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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅱ 紅の好敵手
37/202

  16 -シークレットプラン-

 前の話のあらすじ

 ケイレブと農業プラントを見学中シンギは迷子になり、寂れた花園へ迷い込む。

 そこにはセルカがいて、セルカはVFのフィギュアで遊んでいた。

 セルカと話しているうちにソウマやナナミも現れ、シンギは3人としばらく会話をした。

 シンギはこの偶然もあってか、キルヒアイゼンというチームに運命を感じていた。


  16 -シークレットプラン-


 ――いよいよその日がやってきた。

 俺とソウマがCEの作戦に参加する日だ。

 俺は作戦が行われる国、インドに向かって移動していた。

 移動手段は、もちろん飛行機だ。しかしそれはCEの輸送機ではなく、普通の一般旅客機だった。

 まずは俺たちが現地に向かい、依頼主から説明を受ける予定だ。

 その後、VFは輸送機で直接作戦区域に投下されるという寸法だ。

 機内の中央の列は3列シートになっており、俺はそのど真ん中に座っていた。

 窓から遠いので景色など見えやしない。飛行時間自体も短いので映画を見ても中途半端に終わって後味が悪いだろう。

「そんな顔してどうしたんだいシンギ、気分でもわるいのかい?」

 俺の右側の席に座っているのはソウマだ。

 出発してからくだらない話を振ってくるので困っている。

 この間花園で俺が七宮宗生の息子だと言う事を知ったせいか、今まで以上に積極的に話しかけてくるのだ。

 この数日でソウマから七宮宗生の事についてはもちろん、他の歴代のランナーについても色々と聞かされた。

 あまり覚えてはいないが、紹介された誰もがすごく強かったということだけは覚えている。

 セブンの訓練プログラムで仮想対戦したランナーの名前も出てきた事を考えると、ソウマはとても昔の事も詳しく知っていることになる。

 ソウマ自身もVFBファンと呼んでも差し支えないくらいだ。

 VFBファンといえば、俺の左側の席にはセルカが座っている。

 そのセルカは飛行機に乗ってからずっと大人しく俯いている。まだ俺のことを嫌っていると思っていたが、チラチラとソウマの顔を見ている事を考えると、単に緊張しているだけかもしれない。

 俺と席を替わるように頼んできたのもソウマの隣だと恥ずかしいからなのだろう。

 隣ならまだしも2席離れていてこんな状態なのだ。隣に座っていたらどうなることやら……。

 面倒くさい人間に両脇を固められ、早く目的地につかないかと切に願っていると、ソウマがVFB以外の話題を俺に持ちかけてきた。

「今回の作戦なんだけど、僕達2人だけでいいのかい?」

「今更何言ってんだ……。」

 あのソウマのことだ。ここに来て怖気ついたとも思えない。……だとすると、ソウマが気にしているのは今後の段取りについてだ。

 俺は再度ソウマに今後の予定を簡単に教えてやることにした。

「あっちとはサリナが話を付けてるし、依頼主の言う通りに動けばいい。そんなこまけーことで心配すんなよ。分からないことがあったり、迷ったりしたら携帯端末でオペレーターに聞きゃいいんだし。」

