13 -メンテナンス-
前の話のあらすじ
サリナ社長はソウマがCEに加入することを拒否した。
しかしそれは七宮重工のアイリからの指示があったからで、サリナ自身の意志ではなかった。
シンギは直接アイリと交渉し、ソウマのCE加入を承諾させるのだった。
13 -メンテナンス-
サリナにソウマの作戦参加を認めさせてから1時間後、俺とソウマはラボに帰ってきていた。
VFBが消滅しても尚、キルヒアイゼンのビルのセキュリティは厳しく、IDによるチェックは欠かせない。
CEの整備分室として編入されてからは余計にチェックが厳しくなった気がする……。
中で働くスタッフの構成も大きく変わった。
キルヒアイゼンのチームスタッフは大半が辞めてしまったが、CEから出向してきた事務スタッフや整備スタッフが新たに加わったのでそこまで人が少ないと言うわけでもない。
むしろ賑やかになった感じだ。
特に整備スタッフはナナミから色々とVF整備に関することを教えて貰っているらしく、ナナミの手となり足となり精力的に働いている。
これでナナミの仕事も楽になるかと思うと、ソウマの判断は間違ってなかったのかもしれない。
そんな事もあってか、この整備分室内ではナナミが一番高い地位にあり、キルヒアイゼンとしての体面は十分に保てているようだった。
ラボの入り口から順調に整備されているリアトリスを眺めていると、こちらにフード姿の少女がとことこと歩いてきた。
頭をすっぽりと隠しているセルカは俺ではなくソウマに話しかける。
「あの、ソウマさん。……どうでしたか?」
「問題ないよセルカちゃん、良い依頼が入り次第教えてくれるって。」
ソウマが簡単に結果を伝えると、セルカは残念そうな表情を浮かべる。
やはりソウマがアカネスミレを使って戦争に参加することは納得していないらしい。
セルカは何も言わずにぎこちない笑顔を作ってみせた。
「それは良かったです。……絶対に私がサポートしますから、絶対に役に立って見せます。」
「ありがとう。期待してるよ。」
セルカの健気な発言を褒めるかのように、ソウマはセルカの頭をなでる。
「は、はい。期待しててください……。」
フード越しに頭を撫でられたセルカは、頬を赤らめて幸せそうな表情を見せていた。
先ほど浮かべていた不満気な表情が嘘のようだ。
ソウマはそのままセルカの頭を撫でながら俺に質問してくる。
「シンギ、依頼っていうのは具体的にどんなのなんだい?」
それは作戦内容についての素朴な疑問みたいだった。
無敗のランナーとは言えど戦争は初めてだ。知りたいことは山ほどあるに違いない。
具体的にと言われても詳しくは分からないが、俺は自分なりの考えをソウマに伝える。
「サリナはお前の安全を重視してたみたいだし、治安維持活動と復興支援がメインな活動になるだろうな。パトロールとか偵察任務とか……。あと、操作訓練の指導員なんかもあり得るかもな……。」
俺としては、経験が全くない状態でいきなり戦闘に参加させるのは不安だ。
だからと言って必ずしも経験が必要というわけでもない。
オペレーターの指示に従えば何も問題ないのだ。
セルカもサポートするのだし、そう考えるといきなり紛争地域に送り込まれる可能性も否めない。
ただ、操作訓練の指導員はソウマに適任だと思う。
VFBの王者が教えるとなれば、どんなに荒れたランナーでも素直に言うことを聞くに違いない。
セルカは俺とは違ってソウマがいきなり戦闘に参加させられると予想しているのか、俺の考えを否定してきた。
「シンギさんの言う通りになればいいと思うんですけれど、やっぱりその可能性は低いと思います。ですから、ソウマさんがいきなり戦闘作戦に参加させられることになったらその時はお願いします。」
