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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅱ 紅の好敵手
32/202

  11 -再生への道-

 前の話のあらすじ

 シンギは狙撃手アイヴァーと話し、自分が捨て駒で囮だったということを知る。

 七宮への不満を募らせるシンギだった。


  11 -再生への道-


 ――ラボに帰ってきて最初に出迎えてくれたのはナナミだった。

「おかえりなさいシンギくん。リアトリスはそっちに置いといて。」

「……おう。」

 ナナミから指示を受け、俺は言われた通りにリアトリスを操作してラボ内を歩いていく。

 その後数秒で指示された場所まで来ると、俺はいつも通りにメンテナンス用のケージにリアトリスを固定した。

 するとすぐにケージが動いてリアトリスは仰向けに寝かされた。

(何か、普段と変わんねーな……)

 VFBが廃止されたというのに、ラボの雰囲気はいつもと全く変わらない。

 むしろ俺はそんな状況に何かしらの恐怖を感じていた。

 ――輸送船から通信機を使ってナナミに連絡をとった俺はあっさりと許可を貰い、何のトラブルもなくキルヒアイゼンのラボに来ていた。

 俺がのんびりと船で移動している間にみんな戻ってきていたらしく、ラボ内にはナナミ、セルカ、ソウマの3人の姿を確認できた。

 もちろん、水没したアカネスミレもラボ内で修理されており、ナナミだけが忙しく手元を動かしてその修理作業に没頭していた。

 他の2人はラボの壁際にある簡易ベンチに座っており、特にセルカは落ち込んでいるのがよく分かった。

 リアトリスのアイカメラでひと通り観察すると、俺はコックピットから降りてラボの床に足をつける。

 すると、ラボの中央にいるナナミが大声で俺を呼んだ。

「シンギくん、ちょっとこっちに来て欲しいんだけど。」

「わかった。」

 俺は短く返事をして、中央に陣取っているナナミまで駆け足で移動していく。

 なにか手伝うことでもあるのだろうか。

 ナナミのすぐ近くまで行くと、俺は背後から声を掛ける。

「ナナミ、何の用だ?」

「うん、少し待ってて……」

 俺の問いに対してナナミは生返事をし、手元を忙しなく動かして作業を続けていた。

 呼び出しておいて待たせるとは……相変わらずマイペースな奴だ。

 ナナミの後ろ姿を見ながら言われた通りに待っていると、しばらく経ってからナナミがこちらに振り向いた。

 俺を見た途端にナナミは両腕を体の前に構える。表情も強ばっていた。

 ……何を驚くことがあるのだろうか。

 ナナミも流石にこの反応は失礼だと判断したらしい。そのまま手をメガネまで持って行き、取り繕うように弄っていた。

「なにか手伝うのか?」

「いや、セルカちゃんのことで話があるんだ……。」

 ナナミはラボの入口付近の壁際のベンチを、そこ座るセルカを眺めながら話す。

「セルカちゃん、シンギくんのこと怒ってるみたいなんだ。だから、取り敢えず今はラボから出ていって欲しいんだ。通信があった時についでに言っておけば良かったんだけど……。ごめんね。」

 セルカが俺に対して怒るのも当然だ。セルカの目には今の俺は“卑怯な手でソウマを倒した敵”にしか見えてないはずだからだ。

 これ以上セルカを刺激するのは俺としても本意ではない。

「……わかった。」

 俺が小さく頷いて了承すると、ナナミは「ありがと」と短く言って続けざまに別のことを提案してくる。

「そうだ、汗でびしょびしょだしシャワーでも浴びてきたらいいよ。トレーニング用のジャージはいくらでも置いてるし、勝手に着替えていいからさ。」

「おう。」

 ビル内をふらふらと歩くわけにもいかないので、こうやって場所を指定してくれるのは助かる。

 着替えもCE本社に置いてきたのでジャージの存在は有難い。

 俺はナナミに言われてすぐにその場を離れ、ランナースーツの固定具を解除したりジッパーを下ろしながらラボの出口に歩いて行く。

 そうして移動していると、壁際にいるセルカの姿が目に映った。

(別の出口は搬入口しかねーし、このまま行くしかないよな……)

