第七話 ディアスパーティー定例会議(前編)
暦・新暦二千三十七年
月日・四月二十六日
曜日・日曜日
現在地・ディアス城内第一会議室
現在時刻・十三時前
純白の城・ディアス城―――。
それは、ディアスパーティーに居住する全ての人々にとって象徴的な建造物だ。
元々、中世の戦乱期に首都防衛の要として建造された城砦の一つだ。そして、かつての城主だった者の子孫がディアスパーティー代表のディアス・ヒュート・プリンツオイゲンなのだ。
【世界大厄災】時、鳥籠計画でディアス代表はパーティーの位置を決める際ディアス城(旧名・プリンツオイゲン城)を拠点として定めると、それを中心に直径十キロの城塞都市を建造したのだ。
本日、ディアス城は第一会議室で十三時頃より月に二回ある定例会議が行われる。
公務用の正装を着用したアリス・レイン・プリンツオイゲン代理代表の整った容姿は責任感で強張っていた。それは、自分より上手の大臣達を統括し、パーティーの利益としなければならない事からだ。
弱冠十八歳の彼女ではあるが、その風格は政治家のそれに似通ったモノがある。
また、アリスのエメラルドグリーンの瞳には決意の意思も垣間見えた。そう、ここに住まう人々、約五万四千人の命運は全て彼女の決断で決定できてしまうからだ。
つまり、生かす殺すも彼女次第だという事だ。普通、人間の生死を握っているという重圧を一人の少女に背負わせる事は、余りにも酷な事なのかもしれない。しかし、彼女にはそれをも受け止める度量があった。
それは、アリスがディアス代表の娘だからなのか、それとも自身の素質なのかは定かではない。
しかし、そんなアリスでも尊敬する偉大な父・ディアス代表は【世界大厄災】を乗り越え自分と仲間達の手で、このパーティーを繁栄させた人物。さらにヴァンパイアの存在を世界に認めさせた人でもある。それを考えれば彼女はまだまだ若輩者だ。
それを思えば、彼女が政界に進出するのは早過ぎたのかもしれない。そう、気概だけではどうにもならないからだ。
そもそも、彼女が代理代表を拝命されるきっかけは、ディアス代表が病気で倒れてしまった事が原因だ。
突然の事ながらもディアス代表の娘としての責任感から、彼女は受け入れるしかなかったのだ。
まあ、いつかは引き継がれる事になる意思が今引き継がれただけに過ぎない。その為の準備もしてきた。
そんな気概を持ちつつ、アリスは腰まで掛かる金髪を靡かせながら今回の見せ場である定例会議が行われる第一会議室に足を進めるのだ。
そして、その舞台となる会議室のペアドアを視認した。
アリスは会議室の出入り口であるマホガニーで出来たペアドアの前で一度立ち止まると、一呼吸置きノックして押戸を開いた。そして、足を踏み入れるのだった。
ディアス城にある会議室の中でも、ここ第一会議室は会議の為以外にも使用される。例えば、賓客を持て成す際などだ。
その為、非常に奥行きもあり広々としている。また、その用途から内装も豪華な装飾が施されていた。
会議室に踏み入ったアリスは、微笑みを浮かべながら室内にいる大臣やその補佐官などに会釈しつつ挨拶をする。
「失礼します。アリス・プリンツオイゲン。ただ今参りました」
数人の大臣がアリスに対して形式的に起立し会釈を返す。が、そうではない大臣達も存在した。そんな彼らは我が物顔で鎮座していた。
端から見ればその行為は不敬なものと思われるが、彼らにとってはアリスは小娘でしかない。そう、所詮親の七光りで代理代表の任についたとしか思っていないのだ。
しかし、アリスはそんな大臣達に強く発言できないでいた。起立している大臣達もまたこの態度に対して言い出せないでいた。
その理由として、彼らが古参大臣だからだ。
【世界大厄災】時、ディアス代表を補佐しパーティーの発足を手助けした人々。成り上がりのアリスとは格が違うのだ。正に歴戦の猛者と言ったところだろう。
だが、だからといって大臣達に発言できないアリスもまた問題なのだが、実績のないアリスではやはり弱いのだった。
若干の悔しさがあるもののそれを堪える。
アリスはかつてディアス代表が着席した代表席に座るのだった。すると、起立していた大臣達も着席した。
その光景を見た一部の大臣は不服そうな表情をする。アリスはその面持ちに対して一瞥するのみで言及はしなかった。
そして、アリスは次の様に言葉にして会議が始まるのだった。
「本日、お忙しい中。お集まりいただいた全ての大臣に対して有り難く思います。現在の情勢は我がパーティーだけでなく。人類全てが抱いている危機的状況に変わりありません。が、この会議がパーティーに住まう全ての人々の明日の為となるよう願っています」
