悪役令嬢への愛が暴走して止められないからちょっと王太子殿下に文句言ってくる
「悪役令嬢は気長に愛を請う」の続編。
前作に一瞬登場した市井の子視点のお話なので、前作を読まれてからの方が分かりやすいと思います。
こんにちは、アルフレッド王太子殿下。
私はマリアンヌ様を信望するただの学院生ですよ。名乗るほどの者ではありません。
あ、ムカッときた。
マリアンヌ様は私一人ついて回ったところで評価が堕ちるような薄っぺらい方じゃありません! マリアンヌ様の婚約者ともあろう方が・・・。
こほん。失礼しました。
私はただ愚かな殿下に忠告に来ただけですよ。私の敬愛するマリアンヌ様のために。
被害だの利益だの、随分と薄っぺらな考えだこと。
そんなんでよく王太子殿下なんてやってきましたね。可哀想なマリアンヌ様、これまでの苦労が偲ばれるわ。
そういう考えも必要でしょうけど、それだけじゃないんですよ、人の心は。現に私は損得でマリアンヌ様をお慕いしてるわけじゃないんですから。
盲信だなんて失礼な。
私はマリアンヌ様のこれまでの努力を、その高い矜持を、そして愛情深さを知ってるから、これほどお慕いしてるんです!
そうね、確かに直接お話したことは数える程度だけど、私はよーく知ってるんです。
マリアンヌ様の努力の歴史を、重圧に負けず泣き言一つ言わず殿下を愛するその心を。
実際にお話してからはマリアンヌ様のことがもっと好きになったわ。
ああ、そうだった。本題に入るのを忘れてたわ。
ぶっちゃけると私、さっきのイベ・・・じゃなくって、この場所でイジメがどうの、婚約者破棄がどうのって話してるの聞いちゃってたんですよ。
うるさいなぁ。あれだけ大きな声で物騒な話なんかしてるものだから聞こえちゃっただけですよ。
そんなことより本題に入りますね。
コレッティア様のイジメ問題ですけど殿下は本当にコレッティア様の主張を信じているんですか?
イジメが本当にあったとして・・・本当に、マリアンヌ様がそれを裏で手を引いていると考えているんですか?
私としてはマリアンヌ様を信じていますから、そんな馬鹿な男を彼女が愛しているなんてこと、あるはずがないと思っています。
この学院に入学してからの三年間、私はマリアンヌ様を見守ると同時に、その愛する方である殿下のことも観察してきました。
この国の王太子として、次期国王として、殿下は申し分ない生活をされていたように思います。
それが何故こんなことになっているのか。コレッティア様に出会ってからの殿下はどこかおかしい。
そうですね、確かに私には関係ないことです。そもそもあなたのことなんて心の底からどうでもいいと思っています。
私は私の恩人たるマリアンヌ様さえ健やかにお過ごしくだされば、それで満足です。
あなたのようにぽっと出の小娘に簡単に操られる不誠実な輩はマリアンヌ様に相応しくないとさえ思いますが、お優しいマリアンヌ様は残念ながらあなたがよろしいみたいなので、忠告がてら殿下に面白いことを教えて差し上げようと思い、参りました。
殿下の目がまだ濁りきらず冷静に物事を受け止め、公正な判断をされることを願っております。
さて、コレッティア様の受けているとされるイジメとはなんでしたっけ。
学校では教科書やノートが引き裂かれ、体操着が汚されていて? 夜会に出席する度に様々なご令嬢からの嘲笑を受けドレスを汚され、茶会の度にお茶かけられるんでしたっけ?
まったく典型的でなんの捻りもない上に、誰かがそれをした証拠も掴みにくければ、ご自分で偽装されることも簡単ですね。
そんな目で睨まなくても、全部が全部、自作自演だったなんて思ってませんよ。ご令嬢の嘲笑の的になっているのは事実ですし。
だって、当然でしょう?
殿下を始めとする様々な婚約者をお持ちの男性に近づいては、ただただ甘いだけの言葉で絡め取って絡め取って婚約者との関係を不仲に陥れたり、婚約を破棄させたり。
そんな人が周りのご令嬢によく思われるはずがないじゃないですか。
甘いだけの言葉こそが最大の毒となってしまうのに、コレッティア様は気付かない。
男性達は・・・殿下は、お気付きでしょうか?
