表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜変化  作者: 猫森千鶴
2/24

島原の夜

 真っ暗闇の中、提灯の揺れる灯りを挟み私達は固まっていた。

 何か言葉を発して欲しい、多分お互いに思っていたのかもしれない。

 でも、声が出なかった。

 頭が痛い、背中も痛い、足だって・・・、痛っ・・・。

 やっと沈黙が解かれた。

「お怪我をされているのですか? あっ、いや、異国の方ですか? 言葉が分からないのか・・・」

「いえ、日本人ですけど。」

(初めて発した言葉がこれってどうよ?)

 男性はまた固まった。

 でも私は声を発したからか、すぐに次の言葉が出た。

「ここはどこですか?」

 すると落ち着いた声が返ってきた。

「ここは京、島原の大門の前ですよ。」

(何言ってるの? 京って・・、冗談キツイ。時代劇役者さん、真面目顔で私をからかっている?)

「ヤダァ〜! 笑えませんよ、あなた。」

 多分まだ、かなりアルコールが残っている私は、異国の人以上に奇妙に映っていたのだろう、男性はふたたび固まった。

「銀座のど真ん中で、映画か何かの撮影ですか?」

「銀山?・・いえ、京、島原遊郭の大門・・・」

「あなた、私が酔っぱらいの女と思って馬鹿にしてます?」

 私はスーツケースを立て、それを支えに立ち上がった。男性が数歩下がる。

「痛っ・・!」

 左足に力が入らない、支えているスーツケースが揺れ体がグラッとした。

「危ない!」

 数歩下がっていた男性が、慌てて私の体を支えてくれた。

「すみません。」

「言葉もお分かりになるようだし、とにかく私の屋敷へ、怪我の手当てをいたしましょう。」

(だから、言葉は分かるって言っているのに・・)

 26年生きてきて外国人に間違われた事なんかない、私は苦笑した。

 男性に支えられ歩きながら、私は周りの建物をしげしげと見ていた。

(よく出来たセットだ。)

 すると一軒の建物の脇に入り、横手から裏へ回った。

(張りぼてじゃない!)

 裏木戸を静かに開け中に入ると、男性に案内されるまま私は広い部屋に左足を伸ばして座った。

 何かカチカチという音がして、真っ暗だった部屋に薄灯りが灯る。

行灯あんどん・・?)

 その灯りを見ながら、頭の中にそれまでなかった考えが少しずつ浮かぶ。否定したい、でも出来ない。

 灯りを灯し部屋を出た男性が戻って来た、手には小さな箱を持っている。

 男性が話しかけるよりも早く、私は恐る恐る聞いた。

「今日は、何年何月何日ですか?」

 おかしな事を聞く、とでも言いたげに、すぐに答えは返ってきた。

「文久三年三・・いや、もう四月の一日ですね。」

 文久三年・・・文久・・・京・・島原・・・

 なんとなく頭に浮かぶ文字、難しい歴史書を見なくても、最近の幕末ブームで目にしている。

 新聞や流行りごと、日々の時事を頭に叩き込むのは、銀座の女なら、あたり前の心構えだ。

 文久三年(1863年)三月 壬生浪士組、新選組の前身が生まれている。

 私は、あの幕末の嵐のような時代に来てしまっているのだ。

 しかも、仕事帰りの格好で、そのうえデカいスーツケース片手に、酒臭く、おまけに左足捻挫!

 オー! マイゴッド!

 初めて外国人並みのリアクションをしたいと思った。


「足、痛みますか? あいにくこんな刻限、医者を呼ぶ事も出来ません。」

 その言葉に我に返った。

「いえ、大丈夫です。湿布なら持ってますから・・。」

 スーツケースに引っ掛けていたバッグから鍵を出し、スーツケースを開け、半分ほど開けたところで視線を感じた。

(しまった!)

 それでなくても異国人と思われているのに、私の姿のみならず、持ち物全て珍しいはず。

 その時、携帯のアラームが鳴りだした。

(よりによって今鳴るか!)

 男性は慌てて退き、引きつった顔で辺りを見回している。着メロや着ボイスにしていなくて良かった。バッグに手を入れ慌てて止めた。

 背中に妙な汗をかきながら、引きつった笑顔を向ける。

(ハハハ・・・)

 引きつった顔をしていた男性が、初めて眉間に皺を寄せた。

 暗さに目が慣れてきたせいか段々と顔の表情や、全体の雰囲気が掴めてきていた。

 銀座ナンバーワンの本領発揮だ! 男性を瞬時に分析する。

(歳は50歳前後、誰にもことわらず私を家に入れた、おそらくはここの主人あるじ。その落ち着いた立ち居振舞いから、何かを営む社長。ここは島原遊郭、ならばくるわの主人・・、いや、待って、この屋敷というか店、女性を抱えている匂いがしない。)

 考えた、頭の中の情報を必死に引っ張り出す。

(揚屋だ!)

 置屋と違い女性は抱えない。置屋から女性を呼び宴席を段取りする料亭のようなもの。

 黙っている私を変に思ったのか、明らかに男性も私を分析しているように思えた。

 接客サービス業の火花が散る。

 駄目だ。信じてもらえるかは分からないけれど、この人には正直に話した方が良さそうだ。

 今私は、私の世界ではなく、この人達が生きる世界にお邪魔しているのだ。

 まさしくお邪魔!

 伸ばしていた左足を引き、痛いのを我慢し、私は正座をして居住まいを正す、そして深々と頭を下げた。

「先ほどは失礼致しました。信じて頂けるかどうかは分かりませんが、どうやら私は先の時代より、何かの歪みか悪戯か、この時代に来てしまったようです。気味悪がり放っておかれても仕方ないものを、ここまでお連れ頂き、怪我の手当てまでして下さろうと・・・その優しさに今少し甘えさせて頂いてもよろしいでしょうか? 怪我が治りましたら、すぐにでも出て行きます。」

(どうだ! とにかく怪我を治す!)

 主人の眉間の皺が消えた。

(よし!)

「まずは怪我の手当てを。それからもしお疲れでないなら、詳しいお話しを聞かせて頂いてもよろしいですか?」

(この言葉、凄い人だ!)

「もちろんです。ただ、あまり驚かないで下さいね。」

 微笑んで答えた。

 主人が持ってきてくれた薬を使おうとしたが、効き目がはっきりしないし、やはり自分の湿布を貼る。ただ目立ってはいけないと、主人は布を巻いてくれた。

 そこからは私の話しに耳を傾け、特に驚くそぶりもなく、何度か質問をされただけだった。

 私自身も言葉を選び、差し障りのない範囲で自分の事を伝えた。

 そして、決して時代の流れ、いわゆる幕末の顛末には触れなかった。

 主人も、本来なら聞きたい筈だろうに、決して私に聞かなかったし、話させようともしなかった。

 この人は信じられる!


 行灯の灯りは消え、障子の向こう、乳白色の明るさが差し込む。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