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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅲ ランナーズ・ハイ
93/202

  37 -迷子-

 前の話のあらすじ

 バトルエリア内で、アイヴァーはゲルハルトを排除すべく攻撃を仕掛けるも、ゲルハルトの策によって呆気無く敗北してしまう。

 コックピットから脱出したアイヴァーはキノエと合流し、愛里の探索を行うことにした。


  37 -迷子-


「リリー!! いたら返事しろー!!」

「リリメリアー、どこにいるんですかー?」

 スタジアムの地下、VFの格納庫でセルカとレオラはリリメリアの名を連呼していた。

 格納庫には試合に出る予定の各チームのVFが保管されており、約20機ほどが等間隔で規則正しく整列させられていた。その殆どが七宮重工製のセブンクレスタで、チームごとに特色のある装飾やカラーリングが施されている。そんなVF達の合間を縫いながら、セルカとレオラはリリメリアの姿を追い求めていた。

 レオラは視線を忙しなく動かしながら、呟く。

「リリの奴、何でこんな時に迷子になるんだよ……」

「仕方ありませんよ。長い時間目を離していたんですから……」

 現在、リリメリアは迷子中だ。

 セルカたちは5階の個室席から逃げ出した後、誰もいないビル内を通ってこの格納庫まで来ていた。本来なら正面の出口から出たかったのだが、その出口はシャッターが降りていて、通ることができなかったのだ。

 そして、何とか脱出する方法を探すためこの格納庫に来たというわけである。

「……そもそもお前が悪いんだぞ。VFに乗って逃げようなんて言うから……」

 セルカはリリメリアを探すのを一旦中断し、レオラに言い返す。

「わ、私のせいにするつもりですか? だいたい、あの時はレオラさんも大賛成してたじゃないですか。」

「あの時はあの時だ。まさか、セルカがVFを操縦できないなんて思わなかったんだからな。」

「う……」

 そこを突かれるとぐうの音も出ない。

 VFのコックピットは安全だし、VFに乗ればシャッターでも壁でも何でも破壊して脱出できると思っていた。

 しかし、そのVFも動かせなければ意味が無い。

 文句を言われてばかりで少々腹がたったセルカは、レオラに同じ事を告げる。

「私だって、レオラさんが操縦できないとは思ってませんでした。」

「なんだよその言い草は。そっちはCEの社員だろ? 簡単な操作くらいできて当然だと思っても仕方ないじゃないか。」

 レオラの言い分ももっともだ。

 セルカはその意見に対し、弁明する。

「もちろん操作はできます。ですが、アシスト機能が付いていない競技用VFは流石に無理というか、難しいと言いますか……。」

「お前に期待した私が馬鹿だった。」

 とうとうレオラは私を馬鹿にし始める。

 私も言い返したかったが、喉まで上がってきた文句の言葉を飲み込み、今成すべきことをレオラに再確認させる。

「とにかく今はリリメリアを探しましょう。こんな状況で迷子だなんて、洒落になりませんから。」

「ああ、そうだな。……ごめん。」

 リリメリアの事を話すと、途端にレオラさんは物憂げな顔になり、ため息を付いた。

 リリメリアが迷子になったのはつい先程のこと、私とレオラさんがVFのコックピット内で悪戦苦闘している時だった。

 あの時は何とか操作しようと必死だったし、まさかリリメリアがどこかに行ってしまうなんて予想もしてなかった。

 目を離した私達が悪いといえば悪いのかもしれない。ただ、あのリリメリアが勝手に出歩くとも思えなかった。何か悪いことに巻き込まれてなければいいのだが……。

(もう、この格納庫内にはいないかもしれないですね……)

 これだけ呼んでも何の反応もない事を考えると、どこか別の場所に移動したと判断していいだろう。

 レオラと一緒に歩きながらリリメリアの姿を探していると、不意に格納庫のドアが開き、何者かが侵入してきた。

「誰か来た……」

「そうみたいですね……」

 セルカとレオラは互いに示し合わせ、入り口から見えない位置に身を隠す。

 侵入してきた人間はランナースーツを着用しており、真っ赤な髪がとても印象的だった。

 セルカは、その赤い髪に見覚えがあった。

(あの人は……キノエ!? どうしてこんな所に……)

