16日の物語
29歳の転居 ―――4月16日(木)―――
俺、20代の間に結婚したいんだ。
ねえ、俺がそう言ったの覚えてる?そしてその時結衣ちゃん、なんて答えたか覚えてる?俺はいまも、覚えてるよ。そして知ってた?今年がその、タイムリミットだって。
「ここ」
やっと休みが合った日。俺は結衣ちゃんを連れて、7年ぶりにこの駅へ降りた。駅から歩いて15分。当時は新築だったけど、いまは少しくすんだ壁。
「いいとこね。日当たりも良さそう」
「うん。2階の角部屋。ほかの部屋よりちょっと広くて、窓から海が見える」
「前に来たの?」
「うん、7年前に」
俺を見上げて結衣ちゃんが首を傾げる。
「7年前、このアパート新築でさ、俺、就職が決まったあと、社員寮じゃなくて、自分でこの部屋借りるつもりだったんだ」
不動産屋さんに借りた鍵で部屋の中に入る。リビングと小さなキッチン。お風呂とトイレは別々で、他に二部屋ある。ふたりで住むにはいい広さ。
「いい部屋だけど、ひとりで住むには広くない?」
ひととおり部屋を回って、結衣ちゃんは日当りのいいベランダを開けた。
「うん、一緒に住みたいと思ってたから」
俺の言葉に、結衣ちゃんが振り返って怪訝な顔をする。
「結衣ちゃんと」
「え・・・?」
「俺の勝手な考えだよ。大学卒業して、仕事がちょっと安定したら、結衣ちゃんにそういうつもりだったんだ・・・卒業前に、振られちゃったけど」
「ごめん・・・」
結衣ちゃんが俯いてしまった。そんなつもりで言ったんじゃないよ。
「責めてないよ。悪いのは俺なんだから」
「でも、私、彰がそんなことまで考えてくれてるなんて、全然・・・ごめんなさい。あんなひどいこと言って、彰のこと傷つけて・・・」
「傷ついてなんかないよ。もしも傷ついたのだとしても、今こうして結衣ちゃんのそばにいるために必要なことだったのなら、、俺はそれで最高に幸せだよ。また出会えてよかったと思ってるよ」
「うん・・・」
「結衣ちゃん、今度は俺が結衣ちゃんを幸せにするから、俺と一緒にここに住んで」
「・・・・・・」
「毎朝起こしてなんて、無茶言わないし、俺、結構料理も上手いよ?俺が休みで結衣ちゃんが仕事の日は、夕食作って待ってるし、掃除も洗濯も何でもしちゃう。だから、ね?」
屈んで結衣ちゃんの顔を覗く。
「私、料理上手じゃないよ?」
「じゃあ、俺が教えてあげる」
「掃除も苦手なの」
「じゃあ、掃除は俺の担当」
「洗濯干すのは好きだけど、畳むのは苦手」
「俺が畳んでアイロンかけといてあげる」
「仕事がうまくいかないと、イライラしてやけ食いしちゃうし」
「そんな日は、冷凍庫いっぱいにアイス詰めて待ってる」
「プリンのほうがいいってわがまま言うかも」
「走ってコンビニ行って、プリン買い占めてくるよ」
結衣ちゃん、何を言っても無駄だよ?俺はもう、きみを逃がさないんだから。なぜなら、これが俺のラストチャンスだから。
「彰」
「うん?」
「引っ越しは、いつにしよっか?」
「今月がもうあんまり残ってないから、次の結衣ちゃんの休みの日」
「じゃあ、急いで帰って荷造りしなきゃ」
「うんうん」
これでもう、会えない日なんてなくなるね。