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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅲ ランナーズ・ハイ
71/202

  15 -無益な共生-

 前の話のあらすじ

 シンギは家の中で休日をのんびりと過ごし、レオラと色々と他愛のない話しをした。

 その話の途中でリリが目を覚まし、シンギは姉妹と共に、街へ遊びに行くことにした。


  15 -無益な共生-


 ――シンギさんがいなくなってから3ヶ月が経った。

 セルカはその事実に、過ぎ去った時間の長さに驚いていた。

 ロンドンに来てから一ヶ月以上毎日のように捜索しているのに、まるで手がかりが掴めない。

 もしかすると、シンギさんはロンドンにいないのではないだろうか。

 しかし、イナズミ社長はロンドンから離れる素振りも見せないし、やっぱりシンギさんはロンドンのどこかにいるはずだ。

 シンギのことで頭がいっぱいのセルカは、ホテルの一室の窓から昼下がりの街の景色を眺めていた。

 このホテルは市内でも有数の高級ホテルで、私はそのホテルの中でもかなり高い部屋に宿泊している。

 “高い”というのは、“料金”と“階数”どちらにも当てはまることだ。

 この部屋の宿泊代が高いのは調度品や部屋の広さから何となく判断できるが、そこまで詳しくは分からない。

 なぜ泊まっている当の本人が宿泊料金を知らないのか。

 それは、この部屋の宿泊費を払っているのがイナズミ社長だったからだ。

 ……ロンドンに到着した日、私は軽い犯罪に巻き込まれそうになり、危ない所をイナズミ社長に助けられた。

 そのまま“犯罪に巻き込まれて怖がる少女”を演じると、イナズミ社長は疑うこと無く私をホテルに連れて行ってくれた。

 あんな事をしたのも、全てはシンギさんの情報を手に入れるためだ。

 イナズミ社長は絶対に私達よりも多くの情報を握っている。

 つまり、シンギさんに関する情報を手に入れるためには、イナズミ社長の近くにいるのが一番だ。

 そんなこともあり、あれから私はイナズミ社長と行動を共にしている。

 数日でホテルから追い出されると予想していたのだが、意外にもイナズミ社長は私の滞在を許してくれている。

 何だかんだ言って、根は優しい人なのかもしれない。

 駅で犯罪者から助けてくれたのだし、私に対して優しくしてくれているのは間違いない。

 イナズミ社長は「独りだと詰まらないから」なんて言っているが、私の事を心配して同じ部屋に泊めてくれているのだと思う。

 流石、姉弟というか何というか、こういうさり気なく親切な所はシンギさんと似ているかもしれない。

 顔立ちも雰囲気も結構似ているし、シンギさんは強く否定していたが、やっぱり同じ父親の遺伝子を持つ姉弟なのだと実感させられる。

 シンギさんと二人で暮らすとどういう感じになるのだろうか……。

 セルカは現在の愛里の生活状況からそれを想像してみる。

 ……朝、先に起きるのは私だ。

 先に起きた私は二杯分のコーヒーを入れ、シンギさんが起きるのを待ちながらコーヒーを啜る。

 コーヒーの匂いに誘われ、シンギさんは目を覚ます。

 目を覚ましたシンギさんは寝間着のまま私の隣に座り、コーヒーに手を伸ばす。

 そして、二人で仲良く朝食を……

(……いけませんね、またこんな妄想をしてしまうなんて……)

 セルカは最近多くなってきた妄想に困っていた。

 こうなったのも、毎日毎日シンギさんの姿を求めて街を彷徨い歩いているせいだ。

 何かしら情報を掴めればぐんと探しやすくなるのに、シンギさんに関する情報は全く得られない。

(もっと、イナズミ社長に取り入らないと駄目なのでしょうか……)