 こちらが驚く間もなく、キノエは格納庫内で声を上げる。

「アイリー、どこにいますかー。何か対策を打たないとリアトリスに逃げられてしまいますよー。」

「アイリ……!?」

 いきなり出現したキノエからアイリやらリアトリスやら信じられない言葉が出たことで、セルカは思わず声を出してしまう。

 キノエはその声にいち早く反応し、軽い口調で話しかけてきた。

「あぁすみません。アイリを……ポニーテールでスーツ姿の女性を見かけませんでしたか。……って、あなたはセルカじゃないですか。全く印象が変わっていたので気付きませんでした。」

 キノエは音もなくこちらに近寄ってくると、私の顔を覗きこんできた。

 いきなり接近され、セルカは後ずさりしたが、VFの影に隠れていたためそこまで距離を取ることができなかった。

 私はキノエという人が苦手だ。と言うか、怖い。

 羽交い締めにされてお腹を何度も殴られたことは今でも鮮明に覚えている。その時の痛みも忘れられない。

 今も、これから何かをされるのではないかという恐怖のせいでろくに動けない。それどころか、体が震えている。

 そんな私を心配してくれたのか、即座にレオラさんが駆けつけてくれた。

「おい、セルカから離れろよ。私らはそのアイリって奴どころか今まで誰にも会ってないんだ。多分ビルの中には居ないだろうし、人探しなら外でやったらどうだ。」

「いるかいないか判断するのはボクです。余計な口出しはしないで欲しいです。」

 レオラさんの言葉のお陰でキノエの注意は私から離れる。

 その隙に私はキノエから距離を取り、落ち着きを取り戻すことができた。

「何が余計な口出しだよ。ビルに誰もいないって貴重な情報を教えてやったのに、随分と失礼なやつだな。」

「誰も居ないはずがないです。人に気付けないくらい鈍感なんじゃないですか? そんな顔をしてます。」

「おい、初対面の人間の顔にケチ付けるなよ。」

 レオラさんはキノエと口喧嘩を始める。どっちもどっちな気がするが、キノエの相手をしてくれるのは有難い。

 セルカはキノエから十分に距離を取り、先ほどのキノエの言葉を思い返す。

 アイリさんがここにいることには驚きだったが、それよりも気になることがあった。

「先ほど“リアトリスに逃げられてしまう”って言っていましたが……ここにリアトリスがいるんですか?」

 リアトリスという言葉を出すと、キノエは急にレオラさんと言い合うのを止めた。

「……。」 

 その沈黙は、全てを物語っていた。

「まさか、この騒ぎも全部アイリさんが引き起こしたんじゃ……」

 セルカが自分の考えを述べると、キノエは否定することもなく即座に肯定する。

「その通りです。知られてしまっては仕方がないです。邪魔されないように暫くの間気絶していてもらいます。」

 一方的に告げると、キノエは正面にいたレオラさんにいきなり襲いかかった。

 キノエはレオラの首目掛けて両手を突き出したが、レオラはその攻撃に素早く反応し、後ろに飛び退く。

「コイツ、やるつもりか!?」

 そのまま逃げればいいものを、レオラさんは無謀にもキノエに息巻いてみせる。

 今にも反撃しそうだったので、セルカはレオラを止めることにした。

「駄目ですレオラさん。あの人は私達が手に終える相手じゃないんです。」

 服の裾を引っ張って止めようとしたものの、レオラさんは余裕で私を振り払い、キノエに向かっていく。

「何言ってんだセルカ、見たところ私と体格差もないし、女相手なら余裕で勝てるって。」

「勝てる訳ありません、あの人は平気で人をナイフで切り裂く、本物の殺人者なんですよ!?」

「え……?」

 殺人という言葉に驚いたのか、レオラさんはその場で足を止める。

 よく見ると、レオラさんの正面にいるキノエは手元にナイフを忍ばせており、それを器用に指先で操っていた。

 レオラさんが来ないと分かると、キノエはそのナイフを大っぴらにし、不服そうに呟く。

「殺人者だなんて、失礼にもほどがあります。ボクは単に敵を倒しただけです。それ以上でもそれ以下でもないです。」

 キノエが取り出した肉厚のナイフを見て、レオラさんも懐からナイフを取り出す。しかし、そのナイフは明らかに安っぽい造りで、キノエのものと比べるとおもちゃのように見えた。