周りの厳しい言葉や態度に潜む、本当の愛情に。それを甘いだけの言葉や態度で籠絡するコレッティア様の、無意識の悪意に。
市井の民同士であれば、そう責められる話でもないんですけどね。いくら甘やかしたところで、お互いに堕落するには限度がある。
甘やかす側も、される側も、ある程度のラインは弁えないと生活が成り立ちません。
それが貴族の子息女の話になるとそうもいかないわけです。
際限なく甘やかされて堕落したご子息など目も当てられません。親の金でいつまでも生活でき、いずれそれが自分のものになると思っている。
義務も責任も捨てた人間にそんな資格があるわけもないのに。
そう、殿下のお話でもあります。
次期国王陛下になられる資格があるのは殿下だけとはいえ、それはその重圧を受け止め義務と責任を果たして初めて得られるものですよ。
そのために幾度となく、両陛下からもマリアンヌ様からも厳しい言葉をかけられていたでしょう?
まさか意地悪を言われただなんて、思っていないでしょう? 聡明な殿下であれば。
よき王になれるよう、皆様が愛情を持って接してこられたことはご存知でしょう?
マリアンヌ様が、愛する殿下が民から慕われる、されど舐められることのない、聡明な王になれるよう時に厳しく、時に優しく、誰の目から見ても殿下が最上の存在であると知らしめるように振舞ってこられたのはお分かりでしょう?
それを、ぽっと出の小娘・・・ああ、失礼。そんなに睨むことないでしょう。
コレッティア様に一言囁かれただけで心奪われマリアンヌ様を疎むようになるだなんて、なんて情けないことでしょうね。
コレッティア様が殿下を救ってくれたと仰いますけどね、あんなものは救いでもなんでもないんです。私から言わせてもらえればあんなの洗脳もいいとこですよ。洗脳。
殿下のこの先の立場を何一つ考えていないから言えるんです。
見てきた? ああ、ええ、そうですね。まあ見てきたと言ってもいいのかしら? 別にこの目で直接見たわけじゃないですけど。
私、大体知ってるんですよ、コレッティア様が殿下に囁いた言葉を。
ーーたった一度の失敗がなんなんですかっ。殿下だって人間なのよ。失敗することくらいあるわ。誰だって失敗だらけの幼少期を過ごして初めて大成するの。失敗することのない人間なんていない。失敗しないことは当たり前なんかじゃない、とてもすごいことなのよ! それなのにみんな、婚約者であるマリアンヌ様でさえ理解してくださらないなんて。ああなんて可哀想な殿下。私なら殿下にそんなお辛い考えを押し付けたりなんてしないのに。
・・・あら、殿下ったらお顔が真っ青。大丈夫ですか?
一言一句違わずに同じ台詞だなんて、まさかそこまでアレンジしてないなんて思わなかったわ。どこまで馬鹿なの、あの女。
ああ、こちらの話ですよ、ごめんなさい。
あの女の言いそうなことくらい、側から見てても丸分かりってことですよ。殿下ったら随分と御し易いことで。マリアンヌ様始めとする皆様のこれまでの苦労はなんだったのかしらね。
この殿下、てんで甘ちゃんだわ。
やだ、図星を突かれたからって怒らないでくださいよ。
本当のことでしょう?
あー、やだやだ。自分のことも周りのことも冷静に考えられない甘ちゃんなんだから。こんな男の何がいいのかしら、マリアンヌ様ったら。
マリアンヌ様は大好きだけど、男の趣味だけは理解できないわ。あんな小娘一人に簡単に籠絡されるような男、さっさと捨ててやればいいのに。
あれほど素敵な方なんだから、男なんて選り取り見取りでしょうに。
まだ害悪とまではいかないし、幼少の頃から親しくしている殿下を見限りたくないのかしら。
やだ、マリアンヌ様ったらなんてお優しいの! 素敵だわ!
