少女とお友達
三姉妹が太陽の畑に出かけた、静かな昼下がり。
レイラは一人、書斎で、彼女達の父親が遺した書物を読んでいる。
世界中から蒐集した、様々な言葉で書かれた書物達。既に朽ち果てても良い程の時間は経っていたが、丁寧に手入れをされ、まるで時間が止まっているかの様に綺麗だ。
ふと目を上げたレイラは、窓の外に一人の人間を認めた。魔法の森に住む、七色の魔法使い。
レイラは、ノックの音が鳴る前に、閂を開けた。
邸に響く、扉が軋む音。慣れた様に、足音が階段を上がってくる。
「レイラ? そこにいるの?」
「ここよ」
書斎の扉がひとりでに開く。後ろに、バスケット片手に立つ魔法使い。
「お久しぶり、アリス」
「お久しぶり、レイラ。ごめんなさいね、遅くなって」
「良いのよ」
そのまま余っている椅子に座ったアリスは、バスケットから人形を取り出した。
「はい、お願いされてた、メルランの人形よ」
左手には、水色の髪に桃色の服を着た、騒霊に良く似た人形。帽子をよく見ると、M・Pと刺繍されている。
「ありがとう。楽しみにしてたのよ。それじゃあ、お礼をしなきゃね」
立ち上がったレイラは、本棚から、一冊の本を取り出した。黒い革が張られた、古い本。
「はい、約束の本。これはとっておき」
「とっておき?」
「騒霊の魔法の書」
アリスの目が、微かに驚きに染まる。
「……良いの? 大事な本でしょ?」
まさかと思いながら本を覗いたアリスは、確かに、文字が魔法使い特有の、それも高度な暗号で書かれているのを見取った。
ページをぱらぱらとめくりながら、「良いのよ、私にはもう、必要無いから」と言って、微笑みを浮かべる少女。
「あげる物なら、他にも父が集めたのが沢山あるけど、やっぱり、これが一番喜んでもらえると思って」
「ええ、とっても嬉しいわ。ありがと」
屈託無く笑うと、アリスは、受け取った本をバスケットに入れた。
疑似的に魂を生み出す魔法である騒霊魔法を応用すれば、アリスの目指す究極の人形を作れるかも知れない。そう考えたアリスは、本を早く読みたくてたまらなかったが、ひとまず脇に置いて、会話を楽しむ事にした。
「じゃあ、次の人形は、もっと丹精込めて作らなきゃね」
「あら、今までは手を抜いてたのかしら?」
レイラはいたずらっぽく笑った。
「まさか。言葉のあやよ」
再び座った魔法使いは、幻想郷縁起の記述を思い出していた。
「私の活動場所があらゆる場所とは、よく言ったものね」
「幻想郷縁起の事?」
幻想郷縁起の内容は、レイラも少し知っている。ただ、姉達からの又聞きなので、完全な内容ではないが。アリスの活動場所が紫と同じ書き方をされており、姉妹の間で一度話題になったのだ。
「ええ。阿求が書いてたのよ。どこから聞いたのか分からないけど。ここに来る魔法使いなんて、私くらいでしょう?」
「そうね」
館の主は、稀に来る来客を思い出してみたが、魔法使いはアリス以外にいなかった。魔法を使う者はいるにはいたが。
「つい最近も、異変解決に関わったそうじゃない。どんな異変だったのか、教えてよ」
「関わったって程でもないんだけど……」
少女達の話は、すぐには尽きそうにない。