第十四話 月一恒例のトレーニング 佳純編中編
もっぱら射撃訓練後は、偽装実地訓練場にて模擬戦訓練を勤しんでいる。
私は援護担当だ。しかし、狩りでは希に接近戦が発生する事もある。その際、シュウが救援にこれない場合は自分で対処しなければならない。それに、それが原因で彼に負担を掛けさせたくない。
そして、このトレーニングセンターに展開されている施設等には、擬似的に実戦を想定した体験が出来る敷地が存在する。
それが偽装実地訓練場にあたる。その施設内容としては、市街地戦や森林戦などを実施出来る。
また、それ故に敷地面積は他を圧倒的に凌駕している。
つまり、私にとっては存分に接近戦の技術を伸ばせる絶好の場所なのだ。
偽装実地訓練場のカウンターに行き使用の手続きと模擬弾の購入を済ませる。また、偽装実地訓練場では使用者を総括する管制センターがあり、その場所では使用者をモニタリングしているそうだ。
そして、そこと交信が出来るインカムが手渡された。
これにより他の使用者とのトラブルを避ける事が出来る。そして、模擬弾を使用する事で万が一に他の使用者に対して誤射してしまった場合でも負傷させない対策がなされている。
【軻遇突智】をライフルケースから取り出し、ロッカーにライフルケースを預ける。その後、訓練場の入口へと向かった。
入口を潜り視界に写る光景は、廃墟と化した市街地であった。無論、模造された物だ。しかし、ハンターを生業としている身としては割と親近感を感じる。
そして、その周囲からは様々な銃声が建物に反響する事で響き渡っていた。
現在の武装としては主兵装に狙撃銃形態の【白露】を携帯し、副兵装として左腕にサバイバルナイフを備えている。
また、スポーツウェアの上から着ているボディアーマーには、一本十発入りの拳銃用弾倉が六本。三十発入りの自動小銃用弾倉が二本。六発入りの狙撃銃用弾倉が一本。合計、百二十六発の弾薬を所持している事になる。軽く弾薬庫だ。
そして、両方の太股には空のホルスターを装着させている。
私はスタート位置に接近する中で狙撃銃携帯の【白露】を二丁の拳銃形態へと変化させる。
「形態変更・二丁拳銃。【夕立】。【時雨】」
【白露】を形態変更させた時と同様に、拳銃のフォームを思い浮かべつつ魔力を【軻遇突智】に注ぎ込む。
淡い光を伴い粘土のようにぐちゃりと変化する。すると、一つだったグリッフが二つ分裂する。
そして、徐々に銃身が二つに分列し黒色の銃と銀色の銃が完成する。因みに黒色の銃が【夕立】。銀色の銃が【時雨】である。
形態の変化には数秒と掛らなかった。
この【白露】や【夕立】、【時雨】などのネーミングは何となくで決めた。だから、別にそれがその形態の正式名称ではないだろう。
また、二つの拳銃は、ブロックごとに角ばった自動式拳銃【WAK社製拳銃・WAKコックノック】をモチーフとしている。
「しかし、本当に魔力を込めるだけで形態を変更出来るなんて。凄すぎでしょ。弾薬と弾倉さえあれば、これ一つでどんな戦局にも対応できるよ」
私はその仕様に驚愕しながら【夕立】と【時雨】に模擬弾が装弾された弾倉を装填する。
コッキングし弾薬を薬室に送ると安全装置を掛けた。そして、両股のホルスターに収める。
インカムを起動させると、無機質な声が鼓膜を振動させた。オペレーターはオートメーション化されている。無論、監視する人は別に存在するようだ。
『本日ハ、ゴ利用アリガトウゴザイマス。本日、オペレーターヲ務メマス。AIアインスデス。ソレデ、ドノヨウナミッションヲゴ所望デショウカ?』
私はそれに返答する。
「まず市街地でアンデッドの出現パターンを複数試してから、今度は森林でも同様な事がしたいです」
『承知シマシタ。アンデッドノ出現パターンハ、コチラデ選出シマス。大丈夫デスカ?』
「構いません」
私は再びホルスターから【夕立】と【時雨】を抜き取った。
『了解シマシタ。……難易度ハ如何ナサイマスカ?』
「高難易度でお願いします」
