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桜変化  作者: 猫森千鶴
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寄り添う

 舞い散る粉雪の中、天馬の如く駆ける。

 行き着く先は天上ではなく、たとえ地獄でもかまわない。

 今、私は間違いなく温もりに包まれている。

「月子、荷物を取りに行く間はねえ、江戸へ里帰りだ、ただし海路でな。」

 私は返事をする代わりに、ぎゅっと彼の着物を握りしめた。

「しっかり掴まってろ! 絶対にその手を離すな。」

 今度も返事はしない、ただ厚い胸に頬を埋めた。

(ごめんなさい、源左衛門さん。ごめんなさい、鉄之介。)

 関わり過ぎてはならない人達、触れてはならない人に私はついていく。それがどんな結果を生むのか考える頭より、想う心のままに走り出していた。

 ただ心の中、何度も何度もごめんなさいと繰り返すばかりだった。

 どれほど駆けたのだろうか、土方さんの伸ばされた両腕に体を抱き上げられ、そっと馬上から地上に足をつけた。

 足に力が入らず、思わずぐらつく私の体を、抱くように支えてくれた彼の顔を見上げると、その口角は少し意地悪く上がっていた。

「さすがの月子も馬には勝てなかったか・・・おいおいそんな顔するな、馬上じゃ可愛く俺にしがみついてたのに。」

 恥ずかしさが手伝い少し怒った顔の私にそう言うと、彼の顔が近づき耳のそばで、

「意地張るな、俺がずっと抱き支える。」

 囁くと同時に、体が宙に浮いた。私を見下ろす顔は、意地悪ではなく優しく微笑んでいる。

「ごめんなさい、・・・ありがとう。」

「礼なんか言うな、俺はおまえを攫ってきたんだ。」

 深い闇の中、誰にも見つからないように優しい人攫いに抱かれ、江戸へ向かう軍艦富士山丸に乗り込んだ。

 大砲を備えるその船は、重く冷たい冬の海を滑るように進む、華々しい船出ではない、みんなが感じている以上に、この先を知る私は感じていた。

 その皆の心をさらに沈めたのは、生死の境を漂っていた山崎さんの死だった。

 重傷を負っていた山崎さんは、船上で静かに命の灯を消した。

 彼の監察能力は、近藤さんだけではなく土方さんも高く買い、重要な要となっていた。

 身ひとつで来たこともあり、船上で私は男の格好をしていたが、ほとんど土方さんの部屋の隣りに控え外には出なかった。

 それでも山崎さんのことを聞き、一度だけ彼が眠る場所に連れていってもらった。

 私の姿を見て驚いていたが、すぐにその顔が優しく微笑み、

「動向調査不足ではなかったようですね、良かった。月子さん、新選組を・・副長をお願いします。ただ傍にいて下さるだけでいい・・」

「皆さんの傍にいなければならないのは山崎さんですよ。みんな無茶ばかりするから生傷が絶えないでしょ・・」

 山崎さんが医術を学んでいたことを知る私の言葉に、

「心の傷はあなたでなきゃ治せない、あなたの笑顔はどんな薬よりも効く。」

 そう言ってくれた彼に、

「なら今は、山崎さんの傍でずっと笑顔でいます。」

 と、答え笑うと、山崎さんは苦笑した。

「ありがとう、月子さん。」

(せっかくの笑顔・・もう効きそうにありませんが・・・嬉しいです。)


 そして彼は深く永い眠りについた。

 山崎さんの亡骸は水葬された。神出鬼没の彼は、この大海原を自由自在に翔けているだろう。その心はいつも新選組とともにある。

 近藤さんの、土方さんの、新選組隊士達の傍には、幾つの心が、寄り添っているのだろう。

 『誠』の旗の下、笑い、泣き、怒り、喜んだ仲間達、その魂は永遠にともにある。



 江戸に着き落ち着くとすぐに、土方さんは私に聞いてきた。聞かれるだろうと覚悟はしていたが、答える言葉がすっとは出てこない。

「月子、家は近くか? いったん戻るよな?」

(困った・・・)

「どうした? まさか帰らない気か!」

 どう答えたらいいだろう、黙っていたらおかしい。

「家には戻りません!」

 私の答えに驚いている土方さんに、

「皆さんの傍にいたら迷惑ですか?」

 と、聞いたが、すぐに答えられるはずがないだろう。

「でしたら、どこかに行きます。」

「待て! 迷惑とは言っちゃぁいねえ、ただおまえはそれでいいのか?」

 頷くことしか出来ない、コクリと首を下げた瞬間だった、

「駄目ですよ! 月子さん、ここはあなたがいるべき場所じゃない!」

「鉄之介!」

「鉄之介さん。」

 廊下で大きな風呂敷包みを抱え、まっすぐ私達を見てそう言ったのは、間違いなく鉄之介だった。

(なぜここに? その荷物は? 源左衛門さんは知ってるの?)