・・・はあ? マリアンヌ様なんて優しくない、本当に優しいのはコレッティア? なに言ってるんですか、あなた。
馬鹿なの? 死ぬの? っていうか、死にますよ、そんなこと続けてると。
いやいや、馬鹿なの私じゃないですから。殿下ですから、馬鹿なのは。
あのですねぇ、殿下はあの女しか見えてないからお分かりにならないんでしょうけど、マリアンヌ様は虐めなんてしてないの。裏で糸引くなんてちっさい悪役みたいなことしてないんですよ。
コレッティア様のお取り巻き様方の元婚約者様達が糸引いて一度はそんなこともありましたけど、ある程度エスカレートしていったところでマリアンヌ様にバレて以来は態度を改めてますから。
自分の撒いた種だし自業自得、止める必要もなかったんじゃないかと私は思うんですけどね。そんな姑息な真似はマリアンヌ様が許しません。
コレッティア様を良く思わないご令嬢達を一喝した時のマリアンヌ様はもう、いつも以上にかっこよかったんですよ。
殿下、ここから大事なところですから、よくお聞きくださいね。
朝早くの教室に突然現れたマリアンヌ様は、コレッティア様の机を取り囲んで穏やかではない雰囲気のご令嬢達を前に言ったわ。
ーー元婚約者のことを今はもう愛していないというのなら、今まで以上に女として、妻として、未来の夫となる人のために、そしていずれ身籠る未来の子のためにも美しくありなさい。
そのような非道な振る舞いは貴女を内から腐らせます。
もしもまだ愛や情があるのなら尚更です。最も醜悪な姿を、目に見える形で残してはなりません。
私も女です。今回のような礼節を欠く矮小な者に婚約者を奪われたとあらば、その心痛はいかほどか。想像に難くありません。
しかし、このように形振り構わず足掻くのならば、もっと早くにご自身と婚約者だった殿方と向き合わなければならなかった。貴女達はご自身の心と向き合うのが少々、遅過ぎてしまったようね。
そして荒らされた机を整えるように命じられたマリアンヌ様は、彼女達が荒らす前よりも教室内のどの机よりも綺麗に整えられたそれを見やって言ったわ。
ーーすぐに荒れてしまった心を整えるのは難しいでしょう。ですが、やりようによってはこの机のように、以前よりも美しく尊くあれるのです。
もう手に入れることの出来ない元婚約者など、その方と手に入れるはずだった未来以上の幸せでもって、見返しておやりなさい。
貴女達は私と同じ尊き血の流れる貴族の娘なのよ。出来ないとは、言わせないわ。
そういって自らを恥じて、各々複雑な元婚約者への想いを涙と共に流す彼女達一人一人のその頬を拭って差し上げたマリアンヌ様は優しく微笑まれたの。
ーーほら、今の貴女達はとても美しい。誰に恥ずることもない、立派なご令嬢だわ。
そのお言葉に私は胸を熱くして身を震わせ、思わず教室にも入れず入口で立ち尽くしてしまったわ。
人の痛みをよく理解なさり、年頃の娘らしい心と貴族としてのあるべき形を両立させる術をご存知のマリアンヌ様に私、あの瞬間に惚れ直してしまいました。
貴族らしい矜持をお持ちでありながら、決して傲慢ではなく、人の心の痛みもお分かりになる。
その血に相応しい立派なご令嬢としてありながら、その身に与えられた使命と年頃の娘としてのお心とを矛盾なく両立させるお姿は誰よりも美しく輝いていました。
・・・まだ、認めたくないのですね。マリアンヌ様の人柄を疑わなければ、コレッティア様の言葉を疑わなければならなくなる。
恋い慕うコレッティア様の真実の姿を見てしまうのが怖いと、そういうことですね。
私は散々尊きお方に失礼な口の利き方を致しましたが、失礼ついでにもう一つ、差し出がましいようですがアドバイスを。
殿下はまだコレッティア様を愛するばかりに様々なことから目を背けてしまっておいでですね。
ですが、真実の愛とはその人の美しい表面だけをなぞるのではなく、裏側の汚い本音まで引っくるめて受け止めるものではありませんか?
少しくらいは、マリアンヌ様に愛はないコレッティア様だけを愛していると言い放った殿下に、隣でそれを当然のように聞いていたコレッティア様に、それなら側室に、いずれは御子をとまで微笑って仰ったマリアンヌ様のお気持ちを考えてください。
最後になりますが、つい腹に据えかねて殿下を相手に大変失礼な口を効きました。
マリアンヌ様を思うばかりで頭がいっぱいになるばかりで、私がマリアンヌ様のお名前を出す事の重大さを理解しておりませんでした。
全て私が一人勝手に突っ走ってしまっただけのこと。マリアンヌ様はご存知ないお話でございます。
一国の殿下に許されることではないかと思いますが、責は私一人にありますことだけはご承知ください。
大変申し訳ありませんでした。