10、諭吉
気がつくと病院の中。
どうやら今は救急病棟に居るらしい。
医者からは、
「極度の慢性疲労で貧血を起こしています。最低でも3日は休んで下さい。」
と言われた。
バイト先にも心配され、1週間はバイトに出なくていいと言われた。
僕は何も言葉を返せない。
今の自分の姿はありえないくらい惨めだ。
僕はただの貧血なのに、個室にまわされた。
周りに人が居ないからいいけど、個室と聞くと自分の病院が重いんじゃないかって心配になる。
高校の友達、バイトの友達、家族がお見舞いに来てくれた。
自分の不安な気持ちが少し落ち着いた。
21:14。来ないだろうと思っていたゆいが来た。
かなり機嫌が悪い。
見た感じですぐに分かった。
「何してんの?」
ゆいは不機嫌に言う。
僕は言葉を返せない。
「何で黙ってたの?」
「…………。」
「何かしゃべってよ。」
「ごめん………。」
僕は弱かった。
体も心も全然弱かった。
「話すコト無いから帰る。」
ゆいはこう言ってドアを開けた。
「これホワイトデーのなんだけど………」
そう言って僕は、ベッドの毛布の中から、あのチョコレートを取り出した。
「そういう気分じゃないから。」
ゆいは帰った。
チョコレートを見ていると、自然に涙が出てきた。
一粒、また一粒と。
バイトもチョコも全てゆいのため。
ゆいの笑顔のためだけにやってきたのに……。
ゆいと一緒に修学旅行に行きたい一心で始めたのに……。
涙が止まらなかった。
涙を止められなかった。
しばらくして泣き止むと、どうすればいいのか分からず、ただ外を見てボーッとしていた。
何もやる気が起きなかった。
井上さんに電話を掛けた。
「僕、バイト辞めます。すいませんでした。」
井上さんは、
「辞めちゃうのか〜。なんか惜しいな。お前はオレより働いてたし。バイト辞めても、たまに顔出しに来いよ。」
「ありがとうございます。」
井上さんは本当に優しかった。
ゆいとゆっくり話がしたくなった。
このままの雰囲気で居るのが嫌だった。
だからゆいにメールをした。
「ゆっくり話したいから、明日また来てくれないか?」
返信はあまり期待してなかったけど、2分後にすぐ返信が来た。
「わかった。ゆっくり話そ。今日はちょっとごめんね。」
メールを返す。
「じゃあ明日な。おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
こんなにやりづらいメールは初めてだった。
僕は、必死で稼いだ7万5000円を封筒に入れて、チョコレートと一緒に病院の部屋の机の一番下にしまった。
この7万5000円は、なんとしてでもゆいに受け取って欲しかった。
自分が貧血になってまで働いた、汗の結晶だから。
不思議なコトに自分で稼いだお金は、いつも見るお金よりも、数倍も輝いて見えた。
よく頑張ったなって、福沢諭吉が笑ってるように見えたんだよ。本当に。