2 -勇気の定義-
補足情報001
VF――ヴァイキャリアス・フレームは元々は作業用の人型ロボットとして開発された。
続いてVFは格闘スポーツに用いられるようになり、そこでVF関連技術は飛躍的な進歩を遂げ、最終的に兵器として使用されることになった。
長年培われてきた技術のお陰で、VFは戦争において要求される条件や課題を簡単にクリアし、陸上兵器の代名詞となった。
2 -勇気の定義-
ここ、ダグラス海上都市群は今から約200年前に建造された人工島だ。
位置的に言えばインド洋の東、アラビア海の南、アフリカ大陸の西にあり、海の上でプカプカと浮いている。
元々は名前の通りダグラスとか言う大きな会社が作った海上都市らしい。
しかし、100年くらい前に起きた事故のせいで、それ以降は七宮重工が維持管理している。……とは言っても、実質的に海上都市を運営しているのは住民から選出された委員会で、七宮重工は単にお金を出しているだけだ。
海上都市群は建設されて以来順調に拡大し続け、今では小さな島国程度の面積がある。
規模の小さなフロートユニットがいくつも連結して形成されているので隙間が多くあるものの、端から端まではおおよそ180kmほどもある。
大半を占めているのが資源採掘施設や製造工場などの工業施設だ。海上にあるためアクセスが良く、多くの製造企業がここに工場を持っている。補助金も出るので名前を知らないようなマイナーな企業も多く入っているらしい。
続いて多いのが農業施設だ。
海のミネラル分をたっぷりと含んだフルーツや野菜は結構人気だと聞く。もちろん海上都市群内の食料をまかなえる量の食料も生産されている。
残りは観光施設やオフィスビルなどだ。
居住エリアなどの人が住んでいるようなユニットは規格が統一されていて、海上だけではなく海面下にもタワー状の建造物が伸びている。
また、観光地のあるユニットは華やかな造りになっていて、見た目も特異なものが多い。 ……そんな中、ひときわ目立つのが海上都市群の中央に位置する中央フロートユニットだ。
直径3km、高さ1kmのカクテルグラスの形状をしているこの中央フロートユニットには、行政機関や各種団体の本部、そして有名企業のオフィスが集積している。
カクテルグラスの台座の部分には商業施設が立ち並び、持ち手の細いシャフト部分には巨大なエレベーターの他に各企業のオフィスが、そして一番上に位置する逆三角形のボウル部分には高級住宅やリゾートホテルなどが軒を列ねている。
高さに制限があるため背の高い建物はないが、ここからの景色は最高らしい。
俺も一度は行ってみたいものだ。
ちなみにCE社は自社でフロートユニットを持っている。
CE社のフロートユニットは中央フロートユニットから程近い所にあり、整備工場と発着場が一体となっている。例えるなら小規模の基地だ。
――シンギはそんな場所からケイレブに連れだされ、今は中央フロートユニットの商業施設エリアに来ていた。
シンギ達がいるのは観光者向けの中華レストランだ。
夕刻とあって、店内には仕事を終えた人々が沢山いる。なかなか賑やかだ。
ただ、その賑やかさはシンギにとって好ましいものではなかった。
「うむ。ここの中華は海上都市の中でも一番だ。この辛さがたまらない」
テーブルの向かいに座っているケイレブは一口運ぶごとに感想を言ってくる。
初めのうちは「そうだな」なんて言って同意してやっていたが、こう何度も話しかけられると気分が悪い。
「黙って食えよ」
シンギは一度箸を置き、注意する。
こちらが反応した事が嬉しかったらしい。ケイレブは先程よりも積極的に話し始めた。
「せっかく奢ってあげてるんだ。何か話さないか。黙々と食べているだけじゃつまらないだろう。もっと色々とシンギのことを知りたいんだよ」
「俺のことはだいたい知ってるだろ。今更話すことなんかねーよ」
バッサリと切り捨てるも、ケイレブはしつこく話しかけてくる。
「いや、まだ知らないことが結構あると思うぞ。……オレを含めてCEのランナーは殆どが特殊部隊とか軍でVFを操作していたエリートだ。VFOB(ヴァイキャリアス・フレーム・オンライン・バトル)で活躍してるランカーならまだしも、シンギみたいな素人のライトゲーマーがコルマール社長に引き抜かれるなんて珍しい。……もしかしてVFOBじゃなくてVFBで活躍してたのか?」
「VFBとかVFOBってなんだよ?」
知らない単語を聞き返すと、ケイレブは呆れたふうに答える。
「どちらもVF同士が戦うスポーツだ。VFBが現実世界で、VFOBは仮想空間でやっている。競技人口も規模も人気もVFOBの方が上だ。実力は明らかにVFBのランナーの方が上、元祖もVFBの方だが、今は規模が縮小したせいでファンも少なくて認知度も低くなっている」
「へー、現実世界でやるなんて馬鹿なんだな。無駄にカネがかかるだけだろ」
別に自分自身が戦うスポーツではないのだし、コンソールさえあれば後は仮想空間で事足りる。
