第二話 少年少女は今日も屍を狩る。
暦・新暦二千三十七年
月日・四月二十四日
曜日・金曜日
現在地・ヨーロッパ州旧ドルギニア共和国旧首都ベルネチア郊外 ディアスパーティー東外周地域
現在時刻・二十三時五十五分
ドルギニアの春の夜は気温が四度位しかない。吐いた息が白くさせる程に冷え込む。
混沌と廃墟の建物が連なる街はかつて、人間が生活をしていた賑わいはもなく唯々、静まり返っていた。
しかしながらその街にも動くモノがあった。小さく呻き声を上げ、顎をカタカタと鳴らしながらフラフラと酔っ払った人間のような千鳥足で意味もなく闊歩する存在―――アンデッドが無数に蔓延っていた。
アンデッドは十年前、人間が娯楽の一環で漫画やゲーム、映画などで創造されたゾンビのそれとよく酷似している。十年前であればただの画面の向こうの存在であったが、現在に至ってはそれが、人類の生存を揺るがすモノとなった。
この街で今まで通りの生活を送る事など不可能だが、それでも今現在この場所には複数の人間が活動している。そんな彼らの目的はただ一つ。嘗て人類が繁栄し暮らしてきたこの街をアンデッドから奪還する為だ。そんな彼らを人々は【ハンター】と呼んでいる。
【ハンター】は街や森など何処に潜んでいるか分からないアンデッドを己が所持する武器や力などで屠り、人間の残された生活圏やあるいは奪われた街々を開放しその功績に見合った報酬を貰い、その金で生活する人々の事だ。
この職業は非常に危険な為死亡者も多数続出するが報酬が普通に働いている者よりも破格な額が支払われる為、あえて危険を冒してまでも【ハンター】になろうとしている者も少なくない。
そんな【ハンター】の中に若き少年少女の姿があった。
少年―――天城 秀一は大和皇国人の特徴を持つ人物だ。まあ、あえて言うのであれば、標準的な大和男児より若干ながら身長が高く。くすんだ黒髪に黒い瞳を持っている。年は十七歳。【ハンターランク】は少尉だ。
そして、少女―――鍵咲 佳純は一言でいえば大和撫子だ。身長は秀一より低く髪は流れる様な綺麗な黒髪をストレートに腰より届かないくらいまで伸ばしている。容姿は整っており妖艶な瞳は紺碧色をしている。年は秀一と同じで十七歳だ。【ハンターランク】は曹長だ。
二人は一時間ほど前からアンデッド狩りに勤しんでいる。この日、狩ったアンデッド数は二人合わせると優に三十体を超えていた。その為、現在二人が所持する弾数は狩りを始めた頃の三分の一程度しかなく次の狩りが最後になるだろう。
今は無き活気のあった繁華街を走る大通りには何台もの車両が鉄錆をまといながら朽ち果てていた。その中の一台、横倒しで放置されている車両に、身を隠す秀一の姿があった。
彼は無線式小型通信機のマイクに問いかける。それは、自分がいる場所から後方にあるビルの屋上でスナイパーライフル――【WAK社製スナイパーライフル・WAKスナイプアサシン】のスコープ越しに彼を見守っているのであろう佳純に対してだった。
「佳純。こちら、秀一。上から見た感じはどうだ。どうぞ」
『こちら、佳純。シュウの位置から前方百メートル圏内のアンデッドの個体数は一十七体を確認している。以上。どうぞ』
「了解。現在二十三時五十九分十秒、作戦開始時間まで、残り・・・・・・五十秒。日付変更とともに開始する。近い目標から沈黙させていくから、援護頼む。以後、こちらからの通信は次の指示まで遮断する。以上」
『了解。シュウ頑張って。終了』
右腕にはめる腕時計の秒針が十二の文字盤に近づけていく。残り時間が五秒前になりカウントダウンを行う。
「五・四・三・二・一、GO!」
カウント終了と同時に車両から身を現した秀一は間髪入れずに彼が愛用している武装であるアサルトライフル――【WAK社製アサルトライフル・WAKコルディスアサルト】を単発で発砲する。
撃ち出された弾丸はアンデッドの頭蓋を吹き飛ばす。正確に三体を無力化する襲撃者をアンデッドは認識する事もなく屠られた。更にアンデッドの群れに向かって突き進む。
佳純も【WAKスナイプアサシン】で確実にアンデッドの頭部を破壊する。
単発射撃で複数体を確実に沈黙させる秀一の腕もさるところながら佳純の比には及ばない。彼女の腕はまさに百発百中の神業を披露する事が出来る。
だいたい、狙撃手の有効射程が一・二キロ程度だとすれば、彼女は三キロ先にあるリンゴを撃ち抜ける能力を持っている。つまるところ、彼らの射撃センスには月とスッポン程の差があるのだ。それに秀一は疲労の為かその精度は次第に落ちていき、その穴を佳純がフォローしている状況だ。
街には銃声が轟き続ける。【WAKコルディスアサルト】の弾倉が空になる頃には一群の数は激減していた。
