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29歳の転居  作者: 白石 玲
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15日の物語

   29歳の転居   ―――4月15日(水)―――


 結衣ちゃん、今度こそ俺は、“いい彼氏”になりたいんだ。


「待ち合わせです」

 顔をあげると入り口で店員さんに言っている結衣ちゃんと目が合う。

「ごめんね、ちょっとうまく切り上げられなくて・・・」

 時刻は13時半をちょっとすぎたところ。

「俺は何時間でも待ってるから、もっと落ち着いてゆっくりきてよ。そんなヒールで走って、途中で結衣ちゃんが転ぶほうが怖いよ」

 立ち上がって結衣ちゃんが肩にかけていたショールを脱ぐのを手伝い、椅子を引いて座らせて、彼女にメニューを渡す。

「彰、お昼は?」

「まだだよ。結衣ちゃんは?」

「ここのパスタ美味しいの。でも、ワタリガニかウニでいっつも迷っちゃう」

 幸せそうにメニューを眺める結衣ちゃん。

「じゃあ、両方頼んで半分こにしよう」

「え?片っぽは彰が選んでよ」

「俺は結衣ちゃんが食べたいものが食べたいんだからこれでいいの」

 店員さんを呼んでパスタとドリンクを注文する。

「仕事忙しいの?」

「年度初めだからちょっとね。新人研修とか任されちゃって・・・それにしても、久しぶり」

 結衣ちゃんがテーブルの上に手を出して俺の指を触る。左の中指にはピンクゴールドとホワイトサファイアのリング。白くてきれいな結衣ちゃんの手がくすぐったい。

「そっか・・・来月になったら、時間できるかな?」

「ごめんね、あんまり会えなくて・・・」

「いや、それは俺のセリフでしょ」

「どうして?彰はいつも無理して会いにきてくれようとしてるじゃない」

「今の俺たちの状態だと、ちょっとくらい無理しなきゃ会えないから・・・お互い職場も家も、結構離れてるしね」

 パスタが運ばれてきて、俺は取り分けて結衣ちゃんに渡す。

「ありがと・・・ねえ、彰、私も、話があるの」

「えっ?なに?」

 俺は一瞬身構える・・・会えなさ過ぎてもう別れたい・・・とか?

「実は、引っ越そうかなって・・・もうちょっと、彰と会いやすい場所に」

「え?まじ?」

「うん、ひとり暮らししてみるのもいいかと思って・・・あ、ごめん、先に彰の話聞かなきゃいけなかったね」

 パスタを食べる手を止めて結衣ちゃんが俺に向き直る。

「あ、いや、とりあえず食べようよ・・・っていうか、俺の話も、結衣ちゃんと同じようなことで・・・」

「彰も引っ越すの?」

「うん。今の社員寮、今月いっぱいで引き払わなきゃいけないんだ」

「どうして?」

「俺今年、30だから」

 言えば結衣ちゃんはうんうん頷いてる。ねえ、結衣ちゃん、あの約束覚えてる?俺はいまもあの約束が有効だと思ってるんだけど、結衣ちゃんはどう?

「で、どの辺に?彰のことだから、職場の近くじゃないとね」

「え、いや、できれば、俺も結衣ちゃんと会いやすいように、結衣ちゃんの職場とホテルの中間にでもって思ってたんだけど」

 半分嘘で半分本当。

「いいよ。私も引っ越すつもりだから、彰はホテルの近くにして。走って10分くらいとか。じゃないと彰、遅刻しそうで心配だから」

 食後のデザートが運ばれてきて、俺はいつも通り最初の一口を無意識に結衣ちゃんに食べさせる。結衣ちゃんもほぼ無意識に口に入れている。

「俺が遅刻しないかどうか、そんなに心配?」

「うん」

 珈琲ゼリーを食べながら結衣ちゃんが答える。

「じゃあさ、結衣ちゃん、毎日俺を起こしてよ」

「えー、毎日モーニングコールなんて、めんどくさいよ。それに電話くらいじゃ彰起きないじゃない」

 うん、起きないね。だから・・・

「じゃあ、一緒に住んで毎日起こして?」

「・・・・・・」


 結衣ちゃんが大きく瞳を見開いて俺を見つめる。スプーンにすくった珈琲ゼリーがぽたりとテーブルに着地した。




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