 イナズミ社長のガードは固かった。

 それとなく話しかけても全く情報を漏らさないのだ。

 一ヶ月以上一緒に行動しているのに、全く情報を漏らさないのはすごいことである。

 何度かイナズミ社長がいない隙に携帯端末を調べてみたが、情報の痕跡すら残されていないくらいの徹底ぶりだ。

 そんな人を相手にどうやって情報を引き出すか、色々と思案していると、ベッドルームの扉が開く音がした。

 広いリビングにいたセルカは、ベッドルームから出てきた女性に挨拶する。

「おはようございます、イナズミ社長。」

「お早う……」

 ベッドルームから現れたのはイナズミ社長だった。

 イナズミ社長はナイトガウンしか身に纏っておらず、そのガウンも乱れている。

 また、普段は後頭部で束ねられている髪も今は乱れており、黒くて長い髪が白のガウンの肩口に無数の線を描いていた。

 まだ目が完全に覚めていないのか、イナズミ社長はおぼつかない歩き方でリビングの中央まで移動し、すぐにソファーに腰掛ける。

 しかし、きちんと座っていたのも数秒のことで、すぐに肘掛けを枕代わりにして目を閉じてしまった。

 セルカは愛里の二度寝を阻止するべく、耳元で話しかける。

「あの、イナズミ社長、そろそろシンギさんを探しに行きませんか?」

 セルカの囁きがくすぐったかったのか、すぐに愛里は重い瞼を開け、壁に掛けられた時計を見る。

「もうこんな時間……。やっぱり男がいないと駄目ね。女同士で暮らしていると自然とだらけてしまうわ。」

 そう言いつつ、愛里はガウンの襟の位置を正し、ほぼ丸見え状態だった胸元を隠す。

 それが済むと、愛里はセルカに注意をする。

「……あと、私のことは“愛里”でいいって言っているでしょう? 今度堅苦しい呼び方をしたら部屋から追い出すわよ。」

 イナズミ社長は事あるごとに“部屋から追い出す”と言っているが、それが実行されたことは一度もない。

 親しげに呼ぶと、何だか余計に関係が複雑になりそうだたので、セルカは愛里のことをイナズミ社長と呼び続けていた。

 しかし、シンギさんの情報を手に入れるためには、彼女の要求を呑む努力をせねばならない。

 セルカは意を決し、愛里の要求に応えることにした。

「分かりました、アイリ……さん。」

「それでいいのよ。」

 こちらの呼び方に満足したようで、アイリさんは肘掛けに頭を預けたままうんうんと頷く。

 満足して貰った所で、セルカは再度愛里に話しかける。

「先ほどの話に戻るのですが、もう昼も過ぎていますし、早くシンギさんの捜索に出かけた方が……」

「私はパスさせて貰うわ。そんなに気になるのなら貴女一人で探しなさい。」

 こちらの言葉の途中でアイリさんは顔を背けてしまう。

 特に疲れているわけでも無さそうだし、単に面倒くさいだけなのかもしれない。

 ……でも、そんなことでは困る。

 シンギさんを見つけ出すためにもアイリさんの協力は不可欠だ。

 そんな意を込めて、セルカはしつこく愛里を誘う。

「シンギさんを探すためにロンドンに来たんですよね? こんなだらけた生活をしてると見つかるものも見つかりませんよ。」

 口調を強めて言ってみるも、アイリさんには全く効果がないらしく、顔色一つ変えずに言葉を返してくる。

「確かにそうね。でも、これだけ探しても手がかり一つ掴めていないじゃない。一度無闇に探すのはやめて、アプローチを変えたほうがいいと思うわよ。」

