8話
それから、一週間が経過した。
「……異世界でも、朝が冷え込むのは変わらないのか。」
バケツを持ちながら、すぐの近くの場所にある川を目指して歩く。
この世界に来た時についていた傷(恐らく魔物につけられたものだ)と、黒い鳥に襲われたときについた僅かな傷も完治し。
俺は、細かい作業は勝手が分からないので、水を汲むなどの単純な力仕事を手伝いながら、老婆が王都に買い出しに行くまでの日々を過ごしていた。
――あの後、魔物に襲われることもなく、無事に彼女の家に戻ってきた。
元々、魔物はそんなによく現れるわけではないと、イズは言っていた。
戻ってきた俺とイズは早速、老婆にロケットの事を話し、鍵開けの魔法を使ってくれないかと頼んだのだが、ここで問題が発生した。
そもそも老婆は鍵開けの魔法を覚えていなかったのだ。
鍵開けの魔法には魔力の量より技術が云々、要するに、それ専門の職などについてる人でないと使えないと。
幸いにも、鍵開けの魔法を使える人物のアテはあるという。
曰くこの老婆は日用品の購入のため、二日か三日ほどこの国の王都に買い出しに行く事があるらしい。
その王都には鍵開けの魔法を商売にしている女性がいる。その女性を紹介してくれるそうだ。
……ふと、「おつかいイベント」とか「たらいまわし」という言葉が頭をよぎったが、きっと考えすぎだろう。
その話を聞き、ありがたく思うと同時に、一つの疑問を持った。
何故この老婆は、王都に出かける際にイズを連れていかなかったのだろうか?
だが、この事については何も言わなかった。
「やっぱ聞いとけば良かったか……でも……」
老婆は何らかの理由でイズを森から出したくない。
イズはこの老婆の言いつけをよく守っている。
そして俺はといえば、ただ異世界に迷い込んだ所を助けられただけ身だ。
彼女たちの内心がどうであれ、多分俺がとやかく言う問題ではないだろう。
「まあ、考えても仕方ないか。」
過ぎたことをどれだけ考えても仕方がない。
思考を切り替えようとして、なんとなく左の腰に帯びているナイフに触れる。
もう一つ、俺自身の問題があった。
俺は"敵"に対する対抗策を持っていないという事だ。
武器はない、素手だ。徒手空拳が使えるわけでもない。
防具は……この服は防具なのか。明らかに心もとない。
魔法も使えない。この一週間、イズに頼んで簡単な魔法を教えてもらったのだが、何故か全く使えなかった。
異世界人には使えないのだろうか?
ある意味、異世界転生ものの要でもあるチートだが、これが一番わからない。
俺が気が付いてないのか、あまり考えたくはないが……そもそも存在しないのか。
死んで発動だとか、そういう可能性もあるが、そんな不安定なものをアテにして立ち回るわけにもいかない。
「……平和なジャパン人が、魔物のいる異世界に丸腰とか無理ゲーすぎるだろ。」
今回こそイズがいてくれたお陰で助かったが、もし彼女がいなければ、恐らくあそこで死んでいただろう。
自分の今の境遇を呪うと同時に、彼女に改めて感謝した。
そして、武器代わりになるような物はないかと。老婆に相談した。
助けてもらったクセに図々しいとは思ったが、背は腹に代えられない。
すると老婆はどこからか、少し古めの短剣、ナイフを持ってきた。
昔、イズに護身用として渡したようだが、魔法が使えるようになってからずっと使っていなかったそうだ。
――少しでも使ってくれる人が持っていた方が良いだろうて。
そう言って、古めのナイフをくれた。鞘まで付いている。
老婆に感謝の言葉を伝えつつ、ナイフを手に取り、しげしげと見つめる。
少し錆びついているし、小さいが、金属の重みがなんとなく頼もしい。
老婆にやり方を教えてもらい、左の腰に帯びる。
老婆は笑顔で頷く。その仕草はどことなく、イズに似ていた。
「しっかし、寒いな……」
まだ朝早い時間だ。手と手を擦りながら、寒さを紛らわせる。
あれから魔物の姿も見ておらず、すっかり平和に馴染んでいた。
きっとこのまま、王都に行くまでの日々を過ごすのだろうと考えながら。
……が、この予想は大きく外れる事になる。
この日、俺とイズ、そして、この世界の運命が大きく動き出すことを、俺はまだ知らなかった。
2chなど、各所から問題点などを指摘してもらいました。そのことを考慮しつつ書き進めて行こうと思います。
追記 徒手空拳修正しようと思ってたのに忘れてた…そのうち修正します。