第二十二話 月夜の戦い ~美香佐VS皐月市街地戦~
如月家。
その屋内には如月実香佐がただ一人で我が子の帰宅を待っていた。彼女が自前のノートパソコンとにらめっこをしていると自宅の玄関の扉を叩く者があった。玄関はリビングと繋がっており木製の扉をノックする音色は少しばかり軋む様な響きをみせた。彼女はノートパソコンから意識を放し玄関の扉に目をやった。
美香佐はノートパソコンに意識を集中していた為、最初は風音が些細に聞こえたのかと勘違いした。が、二度目のノックでそれが人為的に行われているのだという事に感じ取るのだった。
テーブルの中に仕舞い込んでいた自分の脚を椅子を引く事でテーブルと椅子の間に脚が抜け出せる空間を作る。と、彼女は一、二歩でその隔たりから脱し、玄関の方に少しばかりの早歩きで向かい玄関に達する。
こんな時間に誰かしらね。もしかして秀一と佳純? もう帰って来たのかしら。と、内心で呟き、扉のドアノブに手を掛け時計回りに回して施錠を外すことでその者の受け入れに臨んだ。
「どちら様でしょうか?」
しかし、言うに事欠いた様に開けた扉の向こう側には誰もいなかった。いや、違う。実際には誰かはいたのだ。美香佐はドアノブを握ったまま周囲を眺め回すが人影一つない。
「こんな夜更けに悪戯か?何ってたちの悪い事をする奴もいたものだ…。………ッ!?」
美香佐は自分に向けられた濃厚な殺気を感じ取る。それは無意識のうちに彼女の蒼白な肌を鳥肌で埋め尽くさせる。すると、瞬間彼女の脳天を捉えた一発の殺意が込められた銃弾が飛翔し射貫こうとしている。
まず分かることは普通に人間ならば回避は不可能だろう。その拳銃から発砲された銃弾の秒速は四百メートル/秒を超える。その為に普通であれば肉眼で確認できてもそれを危険な物と認識して回避するという事は出来ない。それは美香佐も同様だ。しかし、少なからず彼女には一般の人間には無いものがある。つまり、魔力だ。彼女は自分の脳天から数センチ先に意識を集中させる。それはいわば何段階もの空気の層で構成されその強度は銃弾をも軽く受け止められる程の厚い鉄板と同等のものだった。
彼女が空気の層を構築し終えた時には銃弾は見えない何かに掴まれたかのように美香佐の脳天すれすれをクルクルと回転していた。二、三秒後には銃弾の回転はゆっくりとなって行き、回転が完全に止まると銃弾は地球の重力に引っ張られ美香佐の足元にカランと落下する。
「はぁ…はぁ…。クッ、誰だ…」
渋面を浮かべながら自分を撃った存在に怒りをあらわにした。無論この場に姿を見せない相手以外には誰一人として彼女の声を聴くことは無く、駄々空しく声音は霧散した。しかし、返答が皆無かと言われればそうではなかった。美香佐が受け止めた銃弾が彼女の足元に音もなく、まるで前からそこにあったかのようにある以上は。
【フフフ。流石如月美香佐。大和皇国士官学校を主席で卒業し、大和皇国国立感染症研究所の代表研究員を務めていただけはありますわ。まさに文武両道な人間、全く惜しい人材ですわ。貴女が家族をわたくしたちから引き剥がそうとしなければ、このわたくしが使ってやってあげましたのに】
「言霊……。誰だ、出てこい」
美香佐は一度目を瞬かせる。すると、彼女の十メートル先には深紅の髪と薄いルビー色の瞳を持つ少女が音も無く彼女の知らぬうちに立っていた。美香佐は一目見てその少女の存在に驚愕の表情を浮かべた。顔に影を落とした様な面持ちでにまりと笑いながら彼女は声を発した。
「お久しぶりですわ如月美香佐代表研究員。わたくしのことわかりまして?覚えてはいないとは言いませんわよね?」
「ああ、君やその他の皆のことは今でもよく覚えているよ。山城皐月くん」
「馴れ馴れしくわたくしの名前を呼ばないでくださいまし! ……まあ、でも良くもまあ十年も前の人間……いや、ヴァンパイアの子供の名前を覚えていましたわね。そこだけは褒めてさし上げますわ」
皐月は右腕を腹部辺りで直角に曲げると、まるで執事の栄爵の様に礼を還した。
「…それで、今日はどのようなご条件でここに来たのかね?皐月くん。……いや、大東洋吸血鬼帝国欧州戦略軍第二司令官の山城皐月、と 言った方が良いかね?」
「名前の呼び方など些細なことですわ。余りにも耳障りですが……それも後数十分ぐらいでわたくし達の一つ目の目的の貴女の殺害が達成されると思えば。……何てことはありませんわ」
