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桜変化  作者: 猫森千鶴
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心が動いても

 私と鉄之介は源左衛門さんの前に並び正座していた。目の前の主人は眉間に皺を寄せじっと私達を睨むように見つめ怒っていて、仰りたい事は重々承知している。

「申し訳ありません。私が軽率でした。後先考えず、お店にご迷惑をおかけする事に・・」

「私が言いたいのはそんな事ではありません。なぜ女性のあなたが前に立ったかです。」

 源左衛門さんも、女ごときがと思っておられるのだろうか? しかし、その考えは全く違っていた。

「月子さん、もし万が一斬り捨てられていたら、私はあなたの親御様になんと申し上げれば良いのです。」

 私の身を案じて下さっているのだ。本当は私は源左衛門さんには縁もゆかりもない、どこから来たかも定かでないような女なのに・・・。

「申し訳ありません! 全ては私が不甲斐ないから・・、月子さんは悪くありません。」

(鉄之介、あなたまで・・・)

 涙が出そうになった。なんでこのふたりはこんなに優しいのだろう。


「月子さん、もう無茶はなしですよ。鉄之介も今回の事で深く学んだ事でしょう。」

 源左衛門さんの瞳は、もう優しく微笑んでいた。鉄之介もばつが悪そうに私を見て笑っている。

(神様、なんの罰か、えらい時代に飛ばされて、あなたに恨み言ばかり申しておりましたが、ひとつだけお礼申し上げます。このふたりの所に飛ばして下さり、出会わせて下さった事は感謝いたします。)

 私は心から思った。

「しかし鉄之介、鉢屋さんと壬生浪士組の皆様には、お詫びに行かねばなりませんよ。」

(なんで? 鉢屋さんは分かるけど、浪士組はいいんじゃ・・?)

 私はそう思ったが、鉄之介はすぐに、

「分かっております。私がお詫びに行って参ります。」

 即答した。

「なら私も一緒に行きます!」

 私も即答した。すると源左衛門さんは大きなため息をつき、

「月子さん、私が今話した事、ちゃんと聞いておられましたか?」

 呆れたように言われたが、私はちゃんと聞いていた。それでも私が巻き起こした事だ、最後までちゃんとしたいのだ。

 黙ってそう思っている私の顔を見つめ、源左衛門さんは苦笑し言われた。

「やはりあなたは私が感じた通りの方だ。あなたが女性で良かったのかもしれませんね。・・・鉄之介、今度はおまえが前に立ちなさい、分かりますね。」

「はい! 分かっております。」

 あの時初めて彼の怒った顔を見た。そして今隣りに座る彼の顔も、初めて見る男らしいしっかりとした顔に感じる。これが私の効果なら、はたしてこれで良かったのだろうか?

 優しい、少し気弱なくらいの方が、この時代この世界に生きていくには良かったのではなかったかと思ってしまう。

 誠、誠と突っ走った男達が、苦しみ悩みどうなっていったかを少しは知る私は、鉄之介には巻き込まれてほしくなかった。

 なぜそう思うのかは、正直、今は自分でも分からなかった。

 鉄之介が土方さんを、憧れの人、なんて言ったからだろうか?



 翌朝、私は少し緊張していたと思う。

 島原の大門の外に出るのはここに来て初めてだった。しかも、自分から言い出したとはいえ行く先は、壬生浪士組屯所『八木邸』

 私達はまず鉢屋さんへ向かった。

 こちらでは鉄之介も私も大歓迎で迎えられ、桜香達が皆にどう話したのか、私の周りに集まった女性達の瞳の輝きが私には痛かった。

 鉢屋を出ると鉄之介が、

「月子さん、彼女達の憧れの人になっちゃいましたね。」

 笑いながら言う。私的にはあの瞳、けっこう重いです。だから私は、

「彼女達の憧れは鉄之介さんだと思いますよ。」

 と、言うと、

「まさか・・私は単に揚屋の跡取りというだけで、よくしてもらっているだけですよ。」

 そういうところだけは冷静だ。

「それだけじゃないですよ。鉄之介さんの分け隔てない態度や接し方を、信頼されているんです。」

「私の態度? 人に応じて変えられる力なんてないからなぁ・・まだまだ駄目ですね。」

(いえいえ、駄目なんかじゃない。)

