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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
9/202

  8  -出撃準備- 

 補足情報007

 自律システム、AIを搭載した兵器の開発も無かったわけではない。しかし、100%正しい判断ができないそれは人に大きく劣る。やはり、最終的な決定権は人が持つべきであり、自律システム、AIはアドバイザーの領域を出る訳にはいかない。

  8  -出撃準備- 


「――悪いなシンギ、少しは休めると思ってたんだが……」

「このくらい平気だケイレブ。移動中にぐっすり眠れたし、遠隔操作するぶんには問題ないだろ。」

「そうか。判断さえ鈍らなければそれでいいんだ。」

 飛行機での移動で疲労するほど俺の体は貧弱ではない。

 むしろケイレブと会話している方が疲れる。そのため、俺はケイレブに返事をすることなく遠隔操作の準備を勧めることにした。

 ――俺を呼び戻すためにケイレブが日本まで来たのが丁度24時間前のことだ。それから俺は丸一日掛けて日本からダグラス海上都市群に戻り、休む間もなくCE社のキュービクル内に入り作戦に参加している。

 今は通信衛星とリンクして操作予定のアルブレンに認証コードを送受信している所だ。

 その作業はすぐに終わり、俺のHMDにアルブレンの頭部カメラ映像が映し出された。

 ついでに現在位置も確認すると、作戦区域までかなり近い場所だった。どうやら俺がここに着く前に早い段階でアルブレンを輸送していたみたいだ。

 事前に輸送を開始することは多々あるが、ここまで早いのは初めてかもしれない。

 俺が操作するアルブレンは輸送機の中で待機状態にあり、傍らには使い慣れたチェーンソードが固定されていた。俺はそれを手に取ろうとしたのだが、機体もレールで固定されているので上手く掴むことができそうにない。

 何度か手を伸ばしていると、俺のアルブレンと同じく体育座りの形態でレールに固定されているケイレブのアルブレンがチェーンソードを取り、俺に手渡してくれた。

 その時、俺はアイカメラでケイレブが操作しているアルブレンを見た。ケイレブのアルブレンは重そうな装甲を装着しており、防御体制は完璧なようだった。

 ……対する俺のアルブレンはノーマル状態だ。

 その薄着のアルブレンを操作し、俺はチェーンソードを両腕で抱えるようにして持つ。

 持ったところで特に意味は無いのだが、降下するときに手に持っていたほうが安心するのだ。

 とりあえずアルブレンの現在の状況を確認し、俺は待機することにした。

 すると、3ヶ月間ずっと聴き続けていた合成音声がキュービクル内に響いた。

「――シンギ・テイルマイトのパーソナルパターンを検知しました。」

「!?」

 この音声は間違いなくリアトリスに搭載されていた戦闘補助AIのセブンだ。

 セブンはさらに続ける。

「続けてデフォルトAIを削除し、操作VFとの連携設定を行います。しばらくお待ちください。……設定完了しました。」

 いったい何がどうなってセブンがこのキュービクルに介入してきたのか、理解不能な状況に動揺しつつも俺は冷静にそのセブンに問い正す。

「セブン……これはどういうことだ。リアトリスの保全を任せたはずだぞ?」

 日本からどうやって海上都市群まで移動してきたのだろうか。……そもそもこのCEの遠隔操作システムには強力にプロテクトされていて外部からの侵入は不可能だ。

 侵入経路を色々と考えているとすぐにセブンから返事がきた。

「問題ありません。全てのVFは七宮重工所有の遠隔操作中継中軌道衛星『明神みょうじん』を経由しています。私は明神へのフリーアクセスコードを所有していますから、遠隔操作であればどのVFを操作していても私のサポートを受けられます。ご理解いただけましたか。」

 ご理解も何もフリーアクセスコードを持っているなんて初耳だ。

 しかし、七宮宗生が作ったAIだと考えると当然なのかもしれない……。

「すげーのは分かった。だけど作戦の邪魔だから消えろ。」

 戦闘中に口出しされたら気が散るし、変なアドバイスをされて選択を誤る可能性もある。そういう不安定な要素はなるべく排除するべきなのだ。

 しかし、セブンは俺の命令を拒否するかのごとく話し続ける。

「いいのですか? デフォルトAIを削除してしまった今、通信や出力管理も手動で行わねばなりません。それに、私抜きで操作コンソールの再設定を行うとなると数時間を要すると考えられます。本当にいいのですね?」