「悪いが、私はここで殺されるわけにはいかないのでね。ここは是が非でも帰ってもらえると私は助かるのだがね」
彼女はドアノブを握っていた手を放し玄関近くに置かれていた彼女愛用の薙刀を手にした。なぜ、薙刀が玄関近くに置かれていたのかは想像したらすぐに分かる事だが、それは単純に敵が現れた時の為の備えとして置いていたのだ。美香佐は薙刀を両手で持ち一歩前に脚を繰り出し構える。美香佐は戦闘態勢を整えたが、今だ皐月はその素振りを見せない。まあ、実は言うと彼女は既に戦闘態勢を整えていたのだが……。
両者は殺気を醸し出す。美香佐はすり足で四、五歩ほど進み、その間皐月は両腕を掲げ美香佐に銃口の照準を合わせる。まさに一触即発の状況だ。
空気は殺気と濃密に絡め合い、その殺気は軍人やハンターでない一般の人間でも分かるくらいの威圧感を放ち、その場を支配していた。空には黄金の様に輝く月が美香佐と皐月を照らし出す。しかし、月も雲が掛かればその光を失うのは必然のことで。彼女らは夜雲で影を落とした月が次の夜雲の切れ目で顔を出した時に動いた。
薙刀を突き出しながら突撃する美香佐。その突進に二丁拳銃の【陽炎】と【不知火】で対抗する皐月。両者一歩も譲らない殺伐とした戦闘が今ここに開催された。
【陽炎】と【不知火】から容赦なくマズルフラッシュをはためかせながら撃ち出させる銃弾は、的確に美香佐の急所を突く弾道軌道を掴んでいた。だが、それは言ってしまうのであれば何所に何がどれくらいの数でどの程度の速度で接近してくるのかを正確に確認できるという事だ。しかし、その一つ一つを対処する時間は一秒ともない。
だからこそ彼女は一度の動作で、絶対的に二以上の行動を起こさなければならないのだ。そうこれはいくら訓練した軍人でもまず不可能だ。ならば人間である美香佐も無理なのであろうか。否、美香佐にはこの攻撃を容易に回避することはできる。改めて言うが美香佐には魔力がある。それを絶妙に調和させることで攻撃の相殺を可能とするのだ。この際に彼女が使用した魔力変換は意識拡張の類と身体能力向上の物だった。
意識拡張は普段の人間が無駄に行っている脳の演算を全てカットし、その全てのリソースを究極的に戦闘向きの演算に回す事を可能とさせるものだ。そして、人間の大まかな情報伝達器官は目である。つまり視界から入って来た物体の情報を正確かつ的確に把握できるのだ。それだけではない。意識を極限まで集中させる事により彼女の周囲の動きはまるでスローモーションの様に認識されている。今の彼女の体感速度では水滴一滴が地面に落ちる速度の何百分の一程度の速さで認識できるのだ。つまり彼女が今見ている風景は銃弾がまるで浮いているような視覚情報となるのだ。
しかし、これはあくまでも意識的体感速度であって実際はそうではない。つまり、意識だけ加速させても身体がその速度に追いつかなければ何の意味もない。だが、人間はそのスピードを行使することが出来る程身体は頑丈ではない。
もしそのスピードで動けば彼女の肉は断ち切れるだろう。だからそれに対応出来る身体を一時的に作るため、身体強化をする必要があるのだ。そこで魔力が出てくるのだ。魔力はまさに万能な力だ。が、魔力にはそれなりの代償がある。魔力は別名、精神的集合エネルギーと言う。つまり魔力は精神をすり減らせて使うのだ。当然、魔力を極限までに行使すれば死は免れない。ついでに言えば精神力が強い人間は魔力量も多いという訳だ。
魔力で身体強化をした美香佐は【陽炎】と【不知火】から撃ち出される合計二十四発の銃弾を薙刀で斬る、あるいは薙刀の刀身で銃弾の側面を撫でる様に弾き、その銃弾を後方の銃弾に弾き返し直撃した銃弾の軌道をずらしながら少しずつ皐月に一歩一歩近づく。
最初は冷静であった皐月も異常な美香佐の攻防を目にし、本当に奴は人間なのか!? と、皐月自身も知らぬまま大きく目を見開いた。その皐月の顔に美香佐は若干ニヤつく。美香佐は自分の間合いに皐月を捉えると次の技を繰り出した。
「〈如月流薙刀術壱ノ型 電光 〉」