 せっかく親切に教えてやったのに、ソウマは「いや……」と前置きをして俺の答えが的外れだという事を伝えてくる。

「僕が言いたかったのはそういう事じゃなくて……。もう1人くらいベテランの傭兵がいた方がいいんじゃないかなってことさ。」

 このセリフは聞き捨てならなかった。

 俺一人では頼りにならないと言っているも同然だ。

「オイ、俺はベテランじゃないってか?」

 俺はソウマを若干睨みつけながら問い掛けた。

 しかし、いくら凄んだ所でソウマの涼しげな態度が崩れることはなかった。

「そう言ったつもりはないんだけどなぁ。2人だと少ない気がすると思っただけだよ。」

 そのソウマの言い訳の後、すぐに俺の左側の席からセルカのフォローの言葉が飛んできた。

「大丈夫ですソウマさん、私が付いてますから。」

 セルカは両手で拳を作って意気込んでいる。

 ……何が大丈夫なものか。

 俺は右に向けていた首を左に向け、目線をソウマからセルカに移し、注意する。

「セルカ、むしろお前は付いてくるな。前みたいに戦闘に巻き込まれたら最悪死ぬぞ?」

 アイヴァーにセルカを人質に取られたときは冷や汗が出たものだ。

 結局あれはアイヴァーの嘘だったため全く被害はなかったが、今後セルカが足手まといになる可能性は十分ある。

「いいか、着いたらすぐに引き返してCE本部で大人しくオペレーターの仕事してろ。あそこからでも十分ソウマの面倒見られるだろ。」

 元々、遠隔操作で偵察活動ができるのがUAVの強みだ。

 一応離れているとはいえ、現地でサポートするのはそのメリットを大いに無駄にしている。

 そう思っての発言だったのだが、すぐセルカに言い返されてしまう。

「いえ、今の時期は天候が悪くてUAVは使い物にならないんです。特に予定作戦区域は吹雪いていますし、満足に情報を得られないと思うんです。ですから、なるべく近くからサポートしたいんですが……駄目ですか?」

 セルカは理由を述べた後、俺に懇願してきた。

 ここまで必死なセルカも珍しい。それほどソウマの事を心配に思っているのだろう。

 ソウマとセルカに頼み事をされ、俺は首を縦に振るしかなかった。

「仕方ねーな……。ケイレブに頼んで後から合流してもらう。これで戦力増強になるし、セルカの面倒見る余裕もできるだろ。二人共これで文句ないな?」

 2人に確認してみると、ソウマは満足気に頷いていたが、セルカは特にリアクションを示すことなく微妙そうな表情を浮かべていた。

 セルカはその理由を話し始める。

「あの……今ケイレブさんはCE社にいないので、頼めないと思います。」

「何だって?」

 一体何がどういうことなのだろうか。

 俺はセルカの言葉に耳を傾けることにした。

「……ケイレブさんは『クライトマン』社に装甲耐久性テストの結果報告に行ってます。そのあとも、オブザーバーとして新製品開発に参加するらしいので、暫く帰ってこないと聞いています。」

「マジか……。」

 クライトマンと言えばVFの装甲の生産開発で有名な会社だ。

 そんな会社の製品開発に参加できるとは、ケイレブもなかなかやる。

 盾や装甲をあれだけたくさん装備できたのも、クレイトマン社と関係があったからだと考えると納得できる。

(つーかケイレブってクライトマンのテスターだったんだな……)

