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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
6/202

  5  -鍵-

 補足情報004

 日本では昔からVFを兵器として認識しており、VFによる格闘スポーツもあまり活発ではなかった。戦争自体にも批判的で、紛争地帯ではほとんど復興支援や治安維持活動を行い、戦闘行為は行なっていない。

 そんな国が最強の陸上兵器であるVFのトップシェア国であるのは世界にも類を見ない皮肉であると言えるかもしれない。

  5  -鍵-


 ゲストルームに案内されたから1時間後、綺麗なスーツに着替えた俺は上の階層まで案内され、大会議室に通された。

 その会議室は“大”という言葉では足りないくらい広い空間を持つ部屋だった。

 部屋の端から端まで声が届くか怪しいと思えるほどだ。

 部屋の中心には幅の広いテーブルが鎮座しており、その両側に無数の椅子が規則的に配置されていた。壁は天井と出入口以外はガラス張りで、外の景色がよく見える。

 高いビルから見える景色はさぞ爽快なことだろう。

 そう思い俺はすぐにガラス張りの壁まで移動していく。すると、そこには外を眺めている背の高い女が立っていた。

 歳は20代の前半といった所だろうか。身長は高く、170センチ以上ありそうだ。

 黒い髪は後頭部でまとめられてポニーテールになっており、良いラインを持つうなじがよく見えた。

 こいつが俺と同じ七宮宗生の後継者候補の稲住愛里とか言うスポーツ選手なのだろうか。改めて観察して視線を下に向けると、タイトスカートから覗く足は長く、スポーツ選手と呼ぶに相応しい肉付きをしていた。

 俺を案内してきたスーツ姿の男は入り口の手前で待機しているらしく、今この広い室内にいるのは俺とこの女だけだった。

 黙って背後から見ているだけだと気まずかったので、俺は彼女に話しかけてみることにした。

「おい、お前がアイリか?」

 俺の言葉に反応して彼女は振り返る。

「……姉に対していきなり“お前”はないんじゃない?」

(姉……?)

 その時初めて顔を見て、こいつがアイリであると確信した。なぜなら、顔が俺にそっくり……いや、七宮宗生にそっくりだったからだ。

 向こうも俺の顔を見て同じようなことを感じたのか、顔をまじまじと見つめながら近付いてくる。

 そして、断りを入れることなく俺の頬を触り、そのまま首筋に手を差し込んできた。

「!?」

 その手の感触に悪寒を感じた俺は咄嗟に手を振り払い、敵意の視線を向ける。しかし、アイリは意地悪っぽく笑うだけで反省の色は見えなかった。

「フフ……。私、弟が欲しいと思ってたのよね。私に似て美形だし、髪型も整えればイケメンになれそう。……ま、あの七宮宗生の血が流れているなら当然かしら。」

「なんだよテメェ!!」

 顔を勝手に触られた上、弟だの美形だの言われて我慢できなくなった俺はアイリを遠ざけるべく肩をどつく。

 しかし、アイリはこちらの手を簡単に掴み、上へ捻り上げた。

 腕を持ち上げられたことで俺とアイリの距離は更に縮まり、互いの息遣いがはっきりと分かる距離まで接近させられてしまう。

 また、近づいたことで爽やかな香水の香りがこちらの鼻に届いてきた。

「……。」

 急に接近され、緊張してしまった俺は何も言えなくなってしまう。

 女に不慣れというわけでもないが、こんな美人と向かい合うのは初めてのことなのだ。

 その事を見透かされたのか、アイリは俺をからかうように顔を近づけてきて、とうとうおでこ同士を接触させられてしまった。

 向き合うとアイリは背が高いものの、俺よりは少し低いということが分かった。俺が177cmなので、ヒールを脱いだらこいつは172cmか173cmといったところだろう。女でこれだけ大きければスポーツでも有利に違いない。