『承知シマシタ。訓練ノ内容ヲ再度復唱サセテイタダキマス。マズ、市街地デノアンデッドトノ戦闘ノ後、森林デノアンデッド戦トナリマス。制限時間ハ六十分。パターン・ランダム。難易度・高難易度。復唱終了。最終確認。以上デヨロシイデショウカ?』
無機質な声が訓練内容を確認する。最後に【夕立】と【時雨】の状態を確認した。そして、【夕立】を左手に【時雨】を右手に携えると受諾した。
「構いません。始めて下さい」
『了解シマシタ。ソレデハ、開始サセテイタダキマス』
無機質な声が途絶える。それと同時にインカムから開始のアラームが鼓膜を震わせた。
私はスタート地点を駆け出した。
『第一ステージハ、市街地ニ登場スルアンデッドヲ迎撃シツツ、次ステージヘト突破シテモライマス』
インカムを通して無機質な声が指示を伝達してくる。それを理解しつつ小走りで前進した。
すると、前方五メートル先に立つ建物の陰からアンデッドが出現した。数は十体。
アンデッドと呼称しているが実際はホログラムである。辺り判定として接触すると衝撃を受ける。それは、軽く電気ショックの様なものだ。因みにこの接触がある一定の時間発生すると死亡判定がだされ失格になる。
両手に携帯していた【夕立】と【時雨】を前方に突き出し交互に射撃し撃退する。
【夕立】と【時雨】から放たれた模擬弾は、前列のアンデッドの頭部を撃ち抜いた。そして、そのホログラムのアンデッドは結晶が砕けた様な現象と共に消失した。
私は一分と掛らないうちに十体のアンデッドを消失させた。無論、一体に一発で対応した。
その直後、今度は背後から更に三十体の群れが出現し強襲してくる。
距離は五メートル後方だ。
「数だけいてもね……!」
アンデッドに背を向けた状態を解消する様に軽いステップで後方に振り返る。
左手の【夕立】を左に滑らせながら、逆に右手の【時雨】を右に滑らせながら残弾を群れにばらまいた。まあ、それでも一発必中なんですけどね。
残弾を撃ち尽くすと、【夕立】と【時雨】はホールドオープンする。装填していた弾倉を自重で落下させると次弾倉の装填を開始する。
マグチェンジ中もアンデッドの進撃は停止する事はない。しかし、冷静に両方の拳銃に弾倉を挿入させた。
そして、それは装填を終了させた二丁拳銃を残りの群れに向かって照準した矢先の事だ。
今後は、先刻十体のアンデッドが出現した方向から前方のアンデッドより多勢のアンデットが出現する。
これで、私はアンデッドに挟み撃ちにされた状況に陥った訳だ。流石に自分で選んだ難易度ではあるが、そのアンデッドの多さに少々苛立ちを覚えた。
私は二番目の群れに対して向けていた銃を両面に照準させた。そして、発砲する。
二丁拳銃から吐き出される二十発の模擬弾は的確にアンデッドを無力化させた。
しかし、その装弾数が尽きると再び二丁拳銃はスライドストップし弾薬が消費されて事を私に伝えてきた。
「チッ…!」
模擬戦が開始されてから五分が経過した。
現状、遅れ気味である。まだスタート地点から百メートルと前進できていない。
いつもなら既に二百メートル前までは侵攻出来る。しかし、今回AIアインスが設定した難易度は本当に高難易度クラスなようだ。
だが、これで『はい。やられました』と、問屋が卸さない。現に実戦でこの様な事態に陥った場合は、それを自力で切り抜けなければならない。
私は舌打ちした後、次の行動に移った。
三番目の群れが出現した方向に走ったのだ。そして、地面を思い切り蹴るつけた。
すると、自分の身体が高さ二メートル強まで跳ね上がる。
私は群れの幅は三メートル程広がっていたが、今の跳躍で軽々とそれを飛び越えたのだ。
軽やかに着地すると、群れは私を襲おうと方向転換する。
私は群れの方に身体を向き直すと、少しだけ後方に跳躍する。その滞空の瞬間に私は二丁拳銃から自動小銃に形態変更させる。
「形態変更・自動小銃。【春雨】」
【夕立】と【時雨】を接触させながら魔力を注ぎ込む。淡い光を発しながら二つの拳銃が一つとなり、濃い紫色の突撃銃へと変化した。
