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進化し人類の名はヴァンパイア  作者: 夏月コウ
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第十九話 ベルネチア死闘戦 再会編 前編

 アンデットは意味もなく呻く。


 別段奴らは苦しみもがいているのではない。アンデットには人間だった頃の知性などないからだ。しかしアンデット達は呻く。


 苦しく苦しく。


 悲痛に。


 まるで助けを求めているかのように。

 

 

 ヴァッツ・シュルツは自分が愛用しているアサルトライフル———【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKサクエ2037型】を構えアンデットの大群に対して撃ち払う。しかし、照準はズレる。手が震えてしょうがない。


 撃つ。撃つ。見も知らぬアンデットを。撃つ。撃つ。“仲間であった者を”。撃つ。撃つ。自分の家族を殺した存在を。


 「どうしてだよ……!。お前ら!」


 ヴァッツは“仲間であった者達に”に嗚咽を吐く。“仲間であった者達は”答えない。そして呻く。


 


 時は遡る——————。




              * *




 「ふえぇ~ヴァッツぅ~。五月に入ったのに寒いんだけど~」


 ヴァッツの仲間の一人であるアイリス・ベーネリュージは、彼の左腕に自分の両腕を絡ませて嘆く。


 「うっさい。離れろ」


 ヴァッツはそんな彼女の誘いを冷たくあしらうと、アイリスは軽く舌打ちして彼から離れる。


 「ちぇ…全く釣れないんだから。ヴァッツのツ・ン・デ・レ」


 「本当にアイリスはヴァッツのこと好きだよな。そんな朴念仁のどこが良いんだよ」


 「べ、別に好きなんかじゃないわよ!」


 クルス・アフリエッドはアイリスを揶揄すると、ヴァッツとアイリス以外の三人はそろって腹を抱えて笑っていた。

 

 「「「ハハハハハハ」」」


 「も~お。やめてよ~」


 「お遊びはそこまでだ」


 三人と一人が騒いでいるとヴァッツが左腕を掲げた。すると、アイリスとクルスらは一瞬にして黙り込む。


 ヴァッツ含め全員が銃器の安全装置を外した。彼はアイリスに付いて来るように指で指示すると、彼女はその指示に躊躇なく従い、残りの三人を置いて隣の建物の壁まで二人は駆け抜けた。


 ヴァッツはアイリスを自分の後方に待機させると、建物を背にして覗き込むようにアンデットの数を数える。


 ――― 一、二、三、四……。流石に多いな。この一群だけでも三十体近く居るぜ……。こりゃ、異常な数だ。


 彼は後方に待機させていたアイリスに聞こえないよう内心で数えた。


 アイリスに背を向けていたのを向きを変えて彼女に伝える。それと同時に仲間のチャンネルに合わせてある無線機を取り出した。ヴァッツは出来るだけ無線機が音が拾えるぐらいの声で口を開く。


 「こちらヴァッツ。応答せよ」


 ヴァッツの無線機からは、低音でジャーとほんの一瞬あった後に一人の男の声が伝わってきた。


 「こちらクルス。ヴァッツ。そっちはどうなっている?」


 「現在こちらで数えたところ三十体近くのアンデットを確認している。これより我が隊は、アンデット対して急撃を掛ける。クルスたちはすぐにこちらと合流してくれ。その際に他のアンデットに気付かれない様に十分に警戒せよ。作戦については合流後に説明する。以上だ」


 「了解だ。すぐにそちらに向かう」




              * *




 少年———長門ながと たけるは、アンデットが闊歩しそれを全滅せんとするハンターたちがアンデットに戦闘を仕掛けているベルネニアの、とある建物の屋上で彼らハンターの戦闘を拝んでいた。無論武の見えない範囲で山城やましろ 皐月さつきの存在もあった。


 【それで、武?。秀一兄様と佳純姉様の気配分かってる?】


 皐月はというと魔力を利用した念話を使って武との通信を行っていた。こうすることで他人に盗聴されることなく会話が出来るのだ。(魔力を使用できない者に限る)


 【手にとって分かるぐらいに、兄さん達が何処に居るのかが分かるぜ。何たってこんなにも馬鹿デカい魔力の持ち主がそうそう居やしないからな。まあ、それでも今の俺たちの魔力量からすれば、まあ“三分の一程度”ぐらいだがな。まさか、ここまでにも“兄さん達が弱い”とは思っても見なかったが】