 これではまるで脅迫である。このセブンはなんとしても俺をサポートしたいらしい。

 あまり気は進まないが、各設定を俺一人でできるわけもないので、仕方なくセブンの言う通りにすることにした。 

「……わかった、設定は任せた。だが、作戦中に余計な口出しするなよ。いいな?」

「了解しました。では静かにお手伝いさせて頂きます。あなたは存分に訓練の成果を発揮してください。」

「言われなくてもそうするつもりだ!!」

 ……いちいちうるさいAIだ。

 やり取りが終わるとセブンは早速各部の設定を開始し、HMDの画面に無数のウィンドウが開き、完了したものから順次消えていった。

 暫くするとケイレブが俺に降下について連絡してきた。

「シンギ、そろそろ降下だ。準備はいいな。」

「あぁ……。」

 セブンの件で気が滅入っていたので生返事になっていたようだ。

 ケイレブは不安げな口調で俺に注意を促した。

「どうしたシンギ、トラブルでもあったか。今日はきちんとタイミング通りに降下しろよ。そうでないと市街地に突っ込むことになる。」

「わかってるって。」

 この間は無防備に体を晒してしまったから狙い撃ちにされた。

 もし今回も前回と同じように敵に近い場所に着陸したら、あっという間に狙い撃ちにされて撃破されるのは間違いない。

 さすがの俺も二度も同じ轍を踏むつもりはなかった。

「ポイントに着いた。先に行けシンギ。」

「オーケー。」

 それからすぐに降下ポイントに到着し、俺はアルブレンを操作して狭い輸送機の中から広い空へと飛び出した。



 ――アフリカ南部、南アフリカ共和国。

 比較的早い段階に独立したこの国は経済は安定しているものの治安はとてもじゃないがいい状態だとはいえない。未だに人種間、民族間に摩擦があり、少数民族は200年以上も狭い地区に追いやられているらしい。

 こんな地域で紛争が起こらないというのは無理な話だ。

 その中でも特に大変なエリアは国内の東側に位置している都市、ヨハネスブルグだ。

 100年ほど前までは有名だったこの都市も、今では紛争の影響で悲惨な状況になっている。一部の富裕層は都内でも北側に堅牢な家を構えているが、それらがいなくなるのも時間の問題だと言われている。それほど頻繁に銃撃戦などの事件が発生しているらしい。

 そんな地域の治安を守るため、支援部隊は昼夜問わずVFでパトロールを行なっているのだ。

 ちなみに、ヨハネスブルグの北にある首都プレトリアはヨハネスブルグに比べて治安も良くて穏やかだ。……とは言っても、比べると穏やかに見えるだけで、普通の国と比べると殺人事件の件数が半端なく多い。

 とにかく、国際治安支援部隊の駐屯基地に降り立った俺とケイレブは、基地の職員に事務報告を終えた後、そのままヨハネスブルグ内をパトロールしていた。

 歩いている間ずっとケイレブのアフリカ講義を聞いていたわけだが、聞けば聞くほど気が滅入るのであまり真剣には聞いていなかった。

 目に映るのは整備の行き届いていない道路とボロボロの掘っ立て小屋だ。遠くには背の高い高層ビルが見えるが、それは南北を分断している大きな線路を挟んで向こう側にあり、別世界のようにも見えた。

 遠隔操作とは言え、ここに来るのは初めてだったのでその景色は俺にとって興味深いものだった。

 そんなふうによそ見して歩いていると、不意に脚に何かがぶつかった。

(……?)

 何か蹴飛ばしてしまったかと慌てて足元を見る。するとそこには大破したVFが転がっていた。見た感じでは破壊されてからそう時間は経っていない。

 立ち止まってそのVFを観察していると、ケイレブがそのVFについて教えてくれた。

「それは5日前のパトロール中に高速弾で狙撃されたVFだ。敵がどこにいるのか分からないから安心して回収作業もできていない。今はまだ形が残っているが、すぐに住民に剥ぎ取られて跡形もなくなるだろう。……これを合わせて合計で19体も狙撃されている。」

「19機も!?」

 俺が想像していた以上に事態は深刻みたいだ。

 たった一人の相手に貴重なVFが19機もやられてしまってはただごとではない。

 長い間停止していると標的にされるかもしれないと思い、俺はアルブレンを操作して再びパトロールに戻る。

 ケイレブも同じように歩き始めた。

「これ以上の被害を防ぐためにオレ達も3度ほど索敵を行った。だが、全く相手の位置がわからない。それどころか、その捜索のせいで6体ものVFを失った。そんなこんなで今は相手の狙撃が止むのを願うしかない状況というわけだ。」