「そう……ですね。」

 愛里のまっとうな意見に、セルカは図らずも同意してしまう。

 闇雲に探した所で非効率的なのは明らかだし、この辺りで一旦作戦を考えたほうがいいかもしれない。

 場所を絞るだとか、先にシンギさんの関係者を探して話を聞いてみるだとか……。

 他にどんなアプローチが可能か短い間考えていると、ようやくアイリさんはソファーの上で寝るのを止め、ゆっくりと立ち上がった。 

「今日は捜索は休んで別の方策を考えるわよ。」

「はい……。」

 セルカの返事を聞くと、愛里はナイトガウンの腰紐を解きながらクローゼットの前に移動する。

 そして一旦ガウンを脱いで裸になり、クローゼットから適当な服を選びはじめた。

 先ほど休みと言ったのに、なぜ慌てて着替える必要があるのだろうか……。

 しかも、アイリさんが選んでいるのは外出用の見栄えのいい服ばかりだった。

 愛里の行動が理解できず、セルカは思わず問いかけてしまう。

「あの、何か用事でもあるんですか?」

 愛里はセルカの問いに間をおいて応える。

「……せっかくロンドンに来たのに、ショッピングもしていないって気付いたのよ。息抜きがてら街で遊ぶことにするわ。」

 そう言いながら愛里は手早く着替えを済ませ、部屋の出口に向かっていく。

「じゃあ、お留守番をよろしく頼むわよ、セルカ。」

「ま、待ってください。」

 セルカは、外に出て行こうとした愛里を止める。

 その呼び止めに反応し、愛里は出口から離れてセルカの元までやってきた。

 引き止めることに成功したセルカは、愛里に対して自分の考えを述べる。

「アイリさん、本当に本気でシンギさんを探すつもりでいるんですか? 今の話を聞く限り、真面目に探していないような気がします。」

 こちらの言葉を聞き、アイリさんは軽く笑う。

「これでも真面目に探しているつもりよ。……ただ、私が予想していたよりシンギが全然見つからないだけのことよ。これだけ手がかりがないとやる気も失せちゃうわね。」

 何とも正直過ぎる告白に、セルカは半分呆れてしまう。

 愛里の不真面目な考えを正すべく、セルカは説教するつもりで話し出そうとした……が、口から出掛かった言葉は愛里の一言によって遮られてしまう。

「……そんなにシンギに会いたいのかしら?」

「!!」

 アイリさんは私の顔を覗き込み、いやらしい笑みを浮かべていた。

 ここまで必死にシンギさんの事を話題にしていれば、そう思われても仕方がない。

 気持ちを見透かされたようで何だか悔しかったが、セルカは正直に答える。

「はい、私はシンギさんに会いたいです――って、なんで服を脱がせてるんですか!?」

 セルカがまじめに答えている最中にも関わらず、愛里はセルカが着ているパーカーのファスナーに手を掛けていた。

 ファスナーは音もなくセルカの首元からお腹にかけてを滑り落ち、めくれたパーカーの隙間からはインナーシャツがあらわになっていた。

 セルカは慌ててパーカーの襟を握り、愛里に脱がされるのを阻止する。

 それでも愛里が手を止めることはない。

 愛里は襟を握るセルカの手を簡単に解き、有無をいわさず服を剥いでいく。

「前から言おうと思っていたのだけれど、本当に地味な格好ね。そんなのだから犯罪者共に舐められちゃうのよ。……素材は申し分ないのだから、こんなパーカーなんて脱いでもっと着飾りなさい。」