 【まさかこの十年でここまでにも秀一兄様達が弱くなっているとは思ってもみませんでしたわ。これもあのアバズレのせいですわね。やはり殺して置きますわ】


 【こらこら。女の子がそんな言葉使いをしてはいけないよ。それに、どのみち如月美香佐は今後の【帝国】の為にも始末して置かなければ為らない人物だ。今夜の内に殺す事になるだろ】


 今の武の内心ではドス黒い感情が蠢いていた。恐らく今の皐月の内心も同様たろう。彼ら弟妹にとっては秀一と佳純の存在は昔からその上の兄姉と同じくらいに尊敬していた存在なのだ。それを十年前、【世界大厄災】が起こった際に如月美香佐らに寄って引き離されたのだ。だからこそ、はいそうですかと彼女ら鬼病研究者達を許せと言うのは到底無理があるのだ。


 【ねえ、武?。わたくしが如月美香佐を殺してもよろしいかしら?】


 【別に構いはしない。存分に殺るが良いよ。俺は殺害リストの奴をるから】


 【ありがとうですわ。武、これでわたくし達から()()を奪ったアバズレを殺すことが出来ますわ】


 皐月は死神を下ろす。彼女の殺気は膨れ上がって行く。武はその殺気を感じ取ると無意識の内に鳥肌になっていくのが分かるぐらいの殺気だ。


 しかし、それも一瞬の事であった。突如としてその殺気は消え失せるや否や、皐月は子供が無邪気に話している様な声で武に問う。


 【武。どうせならここで少し兄様達と遊んでいきませんか?】


 【それは、良いな。分かった。やろう。まあ、どうせなら少しハンター連中を減らしておくか。皐月。“あれ”やるぞ】


 【それは、良いですわね。分かりましたわ】


 武は皐月の同意を得るや否や懐から二から三センチぐらいの淡い水色の立方体を取り出した。恐らく今頃皐月も取り出しているのだろう。


 【皐月。準備は出来たか?】


 【ええ、大丈夫ですわ】


 武は皐月に確認し終えると、二人は“彼ら兄妹にしか”使えない言霊を詠った。


 【【我、統率者達リーダーズコアを統べるものなり。我眷族よ。我らの名に従え。汝らは我手であり足であり使い捨ての老人形よ。我らの敵を全滅せよ。ーーーーーー要求リスエストコネクション!!!!】】


 二人が詠った言霊はベルネニアに居る全てのアンデットを刺激した。それは同時にアンデットの無軌道な動きからは考えようがない程に、まるで洗練された兵士の様な動作に変わった。


 これが後々に語り継がれる事となる【惨劇のディアス事変】の序章となった。


 【さて、兄さん。絶望と名のショーの始まりだよ】


 少年は薄気味悪く微笑した




              * *




 秀一の狙いは的確だ。彼の持つ【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKコルディスアサルト】でアンデットに目掛けて放たれた銃弾は飛翔し、見事にアンデットの脳天を貫く。


 また、彼の側には一人の少女が【種子島式多才銃機構たねがしましきたさいじゅう軻遇突智かぐつち一弓のひとゆみ】をモード変換させ二丁拳銃にした【夕立】と【時雨】で、秀一同時にアンデットの脳天を連続した発砲で、既に彼女一人で複数のアンデットを仕留めていた。


 「「………」」


 秀一もまた彼女に負けじと【コルディスアサルト】のトリガーを絞る。二人は淡々と無言でトリガーを引く姿はまさにシュールと言っても過言ではない。


 十年前であれば年端も行かない少年少女が銃器を持っているだけで警察に補導されかねないが、今時、銃も撃てない者には死しかないのだ。


 二人の所持する銃の銃声が響き終わる頃には、既に彼ら二人のハンターの半径五十メートル圏内では、アンデットは残らず始末され骸に還っていた。秀一は一息吐くと間髪入れずアンデットの更なる襲来に備えて【コルディスアサルト】のマガジンをリロードする。佳純も彼に釣られて【夕立】と【時雨】のマガジンを交換し新しい物に差し換える。二人が居るこの場から離れた場所からは、今だとして連続した発砲音が聞こえてくる。そんななか彼ら二人の間の言葉の沈黙を破ったのは佳純からだった。