 何も会話のないまま近付くのは気まずい。でも、セルカは俯いているようだし、変に言葉をかけずにスルーしたほうがいいだろう。

 隣に座っているソウマも微妙な笑顔を顔面に貼り付けたまま、僅かに首を左右に振っている。

 こちらに構わず外に出ろということだろう。

 このまま余計なことをしないでラボから出るのが正解だ。

 俺は極力足音を立てないように歩いて行く。

 しかし、セルカは俺を見逃してはくれなかった。

「シンギさん、VFBが終わってしまうなんて……。私は悲しいです。」

 聞こえてきたのは耳触りの良い声ではあるものの、その口調は恐ろしいほど抑揚がなく単調であり、極度の怒りが感じられた。

「そ、そうだな。」

 思わず俺は立ち止まり、適当に返事をしてセルカの言葉を待つ。

 相変わらずセルカは俯いたままだ。

 今は俺に浴びせる罵声を考えているのだろうか……。

 どう謝ったものか考えていると、俺の予想に反してセルカは隣にいるソウマにきつい言葉を浴びせた。

「ソウマさん、何ですぐにリアトリスを倒さなかったんですか!! 本気のソウマさんならすぐに倒せたはずです!! 一気にリアトリスを破壊していれば外からの狙撃にも余裕を持って対応できたんですよ!?」

 セルカいわく、ソウマならば俺みたいな雑魚はすぐに倒せるとのことだ。

 言っていることに間違いはない。……が、目の前にそのリアトリスのランナーがいるのにひどい言われようだ。

 ひとしきり叫んだ後、セルカは目元を拭いながら訴え続ける。

「わざわざ対戦を盛り上げる必要なんて無かったんです……。VFBが無くなったら元も子もないじゃないですか……。何でいつも肝心な時にソウマさんは……ソウマさんは……」

 いよいよセルカが泣き出しそうになると、隣に座るソウマは意外な答えを返した。

「ごめんねセルカちゃん。でも、京姉が完璧に整備したリアトリスをそう簡単には壊せないよ。……それに、シンギはセルカちゃんの同僚なんだろう? 怪我でもさせたら大変じゃないか。」

「あ……。」

 ソウマの言葉を聞き、セルカは顔を上げる。

「僕は飽くまでVFBのランナーなんだ。……いくら抗議活動とはいえ、スポーツ選手が乱暴なことはできないよ。」

 俺のリアトリスのコックピットに鋼八雲を突き刺した男のセリフとは思えない。

 そのソウマの言葉の後、セルカは俺を見上げてきた。

 しかし、目があった瞬間にセルカは顔を背ける。

「私、なんてことを……」

 その表情は自責と後悔の念に満ちていた。

 俺にとってはそれだけでも十分すぎる謝罪になりえた。

 怒ったり悲しんだり反省したりと、感情の変化が激しいセルカにどう対応したものか困り果てていると、背後から助け舟がやってきた。

 どうやら騒ぎを嗅ぎ付けてくれたらしい。メガネを掛けたその助け舟はセルカに話しかける。

「言い換えればシンギくんは本気を出さなければ勝てない相手だったってことだよね。どっちにしても綜くんとシンギくんは合意の上で対戦したんだし、セルカちゃんが責任を感じることじゃないよ。」