秀一は右の太ももに装着していたホルスターからオートマチック拳銃――【WAK社製拳銃・WAKコックノック】を抜き、残存のアンデッドの頭部を撃つ。
残存していたアンデットを片付けるのに一分とかからず掃討する。一十七体のアンデッドを撃破するのに五分とかかる事はなかった。
しかし、その五分弱の時間で新たなアンデッドの群れが建物の間の細い路地から蛆の様に湧いてきていた。その総数は明らかに今掃討したアンデッドの群れより多い。流石の秀一でも先程の倍以上のアンデッドを相手にしてタダで済むとは思っていない。そこで彼は佳純に通信を入れた。
「こちら、秀一。我これより撤退行動に移る。いつもの場所で落ち合おう。どうぞ」
『こちら、佳純。了解。武運を祈る。お気をつけて、待っています。どうぞ』
「了解。以上、通信終了」
連絡を終了し【WAKコックノック】の弾倉に入っている残弾を接近してくるアンデッドに対して後ずさりするようにして撃ち尽くすと、後方に一気に駆け出す。しかし、振り返った先にもアンデッドは絶えず存在した。
だが、彼は何の躊躇もなくそのアンデッドの集団に突撃する。
残弾なしの【WAKコックノック】をホルスターにしまうと左腕に装備している刃渡り二十センチの軍用ナイフをカバーから抜き、歩みを止める事無くアンデッドの喉笛を掻っ切る。そして素早く次のアンデッドの額にナイフの持ち方を逆手に変えて突き刺す。
アンデッドはゾンビと同じで頭を破壊するか脳を直接攻撃する以外に倒すことはできない。
秀一の猛攻は続く。数多のアンデッドが彼を喰らおうと接近するも彼の鋭敏な攻撃は慈悲なくアンデッドを屠っていく。脅威を相手にしながらも彼は立ち止まる事はなかった。
つまり、秀一にとってはアンデッドなど雑魚くて金になる虫としか思っていない。
前方を塞いでいたアンデッドの群れの一部を壊滅させると、群れの切れ間から華麗に脱出し後はこの場を後にするだけだったのだが、新たな、それも人間型よりすばしっこい“奴ら”が彼の進路を阻んだ。
「ちっ! ウルフ型までいたのかよ!」
真っ直ぐに接近を試みる二体の【ウルフ型アンデッド】。このアンデッドは【ヴァンパイアウイルス】に犬や狼が感染し凶暴化したモノだ。
それは、野犬や狼の持つ本来の凶暴性とは比較にならない程に獰猛で、血に飢えた地獄の番犬のそれと言っても変わりない。余談だが人間の場合は、一部のアンデッド以外は十年前から変化は見られない。
猛スピードで突進する二体のウルフ型のうち最も接近していた方が飛び掛かってくる。それを秀一は自分の左腕を噛み付かせてる事でそれ以外の人体の攻撃を防ぐ。しかし、予想以上に勢いがあったのかウルフ型の猛攻を全身で耐える事が出来ずに背を打ち付ける形で倒れてしまった。
ウルフ型の鋭く鋭敏な牙が腕に食い込む。秀一はその痛みに嗚咽こそ漏らさなかったものの眉間に深い皺を寄せる。ウルフ型の頭部は生命活動を止めてから長くたつのか肉は爛れそこから見える赤黒い腐った筋肉からは異臭がし、彼は吐き気を催す。白内障の様に白く濁った瞳は乱心するモノのそれであった。骨格から見て狼がアンデッド化したというよりは大型犬がアンデッド化したのだろう。
秀一はウルフ型の喉元にナイフを立て腹まで掻っ捌いた。すると、ウルフ型の臓物がドバドバと漏れてきて彼の体の上にぶちまけた。それで、倒せたわけではないのだが、そのウルフ型が顎に入れていた力を緩めたところで彼は腕を大きく横振りしウルフ型を吹き飛ばした。そのウルフ型は腹を裂かれたためか上手く立ち上がることが出来なかった。これで残るのはもう一匹のウルフ型だけだ。
倒れている秀一に最後のウルフ型は最初の一匹目と同様に飛び掛かってきた。しかし、秀一は右側に転がり、落下してくるウルフ型から回避した。その時、彼は同時に立ち膝の状態に体勢を持っていく。再びナイフを逆手に持ち替える。
「ぐぅぅうぅう―――」
唸って要るのか鳴き声のようなものを上げつつこちらを睨むウルフ型は四肢を踏ん張るように一瞬力をため、再びこちらに駆け出す。彼はそれに対して逆に突進していった。ウルフ型は彼の異様な行動に若干怯んだ様な驚きを見せたが、それは勘違いのなかもしれない。接近にかかった時間は僅かだったがウルフ型が飛び掛かる寸前に彼はナイフを左から右へと横凪した。それによって生まれた切れ味のある突風はウルフ型をバラバラの肉片に還した。
これによって二体のウルフ型は完全に沈黙した。しかし、その代償として軍用ナイフにはひび割れた様な跡が残りこれではもうアンデッドを攻撃しても致命傷を与える事など出来ないだろう。彼はそのナイフを今のウルフ型の攻撃で気を取られているうちに接近してきていたアンデッドに向かって投擲し腐って柔らかくなった額を貫通させるのだった。そして、遅れを取り戻すために三度駆け出したのだった。
2023/5/28 改変