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桜変化  作者: 猫森千鶴
19/24

ぬくもり

 抱かれてはいない。

 体の奥底、火傷しそうに熱く焦げても、糸よりも細く微かに残る私の記憶が、それを押し留めた。

 体を重ね彼を受け入れてしまうことは、完全に何かを変えてしまいそうで・・・怖かった。

 この人のこれからを変えたいと思う気持ちと、変えては駄目と思う気持ちが心の中でひしめく。

「月子・・・」

 彼の言葉は熱を帯び、体の熱さが伝わる。その熱に気づかぬふりをして、そっと体を退いた。

「土方さん、風邪をひいてしまう、屯所にお戻りになって下さい。」

「風邪など・・」

「私も黙って出て来てしまい、また皆さんに心配をかけてしまっているかも?」

 わざと明るく笑うと土方さんは苦笑した、私の胸の内に気づいたのか、

「お月さんまでは遠いな、掴んだつもりが水面に映る月だった。」

「そのお月さま、きっと土方さんの大きな両手に掬われた水の中にある。」

「なら一滴も溢さねえようにしないとな。」

 そう言うと、離した体をもう一度引き寄せられ、耳元で言われた。

「俺はおまえを見つめ、おまえを包み、おまえを温める。約束はできねえ、だが・・おまえと一緒に生きる。」

 生きて! 土方さん。叫びたい心を抑えこむ。

「泣きそうな顔するな! おまえを温める俺がこんな夜風ん中、帯とくわけねえだろ。」

「ば、馬鹿!」

「今度は怒った顔か? おまえは最高に可愛いな。」

 最高の笑顔で私を見つめてくれるこの人を、私も見つめ、包み、傍にいて温めたい。

 それはこの人の未来を変えることになるのだろうか? 私はもう、もといた時代を忘れかけていた。


 翌月、新選組は壬生の屯所から西本願寺へ本拠を移転する、所帯は大きくなっていた。

 そして私はまた今年も、桜をゆっくり見ることはなかった。

 もうそれすら実は深く考えることもなく、過ぎゆく月日を当然のように過ごしていたのだ。

 西本願寺に屯所が移ってからも、隊士の脱走、粛清はあり、その中で近藤さんが入隊を歓迎した伊東甲子太郎は、何やら静かに動いていた。

 近藤さんを支えていた土方さんは、この人物に関しては同じ気持ちではなかったようだ。

 秋も深まり彩づいた葉も散り始めた頃、源左衛門さんのところへ土方さんは斎藤さんとやって来た。もちろん宴席を楽しみに来たのではなかった。

「いらっしゃいませ、土方さん、斎藤さん。」

 明るく挨拶する鉄之介の横で、私も頭を下げた。

「突然すまねえ、源左衛門さんは?」

「はい、おります。いつものお部屋へ・・」

「いや、奥の部屋の方がいい。」

「承知いたしました。」

 鉄之介は先に立ち案内をする、その後ろに土方さん、斎藤さんと続き、私も後に続こうとしたら、

「月子さん、熱いお茶をお願いできますか。」

 鉄之介の声に、

「はい、かしこまりました。」

 と、私は返事をする。日に日にしっかりとし、落ち着いた彼の指示に少し驚いた。

 ふと斎藤さんが立ち止まり、ぶつかりそうになる私に小さく囁く。

「このあいだ、やっと副長の笑顔を見られました、ありがとう。」

「私は何も・・」

「自覚のない方だ、あなたは。」

 だって本当に何もしていない、でも斎藤さんの言葉は少し嬉しかった。

 あの人が笑っていた。

 土方さんの毎日は誰よりも過酷なはず、張りつめ続ける心の連続のはずだ。一瞬でも、ほんの一瞬でも笑顔が見られたら、私の心はしあわせに満ちる。

「斎藤さん、どうかあの方の傍にいて下さい。」

 私の言葉に小さく頷き斎藤さんは、

「何があっても信じていて下さい。私は副長を、そしてあなたを裏切らない。」

 その言葉の意味を私は理解した、斎藤さんは伊東さん達と新選組を離隊する、しかしそれは意味のある離隊だった。土方さんを支えるための行動、躊躇や迷いのない彼の心そのものだ。

 瞬く間に新しい年はやってくる。



 慶応二年(1866年)

 その後の時代の流れを変える一歩目かもしれない、それは間違いなく新選組を追いつめる。

 敵対関係にあった長州藩と薩摩藩が密約を結んだ、有名な薩長同盟だ。

 同盟そのものより、互いの藩を近づけ締結まで導いた人物、

 土佐藩脱藩浪人、坂本龍馬。

 この人の存在を知らない人はいないかもしれない、彼の掲げた思想は遥か先の時代にまでも通じているように思う。

 彼もまた嵐の時代を駆け抜け、短い生涯を閉じられた、自ら閉じたのではない、閉じられたのだ。

 同盟は紛れもなく幕府を追い込む、いや、会津藩を徹底的に追いつめる。

 それが意味することは、かかえられていた新選組が、誠を貫くことを拒み、信じる道を進むことさえ拒む。

 それでも彼らは抗い続け、己の信じる道を駆けていく。

 誰も止めることなど出来ない。

 私はどんなに辛くても、苦しくても、見つめると決めたのだ。あの人の進む道を。


 年が改まってすぐ、私は鉄之介と西本願寺に来ていた。

 何度か訪れてはいたが、ここは広い、壬生の屯所のように庭から入りすぐに皆さんの部屋というわけにはいかない。・・・のに、相変わらず鉄之介は皆さんの部屋の方へ、スタスタと迷うことなく向かう、この冷静で大胆な行動にはいつも驚かされる。

「月子さん、ちゃんとついてきて下さい。ここは広いから俺からはぐれたら迷いますよ。」

 またどこか年上発言だ。

「迷いません!」

「なんなら手、つなぎましょうか?」

(な、何言ってるの!)

 笑っている、いつの間にか彼は、私をとっくに越えている気がしていた。

「からかっているの!」

「いえ、意外に真剣に提案していますが。」

「迷わないから手もつながない!」

「それは残念です。」

(うわぁ、いつからこんな言葉、私はこんな子に育てた覚えはない!)

「あっ、鉄之介、寺で痴話喧嘩か?」

(こいつかぁ! 原因は? 沖田さん。)

 睨みつけていた。

「鉄之介、後ろの人、鬼の顔しているけど大丈夫? やっぱり鬼の副長には鬼の女ですか?」

「誰が鬼だ?」

 沖田さんの後ろから出てきた土方さんの声に、私はなぜかドキリとしていた。

「男鬼の登場〜。」

「沖田! てめえ人を鬼、鬼と・・」

「鬼が嫌いならもらっていきますが。」

 そう言う沖田さんに鉄之介が、

「沖田さん、こちらの鬼は簡単には渡せませんよ。」

 さらっと言っている。

(鉄之介まで何言ってるの!)

 私の方がすぐに言葉が出てこない、広い庭に風が吹く。

「クシュン・・」

「大丈夫、月子さん!」

「鬼が風邪ひく! 火鉢、火鉢・・」

「いつまでもそんなとこ突っ立ってないで、さっさと部屋入れ!」

 口の悪い三人の、口の悪い優しさで、私の心は温かい。

「クッシャン!・・・」

 くしゃみと一緒に目が潤む。







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