第二十九話 復活する神々の権能 崩壊編(終)
「佳純。残り弾薬はどのくらいある?」
「拳銃の弾倉が四個。ライフルの弾倉が三個よ」
「分かった。俺の方【コックノック】が一丁と弾倉が二つ。あとは【悪鬼神火】だ」
お互いに現在の装備を確認する。佳純は【軻遇突智】を【夕立】と【時雨】に形態を変形させたその二丁の弾倉を交換した。これで彼女が持つ拳銃の弾倉は二個に減った。
武達との戦闘から脱出した秀一らは、ディアス城に接近しつつある【ギガス級】を討伐する為【ギガス級】を追撃していた。現在秀一と【ギガス級】との距離は五百メートルを切っている。彼らの足なら十分ぐらいで会敵するであろう。
【ギガス級】の進軍速度はかなり落ちている。これは腕が二本だった頃の半分以下にまで落ちている。恐らく腕が重くそれが枷となっているのだろう。しかし、腕が四本に増えた為その攻撃力は倍増したのは確かだ。戦車を破壊するぐらいの腕力を有しているのだから否めない。
秀一と佳純は屋根伝いに【ギガス級】に接近する。すると、全長五メートルを超す巨体が確認できた。彼らは息を飲んだ。あれだけの巨大なものが動いている事にだ。そして、佳純はその姿に見覚えがあった。そいつは、偽装実地訓練場の最高難易度の最終ステージで現れる巨大アンデットとそっくりなのだ。しかし、その時の巨大アンデットは腕が二本しかない。故にこいつは一つの身体に二体分の戦闘力を有するのだ。
【ギガス級】との距離を詰める。【ギガス級】が進行する前方二百メートルには、バリケードを施し戦車と兵員で武装した部隊があった。戦車の射程距離に入っている【ギガス級】に目掛けて砲弾を飛ばす戦車隊。しかし、その殆どが戦艦並みの防御力を有する【ギガス級】には全くの無力であった。例え傷を負わせても直ぐに傷の修復が始まってしまい、一分もすれば完治してしまう。
だが、それで怯む訳にはいかない。何としてもここで屠らなければならないからだ。もしここを突破されれば、その先はもうディアス城しかない。そうなればもう手遅れだ。
秀一と佳純は【ギガス級】を通り越してバリケードの前に躍り出た。バリケードを盾にして戦闘を行っている兵士たちは躍り出て来た二人の姿に目を奪われた。すると、秀一達はこの場の隊長であろう人物から声をかけられた。
「何だお前らは!? どこの所属だ」
「俺たちはハンターだ。アリス代理代表からこの戦闘に参加するよう通達があった。これから戦闘に参加させてもらう」
「確認する。『………アリス代理代表に繋いでくれ。……アリス様。今アリス様に命令された二人組のハンターが……。はッ。変わります』」
部隊長は秀一に無線機を手渡した。秀一は無線機を耳に近づけた。すると、突如として鼓膜を振動させる声音があった。言うまでもなくアリスだが。
『秀一様ですか!?』
「そ、そうだアリス。もう少し声のボリュームを下げてくれ。鼓膜が破れちまう。あと佳純も無事だ」
『す、すみませんでした。……でも、良かった秀一様と佳純様がご無事で。………秀一様。先程も申し上げましたが。現在【ギガス級】と呼ばれる巨大アンデットがディアス城に接近しつつあります。今秀一様が居るその場を突破されれば終わりです。どうか……どうかお願いします』
「分かっているよ、アリス。俺と佳純で何とかしてみせるよ。……安易には言えないけど、大丈夫だ。それじゃアリス。また後でな」
『はい! 頑張ってください秀一様、佳純様』
アリスとの会話を終わられると【ギガス級】は距離を詰めていた。秀一と佳純はお互いに並び立ち声を掛けあった。
「あれのことどう思う。佳純」
「ええ、あんな図体だけデカいだけの奴なんかに引けは取らないわ。私とシュウなら何とかなるでしょ?」