 ケイレブについて新しい情報を知り、色々と考えている間もセルカは話し続ける。

「ケイレブさん、結構な額の報酬を受け取っているみたいですし、途中でクライトマン社を抜け出すのは難しいと思います。」

 いつもうるさいと感じていたケイレブだが、一緒に行動できないとなると、これはこれで少し不安だ。

 困ったときにはケイレブを呼べばいいと気楽に思っていたので、それができないのは結構つらいかもしれない。

 ただ、作戦内容によってはケイレブの助けもいらないだろうし、こちらには絶大な戦闘力を持つソウマがいる。余程のことがない限り、作戦に失敗するなんてことはないはずだ。

 俺はそうやって気楽に考えることにした。

「……とにかく、詳しい依頼内容が判明するまでは俺とソウマで行く。で、手が足りなかったらセルカに応援を頼む。……これでいいな?」

 俺の言葉を受け、両隣に座るソウマとセルカは頷いた。

 ――それから間もなくして飛行機は目的地、インドのニューデリーにある国際空港に到着した。



 ――飛行機から降りた俺たちは入国手続を難なく済ませ、空港ビル内を歩いていた。

 俺と違ってソウマはこういう移動には慣れているらしく、立ち止まって案内板を見るでもなく、道に迷うこともなく、スタスタと出口に向かって歩いている。

 おまけにターミナル内の人ごみの中でも誰ともぶつからず移動している。

 その動き方は実にスムーズで、後ろにも目が付いているのではないかと疑いたくなるほどだった。

 ソウマとは違ってセルカは人ごみに困っているようだ。

 背も低い上にフードのせいで視界も悪い。ついでに運動神経も良くないとなれば困るのも当然である。

 そんな有様を見ていられなかったので、つい先程から俺はセルカの腕を掴んで引っ張って歩いている。

 俺の場合はぶつかってこられても構わずに直進している感じだ。たまに因縁を付けてくる奴もいるが、睨み返すと道を開けてくれるので問題ない。

 暫くそうやってソウマの後を追いかけていると、前方を行くソウマが不意に呟いた。

「一体どんな依頼なんだろうね。」

「さあな、聞いてみなきゃ分からねーよ。」

 基本的にPMC(民間軍事会社)に戦闘行為を依頼する際には詳細なプランの提出が義務付けられている。

 戦闘行為はもちろんのこと、兵士の輸送や物資の調達、そして野営地の設営に至るまで時間刻みのプランと、それに準じた報告書も提出しなくてはならない。

 当然、CE社も依頼の際にそのようなプランを受け取っていた。

 ただ、今回はおおまかなプランだけしか送られて来ず、詳細は直接口頭で通達するとのことだった。

 プランに関しては様式自体は決まっているし、デジタルデータで送受信すれば良いのであまり面倒ではない。しかし、それ故に盗み見される危険性もあるのだ。

 そんな事を防ぐためにセキュリティレベルを高く設定しているらしいが、それも万能の盾ではない。

 クラッキングされない保証はどこにもないのだ。

 つまり、今回の依頼主は絶対にプランを部外者に知られたくないと考えているに違いない。

(厄介な依頼じゃないといいんだが……)