あれだけ強いソウマに助けが必要な気はしないが、一応俺は哀願してきたセルカに対して言葉を返す。
「分かってるよ。その時は色々とカバーしてやる。お前もUAVでソウマをサポートしてやりゃいいさ。」
あまり深刻に考えず軽い口調で話すと、それよりも軽い口調でソウマが反応した。
「それは良かった。お礼といっちゃ何だけど、シンギに操作のコツを教えてあげるよ。」
「余計なお世話だ。」
ラボの入り口でそんなやり取りをしていると、セルカに続いて作業服を着たメガネの女性もこちらに近づいてきた。
ぱたぱたと小走りでやってきたナナミは例によってソウマに声を掛ける。
「ねぇ綜くん、折角だしあれも装備させる?」
そう言ってナナミが指差した先には以前にも見たことがある灰色の長槍があった。
確か名前はグレイシャフトだったか……。
その大きな槍は天井のレールから伸びるロボットアーム2本で運ばれていた。
グレイシャフトはその名前の通り全体的に黒っぽい灰色で、穂先には鋼八雲と似たような独特の斑の刃紋を持つ刃が取り付けられている。
長い柄の部分は細い繊維がらせん状に幾重にも編みこまれているようで、穂先と柄の接合部分はその繊維が絡まるようにして刃と柄が一体化していた。
遠目でグレイシャフトを観察していると、いきなり片方のロボットアームが手を離してしまい、バランスを崩したグレイシャフトは天井から床めがけて一気に落下した。
大きな音が来るのを予測して俺は咄嗟に耳を手で塞ぐ。
しかし、重厚な見た目に反して結構軽量らしく、ラボの床に衝突した時に生じた音は想像していたよりも軽い音だった。
ミスをしててんやわんやしている整備スタッフを眺めていると、ソウマはナナミの提案を受け入れるように頷いた。
「そうだね、重火器はCEから借りればいいし、こっちで用意できるものは用意しておこう。」
「分かった、準備しておくね。」
ナナミは余計な会話は一切せず、ラボの中央にUターンして帰っていった。
セルカも同じようにラボの中に戻っていき、俺はソウマと二人きりになってしまった。
特に話すこともないしリアトリスの所に行こうと足を踏み出すと、そのタイミングでソウマが俺に話しかけてきた。
「シンギ。」
名を呼ばれて隣に目を向けると、ソウマは神妙な面持ちで俺を見つめていた。
「……なんだよ気持ちわりーな。近いんだよ。」
俺はソウマから距離を取り、睨み返す。
しかしソウマは俺から視線を逸らさずに言う。
「シンギとは初めて会った気がしないね。もっと早く出会えていたら良かったと思うよ。」
一体何を言い出すかと思えば……。
俺はそんな戯言に付き合うつもりはなかった。
「テメーは馬鹿か。……俺はお前とケリを付けたかったから対戦しただけだ。願いを聞いてやったのも勝負に負けたからだ。作戦にも一緒に参加するだろうが、仲良くするつもりはねーからな。ここではっきり言っとくぞ。」
きつい口調で告げて、俺はソウマの肩をどつく。
しかしソウマはそれをひらりと躱し、ニコニコ笑っていた。
「……そうやって笑うのもムカつくからやめろ。」
「わかったわかった。……僕はもうアカネスミレのところに行くから。じゃあね。」
ソウマは俺から離れ、ラボの中に移動していく。
俺はその背中を見ながらため息を付いた。ソウマの相手をしていると何だかいちいち疲れる。
ああいうのは一番信用ならないタイプだ。
ニコニコと笑顔で近付いてきて知らぬ間に大事なものを奪い取っていく。気が付いた頃にはもう手遅れだ。
だからこそそう簡単に気を許してはいけない。
(……いや、やっぱ考え過ぎか。)
俺がリアトリスを操作している以上、このキルヒアイゼンと関係を切ることはできない。
どう接すればいいのか、どうやって距離を取ればいいのか。
冷めた人間関係しか知らない俺にとっては難しい問題だった。