「ああ、やるぞ。佳純、一緒に行くぞ。俺が左から、佳純は右からだ。……部隊の皆さんは俺たちが【ギガス級】を相手しますのでその他のアンデットをやってください。じゃ、行くぞ」
秀一は【悪鬼神火】を鞘から引き抜き右手で構える。佳純は【軻遇突智】を形態変化させた【夕立】と【時雨】を前に突き出して構える。そして、二人は地を蹴り駆けた。秀一は左に、佳純は右に展開する。佳純は秀一より先を先行する。佳純は【ギガス級】との距離が三メートルぐらいまで詰めた時、もう一度地を蹴り真上に飛んだ。そして二丁同時に撃った。
ババババババッ………。
二丁合わせて六発の銃弾を【ギガス級】の顔に目掛けて放った。脳天に四発。眼球に二発。無論脳天に放った四発は強靭な皮膚で弾かれてしまう。が、眼球に放った二発の銃弾は見事【ギガス級】の眼球を潰す。佳純は後方に大きく下がると次は秀一が躍り出る。
「〈九頭竜院流剣術二ノ型・震電〉」
威力を倍増させた〈烈風〉の上位互換である。〈震電〉は【ギガス級】の身体全体を襲った。普通ならこれで木っ端微塵に屠る事が出来るのだが、何と【ギガス級】は四本の腕をクロスさせる事で〈震電〉を耐えてみせたのだ。しかし、だからといって【ギガス級】が無傷で済む訳も無く、自慢の腕四本の内肩から生えている二本の腕は薙ぎ払われ、残り二本の腕もあらぬ方向にへし曲がっている。自慢の胴体も傷だらけになる。痛みからか【ギガス級】は咆哮した。
『ぎゃおおおおおおおおおお』
だが、秀一と佳純の猛攻は留まる事を知らない。一発一発の攻撃が無効化されるのなら“連続で攻撃すればいいだけだろうが”!! 今度は一度着地した秀一が残り二本の腕を切り落としにかかる。
「〈九頭竜院流剣術五ノ型・流星〉」
閃光が走る。すると、【ギガス級】の残り二本の腕は切り落とされた。〈流星〉は不可視の一閃ある。スパースローカメラでも使用しない限り人の目では取られることは出来ない技だ。技の特性は斬撃の一種と考えてもらえばいい。
自慢の四本の腕を失った【ギガス級】に最後の追い打ちをかける。佳純は【軻遇突智】をバスターモードに形態を変化させ【ギガス級】に砲身を構える。それはまるで、大砲だ。
「【種子島式多才銃機構軻遇突智ノ一弓】主砲【大和】。発射!!!!!」
「兵士の皆さん!目を塞いでください」
佳純はトリガーを引く。すると、銃口からは目映い光が漏れる。これは大口径魔力銃砲である。佳純は今自分が発揮できる魔力の半分以上を駆使しこの大砲を撃ったのだ。光の柱と化した【大和】の魔力弾が一直線に突き進み【ギガス級】や周りに居たアンデットを取り込みながら直進する。太陽が落ちて来たかの様に周りが白の世界に包まれた。
次第に白の世界は晴れていく。その場に居た全ての人が戦いが終わったと思っていた。無論秀一と佳純もだ。しかし、現実は彼らを絶望に突き落した。
『ぎゃおおおおおおおおおお』
奴は咆哮する。身体の半分を失っていた、それにも関わらず【ギガス級】は先程と変わらぬ位置に立っていた。そして、その中でもみるみる内に身体が修復されていく。傷付いた身体が。失ったはずの四本の腕が。佳純によって潰された眼球が。みるみる内に修復されていく。あれはもう生物ではない。これが【皇帝兵器】だ。
「ば、馬鹿な。あれだけの攻撃を受けておきながら………。何て生命力なんだ」
完全に兵士たちの士気は下がっていた。それと当時に恐怖を覚える。倒せない相手をどう倒せというのだと。しかし、それはあくまでもその手立てがない者達が思う事であって、そうでは無い者はまだ居た。
「おいおい……。まじかよ。これだけやっても落ちないなんてな。……なあ佳純どうしようか?」
「さあ、どうしょうか……シュウ」