「アリス代理代表。ありがとうございました。では、会議を開始したいと思います。進行役は私、マリア・ベンシュヴァルが務めさせていただきます」
マリア・ベンシュヴァル。彼女は側役兼次期代表補佐官としてアリスが十歳の時から共に精進してきた人物だ。
彼女はまだ、三十手前ではあるものの、その能力の高さからディアス代表が直々に任命した人物でもある。スタイリッシュスーツを着こなす程にスタイルが良く、また表情から窺い知れる程勤勉な人間として知られている。
アリス登場時から起立していたマリアは一度も座ることなく会議を始める。彼女は事前に纏めて置いた資料を基に会議を進行させた。因みにその資料はアリスや各大臣達にも配布されている。
「現在、ディアスパーティー内の人口は約五万三千九百人です。昨年の今の時期と比べて人口の増加は十一パーセント増となっています。その為、本パーティーだけでの食料生産力ではどうしても賄えない部分が出てきている状況です。ですので、国連や他パーティー等からの輸入で不足分を補填しています」
マリアの説明で本パーティーの食料事情を把握したアリスは、農産大臣にその対策を考えているのか聞いた。それに対して大臣は少し腑抜けた様な感じで対応した。恐らく聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。
「そうですか……。農産大臣はこれに対して何か対策はありますか?」
「……は、はい。確かに良いといった状況ではないです。ですが、構想している計画があります」
「それは?」
「はい。計画としてはパーティー外での食料生産が出来ないかと言ったものです」
まあ、妥当な考えだろう。しかし、それには問題もある。
「しかし、パーティー外での生産となれば労働者がアンデッド等による被害に遭う可能性がありませんか?」
「はい。ですので、ハンターや守備軍などに防衛して貰うといった対策になるのですが……」
つまり、農産大臣は何も考えていないという事だ。そもそも、それが出来れば苦労しない。確かに、それらの要因が解決されれば、食料事情の改善にもなる事も事実だ。だが、今の段階では下策としか思わない。
「分かりました。農産大臣はそれら計画を進行させてください。では次」
無駄な討論の後、アリスはマリアに次に進めるよう指示した。
「では。次にですが。ベルネチア又はその周辺でのアンデッドの動きに異変が起きているとの報告が上がっております。半年前に同地域においてハンターらによる狩りでアンデッドが減少している報告をお伝えしました。が、前回の測定結果から四倍近く増加しているとの事です」
「原因は?」
「はい。これは推測なのですが。……『帝国』が関係している可能性があります」
『帝国』。ヴァンパイアが主体として活動している組織。現在、国連はこの組織をテロ組織として認定している。
実態は謎に包まれているものの情報提供者からの情報だと、その規模は一国家レベルと同等の組織体制だそうだ。
因みにここでいう一国家レベルとは単一のパーティーでは太刀打ち出来ない程のものを差す。つまり、現在の本パーティーの国力を遙かに凌駕した組織という事だ。
まあ、国際残党国家連合よりかは下ではある。が、今の地球上で勢力図を書くとすると、国連と『帝国』との二大勢力図となろう。
「では、何故。『帝国』が、その渦中にあると思考したのですか?」
「それは、『帝国』による侵攻を受け、後に交信途絶した他パーティーの殆どが『帝国』の侵攻の初期段階においてアンデッドの増加が認められたからです。また、『帝国』にはアンデッドを操る事が出来る【ネクロマンサー】なる人物が居るとの情報が国連軍諜報部からもたらされました。因みにですが、国連軍はこの情報を『帝国』の初期侵攻段階から把握していたそうです」
「つまり、国連軍はその情報を隠匿していたという事ですね……」
国連軍の所業に若干の不信を抱かざるをえなかった。
何故このタイミングで国連軍はそれを発表したのかは定かではないが、国際残党国家連合の本部があるブリタニア連合王国が指示させたと推測する。
ブリタニア連合王国は、【世界大厄災】後アンデッドの侵攻を初期段階で食い止め、その他の国が国として存続できなかった中唯一国として存続している組織だ。そして、彼らは自分達を“人類最後の砦”と豪語している。
