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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅲ ランナーズ・ハイ
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  11 -呉越同舟-

 前の話のあらすじ

 VFB公式リーグで綜真とライバル関係にあった『イグナシオ・レールベルク』は、現在はウェールズのカーディスにて戦闘機のテストパイロットをやっていた。

 テスト後、イグナシオは久々にセルカと会話をし、セルカがロンドンで人探しをする事を知る。

 イグナシオはセルカに協力することを約束した後、マイナーリーグの試合を見るためにロンドンへ移動した。


  11 -呉越同舟-


「――来ちゃったわ、ロンドン。」

 ロンドン中心街から少し西にある空港。

 その空港内にある鉄道駅でポツリと独り言をつぶやいたのは七宮重工の現社長、稲住愛里だった。

 愛里は極めて身軽な格好をしており、手にはハンドバックすら持っていない。

 服装もいつものスーツとは違い、トップスには赤い長袖のシャツ……肩口が大きく開いたシャーリング仕様のシャツを、ボトムスには黒地のデニムショートパンツを履いていた。

 簡単に言えば、“ラフな格好”である。

 流石の私も、堅苦しいスーツ姿でロンドンの街を一人で歩く勇気はない。

 あの服装は気に入っているのだが、一日も着ているとシワが寄ってしまうので長い移動には不向きだ。

 服装についてはともかく、今問題なのはこれからの行き先である。

 キルヒアイゼンのセルカから“シンギがロンドンにいる”という情報を得て、あまり計画も立てずにロンドンに飛んで来たため、今からどこに行くのかすら決めていない。

(まずはホテルね……)

 あのシンギをそう簡単に発見できるとは思えない。

 どちらにしても長期間快適に滞在できる宿を確保するのが先決だ。

 幸いにも私は大企業の社長でそこそこの金持ちだし、宿泊費を気にすることなくホテルを決められる。

 そうなると、なるべく駅の近くのホテルがいいだろう。

 ……と言うか、あんまり歩きたくないので駅の近く以外には泊まりたくない。

 さっさと駅を出てタクシーでも拾おう。

 そんなことを考えていると、ふと視界に見覚えのある人影が写り込んだ。

(あれは……)

 愛里が見たのはフードを深くかぶっている少女、セルカだった。

 相変わらずセルカは髪を隠しており、この人混みの中でも結構目立っていた。

 セルカは背中に大きな荷物を背負い、両手にも大きなバッグを持っている。

 何も知らない人が見れば何が入っているのか、疑問に感じる所だ。……が、事情を知っている私にとって、中身を予想するのは簡単だった。

(あの子、本気でロンドンに拠点を構える気ね……)

 セルカは私のようにホテルなどに泊まらず、どこか安いアパートでも借りて長期的に捜索活動をするつもりだろう。

 そんなセルカを見て、愛里はいいことを思いつく。

(わざわざ私が探さなくても、あの子をこっそり監視していればいいわね……)

 現時点での情報量はあちら側のほうが上だ。

 ここは賢く情報を横取りし、楽にシンギを探そうではないか。

 ……そうと決まれば話は早い。

 愛里はすぐに進路を変え、セルカの後を追いかける。

 空港に隣接された駅とあり、セルカの他にも大きな荷物を持った人が多くいた。

 しかし、セルカのような小さな女の子が一人で大荷物を持っているのは極めて珍しい光景だった。これでは目立って当然である。

 ゆっくり歩いているセルカの後をまったり追いかけていると、セルカの向かう先に怪しげな老人を見つけた。

 その老人は階段の手前で複数の荷物を抱えてオロオロしている。

 どうやら一度に荷物を持って上がれず、困り果てているようだ。

 ……と、普通は考える。

 しかし、愛里はその老人の浅はかな策略を早々に見抜いていた。

(こんな所で頑張るわねぇ……)