 少し悩む彼の横顔に思わず微笑んでいた。

「笑わないで下さい! これでも頑張ってるんです。」

(存じ上げております。)

 微笑む顔のまま言った。

「そこはそのままでいて下さいね。」

 多分変えろと言われても、きっと彼は変えられない。いや、変わらない。それが鉄之介なのだ。

「そのままとは、これで良いという事ですか?」

 私は頷いた、彼も嬉しそうに微笑んでいた。



(な、なんてこと!)

 私はお喋りしている間にとっくに大門を出ていた。鉄之介がスタスタ歩くから・・・。

 彼には慣れた道なのか、あっという間に私達は八木邸の前に着いていた。

(あぁ、私、緊張感なさ過ぎ・・・)

 そして彼は本当に慣れているのか、なんの躊躇もなく中へ入っていく。

(待ってよ鉄之介。)

「この時刻なら、多分土方さんはこちらです。」

 横から庭の方へ歩いていく。

(・・って、勝手に入っていいの? 土方さん限定はなんで? 鉄之介ぇ・・・)

 そのままついてきてしまった。いきなり土方さんは、あの夜の後だけに気まずい。

(ねっ鉄之介くん。そこんとこ考慮を・・・考慮は無しね・・君。)

 庭に面して並ぶ部屋の一番奥、障子は開け放たれていた。

「失礼します、土方さん。」

「おっ、鉄之介か。」

 文机に向かう土方さんの後ろ姿に、

(あらっ、似合わない。いや、まさか俳句?)

 思うと同時、プッと小さく吹き出してしまった。気づかない訳がない。

 顔をあげ振り返りこちらを見て、鉄之介の後ろにいた私に気づくと慌てて何かをしまい勢いよくこちらに来て縁側を飛び降り私達の前まで来ると、

「何しに来た!」

 鉄之介を飛び越え私に言っているのは分かる。しかし本日は鉄之介がメインです。

「土方さん、今日はお詫びに伺ったのです。それで、お取次ぎをお願いしようと先にこちらに・・」

 鉄之介の言う事など聞いていないし、見てもいない。

「いいか月子、あれはちょっと油断していただけだからな! だいいち女のおまえに・・」

「十分承知しております。」

「まさかペラペラ喋って・・」

「月子さんはどんな事も軽々しく誰にでも喋ったりはされません! 土方さんが月子さんに倒されたなんて私だって・・」

「誰が倒されたって?」

 鉄之介の言葉の途中、えらいタイミングで近藤さんがやって来た。

「なんでもない!」

「なんでもございません。」

 土方さんと私の声は重なって、近藤さんはびっくりした顔で、

「おまえ達、やけに息が合ってるな。」

「合ってない!」

「合ってない!」

 また声が重なる。そのまま近藤さんは、

「確か、月子さんでしたね。先日は申し訳なかった。」

(えっ、先に謝られたら困る。)