 レオラさんはキノエから距離を取り、私に話しかけてくる。

「やばそうな奴だって事はわかった。でも、だからこそここで闘わないと駄目だろ。……背中を見せたら、その瞬間に切られてしまいそうだ……。」

「レオラさん……。」

 私は今すぐにでもこの格納庫から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、レオラさんがそう言うのならそうなのだろう。

 キノエは余裕の笑みを浮かべ、肉厚のナイフを弄びつつ言う。

「ボクも人間です。そうホイホイと人を殺すつもりはありません。ただ、下手に反抗すると、死につながる怪我を負う可能性はありますね。」

「……。」

 抵抗すれば殺す。とでも言いたいのだろうか。

 その宣言の後、キノエは何も喋らなくなり、しばしの間寒い格納庫に沈黙が訪れる。

 戦うべきか、逃げるべきか、それとも大人しく降参するべきか……

 淀んだ空気の中、思案を巡らせていると近くから物音が聞こえてきた。その音は複数の人間の足音であり、やがて声も届いてきた。

「おい、誰か居るのか……? 危険だから早くスタジアムから出るんだ。」

 どうやら警察の人みたいだ。地獄に仏とはこのことだ。

 セルカはその声に応じるべく、背後を向く。

 しかし、返事をしようとしても声が出なかった。

(あ……れ……?)

 この不可解な現象を理解できず、セルカはレオラに目を向ける。……と、声が出ないどころか、自分の体を動かせないことにも気が付いた。ついでに、意識も遠くなっていく。

 辛うじて見えた視線の先、レオラさんは手からナイフを落としており、糸の切れた人形のように床に倒れていた。

 やがて私も同じように床へ崩れていく。

 遠のく意識の中、耳元で誰かが囁く。

「運が良かったですね……。」

 それはキノエの声だった。

 それだけ言うと、キノエは警察官から逃れるべく、どこかに消え去ってしまった。

 どうやら、一瞬気が緩んだ隙に素早く私達に攻撃したみたいだ。それを理解すると、ようやく首筋の辺りに鈍い痛みを感じた。

 だが、その痛みも長くは続かない。

「ちょっと来てくれ、女の子が倒れてるぞ。……君、大丈夫か?」

(……。)

 警官の声を最後に、セルカは眠るように気を失った。



 ――セルカとレオラが気を失っていた頃、リリメリアは一人、スタジアムのビル内を彷徨いていた。

「シンギ……、どこ……。」

 リリメリアのか細い声は暗い廊下で反射し、奥の闇へ吸い込まれていく。

 ビル内には誰もおらず、人の気配が全く感じられない。外からは銃声の音が聞こえてきているのに、何だか不思議な気分だ。

「シンギ……。」

 やっぱり一人は寂しい。

 リリメリアは寂しさを紛らわせるために、ボリューム感のある淡いイエローの長い髪を指先で弄る。それでだいぶ心は落ち着いたが、二人から離れたことを後悔していた。

 ……私がセルカやレオラから離れて一人で行動しているのは、二人がシンギを探すことなくこのスタジアムから逃げようとしていたからだ。

 二人は逃げることだけしか考えていなくて、シンギを助けようだなんて発想すら起きないみたいだ。だから、私は二人から離れ、シンギを探している。

 せめて私だけでもシンギのことを考えてあげないと、シンギが可哀想だ。

 シンギは私のために一生懸命、それこそ、命をかけて試合に出てくれた。だからこそ、私はシンギのやさしい気持ちに応えてあげなくてはならないし、恩返しをしなくてはならない。

 シンギが困っている可能性がある以上、私だけが逃げるなんてありえない。どうやってもシンギを手助けする必要がある。いいや、シンギの力になりたいのだ。

(リリだけでも、頑張らなくちゃ……)