 「まあ、粗方片付いたけど、やっぱり最近のアンデットの出現率は異状だよ。今戦闘だけでも二十体以上いし、一体どのくらいの数のアンデットがこの街に潜伏してるってのよ。減るどころか増えていってるし。この十年、結構のアンデットを今日までハンター達が始末してきたと、思うんだけどなぁ~」


 「それはやはり言うまでも無く【帝国】のせいだろうな。美香佐さんが以前言っていたんだけれども。【帝国】が侵攻して来たパーティーの多くで、その侵攻の直前にパーティーの郊外にある廃都ではアンデットが大量に出現する割合が、例年の値より確実に多くなっているらしい。恐らく、ここ最近のベルネニアでのアンデットの出現はそれらのデータを比較して見ると一致する点がほとんど寸分違わずでてくるんだってさ」


 秀一はひとときの休憩がてら佳純が疑問に思っていることについて、以前美香佐から伝えられたことを佳純の問いの答えと折り合わせて現在の現状について講義した。


 「ねえ、シュウ。シュウは正直のところ【帝国】のことどう思ってるの?」


 「何が?どう、って?」


 秀一は不意に暗い面持ちになった佳純を怪訝に思いながら一言聞き返すと、彼女は少し上擦った声で三度口を開いた。


 「だから、【帝国】のやっていることだよ。だって【帝国】は私たちが暮らすディアスパーティーやその他の全世界にあるパーティーを次々と壊滅させて行ってるんだよ。そりゃあ、まだ私たちのパーティーは壊滅してないけど。させないけど、でも、正直このまま【帝国】を抑える力なんてディアスパーティーにはないよ。それになぜ【帝国】は私たち人類を攻撃するの?私、頭あまり良くないから分からないよ。シュウなら分かってるんでしょ?」


 「いや俺、佳純より学校の考査の点数低いぞ。まあ、それは置いておくとして、確かに佳純が言いたいことは分からなくもない。だからこそ、今の俺が言えることはただ一つだけだ。俺は【帝国】のやっていることを肯定しない。なぜなら俺や佳純や美香佐さん家族や友達のアリスの暮らしを脅かしていることに変わり無いからだ。俺は家族や友達を守るためにハンターになったんだから。要するに、家族や友達に害を与える奴は誰であろうと許さない、と言うことだよ。無論、家族ってのは佳純と美香佐さんのことな」


 「シ、シュウ……。ありがとうね」


 佳純はなぜか両手を頬に合せると顔を赤らめた。秀一は彼女の行動に疑問を持った。なぜ彼女は今言ったことについて感謝されたのか、秀一は疑問を解き明かすことができなかった。が、秀一はまたも、口を開いたのであった。


 「でもな、佳純。俺は【帝国】のやっている行為を否定もしない」


 「なぜ!?だって、【帝国】は私たちを攻撃するんだよ。それに今シュウは言ったじゃん。()()()()だって?」


 「まあまあ、落ち着け。俺は家族や友達に手を出す奴らを敵だって言ったけど、今回の【帝国】のやっていることは許せないってだけで、別に【帝国】事態の理想理念は否定しないってことだよ」


 佳純は身を乗り出すようにシュウに近づいた。秀一は意気なりの佳純の行動にビクリと身を震わせた。佳純はその鮮麗された顔立ちを突如として秀一の真正面まで持ってきた。それは、彼女の興奮した息使いが届くぐらいの位置だった。秀一はドキリとした。秀一もまた、佳純ことを少なからず女性として認識しているからだ。彼女の甘い良い香りが秀一の鼻孔を擽る。秀一は自分の顔を少しばかり遠ざけると、小さく咳払いし続けて語りだした。


 「おほん。つまり、俺が言いたいことは【帝国】が掲げているのは全世界に点在する全てのヴァンパイアの人類からの解放で、俺はそれを別に悪い考えだとは思っていないってことだ。まあ、でも俺は【帝国】に参加しようなんて考えていないしな。それに武力では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうしな」


 「どう言うこと?」


 「さあな。佳純、そろそろ休憩はお終いだ。行くぞ」


 秀一は無理やり話を終わらすと佳純の前に躍りだして歩き出す。佳純は彼の答えに納得行っていないようだ。しかし、秀一はその続きを話すことはなかった。


 二人が次の獲物を探すために先程の場所から動いてすぐのことだった。男の声が静まり返った街の建物の壁に乱反射し、それが拡張機を使ったような声となって、二人がいる場所に届くのだった。