 それに近藤さんのせいではない。

「おやめ下さい。武士であられる近藤様が私ごときにそのようなお言葉、簡単に仰られては駄目です。」

「近藤さん、本日は私どもがお詫びに伺ったのです。なのに先を越されたら困ってしまいます。」

 私と鉄之介の言葉を聞きまた驚いた顔をした。土方さんもじっと私を見て、

「俺達を武士と・・・」

 そうだった。誠の武士を貫こうとしたこの人達に、私の方が簡単に言葉を発してしまっていたのかもしれない。

 しかし、目の前のふたりは確かに武士だ。

 武士の定義など私には分からない、ただ志を持ち続けこの時代を駆け抜けた人達、時代の波には乗れなかったのかもしれない。でも、己が信じる道を貫いた。

 周りの批判も、死も恐れず、守ろうとしたのだろう、自分達が守るべきものを・・・。

 私がいたあの時代にいるのだろうか? この人達のような人。

 本来そうあるべき人達が、自己保身や周りの批判ばかり気にして動かない。

 そこには、志も誠も何も見えない。私自身だって決して偉そうな事は言えない。

 だから、簡単に言ってしまったのではなく、この人達を見て自然に言葉が出てしまったのかもしれない。


「月子、おまえホントにただの女か?」

(どういう意味ですか? 土方さん。女以外何に見えます?)

「私は今おふたりの前にいるまんまのただの女ですが、化け物か何かに見えますでしょうか?」

 私がそう言うと近藤さんが、

「歳、失礼だぞ。・・で、なんでおまえ裸足なんだ?」

 ダメだ、笑いそうだ。横で鉄之介も笑いを堪えているのが分かる。当の本人には睨まれたがダメだ、やっと鉄之介が近藤さんにここに来た目的を口にした。

「芹沢様にお取次ぎ頂けませんでしょうか?」

「俺から伝えておこう。」

「芹沢様に直接お詫びしなければ、ここに来た意味がございません。」

 近藤さんの言葉にも、鉄之介は引かなかった。

 仕方なく近藤さんは鉄之介を伴いさらに奥の部屋へと向かわれ、私も彼の後に続こうとしたら、なぜか私の腕を土方さんが掴み、

「鉄之介、月子はここで待たせておくぞ。」

 と、言い、鉄之介まで、

「はい、私が戻るまでお願い致します。」

 と、言う。

(何言ってるの鉄之介!)

 鉄之介ひとりであの鉄扇男の所になんか、行かせられない。

「離して!」

 土方さんの手をはらいたいが、しっかり掴まれていて無理だ。

「信じろ! あいつはおまえが考えてるほど弱かねえ。」

(あの時あいつは俺より早く自分の羽織りを脱ぎおまえに掛けた・・おまえは分かってねえみたいだな、芹沢さんの前でやったって事がどういう事か・・・)

 私は分かっていなかった。

「あなた、先に草履か下駄でも履いてきたら。」

「うるせえ、稽古ん時は裸足だ!」

(ふ〜ん、稽古ねぇ・・・)

 私の顔を見て土方さんは腕を掴んだまま一歩引いた。さすがに同じ手は通用しない。

 互いに顔を見合い考えながら目を逸らさず少し笑う。

 踏み込んでこないならこちらから踏み込んで、入身で・・しかし、掴まれている腕が動かないと・・・私が考えていると、

「土方さん、何してるんですか?」

 いつ現れたのか声がした。

(誰? あのふたり。えっと、えっと・・あの若さと風貌・・・)

 声をかけてきたのが沖田総司で、もうひとり隣りに立っているのが斎藤一だ。

 私は土方さんにだけ聞こえるように小声で、

「腕離して、ここでおとなしく待っているから。」

 と、言ったのに彼は、

「信じられるか、しょっぱなから嘘つきやがったくせに。」

 意外と執念深い人だ。聞こえていないと言った事、嘘って見抜いたのはお褒めいたしましょう。互いに見合い動かぬ私達に沖田さんは、

「逢引きなら、よそでしてもらえませんか。」

 呆れたように言った。

「違う!」

「違います!」

 動かぬまま同時に答える私達を見ていた斎藤さんが、沖田さんに小さな声で、

「あれは何かの構えでは?」

「誰が? 彼女あの時の人でしょ。確かにちょっと変わってるけど、構えはないでしょ。」

 沖田さんは、まだ不思議そうに見ている斎藤さんに答えると、またこちらに向かって、

「土方さん、俺ら明日から大坂行きですから、留守の間にごゆっくりと・・」

「だから違う!」

(んっ? 大坂行きって、今は六月、もしかして問題を起こすんじゃ・・・)

「土方さんは大坂行かれないで・・きゃっ!」

 私は考え話しかけてしまい一瞬気を抜いた。

(人が話しかけているのに・・こいつぅ!)