 愛里は明らかに話題を逸らそうとしていた。

 セルカはその意図を理解していても、話の脱線を修正することができなかった。

 何とか脱がされそうになるのを防ぎつつ、セルカはしどろもどろに受け答える。

「いえ、でも、パーカーがないと不安というか、恥ずかしいというか……」

「まどろっこしいわね……。」

 セルカと愛里は揉み合いながらベッドルームまで移動していく。

 その間も服はセルカの体から離れていき、セルカの抵抗は殆ど意味を成していなかった。

 あれよあれよというまにパーカーは剥ぎ取られ、ついにフードの隙間から銀色の髪が豪快に流れ出た。

 どうやってあの小さなフードの中にこれだけの量の髪を収めていたのだろうか、と、疑問に感じるほど銀の髪には質量と存在感があった。

 また、室内にいるにも関わらず、その髪は光を反射して綺麗に輝いていた。

 初めて見る銀の髪にアイリさんは驚きを隠せないようで、目をまんまるにして私の髪を見つめていた。

「これは……素晴らしいわね。」

 こういう言葉はナナミさんやソウマさんから何度も聞いている。

 そう言われる度にお世辞じゃないだろうかと少しだけ疑っていたのだが、初めて見せる人に褒められると、それが嘘では無かったと信じられる。

 まさかアイリさんにまでそう言ってもらえるとは思ってもいなかった。

 アイリさんは私の服から手を離し、今度は銀の髪を触ってくる。

 しかし、今度は乱暴さは感じられず、とても丁寧に扱ってくれた。

「こんなに綺麗な髪、外に出さないと勿体ないわ。陽の光に当ててやらないと根っこから腐るわよ。」

「そんな、植物じゃないんですから……。」

「ちょっとそのままで待ってなさい。貴女に合いそうな服を出してあげる。」

 私の突っ込みのセリフを無視し、アイリさんはクローゼットへと向かう。

 そして、すぐにクローゼットから大量の洋服を抱えてベッドルームに戻ってきた。

 その服を一枚一枚私にあてがいつつ、アイリさんは不満気に呟く。

「んー、どれもイマイチね。サイズも全然違うし。……やっぱり本人を連れていくべきね。」

 そう言うと、アイリさんは私の腕を引っ張り、部屋の出口へ向かう。

 いまいち状況が飲み込めず、私はその手を振りほどいてリビングに留まる。

「な、何するつもりなんですか。」

 私は近くにあった棚にしがみつき、アイリさんに問いかけた。

 わけの分からないままどこかに連れて行かれるのは嫌だ。

 私の問いに、アイリさんは意気揚々と答える。

「今から貴女にピッタリの服を探そうと思ってるのよ。貴女も一応あのキルヒアイゼンのお嬢様なんだから、それ相応の服を着て着飾っておかないと、恥ずかしいでしょう?」

「今日はシンギさんを探す別の方法を考えるって言ってたじゃないですか……」

「そんなの、どこだってできるでしょう? さぁ、出かけるわよ。」

 武道やその他の競技会で世界レベルの実績を持つアイリさんにひ弱な私が抵抗できるわけもなく、私は強引にホテルの外へと連れ出されてしまった。


 

 ――シンギがCEを抜けてからもう3ヶ月が経つ。

 もう3ヶ月も経つというのに、未だに手がかり一つ掴めていない。

 シンギがロンドンにいるという情報を持ち込んできたセルカならば、その他にも情報を握っていると思ったのに、あれ以降全く情報を教えてくれない。

 流石のCEも今回ばかりは手を焼いているのだろうか。

 セルカを近くに置いていれば勝手にシンギを探し当ててくれるだろうと期待していたのに、この一ヶ月近くは宛もなくロンドンの街を歩き回っているようにしか見えない。

(早く見つけてくれないかしら……)

