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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅱ 紅の好敵手
39/202

  18 -ストーカー-

 前の話のあらすじ

 海上都市に送り返したはずのセルカは何故かシンギやソウマと同行することになった。

 カシミールまでの移動にはヘリコプターが用いられたが、移動中に悪天候に見まわれ、止む無く途中で降り、そこで迎えが来るのを待つこととなった。

 


  18 -ストーカー-


 海上都市群中央フロートユニット。

 その中でも最も高い位置にあるリゾートホテルのロイヤルスイートルーム。

 その広い部屋の中で儂、『アウロス・ハウゲン』はくつろいでいた。

 細かい彫刻がなされているこの椅子も座り心地がいいし、温度も湿度も快適に保たれている。

 それに加えて防音も完璧とあれば、儂のような老体には優しい空間であると言えよう。

 ただ、豪華で綺麗な部屋はいいものだが、それと心地よさとは必ずしも直結しない。

 用意される食事はヘルシーとは言い難く、慣れていない調度品に囲まれているせいで、多少疲れてしまう。

 その程度で儂自身の思考力が低下するとも思えないが、やはりこうも部屋が広いと落ち着かないのも事実である。

 また、室内にいる面子が儂に妙な緊張感を与えていた。

 まずは儂の正面、部屋の隅で床に写真を並べているのはキノエ・カディスだ。

 赤い髪に暗い雰囲気が特徴的な彼女はVFチームHALハルHELヘルのランナーだった女だ。

 ソウマの勧誘に失敗し、挙句刃物を取り出してレストランで暴れた問題の多い女でもある。

 行動原理がソウマに限られるので扱いやすいと考えていたのだが、あの一件以降は逆に扱いにくい女になってしまっている。

 この間からずっとソウマの写真や画像データを眺めながら薄ら笑いを浮かべている。

 不気味であるが、まだ勝手に行動していないだけ良しとしよう。

 次に儂の隣でノートタイプの情報端末をいじっているのはアイヴァー・グレゴールだ。

 アイヴァーの周囲には他にも電子機器が置かれており、それぞれが複雑にケーブルで繋がっている。

 見たところAIの調整中みたいだが、こんなアナログな方法でチューニングを行うもの今時珍しい。それだけ、VFに関する知識を持ち合わせているとも言えるし、こういう多彩な傭兵もそうそういないだろう。

 こいつに関しては文句はない。VFの操作技術もさることながら、あらゆる工作行為を容易に遂行できる“使える”傭兵だ。

 実力は認めるが、儂はこいつのことをあまり信用していない。

 なぜなら、アイヴァーはミス・イナズミが勝手に雇った傭兵だったからだ。

 儂の計画には余計な人間だし、裏切られる可能性も否定できない。

 しかし、ミス・イナズミに反対してまで追い出すような男でもない。

 ミス・イナズミと対立するような事態を避けるためにも、アイヴァーに関しては触れないでおくのが一番いい。監視するくらいで丁度いいだろう。

 ちなみに、そのミス・イナズミは現在本業で忙しいようだ。

 会社の運営に関わる重役を消してしまったせいで一気にやらねばならない業務が増えた……と、サラギから報告を受けている。

 面倒くさいと言いつつもそれを卒無くこなしているあたり、イナズミアイリという女は経営者としての才能を持ち合わせているのは確かだ。

 初めて会った時は不安が大きかったが、今は全くそういう感情はない。

 むしろ予想以上の能力の持ち主で安心している。儂の計画も捗るというものだ。

 ちなみに儂も単に椅子に座ってダラダラと過ごしているわけではない。

 今はタブレットタイプの情報端末を使ってソウマの状況を逐一確認している。

 ……カシワギソウマは厄介な男だ。

 バトルエリアの不法占拠騒ぎの時にアイヴァーの狙撃で殺すつもりが、いとも簡単に防がれてしまった。

 今回もインドでキノエに確保させるつもりでいるが、上手くいくかどうかとても不安である。

 ソウマのようなカリスマ性と正義感を持ち合わせた強いランナーは儂の計画の邪魔になるのは明らかであり、早い段階で排除するのは重要だ。

 儂の勢力下にない戦力を排除することは海上都市群を掌握するためにも必要なステップである。

 それに、ソウマは我々の計画の一部を知ってしまった……。

 早急に対処しなくては数年間掛けて用意した物が全て無に帰してしまう。それだけは避けねばならない。

 そんな風にソウマについて色々と気をもんでいると、儂の気持ちを察したかのようにソウマに関する情報が端末に届いた。

 儂は目を凝らして届いたメッセージを読んでいく。

(――オペレーターからVFの投下要請。リアトリスとアカネスミレを指定空域で投下。到達予測時刻は……)

