も流れている。
人間にも良い人はいるとも、聞いている。
だけど人間は、勇者召喚をまた選んだのだ。
人間は魔族を殺そうと、そんな術を実行したのだ。
だから、世界は人間を滅ぼす時が来たと知っている。
本当にこれで良いのだろうか。ソルリには分からない。
魔族は協力的で、人間は高圧的で。
あまりにも偏りがありすぎて、逆に不安を覚えてしまう。
***
皆で、人間の領域に戻って、その中の秘密の場所にたどり着いた。
人間の領域の中に、昔の魔王の作った魔族の領域が遺されているのだ。
大勢は入り口で待機すると言った。
少人数の方が良いというので、ソルリは、すっかり親友であるムーポン、それから主張してきたセディルナ様、それから木の塊から頭だけ、つまり兵士Bを連れていく。自分は『兵士B』だからと一生懸命名乗り出てきたからだ。そして、念のためにと、魔王スピィーシアーリも人の姿で同行する。
暗い洞窟を進んでいく。
魔王スピィーシアーリが作ってくれた明かりが洞窟内を照らしている。
誰かが立っていた。
驚いて近づいて、目を凝らす。
こちらに気付いて、ニコリと笑んだのは、繊細な顔立ちの可愛い女の人だった。
ソルリに向かって笑んでいるようだ。ソルリは勇気を出して話しかける。
「こんにちは」
***
女の人に案内されて奥に進む。
随分進んだ先、急に洞窟が大きく開く。
「何者か」
低い声がして驚いた。
空間いっぱいいに、1匹の大きなドラゴンがいる。
「あの、僕は」
ソルリは圧倒されて言葉を失いかけたが、同時にアレ、と気が付いた。
それから、案内してくれた女の人を見て、ドラゴンを見つめ、それから周囲を見回した。
ソルリは慌てて、首元をさぐり、胸元からぶら下げている身分証を取り出した。
「僕は、天空の町から来ました。・・・ここは、神様の眠る場所ですか!?」
神様は生きているけれど、封じられているとも知っている。力が強いから、封じられていてもなお、夢の中に現れるのだと。
「いかにも。そうだな」
とドラゴンは言った。
「あなたは、イーギルドですか? 神様の弟の」
「いかにも」
と、ドラゴンは重々しく言った。
ソルリは高揚した。
「僕、僕、昔、神様に頭を撫でてもらった夢を見て、それで」
「そうか」
ソルリは慌てるように説明しようとしてから、ハッとした。
勇者は、神様の封印も解く事ができるかもしれないと、聞いていた。
秘宝。
違う。
水を、僕は持ってきただろうか。
「ソルリ、どうした」
小声で、ムーポンが尋ねてきた。
「水。飲み水、無い?」
「ある」
「手の平に」
「ん? 直接か?」
手の平に水を注いでもらう。
ドラゴンはじっと不思議そうに見ている。
「僕たち、天空の町では、神様の封印を解く術を、ずっと考えていて、だから、僕は解きます!」
「え」
セディルナ様の驚いた呟きが聞こえた。
「特別な水じゃないの? それで良いの?」
「水であれば良いんです」
***
ソルリは術のために、水を垂らして模様を描いた。
途中で土を盛り、身分証を取り出して、間違いない事を確認する。
身分証には模様が少し刻まれている。
ソルリたちの先祖は人間だ。そして、夫婦の神様の奥様の方は、もともと術について詳しい人間だった。
だから、天空の町の人たちは、魔力も強いが、魔力の乏しい人間の開発した術も使う事ができる。
だから強いと言われるのだけど。
それから術を展開した。
空間に、たくさんの網目が浮かび上がった。
「わぁ、すごい」
ソルリは感嘆した。
大昔、神様を封じ込めたという強力な術。
芸術的なまでに細かく巨大な文様が、空間に浮かび上がっていた。これは、強力な命令書だ。
本当は、解き方なんてものは存在しない。解かれる事など考えられていないからだ。
だけど随分昔に施された上に、少し破られている跡もある。ここにいる神様の弟の影響だ。
ソルリはよいしょと地面に静かに座った。
身分証を取り出して、神様に捧げるように見せる。
「僕は、天空の町から召喚された、勇者ソルリです」
神様に自己紹介してから、ソルリは選んだ角に息を吹きかけた。
ピー・・・ッピピ
小鳥のさえずりのような音が出る。
ピーピッピピピ
「『ルディアン!』」
とソルリは高い声を出した。
「奥様のイフェル様から、伝言です。『もういい加減起きてはどう? 私たちの可愛い子孫が、呼びに来たわよ』」
町に代々伝わる、勇者の捧げる神様への言葉だ。これが、町で考え出した、神様の封印を解く方法。
周囲は無言で見守っている。
「『召喚勇者に託すわね。はい、起きなさい』」
静かだ。
静かで、静かで。
皆が息を飲んで見つめている。
ピシッと、洞窟の一番奥から、小さく何かが割れた音がした。
***
「悪い。随分長い事寝てたな」
「本当にね。早くセルリエカのところに戻りたいわ」
奥から、二人が現れた。
ソルリの周りの魔族たちが、一斉に騒ぎ出した。
ドラゴンが震えるように大声で泣き、洞窟をここまで案内した可愛い女の人も嬉しそうに泣いている。