 「畜生があぁぁぁぁぁ。何で。何でこんなことになるってんだよ!!!!」



 秀一と佳純はお互いの顔を見合わせた。秀一はアイコンタクトで、行くぞと指示するとその場から走り出した。また、佳純も遅れて秀一の後を追ったのだった。




              * *




 時系列は少し遡る。


 クルス他三名がヴァッツたちと合流すると、ヴァッツは間髪入れず言葉にした。


 「これより我々は奴ら、アンデットに対して攻撃を開始する。奴らの数は約三十体前後。作戦としてはシンプルだが、まずカインズとゲールは俺とアイリス、クルスを援護、奴らの注意を引き付けて置いてくれ。その間に我々が敵の正面に出る。我々は奴らに近づいたところで奴らを殲滅する。ある程度うち減らした後、我々は後方に下がりつつ迎撃する。その間もお前たち二人は俺たちを援護してくれ。まあ、作戦と言うのは余りにもずさんかもしれんが、俺が思うなかではこれが一番効果的だと思う」


 「「「「………」」」」


 ヴァッツは頷きもせずに無言で聞く仲間たちを見渡す。仲間たちから反論が無いことを確認すると、次に続けた。


 「では、これよりヴァッツ小隊はアンデットに対して攻撃を開始する。各員の健闘を祈る。以上だ。それでは、作戦…………開始!!」


 まず、動いたのはヴァッツ小隊のカインズとゲールだった。潜伏していた建物の壁際から飛び出す。彼らはアサルトライフル―――【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKガーデンファルコ】(は【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKサクエ2037型】の前期型の銃器である。モデルとしては【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKコルディスアサルト】の改良型である。また、ヴァッツの愛用しているアサルトライフル―――【WAKユニバーアームズ・カンパニーズ社製アサルトライフル・WAKサクエ2037型】はWAKユニバーアームズ・カンパニーズ社が新規設計した最新式のアサルトライフルである。)を照準もつけずにただ乱射する。


 彼らの発砲した銃弾はアンデットの一部には命中したり掠めたりするが、殆どが誤射で終わる。一見ただの弾の無駄遣いにも見えるが別段彼らの射撃能力が低いわけではない。これには意味があった。


 アンデットが何かを認識する主な器官は耳、つまり聴覚である。が、その他にももう一つある。それは触覚である。(その他の目や鼻などの視覚や嗅覚は極僅かであるが存在する。特に強い光や血液の臭いには敏感に反応する)


 つまり、この発砲でアンデットの聴覚と触覚の二つを刺激したことになるのだ。


 三十体近くのアンデットの群れがヴァッツたちがいる場所に歩み出した。再度発砲したカインズとゲールの銃弾は始めと異なり正確な発砲を行った。先行していたアンデットの三体を無力化する。すると、今度はヴァッツとアイリス、クルスの三人が建物の陰から飛び出しアンデットの大群に猛攻を開始した。


 三人はΔ〈デルタ〉型に展開すると(ヴァッツを先頭に後方左にアイリスで後方右にクルス)アンデットとの距離を詰め一群の先頭に対して最初にヴァッツが仕掛けた。この時に二体のアンデットの頭を貫いて無力化している。ヴァッツに続いてアイリスとクルスが同時に攻撃を開始する。二人の攻撃はヴァッツの三倍の敵を無力化した。


 この一連の行動で十一体のアンデットを無力化したのだ。


 六体のアンデットを無力化したアイリスとクルスはこの小隊の中でも随一の射撃の名手である。特にアイリスはこの時実は四体のアンデットを無力化していたのだった。アイリスは佳純には劣るものの人間であり、ディアスパーティーの射撃の名手の中ではトップの成績を彼女は持っているのだ。


 三人はある程度アンデットの一群に接近すると Δ〈デルタ〉型の布陣を解き、ヴァッツは中央のアンデットの一群に、アイリスは左側にクルスは右側にと、散開しつつ各自はアンデットの一群に接触する。


 三人とアンデットの距離は数メートル程度まで接近したところで、ヴァッツたちによる銃撃戦が開始された。


 三人による攻撃は順調に事が進んだ。中央のヴァッツで三体のアンデットを無力化しクルスが担当する右側のアンデットはヴァッツ同様に三体が無力化された。この時アイリスが担当していた左側では四体のアンデットが無力化されていた。