 サリナが回してきた依頼なので、生死に関わるような作戦じゃないのは確かだ。

 依頼のことを一人で考えながら歩いていると、やがて大きなゲートまでたどり着き、空港から外の道路に出られた。

 サリナの話によればここに迎えが来ているはずなのだが……。

 目の前の道路にはバス停があるだけで、他にはタクシー以外に車は見当たらない。

 待ち合わせの時間に遅れるなんて事も考えられないし、もしかして俺たちが出口を間違えてしまったのだろうか。

 周囲を見渡しながら色々と可能性を考えていると、右側から大きな車両が現れた。

 その車両は明らかに軍用車両であり、車体にはアーマーが装備され、上部には機関銃が取り付けられていた。

 軍用車は俺たちの目前で停止し、すぐに迷彩戦闘服姿の兵士たちが車両から降りてきた。

 別に武器を手にしているわけではないが、腰には拳銃を装備している。その兵士たちの表情は険しく、雰囲気も重々しかった。

 合計で6名ほどの兵士が降りると、その内の一人の若い兵士が近寄ってきた。

 その若者の肌は浅黒く、また、他の兵士とは若干制服の色が違っていた。

 彼は俺たちの前まで来ると、すぐに確認の言葉を口にした。

「テイルマイト様にカシワギ様ですね?」

「ああそうだ。お前は?」

「あ、申し遅れました。私はBSF……インド国境警備隊の『カルティカ』と申します。」

 カルティカと名乗った若い兵士は低姿勢で言葉を続ける。

「ホテルまでお越し頂くように伝えたつもりだったのですが、こちらの手違いで上手く通達できていなかったようです。すみませんでした。」

「ホテル?」

「はい、今からあちらの空港内のホテルまで移動します。ニシム中佐とはそこでお話していただくことになります。……どうぞお乗りください。」

 カルティカの言葉につられて右側に目を向けてみる。すると、空港の敷地に隣接するような形で高いビルが立っているのが分かった。

 そこでニシム中佐から詳しい依頼内容を聞かされるというわけだ。

 『ニシム中佐』……サリナから聞いた話によれば彼が今回の依頼主だ。

 一応はインド国境警備隊(BSF)からの依頼となっているのだが、実質的にはニシム中佐とやらの個人的な依頼らしい。

 まぁ、どちらにしても深く考えるようなことでもない。

 俺たちはカルティカに案内されて車両まで移動していく。

 ホテルまで距離的にはざっと1kmくらいだろうか。歩いても問題はないが、どうせだし車両で送って貰おう。

 車両の近くまで移動すると、周りで待機していた兵士たちが車のドアを開けてくれた。

 そのまま車両内に乗り込もうとした所でカルティカに呼び止められた。

「あの、こちらのお嬢様は……」

 カルティカの視線の先にいたのはセルカだった。

 多分あちら側のリストにない人間なので確認してきたのだろう。

 俺はこのチャンスを生かしてセルカを海上都市群に戻すことにした。

「ああ、そいつは邪魔になるから次の便で海上都市群に送り返してやってくれ。」

「シンギさん!?」

 セルカは俺が身分を保証してくれると思っていたらしい。俺のセリフにかなり驚いている様子だった。

 そんなセルカに対して俺は念を押して告げる。

「帰って大人しくしてろ。いいな?」

「……。」

 セルカは俺の言葉に返事することなく、今度はソウマにすがりつく。

「お願いですソウマさん、私も連れて行ってくれませんか?」

 ソウマならば同行を許すと踏んでいたのだろうが、そう上手くは行かないものだ。

 ソウマはセルカの頭をぽんぽんと叩きながら優しく告げる。

「シンギが危ないって言っているんだ。わざわざそんなところにセルカちゃんが来る必要はないと思うよ。気持ちだけありがたく頂いておくね。」

「そんな……」

 ソウマの言葉を受け、セルカは肩を落としてがっくりと項垂れる。

 そのやり取りを見て、カルティカは苦笑いをしていた。

「では、この方は私が責任をもって帰りの便に乗せます。お二人は先にホテルの方へどうぞ。ニシム中佐はロビーにいると思います。」

「わかった。任せたぞ。」

 乗ってきた飛行機は折り返し便なので、燃料を補給したらすぐに飛び立つはずだ。そう時間も掛からないだろう。

 俺はカルティカにセルカを任せると、車両に乗り込みホテルへと向かった。



 ――ホテルには3分程で到着した。

 空港の敷地内にあるそのホテルの外観はしっかりとした造りが印象的で、古き良き時代のホテルと言った感じだった。

 入り口の前の広いスペースには噴水広場があり、ライトアップ用の設備もちらほら見られる。

 また、広場の通路の両脇にある庭園も手入れが行き届いていた。

 俺とソウマはそんな広場を通り、5人の兵士に案内されてホテル内に入る。

 ホテルに入ってすぐに聞こえてきたのは陽気な男性の声だった。

「――おお、来ましたか。こっちです、こっちですよ。」

 その声には張りがなく、歳を取っているのがよく分かった。

 俺はその声の発生源を探してロビー内を見渡す。

 しかし、声の発生源よりもロビーに飾られている物に目が行ってしまった。

 空港内のホテルとあってロビーの作りは豪華だったが、格式張った印象はなく、暖色を基調とした床や壁は落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 歴史もあるようで、古めかしいテーブルや木製の彫像品も並んでいる。