 愛里はほとほと疲れていた。

 ロンドンに来た時はシンギを探しだしてやろうと意気込んでいたが、こうも見つからないとやる気も出ない。

 それに、正直に言うと……飽きてきた。

 しかし、まだ海上都市に帰るつもりはない。

 セルカと行動している限り、必ずシンギを見つけられると確信していたからだ。

 ほぼ根拠のない予想にすぎないが、私の直感は結構当たるので意外と侮れない。

 セルカは毎度毎度真面目にシンギの探索を行なっている。

 真面目すぎて疲れてしまうくらいだ。

 そんなセルカのひたむきさは評価できるが、毎日付き合わされるととても疲れる。しかも、成果がないとなればやる気が出ないのも当然だ。

 そんなひたむきで努力家のセルカは、現在私の着せ替え人形と化していた。

「こんな派手な服、私着られません……。」

「絶対に似合うから安心しなさい。早くしないと店員に怪しまれるわよ。」

 ロンドン市街にある小洒落たブティック、私はセルカと共にその店内の試着室にいた。

 狭い試着室には数着の洋服やドレスが散乱しており、その全ての服のタグにはロイヤルスイートルームの宿泊代とほぼ変わらぬ値段が印字されていた。

 買い物をするだけでもいいストレス発散になるのに、美少女に好きな服を着せられるとなるとストレスなど全て吹き飛んで、むしろ癒される感じだ。

 セルカはと言うと、この2時間ほどで十件近い店に入り、そこで何十着と着脱され、既に疲れ果てているようだ。

 声に力はなく、体に力も入っていない。

 私としてはそのほうが着せ替えやすいので別にいい。

 ちなみに、気に入った服は全て購入し、ホテルに送るように言ってある。

 後でホテルでゆっくり着せられることを考えると、今以上に今夜は楽しめそうだ。

 力の抜けたセルカを着替えさせるのは楽だが、ぐったりしている姿を見たいわけではない。

 そんなセルカを元気づけるため、私はあるキーワードを織り交ぜながら声を掛ける。

「ほら、早く着なさい。シンギも、こういうのは好みだと思うわよ。」

「シンギさんが……?」

 私のセリフに反応し、自然とセルカの体に力が入る。

 だらりとしていた腕が急に元気に動き出し、弓なりに曲がっていた背骨も地面に対して垂直に、ピンと伸びる。

 これでいくらか見栄えも良くなったはずだ。

 私は、セルカが姿勢を正している隙に、頭から黒いカットTシャツを被せ、足に白っぽいショートブーツを履かせる。

 これでひと通りの着せ替えは終わった。

(……この辺りで手打ちにしようかしら。)

 全て着替えさせるのに30分近く掛かったし、今日はこのくらいでいいだろう。

 結構な時間を掛けて、ブランド物や最新の流行物を色々と着せてみたが、やはりセルカには年齢相応のカジュアルな服装が似合う。

 セルカは現在髪を解いた状態にあり、長い銀の髪は腰どころか、膝裏にまで到達していた。

 そんな銀が映えるように、服装は黒っぽいものでまとめ、所々に赤やピンクなどのアクセントを入れてある。

 トップスは黒いドレスシャツで、首元から肩口にかけて肌が見えるデザインになっている。その上に先ほどの黒いカットTシャツを重ね着しているのだが、カットTシャツは首元や袖が大きく開いているため、重ね着してもそのまま首元や肩が露出していた。

 黒とのコントラストのお陰で、白い肌がよく映える。

 ボトムスには淡いピンク色の短いプリーツスカートを採用した。これがアクセントとなり、全体のバランスを取っている。

 一応スカートの内側の生地は黒なので、派手になり過ぎず、調和を保てていると思う。

 そして、そんなスカートから伸びるのは黒いニーソックスに包まれた二本の足だ。

 これに関しては何の問題もない。初めからニーソックスを履かせることは決めていたので、最初の店からずっと履かせている。

 最後に、足元には白が基調のショートブーツを履かせた。

 このブーツにもピンクや赤の装飾品があしらわれており、スカートと合わせて全体のバランスを取る役目を担っている。

 全体的に見ると、活発な少女という感じだ。しかし、真珠のように白い肌と、長い銀の髪がその活発さの中にも上品さを醸し出していた。

 これで袖口に光物のカフスボタンやブレスレットをつければ完璧なのだが、それは控えることにした。なぜなら、もともと手首に黒くて古めかしい金属製のブレスレットを付けていたからだ。