 「アイリス、クルス…!。もういいこれで。撤退する」


 ヴァッツは撤退命令をアイリスとクルスに出した。基本的にこの作戦は一撃離脱を目的とした攻撃だ。つまり要約するのであれば、まずカインズとゲールの二人でアンデットを刺激しつつダメージを与える砲撃支援。ヴァッツ、アイリス、クルスによるアンデット本体への一撃を加えて離脱する。その後は撤退しつつ攻撃と、いった三段階構成の攻撃である。


 「クルス了解」


 クルスは撤退を受諾すると、手榴弾を取り出しピンを抜き右側のアンデットが多い一群に投擲した。クルスは手榴弾を放ったと同時に方向を転換して先程居たビルの方に走った。クルスの放った手榴弾はアンデットの一部を吹き飛ばした。


 ヴァッツとクルスが撤退に転じたが、アイリスはそうはしなかった。アイリスはさらにアンデットの一群の猛攻した。


 「アイリス!撤退だ!」


 「ヴァッツ!私はまだいけるわ、援護して!」


 「おいアイリス、命令には従えよ…!。…畜生が!。クルス手伝ってくれ!」


 アイリスは撤退命令を無視しさらにアンデットの一群に攻撃を開始した。ヴァッツは彼女を止めようと、彼女が攻撃を行っている左側のアンデットの一群に突撃する。クルツはヴァッツの援護に砲撃戦を行った。


 「へへん。こんなのチョロイっての。これでヴァッツも褒めてくれるよね♪」


 アイリスはアンデットの一体に接触した。その距離の間隔は歩幅一歩分だった。アイリスはそのアンデットの頭部を銃口が捉えるとすぐさまトリガーを絞った。


 彼女がトリガーを絞って放たれた銃弾は見事にアンデットの頭部を―――


 

 ()()()()()()()()


 

 「へぇ……!?」


 アンデットは身体自体を右に傾かせると、頭部に向かっていた銃弾はアンデットの頭部も掠めることなく逸れてしまう。


 アイリスは一瞬混乱した。まさか自分がこの距離で外すなんてと、しかし、これが彼女にとって致命的になったのは言うまでもなかった。アンデットは彼女が混乱している中でも容赦なく一歩を踏み出し、そして彼女の左頸動脈に―――


 

 噛み付いた。


 

 「きゃあぁぁぁぁぁ―――」


 彼女は絶叫した。


 アイリスの左頸動脈からはおびただしい量の流血が噴き出す。彼女の左髪は自分の血液で濡れた。


 「アイリ―――ス!」


 ヴァッツは彼女の名前を叫びつつ【WAKサクエ2037型】でアンデットを撃退した。


 彼は彼女が倒れ伏せる前に彼女の身体を抱きとめた。ヴァッツはその場で膝立ちしながら彼女の身体を抱いた。


 「………あぁ……ヴァッツ…。……そっか…私…奴らに……噛まれたんだ。…あぁ…やっちゃったな……。ねえ、ヴァッツ……お願いが…あるん…だけど」


 「………何だい」


 「…あのね。……私を殺して、ヴァッツ……。私…奴らに…なんか……なりたくないからさ…ねえ。……私を殺して」


 ヴァッツは唯々彼女を抱き抱えていることしかできなかった。彼の今の心情は罪悪感に苛まれていた。確かに、この失態はアイリス自身のものだ。しかし、ヴァッツ自身にもまた彼女を救うことが出来なかったという自責があった。


 彼女の頬には一粒、また一粒と水滴が落ちる。別段、急に雨が降ってきたわけではない。ヴァッツの頬を伝って落ちた涙の雫だ。


 ヴァッツにとって、彼女の存在は大きかった。この小隊が出来る前からの付き合いだ。



 二人が出会ったのは六年くらい前のことだった。それは、【世界大厄災】が起き、それまでの世界が終わりを告げたころのことだ。ヴァッツもアイリスも、家族や友達を失い悲しみにくれていた。二人はとある安全地帯の収容所にいた。二人はそこで出会ったのだ。二人は自分たちの“心”の傷を舐め合っていた。そして、次第に二人の“心”の傷は小さくなっていったのだ。その後、収容所からディアスパーティーに移ったころにはいつしか二人は“家族”のような存在になっていた。ヴァッツは自分の傷を癒してくれた彼女を守ろうと思った。だから、ハンターに志願したのだ。



