14日の物語
29歳の転居 ―――4月14日(火)―――
結衣ちゃんが他の男に取られるんじゃないかっていう心配が減った分、付き合う前より安心感はあるけど、このままじゃ、7年前よりひどい気がする・・・。
「はぁ・・・」
何をしていてもため息が出てしまう。結衣ちゃんと付き合い始めてからというもの、俺は毎日こんな感じ。幸せじゃないなんて、そんなことはない。結衣ちゃんの彼氏になれてものすごく幸せ。でも、付き合い始めてから2か月以上たってるのに、デートがたった2回だけって、どうなの?
「またため息ついてる」
いつかみたいに田部井さんに肩を叩かれて(今日はコーヒー落とさなかった)無理やり隣に座られた。
「付き合い始めたんじゃなかったの?」
「付き合い始めましたよ・・・」
「あんた、付き合う前より暗くなってない?」
「なってますよ・・・」
再びため息。
「そんなことよりさ」
俺の深刻な悩みはまたしても田部井さんに“そんなこと”の一言で流された。
「あんた、いつ引っ越すの?」
「へ?」
引っ越す?俺が?そんな予定あったっけ?
「『へ?』じゃないわよ、あんた今年30でしょ。今の社員寮、今月までしか住めないでしょ?」
「へ?」
何それ、冗談?
「冗談なわけないでしょ。まさかほんとに忘れてるわけ?」
あ、声に出てたらしい。
「忘れてるって・・・?」
「入社したとき言われたでしょ?通知もきてるはずだし、郵便ちゃんと見てる?」
「あー、いやー・・・」
ここ数か月結衣ちゃんのことで頭いっぱいで・・・。
「ちょっと、今日何日だと思ってんのよ?」
「14日・・・」
ってことは、引っ越さないといけない期間まで、あと16日。
「いやいや、無理じゃないですか」
「無理でも追い出されるのよ?」
「どうしろっていうんですか?」
「引っ越せっていうのよ」
結衣ちゃんのことに全思考を回せない状況になった。でも、これはある意味千載一遇のチャンスなんじゃ・・・?
『はい』
「あ!結衣ちゃん?」
23時50分・・・ほとんど日付が変わる直前。今日は夜勤だから、仮眠前に非常識覚悟で結衣ちゃんに電話をした。
『どうしたの?何かあった?』
こんな時間に電話するのは初めて。
「ごめん、寝てた?」
『ううん、ちょうど寝ようとしてたとこ』
「結衣ちゃん、明日、会えない?」
『明日?・・・彰休みなの?』
「夜勤明けだから、結衣ちゃんに合わせる。1時間だけでもいいから、会って話したいんだ。大事な話」
結衣ちゃんが一瞬黙る。
『じゃあ、午後半休取るから、ゆっくり話そっか』
「本当?じゃあ俺、結衣ちゃんの会社までお迎えに行く」
『いいよ、夜勤明けなんでしょ?私が彰のとこの駅まで行くから』
「迎えに行きたいっていったら、迷惑?会社の人に見られたら困る?」
『そんなことはないけど・・・じゃあ、13時に会社のそばにペパーミントクイーンズっていうカフェがあるから、そこで。グリーンのガラス張りの店だから、すぐわかると思うわ』
「了解!」
俺が答えた後、ちょっとの沈黙。
『彰・・・』
「うん?」
『大事な話って・・・いいこと?それとも、悪いこと?』
電話の向こうの結衣ちゃんが不安そうな顔をしているのが分かる。
「うーん・・・今の俺的にはちょっと困ったことから始まった千載一遇のチャンスってとこかな。でも心配しないで。俺は結衣ちゃんを幸せにするためにそばにいるんだ。今度こそ、俺を信じてよ」
『うん、わかった』
「じゃあ、おやすみ。いい夢見てね」
『彰もね・・・って、今日は夜勤か』
「でも、これから仮眠」
『寝過ごさないでね』
「うん。気を付ける」
『おやすみ』
結衣ちゃん、俺、明日君をものすごく驚かせる自信ある。