第十五話 月一恒例のトレーニング 佳純後編
私の頭上には一匹のカラス型アンデッドが自分を狙い澄ましていた。次のアクションを掛けるタイミングを伺っているのだろう。
スコープ越しにカラス型を照準する。
狩り場でこのタイプのアンデッドに遭遇した事はない。しかし、この飛行するアンデッドは希に目撃されているそうだ。
素早さと攻撃力の高さからハンター界隈では『小型戦闘機』と言わしめられている。
基本、このフィールドのアンデッドの多くは存在が確認されているアンデッドが登場する。それは、ディアスパーティー周辺だけではなく世界各地のアンデッドも網羅されている。
カラス型の赤い瞳は私を捉えて放さない。そこで、一発だけ射撃を敢行した。
一応、相手の頭部を狙って射撃するも奴はそれを軽々と回避してみせる。セミオートなのでエジェクションポートから空薬莢が排出され次弾が装薬される。
残弾数・四発。
「いざ、遭遇すると厄介な相手だわ……」
その間にも刻一刻と時間が経過していく。私は焦る気持ちを抑えつつ狙いを定めるのだった。
その一方で、カラス型にはどこか余裕そうな節が見える。若干、イラッとするが冷静さを失えば倒せるモノも打損じてしまう。
一泊の間を置き私はトリガーを絞る。
だが、またしても奴は悠々と躱す。傍から見れば銃弾に対応する敵なんて倒しようがない。
現に私の攻撃を二度も対応してみせるのだから人間のハンターが対処するのは難しいと思う。
三度、射撃する。だが、又も回避される。そもそも、狙撃銃でこれにあたる事が間違っているのだろう。
しかし、ここで形態変更をすればその隙で詰めてくるに違いない。だからこそ、この【白露】で何とか処理しなければならない。
では、どう対処するばよいのか? それは、案外簡単な事だ。つまり、奴は一発一発を見極めて行動しているのなら、複数同時の攻撃をすればよいのだ。
現に奴はトリガーを引き切る一秒とも満たない時間で次の態勢に移動していた。
では、その方法で対処するばいいのだろと思われるが、【白露】は狙撃銃だ。フルオート射撃はできない。というよりは、そんな仕様は想定されていない。
拳銃の弾薬節約の為に起きた私の火器選択ミス。でも、実際の戦闘ではそれらも考慮しつつ臨機応変の行動を見せなければならない。
私は生唾をゴクリと飲む。そして、攻撃手順に移行した。
私は再び周辺の建物を一瞥した。ゴール方面で先程行ったジャンプが出来そうな建物を選定する。
選定し終えた私は屋上を駆ける。
すると、案の定滞空するカラス型も私を追って背後から接近してくる。
「予想通り」
一言呟く。私は建物の縁に差し掛かろうと為た時、身体を反転させたのだ。
そのままの態勢で少しだけ地面を片足で蹴る。しかし、それでは隣の建物には届かない。
だが、それでいい。
【白露】に添えていた左手を私は退けると、ワイヤーアンカーの装置を取り出す。建物の枠から出た私の身体は自由落下を始める。
建物から落下するさなか、私は左手に有していたワイヤーアンカーを先程まで存在していた建物の縁目掛けた射出した。
すると、ワイヤーアンカーの先端が縁に突き刺さる。その瞬間、私の身体は強い衝撃と共に宙づりになる。
私は【白露】を腰で挟むと空に構えた。そして、カラス型が頭を出す瞬間にトリガーを引いた。
発砲された一発の銃弾は頭上を通過しようとするカラス型の胴体を貫通する。そして、カラス型はノイズとなって消滅した。
カラス型の消滅を確認した私はワイヤーアンカーに設定させた停止位置を解除し地面へ降下する。すると、足裏がアスファルトに接地した。
私はその段階で右腕に装備している時計に目を落す。文字盤から瞬時に経過時間を割り出した。
それによると既に三十五分が経過していた。
「まずいな。クリア出来るか分からないな……」
その様な言葉を発しつつ【白露】の形態を【夕立】と【時雨】に変更させる。私は二丁をホルスターに収納させた。
私は建物と建物の狭い通路を大通りに面した方向に足を進めた。建物の陰から姿を見せる前に一度周囲を偵察する。
流石に大通りはアンデッドの数も多い。
「でも、通れない事はないよね」
私は建物の間から躍り出る。すると、周囲のアンデッドが自分を捉え接近してきた。
しかし、それを気に止めない。私はクラウチングの体勢をとった。
「じゃあ、行くよ~」
足に力を入れる。そして、地面を蹴り私は駆けたのだった。
* * *
『第二ステージ二移リマス。森林ステージ戦二ナリマス。可能ナ限リ出現シタアンデットヲ排除。森林内二アル終了ボタンヲ押シ模擬戦ヲ終了サセテ下サイ。残リ時間・十五分』