ムーポンが慌てたようにソルリの耳を両手で防いでくれる。大音量だからだ。
兵士Bの、木の塊が飛び跳ねている。
セディルナ様は魔王スピィーシアーリの両手を掴み、ピョンピョン跳ねて笑っている。魔王スピィーシアーリの方が嬉しそうに泣きそうだ。
お祭りだ。
それから、ソルリのところに歩いてきた神様は、いつか見た夢の通りに、ソルリの横を通り過ぎながら大きな手で頭を撫でた。
「良くやった。さぁ、仕上げをしよう」
「もっと褒めてあげて! 私たちの子孫よ!」
神様の奥様が足早に神様の後をついていく。腕を絡めるようにしながら訴えている。
神様は意表を突かれたような顔をしてから、夫婦で揃ってソルリを振り返り、それから首を傾げて、
「左がそうだよな?」
などと確認した。
向かって左がソルリで、右はムーポンだ。
ムーポンがブンブンと慌てたように両手を振って自分は違うことを伝えている。
「お前。名前は? セルリエカは祖母か? 曾祖母か?」
「わっ」
わきの下に手を突っ込まれて、軽々とソルリは持ち上げられた。
慣れたように神様に肩車される。
もう少年になっているソルリは赤面した。まるで小さな子の扱いだ。
「ん?」
神様は気にせず質問の答えを待っている。
ソルリは肩車については言えずに、答えた。
「ずっとずっと前の、祖先です。王様で、皆のおばあちゃんです。とても優しい」
「そうか」
神様は嬉しそうに笑った。
肩車のままで洞窟を出る。
洞窟の前に集まっていた魔族が、一斉にワァと声を上げた。
「勇者! 勇者!」
などと途中から囃し立てられて、あまりの恥ずかしさにソルリは赤面しっぱなしだった。
途中で魔王スピィーシアーリが気がついて、神様の肩車から優しく降ろしてくれた。
***
ここからは、神様と魔王の行いになる。
ソルリは洞窟の前に残された。可愛い子孫には難しい場面だと言われたのだ。
神様は兵士Bの木の塊には、
「大丈夫だ、兵士Aの国は残す。選別はついてる」
と言いのこした。
ソルリは、手を振って神様とその弟と、魔王夫婦を送り出した。他は、危険だからとこちらに残る。
そして。
あっという間に、神様たちは戻ってくる。
勝ったぞ、と神様たちは満足そうに笑っていた。
「久々に暴れちゃった」
と舌をチラと出してみせたのはセディルナ様で、魔王が呆れたように笑っていた。
***
「ソルリ。勇者の旅、お疲れ様」
ムーポンが労う。
「僕は冒険をしていただけだよ。結局は神様の戦いだったんだ」
「そうだけど。ソルリの冒険は意味があったよ」
「そうかな」
「なんといっても、私も仲間だったからね」
「そうだね」
楽しく笑おう。
ムーポンが言った。
「もう、隠された町に住まなくても良い。これからは私も天空の町に遊びに行って良いだろうか?」
「え? もちろん・・・」
ソルリは驚いた。
ムーポンは白状した。
「人間に居場所を悟られないように、きみたちの町は、隠されていた。スピィーシアーリ様たちしか行けなかったというよりも、行かなかったんだ。人間の領域に、魔族が頻繁に訪れる場所があったら疑われてしまうから」
ソルリは真顔でムートンを見つめた。ムーポンは分かったように笑んできた。
「そうだったんだ」
ソルリは呟いてから、頷いて笑顔を返した。
「うん、是非、遊びに来て。とても高い山の中にあるけど、本当にいいところだよ」
「うん。必ず行く」
***
勇者ソルリは、神様たちと一緒に天空の町に帰還する。
王様のセルリエカ様が神様の封印が解けた事に気付いていて、町はお祭りのように大盛り上がりだった。
ソルリは勇者だと称えられたけれど、少し困ってしまうのも事実だ。
ソルリは、自分にできる冒険しかしていない。
神様の封印を解いたけれど、ソルリが悪者を倒したわけではない。
「それで十分よ、ソルリ」
と、王様のセルリエカ様が優しく労ってくださった。
「冒険だけでよくやったのよ。よく無事で戻ってきてくれました。本当に良かったわ、ねぇ、みんな」
「でも、世界が大きく、変ってしまいました」
とソルリは告白するように小さくセルリエカ様に訴えた。
「そうですね。でも、そうしたのは、人間の方なのですよ」
とセルリエカ様は言った。
「火事があれば水をかけるように。お父様たちは、消火なさったのです。私たちが平和に生きていけるように」
***
学校では、話し合いで解決しなさいと教えられている。ケンカ、特に暴力は野蛮な事だと。
だから力で解決したことを知っているソルリは、混乱しそうになることもあるけれど。
世の中には、話し合いで解決できない事もあるのだろう。神様にさえ。
とはいえ。
頻繁に、色んな魔族が遊びに来てくれるようになり、ソルリたちも一緒に下界に降りて色んな場所を見に行けるようになった。
下界の町で、魔族に石を投げつける人などもう見ない。
皆、穏やかだったり活気づいたりして生きている。
だから、良い世界になったんだとソルリは思う。
今日も皆で広い世界を冒険しよう。
おわり