 ―――畜生が…!。何で、何でだよ。…俺は結局守れなかった。俺にとっての大切な“家族”を。…畜生。


 ヴァッツは心中で嗚咽を吐いた。


 すると、ヴァッツの頬を撫でる暖かい温もりを感じた。彼の頬にはアイリスの手のひらが当たっていたのだ。彼女は優しく微笑んだ。


 「ヴァッツ……泣かないで……。だって、これは私の……失態…なのだから。……ヴァッツは…何も、悪くないわ。だから、……泣かないで」


 「……アイリス。ごめん、ごめん。俺が弱いばかりに……お前を…守れなかった……。」


 「うんうん。……そんなことないよ…。……ヴァッツ…今まで、…ありかとね。だから、……最後のお願い……我が儘…聞いて。私を…殺して。そして、私より生きて」


 アイリスの肌は数分前とは比べものにならないぐらいに白くなっていた。ヴァッツは悟った。彼女はもう長くないと。ならば、最後は彼女の望み通りにしてやろうと彼は思った。彼は自分の拳銃を取り出す。その手は震えていた。


 ヴァッツは拳銃を彼女の心臓辺りに押し受ける。アイリスは再び微笑む。


 「ヴァッツ…。ありがとう。…さようなら。…愛してました」


 「アイリス…さようなら。僕も愛してたよ。大好きだったよ」


 「……ありかとね」


 二人は最後の口づけを果たした。のと、同時にヴァッツは拳銃のトリガーを引いた。


 銃声がなり終わるころには、すでにアイリスは息絶えていた。


 ヴァッツは絶叫した。世界を呪う絶叫をした。彼女の亡骸を抱き抱えながら。


 「ヴァッツ……。アイリスは残念だが、ここは逃げるぞ」


 「……三人で、行ってくれ。俺はここに残る……」


 「何言ってるんだ、ヴァッツ!。今アイリスが言ったじゃないか、お前は生きろって!。立てヴァッツ!。立っんだよ」


 クルスは彼の両脇に自分の腕に差し込み羽交い締めにして、ヴァッツをそのまま立ち上がらせた。クルスはヴァッツを羽交い締めにしながら後方に撤退しようと下がるが、ヴァッツは突然暴れだした。


 「は、離してくれ!。お、俺はアイリスの身体を持ち帰らなければならないんだ。離してくれ!」


 「ヴァッツ……」


 「アイリスの身体を奴らなんかに食わせてたまるかよ!」


 ヴァッツは身体をじたばたと暴れまわるが、それには全く力が入ってはいなかった。クルスは羽交い締めを唐突に解いた。すると、クルスはヴァッツの正面を自分の方向に向けると、クルスは思いっきり彼の頬を殴った。クルスは激怒した。ヴァッツの身体は糸の切れた糸人形のように倒れた。クルスは彼の胸ぐらを思いっきり掴んで怒りをふくんだ声で言い放った。


 「いい加減にしろ、ヴァッツ‼。現実を受け止めろ。アイリスは死んだんだよ。でも、忘れたのか‼。アイリスが言った言葉を‼。アイリスは、お前に生きてほしいと…。だから、お前は生きなければならないんだよ‼」


 「………ッ‼」


 「大丈夫だ。俺がしんがりを務める。いいかよく聞け、ヴァッツ。お前とカインズ、ゲールはこのまま撤退しろ。俺は後からそっちに合流するから。とにかくヴァッツ、お前は生きろ。いいな。……カインズ、ゲール。隊長を頼む。俺はをしんがりを務める。お前たち二人でヴァッツを守ってくれ」


 クルスはカインズとゲールが近づいて来ると、彼はヴァッツを頼むと言い、敵のど真ん中に突撃していった。


 ヴァッツをカインズとゲールが援護しながら撤退していくところを一瞥すると、クルスは雄叫びのような声をあげた。


 「おらぁぁぁぁぁぁ!!!!、お前らぁぁぁぁぁぁ!!!!。貴様らにうたれた仲間の敵だ‼。受けとれぇ~」


 クルスは、再度群れに固まったアンデットの一群に特攻していったのだった。



 クルス・アフリエッド少尉―――戦死。小隊の撤退の支援のためしんがりを務めるが、半ばで息絶えた。最後まで取って置いた手榴弾を抱き抱えながらアンデットの一群に特攻し、多くのアンデットを道連れにした。