「気に入ったわ。……精子バンクを利用できるくらいだから金持ちに育てられた普通のお坊ちゃんかと思ってたんだけれど、こういうやんちゃなのも悪くないわね。」

 アイリは薄気味悪い笑みを浮かべつつ、俺の手を掴んだまま指を僅かに動かして俺の手の甲の肌の感触を確かめているようだった。

 その感触におぞましさを感じ、俺は力づくでアイリの手を引き剥がした。

「うるせぇ、近寄んじゃねーよ。」

 手が解放されたところで俺は改めてアイリの体を押し飛ばす。

 するとアイリはよろめきながら後退し、ガラス張りの壁に背をぶつけてしまった。

 それで満足したのか、それ以降アイリは俺を眺めてくすくすと笑うだけで、話しかけてくることはなかった。

 それからしばらくアイリから離れて時間を潰していると、会議室の中に恰幅のいい老人が入ってきた。彼は普通の社員ではないらしく、スーツの色は淡いベージュで、ネクタイはしていなかった。

 ただの老人という風貌でもなく、背筋もきちんと伸びて眼にも力があった。一言で表すと老紳士という言葉が最も似合う人だった。

 老紳士は俺とアイリを一瞥すると、入り口から最も近い位置にある椅子に腰掛けた。

 そこで一息ついてから、老紳士は俺達に声を掛けてくる。

「君たちも座りたまえ。短く済ませよう。」

 会議というのだからもっと大勢でやるものかと思ったのだが、彼は俺とアイリに決定事項だけを伝えに来たらしい。

 言われた通りに近くにあった椅子に腰を下ろすと、開口一番から有無を言わせないセリフが老紳士の口から飛び出してきた。

「……我々としては稲住愛里君に社長を任せたい。2人とも異論はないな?」

 一方的な通告に俺は驚いてしまう。

 果たして俺を呼ぶ意味はあったのだろうか……。

 しかし、特に問題があるわけでもなかったので、快く同意することにした。

「別にいいぜ。……それはいいから遺産くれよ。そのために来てやったんだ。」

 俺が何も反論しなかったことに安心したのか、老紳士は小さくため息を付き、懐から紙切れを取り出して俺に提示してきた。

「それはよかった。遺産については、君にはその金額だけ分与されることになった。それと、両名とも今後は七宮重工の経営に関与しないということも約束してもらいたいのだが……」

 俺は老紳士の言葉を流し聞きしつつ、紙に書かれた数字の桁数を数えていく。

 確かに金額は多いものの、大企業の社長の遺産としては納得できる金額ではなかった。 

「はぁ!? 七宮重工の社長の遺産がこれっぽっちか?」

 金額が書かれた紙を老紳士に突き返すと、アイリがそれを横取りして中身を見て言う。

「あら、これっぽっちという程の金額でもないと思うわよ。一生楽して暮らせるだけの額じゃない。」

「普通はそうだろうが、俺の場合は借金返したら殆ど無くなっちまうんだよ。……もしかして、色々調査してわざとこの金額にしたんじゃないだろうな。」

 俺の指摘に対し、老紳士は表情を変えることなく対応してみせた。

「何のことやら……。それに、七宮宗生の遺産の大半は七宮重工に寄与されることになっている。それ以上の額は渡せないし、仕方ないことだ。」

「くそ……。」

 文句を言いたいのは山々だが、これは決定事項らしいし、俺が文句を言ったところで覆ることはないだろう。それに、俺にとっては棚から牡丹餅な話だ。欲を出すのは止めておこう。借金を返済できるだけでもありがたいと考えればいい。

 こちらが何も喋らなくなると、老紳士は話を再開する。

「伝えたかったことはこれだけだ。愛里君には今後のことについて色々と話す必要があるからここに残っていてくれ。」

「分かったわ。」

 アイリの返事を聞くと、老紳士は続いて俺にも指示を出してくる。

「そういえばシンギ君はウチと懇意にしているCE社に務めているんだったね。……何かの役に立つかもしれないし、彼のガレージのキーを渡しておこう。」

 老紳士は紙切れに続いて懐から小さな布袋を取り出し、テーブルの上を滑らせてそれを俺に寄越してきた。

 俺は受け取ってすぐに袋の口を下にして中身をテーブル上に出してみる。

 すると、テーブル上に2枚の金属製のカードキーが現れた。

「そのガレージは晩年まで七宮宗生が私有化していた物だ。中にはVFBに関するものが多く残っているらしい。我々よりVFランナーの君のほうが有効に活用できるだろう。……あと、元々あそこは七宮重工の倉庫だ。2ヶ月以内に綺麗に整理しておいてくれ。」