 ソウマとシンギ・テイルマイトがようやく本格的に作戦を始めるようだ。

 インド軍の知り合いに働きかけて依頼内容の一部を変更し、彼らをカシミールに行かせることには成功した。

 長期間の作戦になるということも把握しているし、ここまでは計画通りだ。

 これ以上の詳しい情報は内通者を使ってゆっくりと集めればいい。

 情報を正確に収集できれば、ソウマのことも簡単に片がつくはずだ。

 一応これで必要最低限の情報は出揃ったことだし、儂はキノエを呼ぶことにした。

「……キノエ。」

「はいアウロスさん。なんですか?」

 儂が声を掛けると部屋の隅にいたキノエはすぐに返事をし、儂が座っている椅子の傍らまで移動してきた。

 ポケットからはみ出しているソウマの写真を視界の隅に捉えつつ、儂は用件を告げる。

「いよいよ連中がVFを要請した。ソウマを捕える手はずは整っているな?」

「もちろんです。少しはボクの腕を信じてください。狭い囲いの中で格闘してたソウマにベテランのボクが負けるわけがありません。それに、ソウマのことは知り尽くしています。」

「さんざんVFBの選手として活躍していたお前がそれを言うのはおかしい気もするが……まあいいだろう。」

 キノエはVFで戦闘する気満々のようだ。

 儂としてはVF同士の戦闘は些か不安だったが、わざわざキノエのやる気を無くすセリフを告げるつもりもない。

 儂は念を押すようにキノエに言う。

「……あのミス・イナズミがわざわざ『戦場』という目立たない舞台を用意してくれたんだ。周囲の目は気にしなくてもいい。くれぐれも失敗するなよ。」

「はい。もちろんそのつもりです。」

 キノエは自信満々に儂に返事をした。

 そんな返答に対して不安を感じたのは儂だけではなかったようで、隣にいたアイヴァー・グレゴールがキノエに向けて言葉を発した。

「本当に大丈夫なのか? 何なら俺が手伝ってやるぜ。もちろん有料で。」

 アイヴァーはそう言って右手の親指と人差指で輪っかを作る。

「大きなお世話です。ボク一人だけで十分です。」

 アイヴァーの提案に対し、キノエはややムキになって言い返す。

 儂も今回についてはキノエと同様の考えだった。

 内通者に加え、CEからも随時情報が入ってくるので、余程のことがない限り失敗することもないはずだ。

 キノエはアイヴァーを睨んだまま儂から離れ、何も言わずに部屋から出ていってしまった。

 出発の準備をしに行ったのか、それとも単にアイヴァーから離れるために出たのか。どちらにしてもキノエがこの部屋に戻ってくるつもりがないのは何となく理解できた。

 アイヴァーはキノエが出ていったドアに視線を向けつつ、儂に話しかけてきた。

「なあアウロスの爺さん、ほんとにあいつ大丈夫なのか。」

「心配ない。あいつもVFBで活躍していたランナーだ。さっきも言っていたが、ソウマの手の内をあいつ以上に知っている者はいない。」

 建前上こう言うしかない。

 ……本音を言えば不安がないわけではない。

 しかし、隔絶された空間に数週間いるということは、それだけ多くのチャンスが生まれるということでもある。

 それを考慮すればソウマを捕獲できる可能性も高くなると考えていた。

 そんな考えの儂とは違い、アイヴァーはキノエから不安しか感じられなかったようだ。

 遠慮無くキノエについて話し続ける。

「あのキノエって女、今回の件でVFBから脱退してこちら側に協力してきたランナーだよな。……確か所属チームはHALハルHELヘルだったか。」

「その通り。ハルヘルで活躍していた『レオザント』のランナーだ。」

 レオザント……。

 名前を言っただけであの特徴的な形状のVFのことははっきりと思い出せる。

 特に頭のツノが特徴的だ。

 見た目は目立つが駆動音が非常に静かで、排熱も極限まで抑えられたステルス仕様となっている。こう言っては悪いが、あのキノエにお似合いの機体だと思っている。

 こちらがVFの具体的な名称を出すとはっきりと思い出したのか、アイヴァーは何か納得したかのように2,3度首を縦に振った。

「あーあー、思い出した。相手にベッタリくっついてクロスレンジに持ち込むのが上手い“ストーカー”か。試合の映像は少し見たことがある。……まさかあれが女だったとはなぁ。」

 アイヴァーはノートタイプの端末に視線を戻し、感慨深そうに呟く。

「ランナーの強さに年齢性別は関係ないって名言もあることだし、とにかく実力があるならいいんだ。俺の援護は必要ないな。」

 そこで会話が終わったかと思いきや、アイヴァーは唐突に質問してきた。

「……ところで、何でソウマを捕まえるんだったか。もう一度教えてくれないか。」

「一介の雇われランナーが知る必要はない。」

 儂はアイヴァーからの質問を一蹴する。

 すると、アイヴァーは儂に対してあからさまなため息をついた。

 それから間を置くことなく床から立ち上がり、こちらの背後に移動してきた。

 一体なんのつもりなのだろうか……。

 情報を聞き出すために雇い主に危害を加えるとも思えないが、あのアイヴァーのことだ、何をするかわかったものではない。

 体を緊張させていると、不意に両肩にアイヴァーの手が載せられる。そしてその手は儂の肩を揉み始めた。

 それを一種の脅しと受け取った儂は、仕方なく簡単に説明してやることにした。

「……捕まえるという提案をしたのはキノエだ。本質的には我々のコントロール外のランナーを海上都市群から排除することだ。」

 そう述べると、背後にいるアイヴァーが提言してきた。

「そういう事なら捕まえるなんて面倒な事はしないで殺せばいいじゃないか。」

 儂はその正論を肯定する。

「確かにそうかもしれんな。ソウマは生まれも育ちも海上都市群で、当面ここから離れるつもりはない。おまけにこちら側に付かないとなれば我々の情報が漏れる前に消すのが最善の方法だ。」