 端的に言うと、あれは罠、いわるるトラップというものだ。

 あの老人を手伝おうとすると待機している仲間が現れ、逆にこちらの荷物を持ち去られてしまうのだ。

 老人の演技もまぁまぁ上手いし、手馴れているようだ。

 周囲の人間もそれを分かっているのか、老人を無視して階段を上っていく。

 セルカも当然そうすると愛里は思っていた……が、セルカはあっさりと老人の策略に嵌ってしまう。

「大丈夫ですかお爺さん。手伝います。」

 セルカはそう言って自分の荷物を一旦置き、老人の荷物を両手で抱える。

 このセルカの行動に、意外にも愛里は感銘に近い感情を得ていた。

 あんなあからさまなトラップに引っ掛かるなんて馬鹿過ぎる。しかし、それを差し置いてもセルカの優しい心に私は感動したのかもしれない。

 易い感動に違いはないが、心が動いたのは確かなことだった。

 シンギも彼女のああいう所を気に入っていたのかもしれない……。

 セルカの手伝いに対し、老人はわざとらしく礼を言う。

「おお、すまんのう……。」

 この時点で老人はいやらしい笑みを浮かべていた。

 そんな笑みを浮かべつつ、老人はある方向に目配せする。

 その先、階段の手前にある自販機の物陰には二人の若者が待機していた。彼らがあの老人の共犯者だろう。

 その若者の姿を確認するやいなや、愛里は進行方向をずらして自販機がある方へ足先を向けた。

 今ここで阻止しないとセルカが少し危険だ。

 素直に彼女を助けたいという気持ちもあったが、それ以上に彼女は大切な情報源だ。

 後々のためにも、ここで助けて恩を売っておくのも悪く無い。

 愛里は自販機までの距離を駆け抜け、何の合図も無しにその若者二人に攻撃する。

 背後から首への一撃で若者二人は一瞬で気を失い、前のめりになって自販機の影に倒れこむ。

 目立った動作をせず、大きな音も立てず、全く悟られることなく同時に二人を気絶させる……。それは完璧な攻撃だった。

 共犯者が行動不能になったとも露知らず、老人は視線をセルカに向けたまま自販機の横でぐったりしている若者に合図を出す。

「今じゃ……、身ぐるみ剥がしてやれ。」

 当然ながら反応はない。

 それを不審に思ったのか、老人は更に大きな声で二人の若者を呼ぶ。

「おい、早くせんか。ロイ、ビリー!!」

 大きなカモを前にして周囲のことが見えてないらしい。

 これ以上セルカに重い荷物を持たせるのも癪だったので、愛里はさっさとその老人も片付けることにした。

「……そのロイとビリーってあいつらのことかしら。」

「!?」

 愛里は老人の背後から冷ややかに囁く。

 いきなりの囁きに驚いたのか、老人は変な声を上げて愛里から飛び退く。

 老人はまず愛里を見ていたが、すぐにその視線を自販機の方へ向ける。

 そこにあるのは気を失った二人の若者だ。

 仲間がやられたことを即座に理解したのか、老人はあっという間に愛里に背を向け、猛スピードで階段を上がっていく。

 しかし愛里はその老人の逃亡を許さなかった。

 愛里は階段を2段、3段飛ばしで駆け上がり、老人の白髪をガツリと掴む。

 薄い頭皮を引っ張られ、老人は情けない声を出す。

「うぅ……やめてくれんか……」

「嫌よ。」

 愛里は老人の頭を掴んだまま残りの階段を登り切り、付近にあった円柱に老人を押し付ける。

 途中、重そうな荷物を持ったセルカを追い抜いたが、セルカは全く状況が理解できておらず、愛里のことを口を開けて見ているだけだった。

 円柱に押し付けられた老人は抵抗する気も無いようで、両手を上に挙げて首を左右に何度も振っていた。

 そんな哀れな老人の姿を見て気を取り直したのか、セルカは慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。

「な、何をしているんですか!? 年寄りにそんな乱暴なこと……」

 セルカにはロンドンで私と遭遇したことよりも、暴力を振るわれている老人のほうが気になるようだ。

 誤解を解くためにも、愛里はセルカにこの状況を簡潔に説明する。

「まだわかっていないようね。貴女、この爺に嵌められたのよ?」

「嵌められた……?」

 セルカは怪訝な表情を浮かべる。

 いくら口で言っても信じてくれそうになかったので、愛里は一旦老人から手を離し、セルカが持ち運んできた荷物を開けてみせた。

 荷物の中に入っていたのは石や金属スクラップなどのゴミに等しい重量物だった。

 それを見てセルカはようやく自分が置かれている状況を理解したみたいだ。

 セルカはすぐに荷物から離れ、ついでに老人からも離れる。

 逃げ出そうとしていた老人を再び捕まえ、愛里は更に説明を続ける。

「私がいなかったら今頃あそこで伸びてる男二人に襲われて、酷いことをされていたでしょうね。……キルヒアイゼンのお嬢様が見えたからちょっと誂うつもりだったけれど、まさかこんなくだらないトラップに引っかかるなんて……。」