 寒さと寂しさのせいで泣きそうになっていたリリメリアだったが、シンギの事を考えたおかげで気力を取り戻すことができた。

 リリメリアは気を取り直し、誰もいない通路をゆっくりと歩いて行く。

 すると、ふと前方に人影を見つけた。人影は男性のもので、通路の向こう側からこちらに歩いてきている。

 もしかするとシンギかもしれない。

 リリメリアは少ない可能性にかけ、勇気を振り絞って声を掛けることにした。

「あの……」

 その声はとても小さかった。しかし、この狭い通路では十分な大きさだったようで、すぐに前方の人影から反応が返ってきた。

「ん? 何でガキがこんな所うろついてるんだ……。ここは危ない、外まで案内してやろう。」

 そんな声を発しながら近づいてきたのはシンギではなく、髭面の男だった。

 当てが外れたことに落胆しつつ、リリメリアは髭面の男の提案を断る。

「まだ駄目。シンギを、シンギを探さないと……」

「シンギと言うと、シンギ・テイルマイトのことか。」

「そう、です。」

 どうやらこの人はシンギの事を知っているみたいだ。シンギと同じようにランナースーツを着ているし、ここの選手なのかもしれない。

 髭面の男は、顎髭に手をやりながら私を怪訝な表情で見つめる。

「あいつのファンか……? いや、ただのファンなら選手の本名を知っているわけがないし……知り合いか?」

「違う。リリとシンギは……家族……。」

 自分で言うと何だか恥ずかしい。でも、一度は言ってみたかったセリフだった。

 髭面の男は私の話に興味を持ったようで、積極的に話しかけてくる。

「妹なんかいたのか……? まぁ、こんな可愛い妹がいたらあんな傲慢で横柄な姉貴なんて欲しくもないだろうな……。」

 可愛いと言われ、リリメリアは自然と笑顔になる。初対面の人にこういう顔は見せたくなかったけれど、照れ臭さは隠せそうにない。

 ここでリリメリアは改めて自分の目的を思い出し、髭面の男に問いかける。

「シンギが、どこにいるか、知ってますか?」

「まぁ、知らないことはないな。……取りあえず、何か使えそうだから確保しとくか。」

 髭面の男は私の質問に答えず、何を思ったか、唐突にこちらに手を伸ばしてきた。

「!!」

 髭面の男は私の腕を掴み、強い力で引き寄せる。

 リリメリアは咄嗟にその手を払おうとしたが、大の男の力に敵うわけもない。抵抗むなしく、リリメリアは髭面の男に抱えられてしまった。

「いや、放して!!」

「暴れるなって、それに、こんな所でウロウロしてるよりも俺といたほうが安全だぞ。」

「シンギ!! シンギ助けて!!」

 髭面の男の腕の中でリリメリアは必死に暴れまくる。掴んでいる腕を引っ掻いたり、足裏で膝辺りを蹴ったり、頭を大きく振って胸元に頭突きをしたり、果ては腕に噛み付いたり……。

 ここまですると髭面の男も参ったのか、素直に私を開放してくれた。 

「はいはい、わかったわかった。放してやるから騒ぐなって。」

「……。」

 髭面の男は私を通路に下ろすと、両手を肩口くらいの高さまで挙げて両手のひらをこちらに見せる。

 あっさりと言うことを聞いてくれたことに、リリメリアは少しだけ驚いていた。

 無理矢理私を攫うこともできたのに、すぐに開放してくれるとは思ってなかった。もしかして、悪い人じゃないのかもしれない。本当の親切心で抱き抱えてくれたとしたなら、私はこの人に悪いことをしてしまった。

 でも、この状況でごめんなさいと謝ることもできなかった。

 髭面の男は私に噛まれた場所をランナースーツ越しに撫でながら、ポツリと呟く。

「はぁ、あの女社長ならまだしも、こんな女の子まで夢中にさせるなんて……。シンギの野郎、モテモテだなぁ。」

「もてもて?」

「ああ、今日の騒ぎもシンギがモテモテだから起きたようなものだしなぁ……。」

「……?」

 よく分からないけど、この髭面の人は私以上にシンギのことを知っているように思える。

 この貴重な情報源を手放すわけにはいかなかった。

「あの、シンギの場所まで、連れてってくれませんか。」

「おー、そっちから言ってくるとは思わなかったな。もちろんいいぞ。」

「ありがと……。」

 私がお礼を言うと、髭面の男は笑顔で応じ、来た道を引き返し始める。

「それじゃ行くか。あいつもお前のことを待ってるだろうよ。」

「うん。」

 リリメリアはシンギに会えることを信じて、髭面の男の後を追いかけて行く。

 ……この時リリメリアは、自分が人質にされたとは夢にも思っていなかった。

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