 私が何を言っても頑なに外さなかったし、この服装でも不自然じゃないので別にこのままでいいだろう。

 着せ替えが終わり、試着室の外に出ると、私はセルカを店内の壁の一部に嵌めこまれている大きな鏡の前に立たせた。

「……どう?」

「……。」

 セルカは鏡の前に立つと、鏡に映っている自分の変わり果てた姿を大きく目を開けて観察していた。

 まるで、鏡の中にいる自分を別人と思っているかのような反応だ。

 いつも地味でボーイッシュな格好をしていたし、このような反応をするのも無理もないことだ。

 鏡越しにセルカの表情を窺いつつ、愛里は銀の髪を軽く掴んで弄ぶ。

「やっぱり、全然印象が違うでしょう? 自分でも可愛いって思えないと、シンギも可愛いって感じてくれないのは当然よ。」

「別に、私はシンギさんのためにこういう服を着ているつもりは……」

 こちらの言葉に反応し、鏡の中セルカは若干俯いてもじもじしている。

 正直、可憐という言葉がここまで似合う少女もそうそういないだろう。

 ロンドンに来たのはシンギを探してこちら側に引き込むためだったが、こうなると、このセルカ・キルヒアイゼンという可愛い生物まで手に入れたくなってきた。

 セルカにはVF開発企業キルヒアイゼンの一員という立場があるので、引き入れるのはとても難しいだろうが、頑張れば何とかなりそうな気がする。

 それこそ、シンギを餌にすれば簡単に寝返ってくれるだろう。

 となれば、兎にも角にもシンギを探し出すのが先決だ。

 ……大きな鏡を見ながらシンギの事を考えていると、その鏡に、今まさに頭の中に思い浮かべている男の姿が映り込んだ。

「ん……?」

 どうやら店の外の道を歩いているらしい。

 よく確認できなかった愛里は店外に振り返り、ショーウィンドウ越しに外を観察する。

 すると、今度はきちんとその男の姿を捉えることができた。

「……!!」

 その男は、ワイルドカットのブラウンヘアーと万年長袖長ズボンが特徴の男、私と似た顔を持つ男、この数ヶ月間、私とセルカが血眼になって探し続けた男……シンギ・テイルマイトだった。

(やっと見つけたわ……!!)

 店の外の大通りには無数の人が行き交っていたが、その中でシンギは目立っていた。

 それはシンギ自身が原因ではなく、シンギの両隣を歩いている二人の女によるものだった。

 シンギを挟むようにして歩いているのは深い緑色のショートカットの女、そして淡いイエローのロングヘアーの少女だった。

 両者とも別に人の目を惹く外見ではないものの、その行動がシンギを目立たせていた。

 二人はシンギに対して異常に接近しており、ショートカットの女はシンギと腕を組んでおり、ロングヘアーの少女にいたってはシンギに肩車をされて嬉しそうにしていた。

 あれではまるで仲の良い家族である。

 その情景を見て、愛里は驚き、困惑していた。

 いったいこの3ヶ月でシンギに何が起こったのか……。こんな所で女を作って楽しそうに街を散策しているなんて、これまでのシンギの性格からして有り得ない。

 私が長い時間振り返っていたことを不審に思ったのか、セルカは不思議そうに話しかけてきた。

「……どうしたんですか、アイリさん?」

「なんでもないわ。あっちの店のほうが品揃えがよさそうだなって思っていただけよ。」

 あんなシンギの姿を今のセルカに見せてしまうのはとても不味い。

 セルカは自分では明言していないものの、シンギに強い想いを寄せている。

 シンギが別の女性と仲良くしている光景はセルカにとって毒以外の何物でもない。

 しかし、このままシンギを見逃すわけにもいかず、愛里は適当な理由をつけてその場を去ることにした。

「……これでいいわ、とても似合ってるわよ。私も自分の服を買いたいから、貴女は適当に時間を潰してホテルに帰りなさい。」

「え、ちょっと……アイリさん?」

 セルカは私の急な決定に戸惑っている様子だった。

 そんな反応を無視し、愛里は自分の財布からカードを取り出し、セルカに手渡す。

「その服はまだ買っていないから、それでちゃんと払うのよ。」

 そう言い捨て、愛里はブティックから大通りへ飛び出した。

 残されたセルカは追いかけようとせず、呆然と突っ立って遠ざかる愛里を見ていた。

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