「そうそう。わざわざ戦場に引っぱり出したんだから殺したらどうだ。銃殺も毒殺も難しければ、こんな安全な住環境で事故を起こすのも難しいはずだ。」

「うむ。戦死、殉職、これが最も綺麗な殺し方だな。絶対に怪しまれないし、もし何かあっても犯人を別に仕立てあげるのも簡単だ。儂もできればそうしたい。……が、あのキノエの前でそんな事は言えん。」

 再びキノエの事を口にすると、アイヴァーが儂の意見に同調した。

「確かに……。あの女かなりおっかないからな。逆に殺されそうだ。」

 アイヴァーはおどけた口調で言った後、また新たな疑問を儂に投げかけてくる。

「取り敢えずソウマを捕まえるってことは理解できた。……だが、あの無敗のVFランナーを相手にできるのか? 捕まえるどころか倒せるかどうかすら怪しいぞ。」

「何を言う。お前の狙撃は命中していたじゃないか。」

 今言った狙撃とは、アカネスミレをバトルエリアの外へと弾き飛ばした、あの狙撃のことである。

 あの時は海に落ちたせいで追撃できなかったが、通常の戦場ならば追撃で破壊できたように思う。

 しかしアイヴァーは謙遜しているのか、儂の言葉を否定する。

「いいや、あの命中は運が良かっただけだ。それに、シンギ・テイルマイトが注意を逸らしていなければ撃つ機会さえなかっただろうな。」

 初めは謙遜かと思っていたが、アイヴァーは本気で言っているらしい。

 そのセリフを言っている間、儂の肩を揉む手に微妙に力が入っていた。

「……そんなに強いのか? カシワギソウマは。」

 確認の言葉と共に振り向いてアイヴァーを見ると、アイヴァーは力ない笑みを浮かべながら頷いた。

「ああ、今更驚くようなことでもないだろ。カシワギソウマは自他共に認める無敗のランナーだ。それがルールのあるスポーツ上であれ、最高水準の操作技術はそれだけで十分過ぎる武器になる。……あいつにVFで勝負を挑むのは正直馬鹿げてる。」

「ふむ。同じランナーのお前が言うのだからそうなんだろう。だが、あの女もソウマとやり合っていたVFBの選手だ。心配せずとも上手くやれる。」

 アイヴァーの意見に間違いはないだろう。しかし、些か大げさ過ぎる。

 キノエはソウマに対して異常なほどの執念を持っている。その執念があれば上手くいくだろうと儂は考えている。

 実を言うと儂もソウマを捕まえ、こちら側に招き入れたいと思っている。

 あれだけの戦闘力をむざむざ捨てるのはあまりにも勿体無いからだ。

 こんな事を言うとミス・イナズミに反対されそうだが、捕まえて洗脳してしまえば文句を言われることもないはずだ。

 そんな儂の魂胆も知らず、アイヴァーは尚も提案してくる。

「いやいや、キノエ一人じゃ絶対に無理だ。……せめて2対1なら勝機も見えてくると思うんだが、俺を使うのがそんなに嫌か?」

「……。」

 儂が無言で応えると、アイヴァーはさらに続けて言う。

「変なところでケチると後々損するぞ。VFでの戦闘は勝ち目ないだろうが、殺すだけなら方法はいくらでもあるぜ。暗殺となるとリスクは高くなるが、さっさとカシワギソウマを片付けたいんだろう? だったらキノエには内緒で俺にやらせればいい。捕まえるって事自体が無駄だと思わないのか。」

 アイヴァーの言っていることはよく理解できる。ミス・イナズミもこいつと同じ考えだ。

 だが、少し意見を言われたくらいで儂の考えが揺らぐことはなかった。

「いいんだ。ソウマの件はキノエに任せると決めている。……それより、お前にはパキスタンに行ってもらう。ソウマを確実に倒すための下準備をやってもらうぞ。」

 そう告げると、アイヴァーは儂の背後から離れて正面に立った。

「何だ、ちゃんと作戦があるならそう言ってくれよ。」

「別に使わないとは言ってない。ソウマの件はキノエに任せろと言っているだけだ。」

 本来ならばソウマのような一人のランナーのためにここまで手を焼くことはない。

 しかし、ソウマはこちら側の情報を少なからず知っていて、戦局を変えられるほどの高い能力を持つランナーだ。

 このまま無視して計画を次の段階に進めるわけにはいかない。

 慎重に慎重を重ねるのが儂のやり方なのだ。

「……分かりましたよ、雇い主様。」

 アイヴァーは儂の言葉に遅れて仰々しく頭を下げる。

 その表情にはまだ不満が残っているように見えた。


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