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進化し人類の名はヴァンパイア  作者: 夏月コウ
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第二十三話 粛清と密会

 ギュルス・デーアンは腹に無駄な贅肉を蓄え、その仏頂面には深い皴が何本も入っている。彼のディアス―パーティーでも官職は保安府官僚をしている。彼は言わずとした反ヴァンパイア主義者だ。故にこのディアスパーティーの全てからヴァンパイアを駆逐しようとしていた。が、その愚かなやぼうも今日を持って潰える事となる。



 それはベルネチアで二人の最強ハンターが敗北して一時間後のことだ。


 保安府大臣室。


 その一室には豪華絢爛とまでにはいかないが、高級美術品やアンティークな家具が置かれていた。その数々は今は失われつつある物ばかりだ。部屋は薄暗い。床には真っ赤な生地に装飾が施された絨毯が引かれており、部屋の出入り口とは反対側に高級そうな机が置かれ、そこでは一人の男が“ある”原案を制作していた。すると、内線電話がなった。


 「ギュルス様。訪問者です」


 「何?こんな時間にか。誰だ」


 「はい。新人類統括府のデクス・アレクサンダー様でございます」


 「分かった。通してくれ。……しかし、ヴァンパイア如きが何の用だってんだ」


 秘書からの内線電話が切れると年期の入った木製のドアを叩く音が室内を軽く振動させる。ギュルスは原案を書類と書類の間に原稿を裏返して半分だけ挟む。と、訝しげな表情を浮かべつつもノックした人物に指示した。


 「入りたまえ」


 「失礼します」


 ドアノブが回され入って来たデクスは浮かない面持ちをしながら室内に足を踏み入れる。しかし、()()()()()()()()()()()()()()。その人数は二人。二人は灰色を基調とした帝国の軍服を着た人物たちで、その内の一人は帝国司令官専用の軍服に身を包んだ少年だった。その人物はデクスより前に出ると、ギュルスに自分の正体をばらしたのだった。その少年に眼を見開いてギュルスは仰天した。



 その人物は大東洋吸血鬼帝国欧州戦略第一司令官・長門 武中将だったのだ。



 ギュルスは咄嗟に机の上から二番目の引き出しを無造作に開き【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製拳銃・WAKコックノック】を右手で取り出し、武に構えトリガーを絞ろうとしたが、【コックノック】はギャ―ンと、金属が金属によって弾かれた様な音をたててギュルスの手から離れ弾き飛ばされる。これは、もう一人の帝国兵の持つリボルバー型古式銃によるものだった。ギュルスは痛む右手首を左手で庇った。ギュルスは苦し紛れに口を割った。


 「き、貴様は帝国の司令官!?……はぁ…!まさかデクス、貴様は内通者だと言うのか!」


 「………」


 「答えろ!デクス・アレクサンダー」


 「その必要はないぜ」


 怒涛するギュルスにデクスは暗い表情をする。そして、武はその間に入るのだった。


 「まずは、挨拶からといこうか。俺は大東洋吸血鬼帝国欧州戦略第一司令官・長門 武中将だ。官職から察せる通り【帝国】の司令官だ。そして、こいつは」


 武は左手を少し動かし後方にいる人物に合図する。すると、今まで息を殺していた男が薄暗い空間でその顔を表した。白髪をオールバックにし、穏やかな眼をしている。口元は白いひげを蓄えていて、表情はにこやかとしている。軍服ではなく執事服を着せれば似合うであろう。(先程ギュルスの銃を弾いたのが彼であった)


 「お初にお目にかかりまして光栄です。私は欧州第一司令官補佐兼長門武様の執事をしています。セバスチャン・クライストと申します。短い間ですがよろしくお願いします」


 「まあ、挨拶はこのくらいにしといてだ。今日この場に俺たちが来たのは他でもない。貴様、ギュルス・デーアンを()()()()ためだ。……言っておくが貴様が部下を呼ぼうとしても、先に俺たちが始末しておいたから来はしないよ」


 武がそう言ったのはギュルスに警報装置のボタンを押させないためだ。何故かは単純だ。いくら彼が最強のヴァンパイアだからといって、たった数分では隠密に敵を処理できなかったからだ。(目に付いた邪魔な敵兵は始末はしたが)


 「最後に言い残すことは無いか?ギュルス」


 「これだから、化物ヴァンパイアは…。貴様らがこの世界で生きていられているのは我々のおかげだと言うのに。やはり、野蛮な者は排除しなければな……。…手始めに…お前からだ!死ねぇ!」


 「………武様!」


 「………」

 

 上着の内に隠していたショルダーホルスターからギュルスは二丁目の【コックノック】を引き抜き、照準を合わせることなくトリガーを引いた。四メートル弱しかない距離では、多少の銃器の嗜みがあるギュルスなら照準を付けなくても当てる事は出来る。相手が人間であればまず回避できないであろうが、それがあくまで人間であればの話である。