 セルカは愛里の説明を受け、その視線を階下にある自販機の方へ向ける。

 すぐに男二人の姿を確認できたようで、セルカは口元に手を持っていき、息を呑む。

 そんなセルカの反応に満足しつつ、愛里は近くに放置されていた老人のカバンを手に取る。

「私、このくらいの大きさのカバンが欲しかったのよ。調度良かったわ。」

 老人にそう告げ、愛里は駅の出口に向けて歩き始める。

 これ以上の面倒はゴメンだし、セルカに対して恩も売れた。

 この老人も私がいなくなれば一目散に逃げるだろうし、後のことは警察にでも任せておけば万事OKだ。

 ちょうどいいサイズのカバンを手に入れた愛里は振り返ることなく駅構内を移動していく。

 あれだけの騒ぎを起こしたというのに、駅を行き交う人は誰ひとりとして反応していない。無関心もここまで来ると恐怖感を覚える。

 この分だと、犯罪に対して過剰な防衛策を取っておいたほうがいいかもしれない。

 こんな大都会で果たしてセルカは上手くやっていけるのだろうか。

 シンギの捜索を開始する前になにか厄介事に巻き込まれてしまいそうで心配だ。

 不安になったせいか、愛里はチラリと背後を振り向いて見る。

 既に老人の姿は無く、セルカの姿も見当たらなかった。

 お礼を言われることを期待していたわけではないが、折角助けたのだし、少しくらい話しかけて欲しかった。

 ちょっぴり残念に思いつつ進行方向に体を向き直すと、先ほど見つけられなかった少女がこちらの正面に立っていた。

「あの、イナズミ社長、ありがとうございました……。」

 走って追いかけてきたのだろうか、セルカは少し息が荒くなっていた。

 どうやら大急ぎで階下に引き返し、自分の荷物を取りに戻っていたようだ。

 背中に背負っている大きなリュックサックのヒモは片方の肩にしか掛かっておらず、両手の荷物も地面を引き摺っていた。

 セルカに急に正面に出現され、愛里は足を止める。

「今後は気をつけなさい。……それにしても、よくこんな世間知らずを一人で行かせたわね……。」

 誰かと一緒に捜索するものと思い込んでいたのだが、私と同様にしてCEやキルヒアイゼンも何かと忙しいのかもしれない。

 セルカは苦笑いして、勝手に事情を話し始める。

「すみません、コルマール社長は捜索には捜索のプロを使うのが効率的で確実だと感えているみたいです。私もそうだと分かっているんですけれど、どうしても自分でシンギさんを探したくて……」

「……。」

 気持ちは分からないでもない。かく言う私もその口である。

 早めに捕まえておかないとあのシンギは私の知りえぬどこかに行ってしまいそうで怖い。

 折角できた弟をそう簡単に手放したくはない。

 セルカを見ながらぼんやりとシンギの事を考えていると、セルカに異変が生じ始めた。

 白くて綺麗な肌が、青白くなり始めたのだ。

 表情も先ほどとは違って青ざめていている。

 その事を指摘しようとすると、セルカが先にこちらに話しかけてきた。

「あの、ホテルまでご一緒してもいいですか……?」

 犯罪に巻き込まれそうになり、ショックを受けたのだろう。

 一人で不安な状態であんなことに巻き込まれたら恐怖を感じても仕方がない。

 ……日常的に戦争に加担しているCEの社員とは思えない反応だ。

 愛里はセルカの懇願に対し、すぐに“うん”とは言わなかった。

「どうしたの、そんなに怖かったのかしら?」

 一応理由を聞いてみる。

 するとセルカは無言のまま首を縦に振った。その振りっぷりは見事なもので、頭に被っているフードが脱げそうになる勢いだった。

 そんな反応を見ても尚、愛里はセルカの願いを承諾しない。

「駄目よ。……貴女、そんなことを言って私からシンギの情報を盗むつもりでしょう?」

 このセリフに対しセルカは、今度は首を激しく左右に振り始める。

「そんな、私はそんなつもりはありません。今ここで頼れるのはイナズミ社長しかいないんです。……少しの間だけでいいですから、落ち着く時間が欲しいんです……。」

 セルカの必死な訴えを見て、愛里は思わず笑ってしまう。

「ウフフ……。」

 もちろん私は最初からセルカの願いを聞き入れるつもりだった。

 立場は違えど目的は一緒なのだ。例え敵同士だとしても今回は協力せざるを得ない。

 ……実際、シンギについての情報量はあちらの方が多い。しかし、あちらは私のほうが多くの情報を持っていると勘違いしている。

 この勘違いは大いに利用できる。

 つまり、知っているふりをして会話をすれば、向こう側から色々な情報を得られるということだ。

 現在セルカは通常の精神状態じゃないし、少し質問するだけで何の疑いもなく情報を話すはずだ。こんな美味しい情報源をこのまま放っておくなんて有り得ない選択だ。

 情けは人の為ならず。全ては自分のためにするということだ。

 愛里は不安げな顔をしているセルカに手を差し伸べ、ついでにセルカが持っている荷物を片方だけ持つ。

「さっきのは冗談よ。ほら、手も繋いでであげるわ。……しばらく歩きながらお喋りでもしましょう?」

「あ、はい。ありがとうございます……。」

 愛里がそう言った途端、セルカの表情がぱあっと明るくなる。

 このまま荷物だけでなくセルカ自体を抱えたい気分だ。

(って、何考えてるのよ、私は……。)

 そんな邪な考えを頭の隅にやり、愛里は最寄りのホテルに向かうことにした。

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