 エントランスホールにはいくつもソファーが置かれていて、その中にこちらに手を振っている人物を見つけることができた。

 それは軍服を着た壮年の男性だった。

「よく来てくれたねソウマ選手。いやぁ、テレビで見るよりもハンサムだ。うん。」

 男性はそんな事を言いながらこちらに近付いてくる。

 俺とソウマもその男性に近づいて行く。

 そうしてお互いに接近し、最終的には受付カウンターの正面辺りで鉢合わせした。

 男性はすぐにソウマに握手を求め、ソウマもにこやかな笑みを浮かべながらそれに応じた。

 壮年の男性は握手した手を嬉しげに振りながら自己紹介し始める。

「私はBSFの『ニシム・メルタ・ベルガウム』です。気軽にニシムと呼んでください。遠路はるばるインドにようこそ、歓迎しますよ。」

 ……どうやらこの人がニシム中佐らしい。

 体型は中肉中背で、全く覇気がなく、軍人らしさが感じられない。

 まだそこら辺にいるサラリーマンの方が兵士としては役に立ちそうだ。

 そんな人が軍服を着ているのでコスプレにしか見えない。……いや、コスプレしている人にも劣るかもしれない。

 中佐と聞いてしっかりとした軍人かと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。

 ニシムはソウマの事ばかり見ていて俺のことが見えてないようなので、自ら名乗ることにした。

「CEのシンギ・テイルマイトだ。早速今回の依頼内容について詳しく……」

「まぁまぁ、こんなところで話していい内容じゃないですし、まずはこちらが用意した部屋に案内しましょう。」

 ニシムは俺のセリフを抑えるようにして告げると、手招きしながらエレベーターへと向かっていく。

 十分に暗号化されたCE専用の回線でも内容を教えてくれなかったのだ。

 こんな不特定多数の人間が行き交う場所で話すとも思えない。

 こういう事には詳しくないのだが、ホテルの一室とあれば傍受される心配はないし、盗聴のリスクも回避できるのかもしれない。

 俺とソウマは言われるがままにニシムに案内され、エレベーターに乗り込んだ。


 ――目的の階に到着し、エレベーターから降りると薄暗い廊下が待ち構えていた。

 先ほどいたロビーとの雰囲気の差に驚きつつ、俺はニシムについていく。

 ニシムはしばらく廊下を歩くとある部屋の前で止まり、ポケットからカードキーを取り出すとそれをドアノブ付近にあるカードリーダーにかざした。

 間もなくドアのロックが解除され、ニシムは部屋の中へ入っていく。

 俺とソウマが部屋に入ると自動的にドアがロックされ、少し遅れて部屋に明かりが灯った。

 部屋の奥に見える厚手のカーテンは隙間なく閉じられていて、外の景色を見ることはできなかった。

 部屋の中にあるのは2つのベッドと2つの椅子、そして丸いテーブルくらいなものだ。

 壁には大きめのモニターが取り付けられ、他にはよく分からない絵も飾られていた。

 ニシムは既に丸いテーブルまで移動しており、その上に置かれたノートタイプの情報端末を操作していた。

「どうぞ椅子に座ってください、すぐに説明を始めますから。」

 どうやら情報端末の画面を使って説明するようだ。

 俺は遠慮なく丸いテーブルの近くにある椅子に腰掛ける。

 俺に遅れてソウマも椅子に座り、俺たちとニシムは向かい合う形となった。

 ニシムはノートタイプの情報端末をテーブルの上でくるりと回転させ、画面をこちら側に向ける。

 そこにはインド周辺の地図が表示されていた。

「……カシミール地方です。」

 ニシムはインドの北部にある場所を拡大させながら説明を開始する。

「この地方は長い間中国、インド、パキスタンが領有権を主張して、それぞれが暫定的に管轄していました。それ故紛争が絶えなくて、問題が解決したのもつい30年前のことなんです。しかしそれも米国や欧州諸国に言われるがまま形式上解決しただけで、根本的な解決にはなっていません。3国とも結構な譲歩を強いられたので全然納得してないわけなんです。……ここまではいいですね?」

 全くよくない。

 大体、そんな紛争があったなんてことすら知らない。

 いきなり歴史の勉強をさせられるとは思ってもいなかった……。

 俺と違ってソウマはよく知っているようで、ニシムに合わせるように意見を言う。

「インドは中国やパキスタンよりもかなりきつい条件を飲まされたらしいね。そのせいでカシミール地方の領土が、暫定的に管轄していた時代の半分くらいになったとか……。今回は元の領土を取り戻すための作戦なのかい?」

「いや、それが逆なんですよ。」

 ソウマの予想を否定したニシムは、さらにモニター上の地図に赤いポイントを表示させる。

 そのポイントはインド領内に表示されているものの、3国の領土境界線と近い場所にあった。

「近年、長い間調査されていなかった場所、インドが実効支配している高原地帯に大量のレアメタルが埋蔵されていることが分かったんです。その調査結果が出るやいなや、領土問題が再燃しまして……。」

「つまり、パキスタンと中国にその場所を狙われているってわけか。」

 ここまで説明されれば俺でも分かる。

 やはり、他人に解決を任せても結局は意味がなかったということらしい。

 ソウマも顎に手を当てながら考えるようにつぶやく。

「昔はエネルギー資源の輸出で何不自由なく暮らせていた国も、核融合発電システムやバイオマスエネルギーシステムの登場のせいで一気に貧乏になったって習った記憶があるよ。各国が自国でエネルギーを生産できるようになって、途上国が他国に売れるものといえば安い労働力と鉱物資源くらいになったんだよね。……その鉱物資源ですら深海底鉱物資源の採掘手法が確立してから値段がぐんと落ちているし、取り合いに必死になるのも理解できるよ。」

 何を言っているのか全く理解できない。

 とにかく、元々領有権を主張してた場所に資源が埋まってたから、単純に欲しいということだろう。

 ニシムはソウマの言葉に頷きながら説明を続ける。

「そういうことですね。パキスタンも中国も30年前に譲歩していなければ獲得できたはずのレアメタルですから、喉から手が出るほど欲しいようです。位置的にも3国の分割ラインが交わってる場所に近いですから、主張が通りやすいと考えているんでしょう。」