 ナナミは壁際まで歩いてくると、ソウマとセルカの間に割り込んで着席し、セルカの頭をがしりと胸に抱く。

「それだけチームのことを思ってくれているんだよね。……もう、ホントに可愛いなぁセルカちゃんは。」

 そう言うとさらにナナミはセルカに密着し、正面からセルカを抱擁した。

「……。」

 セルカは何も言わずナナミの胸元に顔を埋めた。

 セルカを黙らせることに成功して安堵したのか、ソウマは緊張を解いて足を組む。そして、労うようにナナミの頭をぽんぽんと叩いた。

「ありがとう京姉。色々とお疲れ様。」

「綜くんもおつかれ。」

 ナナミは子供を慰めると言うよりも猫をあやす感じでセルカを抱いていた。

 セルカもまんざらじゃないらしく、ナナミの腕の中で大人しくしている。

 そんな光景を眺めつつ、俺はその場に胡座をかいて腰を下ろした。

 足の裏にひんやりとした床の感触が走ったが、涼むには最適な温度だ。

 また、ナナミが作業を止めたことでラボ内はかなり静かになっていた。このラボは壁も厚くて無駄に広いので、普通の部屋で感じる静寂と何か違うような気がする。

 俺は周囲を見渡してその静寂を体で感じていた。

(やっぱ、何か落ち着くな……)

 俺の部屋だと空気や時間が滞っている感じだが、こちらのラボは閉塞的な印象はなく、むしろ開放的だ。

 地下にあるラボだというのに、開放的というのも変な表現かもしれない。

 上手く言い表せられないが、とにかく心地良い静寂だということだ。

 ふと視線を正面に戻すとナナミやソウマもラボ内を見ており、やがてナナミが感慨深く呟いた。

「このラボも閉鎖なんだよね。なんだか勿体無いよ。」

 ポツリと呟いたセリフに対し、俺はふと気が付いたことを訊いてみる。

「なぁ、一応聞いておきたいんだが、今後も俺のリアトリスの面倒見てくれるんだよな?」

 言った途端、ナナミは呆れた目を俺に向ける。

「ラボがないと無理だよ。……シンギくん、そんな事も考えないで綜くんと勝負したんだ。いくらなんでも呆れちゃうね。」

 ナナミの言いようだとこのラボも手放さなければならないらしい。

 そんな否定的なナナミとは違い、ソウマの意見は建設的だった。

「それは問題ないよ。ここは他のチームビルとは違ってキルヒアイゼンが所有してるビルだから、VFBが消滅したからって、立ち退く必要はないんだ。なんとかなるさ。」

 建設的と言うよりもむしろ楽観的な意見に対し、すかさずナナミがツッコミを入れる。

「なんとかなるわけないでしょ。……VFBが無くなった今、流石にキルヒアイゼンの本部も予算を出してくれるとは思えないし、そうなると閉鎖以外に道はないと思うんだけれど……。」

 ナナミは至って真面目に話していたのだが、手元でセルカをあやしているせいでそこまで深刻さが感じられなかった。

 ソウマは深刻さの欠片も見せることなく、軽い口調で言う。

「大丈夫さ。CEがこのラボの維持費を肩代わりしてくれることになったんだ。」

「CEが?」

 俺はそんな話は聞いていない。

 また適当に希望的観測を述べているだけかもしれない。

 しかし、このソウマの余裕な態度の理由を考えると、肩代わりの件が急に本当のことのように思えてきた。

 ソウマは説明を続ける。

「何とかならないかと思ってね、コルマール社長に頼み込んだわけさ。……まぁ、その代わりにこのラボはCE社のVF整備分室として編入されることになったけれどね。」

「いつの間に……。サリナもよくそんな条件で了承したな。」

 ラボ自体は別に最新の整備機械があるわけではないし、特に広いわけでもなければ、CEのフロートユニットとの交通のアクセスも悪い。

 唯一利点があるとするなら、エンジニアのナナミの存在くらいだ。

 ナナミを直接引き抜けばコストを抑えられたのに、サリナも勿体無いことをしたものだ。

 ソウマも俺と同じようなことを考えていたのか、しみじみと話す。

「僕も、彼女がこうも易々と聞き入れてくれるとは思ってなかったよ。これもひとえに京姉の有能さのお陰かもしれないね。……京姉には苦労を掛けるよ。」

「いいよそのくらい。今までの綜くんの苦労に比べたらなんともないから。今日もアルブレンの集団を追い払ってくれたし、アカネスミレがある限りアール・ブランは……いや、キルヒアイゼンは不滅だよ。」

