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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
4/202

  3  -予期せぬ知らせ-

補足情報002

 VFが戦場に投入された際、初期は混合部隊として作戦が行われていた。しかし、今やVFでできる作戦は全てVFに任せきりになっている。前衛の役目から外された多くの隊員は後方の拠点から支援をする人員となっている。これによって隊員の犠牲が減っている。

 特に、遠隔操作で作戦に参加すれば全く危険に晒されることはない。有史以来、これほどクリーンな紛争はなかっただろう。

 戦死者が減ることは良いことではある。しかし、これは同時に戦争への恐怖や痛みも感じなくなるということである。

 それが良い事か悪い事かは当事者と傍観者によって異なるのかもしれない。


  3  -予期せぬ知らせ-


 CE社フロートユニットの住宅エリア。

 本社の近くにあるこの場所には、CE社の社員、専属ランナーのための寮がある。

 専属ランナーはCE社と専属契約を結んでいる個人ランナーだ。CE社に所属しているので社員と言えなくもないが、給与形態も服務規程も全く違う。

 特に前者はかなり特殊だ。

 専属ランナーは作戦に参加する度にVFのリース料や衛星の使用料、その他諸々の経費を支払わなければならない。

 それでもランナーは十分すぎるほどの報酬が貰えるのだから、どれだけCE社が儲けているのかがよく分かる。

 事実、CE社に派遣を要請した国や団体の多くが勝利を手にしているし、アルブレンを一機雇うだけでも勝率がぐんと上がる。

 それだけ、雇う費用が高額であるとも言える。

 そんな事もあってか、CEに加入するためには多くの条件を満たさなければならない。

 操作技術はもちろんのこと、戦歴や知能レベル、あまつさえシミュレーションゲームでのランクも参考にされるらしい。

(……って、ケイレブは言ってたが……これ、本当か?)

 シンギは加入条件について疑問を抱かずにはいられなかった。なぜなら、自分が全ての項目において基準以下だからだ。

 唯一満たすものがあるとするなら、年齢くらいなものだ。

 ……年齢と言えば、CEに所属するランナーの年齢構成はかなり幅が広い。

 下は17から上は60まで、日々作戦に参加している。因みに17は俺のことだ。

 幅があるとはいえ、全体的に若いランナーが多い。

 若いランナーのほうがVF操作に適正があるのは理解できる。コンソールもインターフェースもどんどん効率的な戦闘に最適化された物に変化して行っているし、そういうのは昔からゲームなどでVFに関わってきた若者のほうが適応が早い。それに歳を取れば反応速度も判断力も鈍る。

 しかし、長年の経験というのもまた実力に含まれる。前線で実際に搭乗していたVFランナーが遠隔操作で作戦に参加するのはよくあることだ。

 年を取ると大抵の場合はランナーをサポートする側に回るのだが、元気なオッサンもまだまだいる。やはり、経験というものは高性能な近代兵器が蔓延している今でも最も強力な武器なのだ。

 でも、その経験という武器が威力を発揮する機会はかなり稀だ。陸上で圧倒的な戦力を有するVF――特にアルブレンのようなハイエンドVFには小細工は通用しない。何も考えなくてもただオペレーターの指示に従って作戦行動を取ればそれだけで勝利できる。

 17歳の俺が言うものなんだが、本当につまらない事になったものだ。こうなるともはやランナーも必要ないのではなかろうか。

 全部AIに任せればいい。

 そうなれば俺みたいに無駄にアルブレンを壊すこともなくなる。

「……はぁ」

 西サハラでの作戦でアルブレンを大破させてからもう1週間過ぎた。

 あれ以降ずっと寮の部屋の中に篭りきりだ。絶対に失敗しないであろう治安維持のためのパトロール任務ですら禁止されているのでやることが全くない。

 始めは腕が鈍らないようにと、シミュレーションゲームで対戦して時間を潰していた。……が、ほとんど勝てないのですぐに止めた。

 初心者が使えるようなノーマルVFだと勝てないし、かと言ってわざわざカスタマイズするのも面倒くさい。

 今はベッドの上に寝転がってぼんやりとタブレット型の情報端末を眺めている。

 ……退屈で死んでしまいそうだ。

 これが後1週間も続くかと思うと気が狂いそうだ。

(散歩でもするか……)

 こういう時は体を動かすのが一番だ。フロートユニットを一周すれば気も晴れるだろう。

 シンギはすぐにベッドから飛び起き、玄関に向かう。

 その時、やる気を削ぐような音が情報端末から響いていきた。

「何だ、メールか……?」

 “ピロリン”という滅多に鳴らない着信音を聞きつつ、シンギはベッドまで戻りタブレット型の情報端末の画面を覗きこむ。

 新着の欄に一通のメールが表示されていた。

 タイトルには『シンギ・テイルマイト様へ』としか書かれておらず、内容も『今からそちらへお迎えに上がります』という訳の分からないものだった。

 誰かのイタズラだろうか。

 しかし、署名の欄には見覚えのある企業名があった。

(『七宮重工』……?)