 カインズ・ドイチェランド軍曹―――戦死。ヴァッツ及びゲールと共に撤退途中に突如として現れたアンデットの大群に奇襲された。部隊の先頭に立ち警戒をしていたが建物の間から大量のアンデットが接近して来たことに気が付くことが出来ず、雪崩れこんで来るようにアンデッドに飲み込まれた。その際、大量のアンデットに噛まれ致死量以上のヴァンパイアウイルスを注入されアンデットとなってしまった。


 ゲール・レイドット曹長――ー戦死。カインズがアンデットの大群の奇襲に襲われた直後。ゲールはふと隣に立つ建物の窓際を見ると数体のアンデットが跳び降りたの発見し、近くに居たヴァッツを突き飛ばし跳び降りて来たアンデットの落下コースから脱出させたものの、自分は逃げる時間が無くアンデットの数体の下敷きになり再起不可能になった。その際、大量のアンデットに噛まれ致死量以上のヴァンパイアウイルスを注入されアンデットとなってしまった。




              * *




 秀一と佳純が叫びがあった方に走っていくと、先程から断続的に続いていた銃声が段々と近づいてきた。


 「シュウ!もう少しで銃声がなっている近くに着くよ」


 佳純は完全空間把握能力パーフェクト・エアーグラスプ・アビリティを駆使して、相手の位置を正確に把握していた。


 すると、約百メートルで銃器を発砲した際に発生するマズルフラッシュが二から三度ほど閃いた。秀一は夜目を凝らして誰が撃っているのかを確認した。(ヴァンパイアの特性で普通に人間に比べて夜目が良く効くのだ)秀一の肉眼はその人物を捉えた。秀一はその“ある意味”見知った人物であった。そうヴァッツ・シュルツであった。


 ヴァッツは現在三体のアンデットと対峙していた。彼の【WAKサクエ2037型】から放たれる銃弾はアンデットの致命傷にならない所ばかりに命中する。なぜなら錯乱していたからだ。この一夜で愛する者アイリスを失い、さらにはクルスやカインズ、ゲールと言った大切な仲間たちが犠牲となったからだ。


 秀一と佳純がヴァッツとアンデット三体との距離を三十メートルまで近づいたところで佳純に指示を出した。


 「佳純!。俺が先行してヴァッツ中尉の援護をする。佳純はまず、奴ら二体を倒してくれないか?」


 「分かったわ。シュウ」


 「よし、じゃあ。やるぞ!」


 秀一は佳純に指示を与えると、その地をさらに駆けた。秀一がヴァッツと三体のアンデットとの距離を三メートル程度まで詰めるにさほど時間は掛からなかった。ヴァッツは神経質そうな面持ちで新たに現れた存在に怪訝な顔をした。


 「【モード変換ツインガン。二丁拳銃・夕立、時雨】!」


 佳純が【軻遇突智】を【夕立】と【時雨】を魔力変換し構えると即座に二体のアンデットの頭部に照準を合わせるや否やトリガーを絞った。二丁の銃口から放れた鉛弾はそこに絶対に飛んでいくかの様に二体のアンデットの頭部を撃ち抜いた。秀一は倒れ行くアンデットを見向きもせず間髪入れずに最後の一体のアンデットに攻撃をした。腰から下げていた【悪鬼神火】を鞘から抜き出す体制を執るとアンデットとの間合いを瞬時に測る。最後はアンデットの首筋めがけて【悪鬼神火】を抜刀した。結果は言わずとして知れたことだが、アンデットの頭部と身体は二つに分断された。


 周囲を確認すると前方に多数のアンデットが接近して来るが、即座にこの場所から去らなければ問題なく退散できる距離だ。秀一はヴァッツの方に身体を向けると彼の一、二メートルほどまで近づいた。ヴァッツは背中を壁によりかからせると項垂れる様に頭を下に下ろしていた。彼は小刻みに肩を上下に動かしていた。息切れも激しい。数秒間の沈黙後、佳純が秀一たちがいる場所に到着した。


 「お、お前たちか……。まさか貴様らに助けられる事になるとはな。全く不甲斐無い」


 ヴァッツは荒い息を整えると自分が忌み嫌う存在に助けられたことに若干の苛立ちを持ちながらいつも通りの皮肉を吐いた。秀一はそれにぴくりと眉をひそませるが微かな諦めと共に彼に状況の説明を求めた。