秀一と佳純が絶望しかけた時。彼らに問いかけるモノがあった。それは知識。いや記憶。分からない。だが、それは【ギガス級】を今度こそ殲滅出来る方法だ。元々から持っていたようなその“力”。しかし、生まれつき持っていたわけではない。何か分からないモノ。
秀一は【悪鬼神火】を見る。佳純も【軻遇突智】を見る。まるでその感覚は自分が使う武器が問いかける様な。そして、秀一と佳純はお互いの顔を見た。
「なあ佳純何か感じなかったか?」
「シュウも?……うん。何となく感じた」
「すまない佳純。今俺たちが奴を倒すにはこれしか無いようだ」
「いいよ。シュウなら……」
佳純は秀一に向きならう。大きく腕を開き自分を受け入れる体勢を取る。秀一は彼女の胸の中に飛び込んだ。二人は抱き合う体勢になる。彼女の心臓の音がする。彼女の吐息が自分の耳を掠めて擽る。甘い香りが漂い自分の心拍が早まる。秀一は大きく口を開き彼女の喉元に自分の犬歯を立てた。彼女の血が秀一の喉を潤した。すると、更に心臓の鼓動は早くなる。ドクンドクンと強くなる。秀一は犬歯を彼女の喉元から放す。
まさに吸血鬼の物語に出てくる様な光景だった。しかしこれは物語では無い。本来ヴァンパイアは血を吸わない。基本的に栄養源は人間の様に口から食べ物を食べて摂取出来る。だから吸血衝動は無い。しかし、この光景はまさに本来のヴァンパイアの有り方の様だった。
「シュウ……。終わった? ふふ、シュウの目真っ赤になってる」
「佳純こそ。目が真っ赤だよ。……ああ、力が。力が漲る…。これなら奴を倒せるかも」
「私もそう思う。やろう!シュウ、今度こそ倒そう」
秀一は彼女が持つ【大和】を彼女の手を合わせながら持った。【ギガス級】に向かって構える。すると、【大和】の形態をとっていた【軻遇突智】が全く別の形態に変化する。それと同時に【悪鬼神火】も【軻遇突智】の銃口の周りを回転し始める。【軻遇突智】がその形態に完全に変化すると【悪鬼神火】も高速回転し始める。銃口には光の粒子が縮退し始める。武戦で秀一が放った〈八咫鏡〉―――神技そのものだった。縮退が臨界を迎えた時二人は言霊を口にした。
【【我ら神々の権能を受け継ぎし者。数多の世界を統べる者。鬼を名乗る者の王。我こそがこの世界の理。我が認める世界だけが生き残り、認めぬ世界は滅ぼす。そして今我が認めぬ世界が目の前に現れん時。この力を行使せん。―――滅びろおぉぉぉぉ!!】】
二人同時にトリガーを引く。縮退したエネルギーが放たれた。それはなにをも絶対に生存を許さない死の“光”。“光”は【ギガス級】を取り込み細胞の一片をも残さず無に還す。【ギガス級】は最後の咆哮を発する。
『ぎゃぇぇぇぇぇおおおおおおおぉぉぉおぉぉ』
次に光が開けた時、全てが終わっていた。光の粒子であった粉が周りを雪が舞う様に漂っていた。
戦いは終わったのだ。ディアスパーティー、いや人類初の勝利だ。そして、【帝国】の最初の敗北だった。
* *
森を抜け【帝国】の本体が待機していたベースゾーンには武を背負った皐月が現れた。一樹はその二人の光景を目にして数人の兵士を連れて近寄る。
「武中将!大丈夫ですか!?」
「武は大丈夫ですわ。……それより早く全軍の撤退準備をしなさい」
「え!? しかし、今撤退すれば全てが水の泡になります」
「そんなことは!……! 武大丈夫でして!?」
「俺は大丈夫だ。それより早く全軍撤退準備をしろ。同じことは二度も言わない」
「……はッ!了解しました」
一樹は撤退する訳を聞く暇も無く撤退命令を全軍に通達することとなった。
こうして一連の事件、【ディアスパーティー事件】或いは【惨劇のディアス事変】の終止符が打たれたのであった。
今回で崩壊編は終わりです。次話は過去編の最終回をお送りします。