通信機からの説明を聞く私は【夕立】と【時雨】に最後弾倉を装填する。
そして、二丁を携えながら森林エリアに侵入した。
鬱蒼とする森の中では何処からアンデッドが出現するか分からない。私はの意識を研ぎ澄ませ【完全空間把握能力】を展開させる。
私は早足で木々を縫う。その中で木と木の間から出現するアンデッドで危険性が高いものだけを【時雨】と【夕立】で、的確に撃ち抜いていった。
【完全空間把握能力】を展開させている間は、何処に隠れていようが逃さない。例え、高性能ステルス戦闘機であろうと結果は同じだ。(その場合は最大まで能力を拡張させなければならない)
左側からの反応を察知し【夕立】のトリガーを三回引いた。そして、現れた三体アンデッドは瞬時に消え失せる。
次に、【時雨】を右側にある木々に向かって四度撃った。これもまた、木々から現れた四体のアンデッドは頭部を撃ち抜く。
傍から見れば神業だが、これが私の常識だ。そんな中、自分は模擬戦終了ボタンがある場所まで駆ける。
すると、どうやらシステムは普通のアンデッドでは止められないと判断したのだろう。ウルフ型アンデットを前方と後方に、二体ずつ出現させたのだ。まあ、まだ姿を現していないけどね。
木々の間を縫いように接近するウルフ型に私は、先行気味の前方のウルフ型を先に攻撃する。
二体は順次消失した。
次に左足を後ろに動かし身を捻りながら後方の二体を回避する。襲撃を失敗させたウルフ型に【時雨】の弾丸をお見舞いする。二体は呆気なくノイズ化した。
何だかんだで、その後の道中は残弾を節約しつつゴールを目指した。
現在、【夕立】と【時雨】に装填されている銃弾は、【夕立】が五発【時雨】が四発だった。
その頃にはタイムアップまで五分ぐらいしか無いが余裕そうだ。第二ステージに入ってから順調に行き過ぎて私は今とても気分が高揚してい様だ。これは、戦場でたまに味わえる快感だ。
私にとってはハンター業はディアスパーティーの人々を護る為だけでしているのではない。自分のストレスを発散させる為でもある。
パーティー内では力が抑制されている。ストレスを強いられているのだ。
ヴァンパイア個人の能力によってはストレスの掛かり方が違う。その為、力を発揮出来る場面では気分が高揚するのだ。
私は高揚感を胸に駄目押しに投入した五十体のアンデッドの隙間を縫うように疾走する。また、地面を蹴り跳躍すると木の枝々を伝いながら群の頭上を飛び越えるのだった。
そして、群の途切れた場所に着地すると身体をアンデッドの方向に転換し残りの弾を全て撃ち込む。
「これで、終わり~」
武器は残りサバイバルナイフだけとなった。
一応、スコア性のメニューだ。出来るだけ多くアンデッドを始末し方が得点が高い。
弾を撃ち尽くした【夕立】と【時雨】をホルスターに収納する。
既に五メートル先には訓練終了ボタンが確認出来た。
意気揚々と近づくのだったが、私は気付いていなかった。最後の試練が待ち受けている事に。
ポリゴンが立体物を形成させながらそれは現れた。
それは、全長三メートル強ある巨人アンデッドだった。その巨人アンデッドは、訓練終了ボタンを背に私を睨み付けていた。
私は腕時計を見遣る。
「残り三分。……まさか、こんな伏兵までいたなんてね。面倒いな」
私は愚痴をこぼす。そして、巨人アンデッドが行動する前に後方へ跳躍した。すると、先程まで私がいた場所に巨人アンデッドの右腕が地面を殴りつけていた。
感覚的に巨大アンデッドの行動を察知したのだ。
次の攻撃は左足で右に横凪ぎだった。私はそれを回避しつつ前屈みで前方に跳躍する。
そして、巨人アンデッドの首の高さまで飛翔しする。私は巨人アンデッドの首辺りを、サバイバルナイフで切りつけた。
だが、奴の当り判定では薄皮一枚程度の傷でしかない様だ。私は巨人アンデッドの背中側に着地する。
巨人アンデッドは、勢いよく振り返ると殴りかかる。それは左に身を躱す事で事なきを得た。
私はその隙にサバイバルナイフに魔力を込める。そして、サバイバルナイフを巨大アンデッドの喉元目掛けて投擲する。
「やぁあああ―――!」
サバイバルナイフは弾丸と化し、巨大アンデッドの喉元を破壊した。巨人アンデッドはその一撃でノイズとなって消え去った。
「はぁ…。はぁ…」
私は息を上げながら訓練終了ボタンの前に行きボタンを押した。こうして、今日の訓練は終了するのだった。
「はあ……。……攻略……できた♪」
私は軽くガッポーズをして、疲れた身体と深い満足感を持って偽装実地訓練場を後にした。
2023/5/28 改変




