26 -北方からの侵犯者-
前の話のあらすじ
シンギとソウマは暇を見つけては手合わせを行なっていて、シンギは確実に実力を付けていた。
しかし、そのせいで操作指導が疎かになり、行き過ぎた訓練のせいでタガンダカンを故障させ、巡回任務に支障きたした。
シンギとソウマはその責任をとって、カルティカと共に国境付近を巡回することになった。
26 -北方からの侵犯者-
巡回任務はとても退屈だった。
決められたルートを決められた速度で移動し、決められたポイントで決められた方向を決められた時間だけ監視するのだ。
これだけきっちりとマニュアル化していれば任務に就いている方は気楽だが、敵からすれば好都合の事この上ない。
もしこの情報が漏れてしまえば簡単に警戒を突破されてしまう。
一応はインド軍の本部が偵察衛星を使って常時監視しているので問題はないだろうが、今日のように天候が悪い日は危ないかもしれない。
今ですら雪や霧のせいで視界が真っ白なのだ。
遥か上空にある衛星が全く何も見えないのは明らかだった。
「なぁ、もう帰らねーか。これじゃ巡回しても意味ねーだろ。」
「いえシンギさん、こういう時だからこそきちんと巡回しておかねばならないんです。」
カルティカは俺の言葉を軽くあしらい、それ以上は何も言わなかった。
視界が悪いこともあってか、俺は既にまともに周囲を警戒していなかった。
今日の吹雪は特にすごい。
風が強いのはもちろんのこと、大粒の雪のせいで遠くが全く見えない。
コンパスとGPSナビゲーションがなければ簡単に遭難してしまうだろう。
見える範囲といえば周囲30mかそこらで、100m先となるとぼんやりとしか見えない。VFの高解像度カメラと、映像修正機能をもってしてもこれなのだ。裸眼だと視界はゼロになるに違いない。
……まるで白く濁った水の中にいるような感覚だ。
そんな状況にも関わらず、前を行くカルティカとソウマは淡々と巡回任務をこなしていた。
あとどのくらい歩けば帰ることができるのだろうか……。
すでに帰ることを考えながら移動していると、急にカルティカから緊張感のこもったセリフが飛んできた。
「二人とも止まってください。……2時方向に何かいます。」
「!!」
俺は咄嗟に身をかがめ、2時方向にアイカメラを向ける……が、吹雪のせいで何も見えない。
ソウマも俺と同じく姿勢を低くしていた。
「来た方向を考えると中国の偵察部隊かな。明らかに分割ラインを越えて活動してるね。許可もとってないだろうし。」
ソウマにはちゃんと様子が見えているみたいだ。
単純に考えてVFのカメラ性能の差か、それとも注意力の違いか……。
何とか見えないかと少し頭を上げると、ようやく俺も遠くにぼんやりと浮かぶVFの影を見つけることができた。
……しかし、それは2時方向ではなく10時方向に存在していた。
「おい、左側にもなんかいるぞ。……クソ、視界が悪くてわからねぇ。」
俺の言葉に反応し、前で屈んでいる2機のVFの頭部が10時方向に向けられる。
その後、すぐにカルティカから答えが返ってきた。
「あれは……パキスタン軍のVFです!!」
こんな偶然があるのだろうか。
中国とパキスタンが同時に分割ラインを超えてくるなんて確率的にありえない。
だが、ソウマの次の言葉が俺の疑問を解決してくれた。
「さっきカルティカも言ってたけれど、こんな天候だからこそやってきたんだろうね。視界が悪い今だからこそ堂々と出てきたってわけだ。……それにしても、二国の軍隊がほぼ同じタイミングで同じエリア内に入ってくるなんて有り得ないよ。」
「私も信じたくありませんが、見間違いじゃないのも確かです……。」
そんなことを言っている間にも中国、パキスタン両国のVFの集団はインド領をどんどん進み、こちらに接近してくる。
やがてVFの種類や数がはっきりと分かるようになり、それを見て俺は心の中でため息を付いた。
(はぁ……まだ睨み合ってるだけで武力衝突は無いって話はどうなったんだよ……。)
中国、パキスタンともに山岳戦闘用にカスタムされたVFを使用しており、その数も多かった。