 ナナミはそう言ってガッツポーズをする。

 ソウマもにこりと笑って大きく頷いていた。

 あれだけアイリから酷い仕打ちを受け、バトルフロートユニットまで解体されたのに根性がある奴らだ。

 単なるスポーツチームとは思えない結束力である。

 こういう空気になると、七宮重工に加担した身としては肩身が狭い。

 それにソウマに負けたまま何もしないというのも胸くそ悪い。

 俺も少しだけ協力してやることにした。

「おいソウマ、何か言えよ。」

「何をだい?」

 俺は胡座の足を組み直し、少しだけ前傾姿勢になってソウマに告げる。

「……俺に勝ったんだから、何かして欲しいこと言えっつってんだよ。こう見えてCEの社長には顔が利くからな。ある程度の頼まれごとなら面倒見てやる。」

「変な所で義理堅いんだね、シンギは。元から要求なんて飲んでくれないのは分かってたことだし、今更……」

「いいから言えよ。」

 ソウマの言葉を遮って半ば強制的に促すと、ソウマは数秒ほど考えてから俺に頼みごとを言ってきた。

「えーと、それじゃあ……僕も傭兵ランナーとして作戦に参加してみようか。」

 もっと待遇を良くしろとか、チームに関する話が来ると思っていたので、ソウマのその頼みに俺は思わず自分の耳を疑った。

 スポーツ選手だから乱暴なことはできないとか言っておきながら戦争に参加したいだなんて言うのは一見矛盾に思える。

 だが、VFBが無くなった今、ソウマは選手じゃなくなったわけだし問題ないはずだ。

 それに、世間からも注目を集めることだろう。

 スポーツで例えるなら引退した俊足の陸上選手がサッカー選手としてデビューするようなものだ。

 ソウマ自身がそれでいいのなら俺が反対する理由もない。……というか、ルールに縛られずに戦うソウマを見てみたいので、むしろ大賛成だった。

「それはいいな。お前くらい強けりゃ引く手数多だろうし、そうなれば稼いだ金を使ってVFBを復活させられるかもな。」

 VFBの復活に関しては何気ない発言だったが、ソウマは雷にうたれたような表情を浮かべ、独りでブツブツと呟く。

「VFBの復活……。なるほどその手があった。潰されたばかりで考えもしなかった……。」

 ソウマの表情はみるみるうちに真剣になっていく。どうやら冗談ではなく本気で傭兵になることを考慮しているみたいだ。

 それ見て止めに入ったのは例によってセルカだった。

 セルカはナナミから身を離してソウマに訴えかける。

「待ってください、ソウマさんが戦争に参加するだなんて絶対に認めません!!」

「大丈夫だよ、セルカちゃん。」

 軽いソウマの返事に対し、セルカは必死に首を左右に振る。

 フードの口は前を向いたまま動かなかったため、フードの内側の生地と髪が擦れる音が聞こえていた。

 セルカは尚も反対意見を言い続ける。

「駄目ですソウマさん、危険過ぎます。その戦争で死んでしまったらVFB復興どころの話じゃすまないんですよ!?」

 そこまで聞くと、ソウマはセルカと目線の位置を合わせてゆっくりと問い掛ける。

「セルカちゃん、この僕が負けると思うかい?」

「それは絶対に有り得ないと思います。でも……」

「じゃあ決まりだね。せっかくシンギが誘ってくれているんだし、一度くらいはやってみてもいいだろう。……時代の流れには逆らえないってことさ。」

 ソウマはなんだかんだ言って有名だ。

 そんなランナーがCEで働いてくれるとなると、サリナは喜び勇んでソウマと契約を結ぶに違いない。

 ナナミは特に何も言うことはなかったが、唯一セルカだけが不満気な、そして同時に不安げな表情を浮かべていた。


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