 薬莢口から排出された空薬莢がカランと床を叩く音が響く。その音が終わった時にギュルスが見たのは武が【悪鬼あっき業火ごうか須佐之男命すさのお一太刀のひとたち】の鯉口付近を左手で握り、そのうえに右手で柄を握って刀を経てるように少しだけ引き抜いた状態で刀を構えている光景だった。武は鍔と鯉口の少しの間でコックノックの銃弾を二つに両断したのだ。


 「ば、馬鹿な……!……畜生がぁあああああ!!!」


 コックノックのトリガーは連続的に引かれるがその全てが武の剣技で斬られていく。コックノックがホールドオープンする。と、次の瞬間には武は一気にギュルスとの距離を縮める。そして【悪鬼業火】を薙いだ。するとギュルスの首から上はあっけなく切り落とされる。首からは真っ赤な鮮血が天井に向かって噴水の如く噴き出す。ギュルスの身体は司令塔である頭を失った事により糸が切れた人形の様に地に倒れ臥せる。


 ギュルスの鮮血が武の頬を濡らす。が、彼はまるでその血を人間の血だと理解していないかのような態度で、興味もなくその血を手の甲が撫でて拭い取る。さらに【悪鬼業火】を軽く振って血を払い鞘に収めると、武はギュルスの机の上にある綺麗に整頓された書類の束に目を落とした。そして彼はその書類の間に一枚、角が異常に飛び出した書類を発見する。武は書類に手を伸ばし書類の束の間に挟んであった書類を抜き出しその文面に目を落とした。そして嘲るのだった。


 「ハ、ハハハ。なあ、セバスこれ見ろよ」


 「はい。……なんと!なんとなんと馬鹿馬鹿しいことが書いてございますな」


 「そうだろ。こいつ、このパーティーに暮らしているヴァンパイアを特別施設と題した強制収容所に入れて、そこでヴァンパイア兵士を作って俺たち【帝国】と戦わせようって原案を提出しようとしていたらしいぜ。まあ、そんな物が通るわきゃぁねえんだけどな」


 武はセバスチャンの持つ書類を奪った。そしてポケットから銀メッキで塗装されたジッポを取り出し、書類の右下の角から火をつけて燃やすとセバスチャンに指示を出した。


 「セバス。次、行くぞ」


 「畏まりました。武様」


 「あの、申し訳ないのですが、これから私はどのようにすればよろしいのでしょうか?」


 武とセバスチャンが保安府大臣室から出ようとした時、彼らの所業を目にしていたデクスが口を開いた。武は軽く振り向くとチラリとデクスを見やり、セバスチャンに軽く頷き部屋を出て行った。セバスチャンは軽く執事がする様なお辞儀した。


 「承知しました。武様。デクス殿にはこれからもよき協力者として我々に力を貸して欲しいしだいです」


 セバスチャンはそれだけを言い残すと大臣室を後にするのだった。そして、デクスはただ一人その場に取り残されることとなった。




              * *




 ディアス城・アリスの寝室


 夜も深まる中、彼女はただ一人自分の寝室にある机に向かって、ディアスパーティーの代理代表として仕事の一環で提出された申請書類にサインを施していた。書類を片付け始め半分以上の書類にサインを施したところで彼女は手を止め、座ったまま背伸びをして作業の間で固まった身体を軽く解すのだった。


 「うぅ~ん。……はぁ。やっと半分が終わったわ」


 アリスは残りの申請書類を見やる。彼女がその作業を始めてからかなりの時間が経つというのに、今だにその書類の束のそこが見えない程に未処理の書類が山積みとなっていた。ここで投げ出したくなるのが普通だが、彼女は今は仮とはいえこのディアスパーティーの長を務めているのだ。投げ出す訳にはいかないし、あくまでもこの仕事を請け負ったのは自分であるので、それによる義務感も彼女の中にはあるのだ。


 アリスは気分転換がてら書類作業を一時やめ、自分の部屋のバルコニーに出て夜風に当たった。今だにこの地域の風は冷たさが残るが彼女の集中していた頭を冷やすのには丁度よく、彼女もまたその風を心地よく感じ取っていた。彼女が住んでいるディアス城からは城下街の光が幻想的なまでに映し出されている。あの街には五万人もの人々がいる、十年前に自分たちの故郷を追われた人々が今はこの街で暮らしているのだと、アリスは再び感じ取る。そして、彼女はその街を守る存在なのだという事も改めて理解したのだった。