2時方向に展開している中国軍は基本的に重装甲型のシクステインを使用していて、その数は10を超えている。
両腕はもちろんのこと肩や腰にまで大きなカノン砲や機関銃を装備しており、脚部も圧力が分散しやすい四脚型のものに換装されていた。
あの集団を相手にするとなると骨が折れそうだ。
しかし、これだけ視界が悪いとなると、無数にあるカノン砲も無用の長物のように思える。
10時方向にはパキスタンの部隊が展開していて、よく見慣れたセブンクレスタの姿があった。中国と同じく10機程が隊列を組んで移動している。
こちらは普通に脚部は二脚タイプで、全てのVFが大型のスナイパーライフルを所持していた。この吹雪の中堂々と持ってきているのだから、視界対策は完璧にやっているに違いない。
視界も悪ければ足場も悪い場所なので、こういう所で狙撃の対象になるのはとても辛い。
普通に戦闘すれば勝てる自信はあったが、まだこれ以外にも勢力が存在している可能性も否定できない。
それに、本来の俺達の任務は山岳部隊のVFランナーに操作指導を行うことで、戦闘行為はサービスの対象外だ。
……となれば、ここは静観して様子を伺うのが正しい判断だ。
しばらくすればこのまま引き返してくれるかもしれないし、何でもかんでも攻撃するのは良くない。
そう判断した俺は、ソウマとカルティカに考えを告げる。
「おい、しばらく隠れて監視するぞ。」
「それがいいね。」
「そうですね。」
二人もそう考えていたようで、その場でVFを一時停止させた。
これだけ濃い吹雪の中にいれば、動かない限り発見されることもないはずだ。
「あの、一応基地に連絡を入れておきます。場合によっては戦闘になる可能性もありますし……。」
カルティカはそう言って山岳部隊の基地と通信し始める。
しかし、すぐにカルティカが不思議そうな声を上げた。
「……あれ? 通信機の調子が……」
そのセリフのあと急に音が途切れ、通信機からは雑音しか聞こえなくなった。
普通ならば故障かトラブルかと考えるところだが、俺はこの雑音を何度も経験している。
これは故障でも何でもない。明らかに通信妨害電波による影響だった。
(クソ、敵に気付かれたか……?)
妨害電波のせいでソウマとカルティカとも通信できなくなっていた。
俺は慌てることなくアカネスミレの装甲に直接触れ、振動信号を使ってソウマと連絡を取る。
「ジャミング装置だ。お前もカルティカの装甲に触れ。」
「ああ、わかったよ。」
俺の指示に従ってソウマは一番前にいるタガンダカンの脚部に手を触れた。
するとすぐにカルティカの混乱気味の声が聞こえてきた。
「こ、このタイミングで妨害電波を発したということは……我々の存在に気付いている!?」
「おい落ち着けよ。存在には気づかれてるかもしれねーが、場所まではバレてねーって。」
敵も面倒くさいことをしてくれたものだ。
俺と会話ができたこととで少しは落ち着いてくれるかと思ったのに、カルティカは尚も興奮気味に話し続ける。
「やはり我々を攻撃するつもりです!! 先制攻撃を仕掛けます!!」
その言葉の後、カルティカのタガンダカンがアサルトライフルのロックを解除した。
……今ここで発砲すれば確実に場所がバレる。
そうなれば敵の集中砲火を浴びるのは必至だ。
戦闘行為が発生すれば、それを皮切りにして最悪の場合大規模な戦争に発展してしまうかもしれない。
それだけは何としても避けねばならない。
足りない頭でそんなことを考えている間にもカルティカはアサルトライフルの銃口を持ち上げ、敵の集団に照準を合わせていく。
「おいカルティカ、絶対に撃つなよ。」
「し、しかしこのままでは……」
俺が警告してもカルティカはアサルトライフルを下ろそうとはしない。
これ以上何を言っても無駄だと判断した俺は、無理やりアサルトライフルを取り上げることにした。
(仕方ねーなぁ……)
俺はリアトリスを操作して素早くタガンダカンのアサルトライフルを奪うつもりだった。
……が、俺が伸ばした腕は急に出てきたアカネスミレの頭部にぶつかり、カンッと軽い金属音を周囲に響かせる。
その不意に発生した甲高い音はカルティカの手元を狂わせるには十分過ぎた。