容赦のない〈電光〉の攻撃性電気魔力弾を皐月に叩き込んだ。至近距離で撃ち込まれた〈電光〉を避ける事はまずできない。それが“普通の人間や低レベルのヴァンパイア兵士であれば”。しかし言うに事欠く様に彼女、皐月は余裕とまではいかないが回避した。大きく宙を舞う様に後ろに跳躍し回避したのだ。当然の如く皐月が回避したことにより〈電光〉は近くのアスファルトで舗装された道路を砕き着弾する。着弾した地面には銃弾でガラスを撃った時のような跡だけが残されることとなった。
「あの距離で私の〈電光〉を回避するとはな。流石秀一と佳純の妹を名乗るだけはあるな。それともこのくらいの攻撃を回避するのは雑作でもないという事か?」
「そんな事はどうでも良いのですわ!? それよりも貴女のその力は何ですの!?……いくら魔力が人並み以上に有るからと言って、なぜ人間でしかない貴女が上級ヴァンパイア並みの力がありますの!?」
「フフ。それはな……私が人間じゃないからだ。………まあ、厳密に言うと人間とヴァンパイアの狭間の存在と言った方が良いかね」
ハッと皐月は何かを感じ取ったかの様な口ぶりでいった。
「ハッ……!?まさか、貴女は中間者だと、いいますの!?」
「正確に言うとアンデット研究の過程で致死量以下のヴァンパイアウイルスを身体に注入した結果でこうなったのさ」
「つまり、貴女は自分を実験材料にしたという事ですの!?……わたくしが言いますのは何ですが…。貴女、馬鹿ですの?もし仮にヴァンパイアウイルスを想定以上に注入してアンデット化した場合このパーティー内で感染爆発が起きても可笑しくありませんでしたのよ!?」
美香佐は口元を緩ませた。その彼女の笑いに皐月は疑問と怒りが沸き上がる感情があった。
「まさか皐月くんが私を心配してくれるとは、思ってもいなかったよ」
「べ、別にわたくしは貴女の事なんて気にもしていませんわ。……ですが、貴女の軽率な行動は看過できませんわ。今から貴女を殺すわたくしが言えたことではありませんが…。秀一兄様と佳純姉様を悲しませる様な事はしないでくださいまし」
「ああ、それは分かっている。……が、生き残った最後の人類をヴァンパイアウイルスから守る為には、例えあの子たちを傷つける事になったとしても、やらなければならない事なのだよ」
皐月は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……確かに貴女の言いたい事は分かりますわ。でもやはり貴女のやっている事は秀一兄様や佳純姉様に対する裏切り行為ですわ。わたくしはそんな事をする貴女を許しませんわ!」
「別に皐月くんに許されたいとは思っていないよ。ただ、願わくはその事はあの子たちには言わないでもらいたい……。これは、私の最後の望みだ」
「………分かりましたわ。秀一兄様たちには毛頭話すつもりはありませんし」
「助かる。これで、後顧の憂い無く戦える。まあ、先程も言ったが。私はここで死ぬつもりは無いが、もしもの時はあの子たちを頼むよ」
「そんな事貴女に言われなくても分かっていますわよ。……では、お話はこのくらいとして。…行きますわよ。如月美香佐特務少佐」
「ああ、来るがいい。山城皐月少将」
二人の会話が終わった頃には双方の戦力の立て直しが終了しているのだった。美香佐は会話の最中に大きく消耗した魔力を応急回復魔力を駆使して多少の魔力を回復させ、残りの魔力と会話の間で回復させた魔力を掛け合わせる事で身体強化をはかった。一方、皐月もまた【陽炎】と【不知火】に新たな弾倉を差し換えた。
今度は何かの合図も無く戦闘は始められた。美香佐は自分の膝まである灰色の髪とよれよれの白衣をなびかせながら皐月に間合いに入るため接近する。皐月もまた彼女を仕留める為に多くの銃弾を撃つ。
その戦いは押して押し返す混戦を繰り広げた。が、決着がついたのは数分後の事だった。
―――住宅街に響き渡ったその最後の音は銃声だった。
皆さんお久しぶりです。夏月 コウです。
一カ月経ってしまいましたが、無事一カ月以内に上げることが出来ました。
今回は久々の美香佐さんの回でしたが、皆さんはお楽しみいただけたでしょうか?終わり方からして美香佐さんはどうなったのでしょうね。個人的には死んでほしくない女性ですが…
さて次回はまたまた超久しぶりのアリスさんの回にしたいと思っています。(皆さんアリスさんのこと覚えているかな…)
では、また次回にお会いしょう。ではでは。