 「………それで、誰かしら。私を見ている貴方は」


 「まさか、バレたとはな」


 「バレる以前にそんな熱烈な視線を送っといて良く言うわね」


 右足を後ろに引く事でアリスは身体を回転させた。彼女が目にした存在は灰色の軍服に身を包んだ少年士官だった。アリスはその顔に見覚えがあった。


 「貴方は確か―――」


 「はい。俺は大東洋吸血鬼帝国欧州戦略第一司令官 長門武中将だ」


 「………。ではその長門中将は何しにここに来たのですか?」


 この人が【帝国】の指揮官…。アリスは武の顔を見据えながら自分の身体が何か得体のしれないものに拘束された感覚を覚えるのだった。が、それは十中八九武の存在感が自分にそう感じさせているのは間違いないとアリスを確信させるのだった。


 「どうかしたか?俺の顔をじっと見つめて…?……ハッ!、まさかお前俺の顔を見て惚れたとかか? 残念だが。俺には好きな奴がいるのでお断りさせてもらうよ」


 「まッ…!?そんなわけないでしょ!誰が貴方の様な不審者を好きなんかになりますか!」


 「くッ。…いくら不審者に見えたとしてもそれはちょっと傷つくな……。まっ、別にあんたに好かれようなんて思ってねえしな」


 ケラケラ笑う武にアリスは眉を顰める。しかし、そのケラケラ笑う武も数秒後には重い表情に切り替わった。そして彼は口を割った。


 「まあ今日俺が顔を見せたのには二つある。まず一つ目は顔合わせだ。貴様らディアスパーティーはこれから我が【帝国】の隷属国になるのだからな。それと二つ目は貴様らがこれ以上抵抗しないよう、通告するためだ。貴様も分かっているだろ?俺たち【帝国】を相手に取るだけの余力なんてない事を。だから抵抗はすぐに止めろ。でなければ、多くの人が死ぬことになるぞ。例えばこの鳥かごの中でのうのうと生きている人間むしけらたちとか…」


 「虫螻ですって……!?…私はッ、私は貴方たちの様な者たちを認める訳にはいきません。私は断固としてあなた方、【帝国】のやり方に賛同しません! これはディアスパーティーの()()であるこの私、アリス・レイン・プリンツオイゲンの意思であり、このパーティーに住んでいる民の意思です。ですから貴方には即刻このディアスパーティーから出て行ってもらい二度とこの地に近づく事は許しません。それはきっとお父様―――ディアス・ヒュート・プリンツオイゲンもそうおっしゃるでしょう」


 「へえ~。中々の威勢だな。ただの()()()()()()()()()()に盾突くとは良い度胸だ。……はッ!気に入った。その度胸は認めてやる」


 武は数歩歩くことでアリスとの距離を詰め彼女の目の前に立つと、アリスの顎をクイッと右手で持ち上げ無理矢理アリスと自分の目線を合わせる。しかし、アリスは嫌悪の顔で無言の抵抗をはかった。


 「……プッ」


 とアリスは武の顔に唾をかけた。武は自分の頬にかけられた唾を左手で拭きとり激怒するかと思いきやニヤリと嗤った。


 「はッ!本当にいい度胸してる女だぜ。どうだ、賭けでもしないか。俺が今度の戦争で勝ったらお前は俺の奴隷おんなだ。負けたらお前のパーティーは見逃してやる」


 「………。分かりましたわ。その代わり、もし私が負けた時にもう一つお願いしたい事があります」


 「おっ、もう負けた時の心配とはな。何だ?言ってみろ。俺が出来ることはしてやっても良いぜ」


 武は一瞬アリスの口にしたことに驚嘆した表情を浮かべるが、すぐにいつものケラケラとした顔に戻した。そんな武の態度にアリスは呆気に取られる。武はクイッとしていた顎から手を放し、二歩ほど下がり彼女から距離をとった。


 「もし、もし負けたら私はどうなっても構いません。が、このパーティーに住む全ての住民を如何か無下にしないでください。私が望むのはそれだけです」


 「フッ!いいだろ。お前に望み確かに受け取った。………では俺はこれで。メートヒェン」


 武はそう言い残すとバルコニーから飛び降りたのだった。アリスが彼の跡を確認するためにバルコニーから乗り出すように見下ろすが、既にそこのは武の存在はなかった。


 アリスは今までに感じたことのない威圧感から解放されると、今まで立っていた脚が急に崩れ落ちた。彼女は座り込んだまま自分の胸近くで手を重ね合わせた。


 「秀一様……。如何か私に力を下さい…」


 アリスは誰もいないバルコニーでここにはいない()に祈りを捧げるのだった。

 皆さまお久しぶりです。夏月 コウです。


 今回は久々のアリスさんが登場しましたが皆さんはアリスさんのこと覚えていましたか。(作者である私もアリスを忘れたいた…)しかし、アリスさんも不憫ですよね。こんなに頑張っているのに報われない子がいていいのか?否、こんなに可愛い子をなぜか忘れていた作者を許してください。


 まあ、茶番はこのくらいで。次回からは怒涛のラストダッシュこれからは秀一さんマジかっけ回が続くかもね…?


 でま、この辺でまた次回に。ではでは~

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