「あっ……」
次の瞬間、タガンダカンのアサルトライフルから弾丸が発射され、先ほどの金属音とは比べ物にならないほどの轟音が周囲の空気を震わせる。
その音が鳴り止まぬうちに前方に無数のマズルフラッシュが見え、間もなく銃弾の雨がこちら一帯に降り注いできた。
正確な位置はバレなかったようだが、大まかな位置は把握されてしまったようだ。
このまま留まっているといつかは砲撃を受けてしまうと思い、俺は体勢を低くしたまま後退することにした。
後退中、俺はカルティカからアサルトライフルを取り上げ、罵倒する。
「馬鹿が!! 気づかれちまったじゃねーか!!」
「すみません、手が滑って……」
あれほどの軍勢を目の当たりにしたのは初めてだったのかもしれない。だとすればカルティカの異常な緊張も理解できなくはない。
だが、それとこれとは別問題だ。
責任の所在は後ではっきりさせておこう。
それにしても、こちらから発砲したとはいえ、警告もなしに撃ってきたのは予想外だった。
と言うか、ジャミング装置を使用されたことも意外だった。
なぜあのタイミングで敵はジャミング装置を起動したのだろうか。……どう考えても俺たちがここに来ることを知っていたとしか思えない。
つまり、巡回任務の情報が敵国に漏れていたということだ。
(しっかりしろよな……)
この程度の情報の管理くらいきちんとやっていて欲しいものだ。
背後から飛んでくる銃弾を避けつつ俺は走っていたが、その弾幕の量を不審に思い振り返る。
すると、信じられない光景が映しだされていた。
「……なんだよあいつら、仲良く一緒に撃ってきてるぞ!?」
中国とパキスタンあわせて20近いVFが俺たちを狙って銃撃を行なっていたのだ。
この2国が仲がいいという話は聞いていない。だというのにこんなにスムーズに連携をとっているのはおかしい。
俺の言葉を聞き、ソウマは合点がいったふうに話す。
「そうか、二国で手を結んで一緒にレアメタル鉱山を分割しようって魂胆かもしれないね。僕らが知らない間に色々と裏で手を回していたんだと思うよ。」
ソウマの大胆な予想を肯定したのはカルティカだった。
カルティカは少しは落ち着いたようで、冷静な口調で言う。
「もしかすると大規模な戦闘になるかもしれません。……とにかく基地に戻って応援要請をします。ここから離れれば妨害電波の影響も弱まるでしょうし、基地には有線回線があるので確実に本部と連絡が取れるはずです。」
まあ妥当な判断だ。
何はともあれ本部に事の次第を報告するのが先決だ。
ここで戦闘してもいいのだが、敵がここ以外に出現している可能性だってある。
……となれば、追手を足止めする役目が必要になってくる。基地まで敵を引っ張っていくわけにもいかないからだ。
俺はリアトリスに鋼八雲を抜刀させながら2人に告げる。
「取り敢えずここは俺が足止めする。他にも敵が潜んでるかもしれねーし、ソウマはカルティカに付いてやれ。片付いたら俺もすぐに行く。」
「何言ってるんですかシンギさん、相手は24機もいるんですよ!? 一緒に逃げましょう!!」
「雑魚が何機集まろうと雑魚は雑魚だ。負けやしねーよ。」
カルティカの言葉を適当に受け流し、俺は逃げるのをやめてその場にとどまる。
「頑張ってねシンギ。」
「いいからさっさと行け。」
ソウマと短い言葉をかわしてようやくアカネスミレは俺のリアトリスから手を放した。
それと同時に2人との直接接触による通信が切れ、ジャミング装置の影響でノイズ音がコックピット内に響き始める。
その騒音を止めるべく、俺は通信機の電源を切った。
これで頼れるのは自分の操作技術とリアトリスの性能だけとなった。
「――シンギ、マズルフラッシュから敵VFの位置を表示します。相手はこちらが見えていません。予想戦闘時間は9分50秒です。」
唐突に聞こえてきたのは戦闘支援AIのセブンの合成音声だった。
俺はその声に応じる。
「表示するのはいいが、狙撃銃を装備しているVF優先で頼むぞ。……あと、10分も掛からねぇ、5分で終わらせてやるよ。」
あまり頼りにならないセブンに返事をしつつ、俺はVFの群れの中へ突進した。