 次々心の中に疑問がわくが言葉にならない、そんな私よりも先に土方さんが聞いた。

「鉄之介、なんでここに?」

「月子さんは俺・・幸菱屋主人の古くからの知り合いの大切なお嬢さん、無事帰られるまでは私が守るよう父より命じられております。」

 どういうことだ? 私の事情を源左衛門さんは知っているはずなのに。

「鉄之介さん、何も告げず勝手なことをしてごめんなさい。でも私は新選組の皆さんの傍にいたいの、足手まといになるかもしれない、皆さんが許して下さるかも分からない、それでも・・・」

「違う鉄之介、俺が月子を攫ってきた! こいつは悪かねえ。」

「違う! 手を伸ばしたのは私・・」

「おふたりともそんなことはどちらでも構いません、肝心なのは、この先ずっと月子さんが笑っていられるかです!」

 私は驚いた、ただの大人発言なんかじゃない。鉄之介は私なんかより、はるかにしっかりとした大人だ、私を守ろうとしてくれている、私の心を想ってくれている。

「参ったな・・・いつからおまえそんな強い男になった? いや、もともと強かったのかもしれねえ。俺の方がガキか・・自分の我が儘な気持ちだけで動いてる。月子、家へ帰れ。鉄之介の言う通り、ここはおまえのいるべき場所じゃない・・・」

 土方さんは自分に言い聞かすようにそう言った。

 分かっている、ここは・・この時代に私のいるべき場所はない。

 帰れるなら・・・帰りたい。

 江戸の空気が私の心を揺らす、でもここには私の帰れる場所はない。


 鉄之介はあの日、大門に佇んでいた私の近くにいた、土方さんに掬われるように馬上に抱き上げられ、駆け去る私達を見ていたのだ。

 そして彼も陸路を駆けてきた、たったひとりで。

 追うと言った彼を源左衛門さんは止めなかった、それどころか、私の荷物を託してくれた、あのスーツケース。



 そして結局私達はふたりしてここに留まり、新選組とともにいた。

 その日、朝からみんなが騒がしかった。

「何かあったの?」

 私は鉄之介に聞くと、

「衣替え? とは違うな・・洋式の衣になるそうです、もう皆さん着替え終えられたのでは。」

 彼の答えですぐに理解した。

「そうなの、着物より動きやすいものね。」

「月子さんご存知なんですか?」

 また私、

「鉄之介さんも着せて頂いたら。」

 話しを慌てて逸らした。

「西洋では女性も着物とは違うようです。」

「・・みたいね。」

 危ない、危ない。


 近藤さんは江戸城で勝海舟と会い、甲府への出陣を命じられていた。

 『甲州勝沼の戦い』

 甲陽鎮撫隊と名を改めた新選組は、この戦いでも敗れ敗走することとなる。援軍を頼む土方さんの声に応えてくれる者はいなかった。

 どんどん減っていく隊士達、それでも変わらないのは、風に揺れる誠の旗と、揺るがぬ誠の熱い心。

 その誠の旗の下、ともにいた者がまた消える、永倉さん、原田さんが離隊した。

 いつも明るく笑わせてくれた永倉さん、優しい瞳で、守るように見つめてくれた原田さん、彼らを送る土方さんの心を想う時、私の胸は締めつけられる。


 自分達の意志で離れた者もいたが、ともにありたいと望みながらも離れることを余儀なくされた者もいた。・・・沖田総司。

 私は彼を訪ねた。

「あれっ、昼間なのにお月さまが見える。」

「はい、昼の月は少々ぼやけておりますが。」

「ぼやけた方が、角が見えなくていい。」

「あっ、またそういう悪態を・・」

「悪態じゃなく真実。」

「もお!」

 沖田さんと私は笑った。

「顔色も良いし、早く隊に戻って土方さんにこき使われなさい。」

「鬼に使われるなら、顔色悪い方がいいかも。」

「また・・そのまま伝えるわよ。」

「いいですよ。・・・・・伝えて下さい、心はいつもともにあります。」

「な、何言ってるの! 似合わないこと言わないの・・・」

 駄目だ、涙が零れそうだった、今の自分の顔が分からない。

「月子は分かりやすい、泣きたい時には泣けばいい。」

 同じ言葉を前にも聞いた、なぜあなた達はこんなにも優しい。

「月子、鬼の目にも涙。アハハハ・・」

「馬鹿・・・」

「少し冷えてきた、・・・もう一度だけ温めてくれる? なぁんて冗談・・えっ。」

 布団から体を起こしていた沖田さんを、そっと抱きしめた。あの日より痩せた体を少しでも温めてあげられるなら、

「温かい・・・月子、ありがとう。副長の心も温めてあげて、あの人意地っ張りだから。」

 小さく頷いた、流れる涙を見せたくはない。


 私と鉄之介は屯所の中の離れにそれぞれ部屋をもらっていた。

 沖田さんを見舞い戻ると、すぐに私はその部屋に飛び込み泣いていた。声は出さない、でも涙は止まらない、また私の頭の中、この先の出来事が次々と巡る。

 こんな泣き顔を誰にも見せちゃ駄目だ。

 もう誰も失いたくない。なぜたった数年の間で、こんなに多くの人達の命が消えるの!

 それが時代の変革? それが・・・戦い。

「おまえ、ほんとに泣き虫だな。」

 その声に振り返ると、苦笑している土方さんが立っていた。

 足音も障子の開く音も聞こえていなかった。その胸に飛び込みたい気持ちを抑え言う、

「ひとりにして・・」

「できるか! 泣いてるおまえを放っておけるほど鬼じゃねえ。」

「鬼でなくても・・」

「惚れた女を守りたい。」

 伸ばされた腕が近づき、私を引き寄せる、前には無かったボタンの硬さを頬に感じながら、強く優しく包まれた。







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