成り行きでブリタニア連合王国は生き残った為、自分達が優良種だと勘違いしている節がある。そしてそれ以来、国際残党国家連合に物申す様になっているとの事だ。
だが、問題なのは国連が情報を隠していた事ではない。
このディアスパーティーが如何に生き残れるかが問題なのだ。
もし、マリアが推測しているとおり『帝国』の侵攻が目の前まで来ているのなら、即急に対策を打たねばならない。アリスの心中は穏やかではいられなかった。
アリスは一瞬、父ならきっと『上手く事を収めてくれる』と考えてしまった。しかし、父親は今はいない。そして、その決定権は自分しか持っていない状況に、彼女は誰にも悟られないように机の下で両手を強く握りしめるのだった。
マリアは遠目に見えたそのアリスの仕草に若干の不安を覚えた。伊達に長年彼女の側で仕事をしてきた訳ではない。恐らく何となく分かってしまうのだろう。しかし、彼女の不安を解消する事は自分では出来ない。それは、どうしても彼女自身が乗り越えなければならない事だからだ。
マリアはアリスを一瞥した後、再度口を開く。
「『帝国』の侵攻状況ですが。以下のようになっています。……こちらをご覧ください」
すると、会議室の照明が消灯した後、天井に備えてあったスクリーンが降下してくる。そして、プロジェクターが起動するとスクリーンに欧州の地図が投影される。
そして、スクリーンに投影された欧州の地図は、ディアスパーティーがある付近まで赤色で塗りつぶされていた。
「この赤色で塗り潰された場所までが、現在『帝国』の侵攻版図となっております」
「正に、目と鼻の先という事ですね」
アリスは絶句した。予想以上のスピードで『帝国』が侵攻している事にだ。
「この侵攻版図は一ヶ月前の物です。現在『帝国』が実際にどの地点まで侵攻しているかは、調査中です。が、この侵攻スピードだと『帝国』が本パーティーに到達する猶予は、良く持って三週間でしょう」
『いくら何でも早過ぎる』とアリスは内心で呟く。彼女が悲壮感を漂わせていると、一人の男がマリアの言葉を遮るのだった。
「ですので、アリス代理代表。各パーティーから―――」
「ああ、良いかな。これは、我々の口から言った方が、事の重大性を代理代表なら理解してくれると思う」
「ギュルス守備軍大臣」
ギュルスは皮肉気味にアリスに言葉を発した。
ギュルス・デーアン守備軍大臣。彼はディアスパーティー創立以来の古参大臣だ。つまり、成り上がりのアリス代理代表を余り面白く思わない人物の代表でもある。
そして、ギュルスは何故か少し得意げに話し出す。
「今回の『帝国』侵攻の対策として、我がパーティーと近隣の同じ境遇に至っているパーティーとで共同戦線を掲げる用意があります。更にこの【対帝国共同戦線】にはかの【七騎士】の一人。シュベンベルグ・シャルン・ビスマルク将軍が率いるシュベンベルグパーティーも参戦すると確約をもらえました」
「ギュルス大臣。それはいつ頃に決ったことなのですか? 私は把握していないのですが」
「ああ、申し訳ありません。アリス代理代表殿。何分事が重大な為、事後報告になってしまいました」
完全にアリスは舐められていた。パーティーの主人に何も言わないで動く事など言語道断だ。しかし、ギュルスはそれをした。つまり、パーティーの長を蔑ろにしたのだ。
本来、免職レベルの事を彼はをしでかした。が、アリスは今彼を失う事は得策では無い事を知っていた。それは、古参故、今彼を左遷すると後任がいないまま『帝国』と対峙しなければならなくなる為だ。
それだけは避けなければならない。だから、アリスは苦渋ながらもそれを受け入れるしかなかった。だからこそ今は、ギュルスに最大の不愉快な顔を向ける事でしか反抗が出来なかった。
そして、逆にアリスの表情に嘲笑して、またギュルスは言葉を吐くのだった。
「【対帝国共同戦線】の戦力を持って必ずや『帝国』から防衛して見せましょう。そして、その舞台を旧ベルネチア市街とし徹底抗戦します。それで、防衛が成功すれば必ずや我々人類の利益となるでしょう。そして、その先頭に立った我がディアスパーティーは世界から賞賛されるでしょう」
「………」
ギュルスの独り善がりの言葉にアリスは反論できなかった。そして、それが悔しくもあった。何故、一大臣に此所まで愚弄されなければならないのかと。
アリスは彼を諫める程自分の立場が盤石ではない事を呪うのだった。
そして、この会議がこれからのパーティー否、世界の命運を分ける事になるなど誰も予想し得なかった。
2023/5/28 改変