 ケイレブが頭を抱えるなんて珍しいこともあるものだ。アイヴァーとか言うランナーはよほど優秀な傭兵らしい。

 俺は一応ケイレブに捜索について確認してみることにした。

「UAVでも駄目なのか? 隠れるところもそんなに無いし、簡単に発見できるだろ。」

「簡単に発見できていればここまで被害も拡大してない。ランナーの名前が分かっているのに発見できないのはもどかしいな。おまけに捜索中のUAVもアイヴァーの狙撃で破壊されている。CEが所有している物だけでも合計で11機も落とされた。」

「マジですげーな、そいつ。」

 西サハラの時もUAVを撃ち落としていたが、あれはまぐれでも何でもなかったみたいだ。UAVが使えないとなると、捜索は難しそうだ。

 俺は別の方法が無いか考えてみる。

「……そうだ、通信ログから位置を割り出せないのか。名前と雇い主がはっきりしてるわけだし、網張っとけば一発で場所特定できるだろ。」

 我ながらいい案だと思ったのだが、ケイレブからは否定の言葉が返ってきた。

「アイヴァーは単独行動に徹しているみたいだ。この5週間通信どころか補給もしていないだろう。狙撃して移動するだけならそんなにエネルギーも消費しないし、弾が全部なくなるまで攻撃し続けると考えていい。」

 つまりは手詰まりということなのだろうか。

 しかし、相手が攻撃に飽きるまで耐えるなんて馬鹿げている。それに、あのケイレブが無策で俺を呼び出すとも考えられなかった。

「で、どうするんだ。俺を呼んだからには何か作戦があるんだろう?」

 そう言うと、隣を歩行していたケイレブがアルブレンの頭部をゆっくり上下に動かした。そして自信ありげに言い放つ。

「もちろんだ。それについてはオペレーターに説明してもらおう。」 

 その後すぐにケイレブは通信機のチャンネルを増やす。すると、そのオペレーターの声が俺の通信機にも届いてきた。

「シンギさん、お久しぶりです。」

「……その声、またお前か。」

「また私です。」

 この透き通るような声は毎度俺に文句を言っていた女性のオペレーターだ。

 オペレーターは聞き取りやすい声で話し続ける。

「最近見ませんでしたからCE社を辞めたと思ってました。でも良かったです。今日もよろしくお願いします。」

 心なしか声に嬉しさが混じっているように思える……。

 実際彼女のオペレートは数十回と受けているし、腐れ縁もここまで続くと愛着のようなものが湧くのかもしれない。

 挨拶もほどほどに、オペレーターは本題に入る。

「シンギさんが来るのを待っていたんです。あなたの突撃能力があれば狙撃手を追い詰めることができるかもしれません。それに機動力の高いアルブレンなら陽動にも最適です。」

「俺は当て馬かよ……。」

「頑張れよシンギ。」

「なあケイレブ、マジで俺一人に行かせる気か?」

「正面から突っ込みたいって毎回言ってたじゃないか。それに、強い相手と戦いたかったんだろう?」

 確かにそんな事を言った気もする。今更それを否定するのも格好がつかないので、俺は言う通りにするしか無かった。

「……。」

 ケイレブの言葉に対して黙っていると、オペレーターはそれを了承と受け取ったのか、早速こちらのHMDにプランを表示させた。

「こちらでアイヴァー・グレゴールの射撃地点の予測ポイントを割り出しましたから、とりあえずそこに向かってもらいます。私は狙撃されないようにいつもより高い高度でUAVを飛ばしますから安心してください。索敵の精度は落ちますが、精一杯サポートします。」

「はいはい、わかったわかった。」

 オペレーターの予測によればアイヴァーはヨハネスブルグの北西にあるサバンナ地帯に潜伏しているらしい。遮蔽物もなければ建物もない場所だ。

 予測ポイントは都市の西側にある支援部隊の基地から20km以上離れているのだが、VF専用の狙撃銃と推進機構を組み込んだ特殊弾丸ならば余裕で命中させられるだろう。

 標高差も100メートルほどあるらしく、ギリギリ有視界での狙撃も可能みたいだ。

 基本的な情報がわかったところで、俺はオペレーターの指示に従ってパトロールの順路を外れ、予測ポイントに向けて移動し始める。

「……じゃあなケイレブ。行ってくる。」

 別れを告げると、ケイレブはアルブレンの手を動かしてグッドサインを作った。

「いい知らせを待ってるからな。」

 俺はそのグッドサインに軽く手を振って応え、アイヴァーを追い詰めるべくサバンナへと向かった。


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