 「ヴァッツ中尉。一体何があったんですか。貴方の小隊の他のハンター方はどうなったんですか」


 「フッ…。皆死んだよ…。奴らに殺られたんだよ……アイリスもクルスもカインズもゲールも!!!全員な……!!!俺が…俺が……俺が皆を死なせてしまったんだよ……!!!畜生が!!!」


 「ヴァッツ…中尉…」


 自虐思考に走っているヴァッツをよそにアンデットは着実に事らに接近して来る。奴らとの接触を防ぐには急いでこの場から離脱する必要がある。秀一はヴァッツに離脱することを進言した。


 「ヴァッツ中尉。奴らが接近して来ています。早くここから離れましょう」


 「好きにしろ……。俺はここに残る」


 「えぇ…!?」


 秀一はヴァッツの吐いた言葉に困惑した声を上げた。


 「しかし、ここに居たら貴方も食われますよ!?」


 「聞かん。俺は仲間……アイリスの所に行けるのならば、死んでも構わない!!」


 「なぁ……!?」


 秀一は絶句した。ヴァッツはよりかっかっていた壁から背中を離すと、秀一と佳純の間を通りアンデットが接近し来る方へ歩みだす。


 「ヴァッツ中尉!?そっちはアンデットが接近している方ですよ!?」


 「アイリス……すぐにそっちに行くよ。待っててくれ」


 「駄目だ。完全に死人に憑かれている。正気に戻さないと彼は戻って来れなくなる!」


 二人はヴァッツの後を追うが―――


 

 【そんなに死にたいのなら殺してやるよ。皐月】


 【ええ。任せてくださいまし】


 

 銃声。


 「はぇ………」


 心臓を撃ち抜かれ胸には大きな風穴が開けられておりヴァッツの胸からは夥しい血流が噴き出す。


 「中尉―――!」


 秀一は彼の背が地面を打ち付ける前に彼を受け止めた。


 「中尉!。中尉しっかりしてください」


 「あぁ……アイリスか…会いに来てくれたのかい……」


 ヴァッツはアイリスと誤認しているのか秀一の頬に手を当てる。が、その手は重力に逆らえずに地に落ちた。


 「中尉…」


 「シュウ!奴らがすぐそこまで来てる。早く撤退しないとこっちも危ないよ」


 「そうだな…。………なぁ。こんなこと有りえない」


 ヴァッツをそっと寝かして立つが、すでに彼らの周囲三百六十度全てがアンデットの大群で包囲されていた。


 「シ、シュウ…。どうしよう…この状況」


 「ああ、流石に、やばいな」


 秀一と佳純、二人は背中合わせで秀一は【コルディスアサルト】を佳純は【軻遇突智】の形態を【夕立】と【時雨】から突撃銃の【春雨】に変換させて構え戦闘態勢に入った。


 アンデットの輪は段々と狭まっていく。その数ゆうに百体を超えている。流石のヴァンパイアの二人でもこの数はとてもではないが倒すのは不可能だ。


 彼らが万事休すかと思われたときだった。ふと奴らの動きが止まった。全員がふらふらとした体勢で一歩も動かなくなったのだ。


 秀一の方のアンデットの一群がまるで誰かを通すように道が開けた。すると、その隙間からアンデットをまるで気にもせずにやって来る一人の少年の姿があった。秀一の脳裏に電流の様なモノが走った。


 その少年の姿は以前アリスから拝見させてもらった写真に写っていた少年だったのだ。そして、佳純の方でも同じように一人の少女が現れその少女もまた写真に写っていた人物であった。


 

 「「やあ。兄さん(お兄様)。姉さん(お姉様)。久しぶり(お久しぶりでございます)」」



 秀一と佳純との前に現れたのは、かぞくだった。

 どうも、夏月 コウです。


 今回は非常に長く書かせて下さいました。正直に言いますと今回の話。つまり再開編は全部で三部ほど書かせてもらいます。まあ、今回の話はヴァッツさんとその仲間たちのお話です。次回からは秀一と佳純VS武と皐月の戦いに移っていくことになるでしょう。徐々にこの話も終わりに近づいてきましたがこれからも楽しく書けていけたら恐縮です。


 謝罪。

 

本作を投稿するスピードが遅いですが、これからも頑張って書かせていただきます。なにとぞ「進化し人類の名はヴァンパイア」をよろしくおながいします。 


 それでは次話でお会いしましょう。


追伸~感想や質問、誤字脱字等がありましたらお気軽にお伝えください。

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