これもまた、【WAK社製アサルトライフル・WAKコルディスアサルト】をモチーフとしている。
【春雨】の弾倉を取り出すと装填しコッキングレバーを操作させる。それで弾薬が薬室に送り込まれた。
私は【春雨】が発砲可能になった事を確認すると、二と三番目の群れが合体した集団に自動小銃を構えた。そして、単発でアンデッドに発砲した。
一体一体、確実にアンデッドの頭部撃ち抜いていった。
本来なら脳髄がぶちまけられるのだろうが。ホログラムの為、その様な事は起きずノイズとなって消失するだけだった。
自動小銃の弾倉が空になる頃には合計で六十体以上のアンデッドを仕留めていた。
しかし、その奮闘があってもアンデッドはまだ複数体存在し現在も私を喰らおうと近づいてくる。
そして、更なるアンデッドが建物の陰からわらわらとお出ましする。
「……ちょっと。いい加減鬱陶しい……!」
弱音を吐くように言うが、それで現状が変化する訳ではない。若干のもたつきで瞬く間に包囲されてしまう。
そこで、私は【春雨】の銃身の先。銃剣が装着できる場所にワイヤーアンカーの器具を取り付けた。そして、それを建物の屋上の縁に向けて射出させた。
ガツンと、音を立ててワイヤーアンカーの尖った先端が突き刺さる。その隙にアンデッドは目の前まで接近していた。
しかし、私はワイヤーアンカーを巻き上げモードに切り替えると地面についていた足底が地切される。
身体が浮き上がり上昇すると、二秒後にはアンデッドの群れが私がいた場所を覆い尽くした。
間一髪といったところだ。
ワイヤーアンカーが最大まで巻き上がり屋上の縁に両手を伸ばす。そして、縁を捉えると腕の力で私は這い上がった。
その後、屋上で片膝をつくと空の自動小銃用弾倉を抜き取る。そして、次の形態に【軻遇突智】を変更させた。
「形態変更・狙撃銃。【白露】セミオートVer.」
今度は狙撃銃用の弾倉を差し込む。そして、薬室に弾薬を装填させた。
私は屋上の縁に足を掛け下を見下ろす。そこには大量のアンデッドが闊歩していた。この状態で再び下に降りて戦っても先程の二の舞になるだけだ。
私は周辺を見渡した。
周辺にはこの建物と同等ぐらいの建物が点在していた。ならば考える事は一つ。
「なら、飛び越えるしかないよね」
普通の人なら『何をいってるんだ』と、茶々をいうだろう。しかし、私は至って平常だ。
現に、先程も群れの上空を飛び越えられたし。まあ、これもヴァンパイアの優れた身体能力があっての事なのだが……。
乗り移る建物を選定した私はその方の縁に向かい間を確認した。
「ざっと、二メートルぐらいかな……」
私は目測でその距離を割り出すと少し後方に下がる。無論、助走をつける為だ。
スリングを取り付けた【白露】を背に回す。すると、若干腰を落とし足裏に力を入れた。
「じゃあ、一・二の三……。ふぇ……!?」
私は掛声と共にダッシュした。その矢先……。
カラスの様なフォルムをした大きい真っ黒の鳥が遠目に見て前方から接近してきた。それも二体。
行動を止めようとも既に遅い。このまま、減速したら建物と建物の間に真逆さまだ。
私はその足取りを止める事なくジャンプした。助走は十分でこれなら建物に渡れる。
しかし、前方からの敵は尚も接近してくる。
そこで、建物に乗り移ったと同時に背中に回していた【白露】を胸元に持ってくる。そして、わざと態勢を崩す事で海老反りの様な態勢に移行させた。そして、発砲する。
その射撃は見事カラス型アンデッドを撃ち抜いた。カラス型はノイズとなって消える。因みにカラス型が通過した場所には本来私の頭部があったであろう。なんて恐ろしい事だ。
一体のカラス型を撃退したが、その影響で背中を強打しながら着地する羽目になってしまった。また、勢いがありすぎて両膝を擦るのだが、ボディーアーマーを着用している為、素肌を直に接触させる事はなかった。
私は着地の衝撃が和らぐと同時に立ち上がると、もう一匹の滞空しているカラス型に【白露】を構えるのだった。
タイムオーバーまで、三十五分……。
2023/5/28 改変