 七宮重工と言うと世界で最も有名なVF製造企業だ。そんな大企業からメールが来るわけもない。イタズラで確定だろう。

 メールを無視して出かけようとすると、続いて玄関から物音が聞こえてきた。

 なるほど、メールでこちらの気を逸らして玄関に何かを仕掛けたらしい。この間の若いエンジニアを始め、CE社には俺を嫌ってる連中がそこそこいる。

 喧嘩をふっかけれれることはあるが、こんな風にコソコソとされるのは初めてのことだ。

 返り討ちにしてやろうと玄関に急ぐと、到着する前に玄関のドアが開き、スーツに身を包んだ男たちが室内に上がってきた。

「なっ……!?」

 予想外の展開に驚き、シンギは思わず室内に後退してしまう。

 スーツ姿の男は6名いて、その先頭の一名を除いた全員が屈強な体つきをしていた。

 男たちは土足で室内に上がり込んでくる。

 シンギはその勢いに負けて部屋の奥まで追い詰められてしまった。

「……」

 追い返したいのは山々だが、こうも追い詰められてしまってはどうしようもない。

 もしかして、あまりにもアルブレンを破壊しすぎたせいで、借金の肩代わりに臓器でも取られてしまうのだろうか。 

 そんな事を考えていると、先頭にいた一人が紙切れを差し出してきた。

 何が書かれているのだろうか。ドキドキしつつ受け取ると、そこには企業名と役職と名前と連絡先が記載されていた。

 つまり名刺だった。

「私は七宮重工の法務部の者です。お迎えに上がりました。シンギ・テイルマイト様」

 よく見ると、6名全員の胸元に七宮重工のシンボルマークが入ったバッジがあった。

 ルービックキューブの一面を連想させるシンプルな菱形のマークは、セブンクレスタの胸部装甲にも刻印されている。

 イタズラにしては手が込んでいる。本物みたいだ。

 しかし、先ほどの七宮重工の社員のセリフの中に引っかかる言葉があった。

(テイルマイト“様”……?)

 様なんて言われる立場ではないと思うのだが……。

 訳の分からないまま目をパチクリさせていると、スーツ姿の男が再び口を開ける。

「ところで先ほどのメールを見て頂けましたか? いくら連絡しても電話が繋がらなかったので、独自のルートを使って何とかコンタクトを取らせてもらいました。不在かとも思ったのですが、お会いできて良かったです」

 全然良くない。

 シンギは気を取り直して言い返す。

「いきなり部屋に上がってきて何だ? ……あの七宮重工が俺に何の用事があるんだ」

 自分ではまるで予想もつかない。

 答えを求めてスーツ姿の男をじっと見つめていると、男はこちらの予想をはるかに上回る事を告げてきた。

「テイルマイト様、……あなたは七宮重工三代目社長の『七宮宗生』の9番目のご子息なのです」

「……はぁ!?」

 この男はいきなり何を言い出すのだ。

 本当に訳がわからない。

 まだ宝くじに当選したと言われた方が信用できるくらいだ。

 だいたい俺は日本人でもないし、そもそもテイルマイトという立派な姓がある。それはこいつらも言っていたことだし十分理解しているはずだ。

 だが、スーツ姿の男は重要なことは伝えたという風なやりきった表情を見せている。

 その話を否定するべく、シンギは一歩前に踏み出す。ところが、否定の言葉を言う前に2人の男によって両脇をガチリと固められてしまった。

「まずは日本行きのプライベート機に乗って頂きます。詳しいことは移動しながら説明いたします」

「……」

 断ったところで無駄だろう。このフロートユニットに入れた時点でこいつらはCE社のコルマール社長の許可をとっていることになる。つまり、俺が日本に拉致されるのも承諾済みだということだ。

 助けを求めたところで意味が無い。日本に行くのは決定事項だ。

 そう判断し、素直に従うことにした。

「分かった……。ちゃんと納得できる説明なんだろうな?」

「もちろんです」

 承諾した途端、両脇にいた2人は移動し始め、挟まれていた俺は玄関に向けて引きづられていく。

 どうせこの間の失態のせいでしばらくは作戦に加われないし、ちょっとした旅行だと思って日本に行くのも悪くない。

 そう気楽に構え、シンギは6人のスーツ姿の男と共に日本に向かうことになった。


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