 なるほど、今までの歴史に加え、レアメタルが発見された場所がこの問題を大きくしているようだ。

 厄介な上に厄介事が重なって困り果てているのがよく分かる。

「……もう少し離れていれば問題にならなかったのにな。」

 俺は思ったままのことを口に出す。すると、ニシムは力なく笑っていた。

「いえ、発見された量が量ですから、何km離れていようが問題は再燃していたと思います。」

 ニシムはそう言った後、モニターの画面を切り替える。

 続いて画面に表示されたのはインド、中国、パキスタン3国の兵器の配備状況を示すグラフだった。

 全体的な軍事力はインドが一番高かったが、国境付近に限って言えば他国に遅れを取っているみたいだった。

「今は向こうが仕掛けてきたという事実もありませんしそんな兆候もないです。もちろん、こちらから仕掛けるつもりはありません。しかし、戦力が少ないと交渉の際に不利なのも事実です。それに、交渉が決裂すれば確実に戦争になります。」

 ニシムは現在の問題点を俺たちに伝え、ついに依頼の内容について言及してきた。

「……ですから、CEの方々には我々の軍隊の戦力増強に協力していただきたい。」

 どうやら単純な依頼だったみたいだ。

 国境付近で気楽にパトロールしていれば良いだけの楽な仕事だ。

 しかし、国境のラインを俺たち2人でカバーできるとは思えない。

 それに、いつ起こるかわからない紛争に備えてずっとここにいるつもりもない。

 一体どういうことなのだろうか……。

 不可解に思っていると、ニシムがその答えを教えてくれた。

「ソウマ選手、あなたにはVFの操作指導とVFによる実践訓練をお願いしたいんです。我がBSFのVFランナーの練度強化に努めてもらいたいのです。」

 この言葉だけで先程まで感じていたわだかまりが吹き飛んだ。

 ソウマに依頼したもの、無敗のVFランナーの操作技術を兵士に教えられれば戦力強化になると考えてのことだったようだ。

 短い期間で技術を教えたほうが、結果的にPMCにお金を払い続けなくても済むし、ある意味賢い選択だといえる。

 それと、軍事費をVFに回すくらいなら高性能な戦闘機を1機でも多く増やしたいという思惑もあるのだろう。

 ……依然として戦争において制空権は重要だ。

 航空戦闘機の戦力はVFよりも圧倒的に高い。

 現代ではコストの関係で戦闘機はあまり使用されていないが、大規模な戦争になれば惜しげなく高速航空戦闘機が投入されるはずだ。

 そうなれば、陸を這っているVFでは全く太刀打ち出来ない。

 それほど戦闘機の存在は戦争において重要視されている。

 所詮VFは戦車や歩兵の代役であり、大国の軍事力を左右する決定的な戦力にはならないというわけだ。

 もちろんこれもケイレブの受け売りだ。

 大国同士の戦争ではVFは後方支援以外に役に立たないとも言っていた気がする……。

 とにかく、操作指導となれば話は簡単だ。

「そんな事か。……って、そんな依頼ならわざわざ秘密にすることもねーだろ。」

 あまりにも単純すぎる依頼内容に突っ込むと、ニシムはすぐに理由を返してきた。

「そんな事はありません。戦力強化のために操作指導を依頼したことが露見すれば、自国のVF戦力の無さを敵に宣伝するようなものだからです。それに、あの区域は天候が厳しくてそう簡単に戦闘機を飛ばせませんから、主兵力としてVFに頼らざるを得ないのです。ですから、そちらが思っている以上に重要な依頼だと考えて欲しいですね……。」

 ニシムは俺にそう告げた後、話を切り替えてソウマに擦り寄る。

「VFBチャンピオンのソウマ選手ならば隊員一同積極的に訓練に参加してくれると思っています。ぜひとも操作技術を伝授してやってください。……よろしく頼みます。」

「僕の操作技術をどこまで教えられるかわからないけれど、任されたよ。」

 ソウマはニシムに対して即答し、手でグッドサインを作っていた。

 単純に戦闘するよりも面倒くさい依頼ではあるが、ソウマの命を危険に晒すこともないだろうし、それでよしとしておこう。

 こちらが操作指導の件を了承すると、ニシムはノートタイプの情報端末を閉じて小脇に抱える。そしてそのまま部屋の出口まで移動し、俺たちを部屋の外へ案内する。

「……到着して早々で申し訳ないですが、まずはカシミール第三山岳突撃分隊の訓練をお願いします。あそこは領土防衛の要の基地ですので。」

 休憩を入れられないくらい切羽詰まっているようだ。

 俺たちはニシムの指示に従い、ろくに休むことなくホテルから出て、輸送ヘリで目的地まで向かうこととなった。


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