「ケッ、ゴミ掃除までさせる気かよ……。」

 あまり気は進まなかったが、一応は見ておこう。全部くず鉄だったとしてもそれ相応の金になるかもしれない。それに最強のVFランナーと呼ばれていた七宮宗生にも少しだけ興味がある。

 俺がカードキーを懐に仕舞うと、老紳士は俺に対して別れの挨拶を告げる。

「これで君への通達は全て終わった。はるばる日本までご苦労だった。……折角だし、早速ガレージに行ってみるといい。」

 この程度ならばメールか手紙で済ませろと言いたい気持ちを抑えつつ、俺は席を立って大会議室から出ていく。

 その際、アイリから言葉が飛んできた。

「お気の毒様。でも、せっかく知り合いになれたのだし、これから仲良くしましょうね。困ったことがあったら会いに来るといいわ。いつでも歓迎してあげる。」

 上から目線の言葉に苛立ち、俺はぶっきらぼうに返す。

「誰が仲良くするか。勝手に姉貴面してんじゃねーぞ。……死んでも“お姉ちゃん”なんて言わねーからな。」

「そうやって強がるところも嫌いじゃないわ。また会いましょうね。……フフ。」

 アイリはそう言って余裕の笑みを浮かべ、小さく手を振る。

「……。」

 俺は何もリアクションを取ることなく会議室の外に出た。

 本当にあのアイリという女はムカつく女だ。そして、つい数分前にアイツに好きなように弄ばれた俺自身にも少々苛ついていた。

 直接馬鹿にしてきたり、殴ってきたりする輩の扱いには慣れているのだが、ああいうネチネチと迫ってくるタイプはどうも苦手だ。もう会いたくない。

 大会議室から出てしばらく歩いて行くと、俺を海上都市群から日本まで連れていきたスーツ姿の男が廊下の影から現れた。

「お疲れ様でした。細かい手続きは全て我々がやっておきますので、ご安心ください。」

「なんか悪いな……。でも、何にも分からないから助かる。」

「そう言っていただけると幸いです。」

 この人は本当に親切な人だ。もし俺がここまで気を使っていたら、ストレスのせいで血を吐いて死んでしまう。

 スーツ姿の男は俺の隣に並んで歩き出し、新たにあることを提案してきた。

「まだお時間がありましたら、観光でもしていきますか? 今すぐにでもガイドを手配できますが。」

「いやいい。それよりもガレージまで案内してくれ。」

「ガレージ……あぁ、三代目社長の個人倉庫ですね。場所は近いですが入るのには二枚のカードキーが必要なんです。今すぐキーをお持ちしますから、暫くテイルマイト様はゲストルームで……」

「カードキーは貰ってるから、案内だけ頼む。」

「そうでしたか、失礼しました。」

 スーツ姿の男はあっさりと頭を下げて謝ってくる。

 先にこちらがカードキーについて話さなかったのが悪いのに、こうも頭を下げられては俺も何だかやりにくい。

 とにかく、俺は話を先に進めることにした。

「……で、近いってことは歩いていける距離なのか?」

「はい。5分もあれば到着できます。このビルから出る時間のほうが移動時間よりも長いくらいです。」

「そうか……。とにかく俺は着替えるから一階のロビーで待っててくれ。そこから案内頼む。」

「分かりました。それでは先に正面玄関でお待ちしております。」

 スーツ姿の男はそう言うと俺の隣から離れ、別の通路ヘ向けて歩いて行く。

(個人倉庫か……。)

 名称を聞く限り、七宮宗生が個人的に使用していた倉庫なのかもしれない。

 やがてスーツ姿の男の後ろ姿も見えなくなり、俺も堅苦しいフォーマルスーツを脱ぐべくゲストルームへと急ぐことにした。


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