 彼は私があの夜したのと同じ足払いをしたのだ。しかも、自分が足払いをしておきながら倒れる私に驚き、離さず掴んでいた私の腕を引き寄せ、もう片方の腕で私の背中を抱きとめた。

 不覚にも私は土方さんの胸に顔を埋めるはめになった。


「何やってんだ、歳!」

 戻ってきた近藤さんの声がして、当然鉄之介も戻ってきているはずだ。

「離せ!」

 このセリフを私は何回言っただろう。

 土方さんの胸から顔が離れた瞬間、私は腕を振り上げたがしっかり止められ、

「すまない、足大丈夫か?」

 まさかまだ私の足を心配しているのかと、彼の言葉に驚き、

「だ、大丈夫です。」

 とっくに治っているのにと遠慮がちに答えてしまった。

「治ったとは聞いていたが、あっさり倒れかけるからまた悪くなったのかと・・」

「油断しただけです! 人が話しかけているのに。」

「だから、すまねえって言ってんだろ!」

(逆ギレですか? まったく・・・)

 と、思っていると、もうひとり、

「近藤さん、屯所内でこういうの、法度には触れないんですか?」

(沖田ぁ、あんたねえ・・)

「触れる訳ねえだろ! こいつは詫びいれに来ただけだ。見ろ! 鉄之介も一緒だ。」

 土方さんが言ってもまだ続けて、

「へぇ、そうなんですか。てっきり・・」

「てっきりなんですか? 沖田さん!」

 思わず言った私の言葉に皆がまた驚き、冷静な声で沖田さんが今度は聞いた。

「俺、自分の名、名のりましたっけ?」

(しまった!)

「私がお教えしたのです。こちらに寄せて頂く前に皆様のお名前と特徴を。」

(鉄之介、なんでそんな事・・・)

 私はすぐには声が出なかった、それなのに彼は落ち着いている。

「大丈夫ですか? 月子さん。緊張されなくても皆様お優しい方ばかりですよ。」

「え・・ええ、そうですね。」

 私は土方さんに腕を離してもらい、皆さんに頭を下げた。

「失礼致しました。ちゃんとご挨拶もせず申し訳ございません。」

「あの日一応挨拶はされている。」

 近藤さんの優しい言葉に、沖田さんも、

「あんた浪士組内で、もうすっかり名は通ってるよ。なんせあの芹沢さんを黙らせた女なんだから。」

 嫌な言い方。確かにそうかもしれませんが、こちらも必死だったのだ。

「気にするな、総司はいつもああだ。それより用が済んだならさっさと帰れ、またあいつと顔を合わせたら面倒だ。」

 土方さんはぶっきらぼうに言ったが、優しいのだろう。

 ここにいるみんなはきっと本当は優しい、鉄之介が感じているように私にだって感じられる。

「皆様失礼致します。近藤さん、明日からの大坂行きお気をつけて。」

 鉄之介が挨拶すると、近藤さんは微笑んで軽く手を上げた。私も皆さんにお辞儀し、横にいた土方さんにもう一度頭を下げると、

「さっきおまえが話しかけたのは?」

 聞かれたが、いいえと首を横に振った。

 本当は少し気になっていた。六月、大坂で力士相手に揉め事を起こすはず、しかし、そこには確か土方さんはいなかったはずだ。

 その事を思い出した時、あの芹沢鴨のあまりにも有名すぎるこの先の色々な出来事が頭をよぎり、それと同時に浪士組のこれからの日々に想いが飛んだ。

 しかし、変えてはいけない。深く関わっても・・駄目だ。

 もう遅いかもしれない・・確実に、鉄之介は変わっているのではないだろうか?

 そして、私は心の奥底に触れてしまう。







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