随分贅沢なスポーツだったのだなと思っていると、ケイレブがその理由を簡単に教えてくれた。
「まだ仮想空間が発達していなかった時代だからそれも当然だ。それに、現代ほど仮想空間のゲームに対して寛容さがなかったし、現実世界での実力が崇高されていたからな。……もうちょっと歴史の勉強をしたらどうだ」
少し馬鹿にされたような気がしてシンギは言い返す。
「悪かったな。俺はお前みたいに“エリート”じゃないんだよ」
嫌味たっぷりに言ってやったが、ケイレブは軽く受け流す。
「エリートも何も、これはVFに携わってる人間にとっては一般常識だ。……VFBすら知らないってことはオレの予想はハズレということか。戦歴も経験もゼロに等しいのに、何でお前はCEに加入できたんだろうな」
ここでケイレブは何かに思い至ったのか、箸を置いて手のひらをポンと叩く。
「待てよ、経験ゼロであそこまでVFを操作できるってことは、それだけ優秀ってことになるな。今後の成長を期待して社長はシンギをCEに……なるほど」
何やら一人で納得しているケイレブを無視し、シンギは中華料理を黙々と食べる。しかし、すぐにケイレブが勢いよく身を乗り出してきた。
「今日は誘ってよかった。お陰で余計にシンギに興味が湧いてきた」
そう言って笑うケイレブの顔をシンギは手のひらで押し返す。そして、今まで言えずにいた事を言い放つ。
「そういうのは気持ち悪いからいい加減やめろ。大体、何で毎回俺にまとわりつくんだ。CEの中でも稼ぎ頭のお前が、借金まみれで一生タダ働きが決定してる俺と関わっても何のメリットもないだろ」
逆を言うとこちらにはメリットがある。
ケイレブの推薦のおかげで多くの作戦に参加できるのだ。
しかし、しつこく付き纏われるくらいなら参加しないほうがマシだ。
ケイレブは腕を組み、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「メリット云々の話じゃない、オレは単にお前に興味があるだけだ。毎回シンギは単独行動をしている上、チェーンソード一振りだけでほとんどの敵を殲滅している。初心者にしては強いし、それだけで十分に興味の対象だ」
興味だけで付き纏われては堪らない。
シンギはケイレブの言葉を真っ向から否定する。
「俺が強いだって? 冗談はよせよ。あれは、命が危険に晒されてないから無茶できているだけだ。それに、どれだけアルブレンを壊しても膨大な借金が少し膨れ上がるだけだからな。失うものは何にもないってわけだ」
アルブレンを壊したところで何の不利益もないので、自分が好きなように戦闘しているだけだ。それを“強い”と勘違いされては困る。
シンギが言い返すと、急にケイレブは諭すような口調で話し始める。
「思い切りがいいというかなんと言うか。そう言う生き方もアリかもしれない。だが……」
ところが、その言葉は第三者の声によって遮られてしまう。
「あ、ケイレブさん。お疲れ様っす」
軽い口調でケイレブに近寄ってきたのは俺と同じくらいの歳の男だった。
派手な色の服を着ているが、手についた機械油が彼がエンジニアだということを示していた。ケイレブと知り合いということはCEのVF整備工場で働いている技術者か何かだろう。
若いエンジニアはさらに話し続ける。
「『ウォーノーツ』にアップされてた戦場動画見ました。流石ッスね、盾だけで敵の狙撃を防いで、たった一人で拠点を防衛するなんて……ハンパねぇッス」
砕けた言葉だが、ケイレブを慕っているのか、喋り方自体は丁寧だった。
ケイレブはすぐに視線を若いエンジニアに向ける。
「ありがとう。でも一番活躍したのは別のランナーだ。……他の映像は見なかったのか?」
別のランナーというのはどうやら俺のことを言ってくれてるみたいだ。
……因みに、ウォーノーツというのは、実際の戦場の映像をネットを介して配信しているサイトのことだ。VFに限らずあらゆる戦場の様子を配信しており、流行りに疎い俺でも知っているくらい有名である。
最も人気があるのはVFによる戦闘映像だ。
この会社自体は何も撮影機材を所持していないが、兵士や軍、民間軍事会社やUAVの映像を高額で買い取り、それを配信している。
初めは戦争の映像をまるでスポーツ番組のように見ているということに驚いたものだ。今やそれが当たり前になっているのだから俺の感覚のほうがおかしいのかもしれない。
昔は戦争に反対していた人間も多かったみたいだ。
しかし、今は誰も疑問を抱いていない。紛争は起こるべくして起こるものだと受け入れている。
戦争に巻き込まれてない奴らにとっては戦場映像は単なる娯楽なのだろう。戦争に参加している俺からしてみれば何とも言えない気持ちになる。
この若いエンジニアもそのうち一人のようだ。つい先ほどの戦闘映像をチェックするくらいだし、他にも色々と映像を見ているマニアなのだろう。
ところが、ケイレブの質問に対して若いエンジニアはすぐに首を横に振った。
「いや、見てるのはケイレブさんの戦闘だけッスから。ほんと毎回スゲーっす」
「そうなのか、はは……」
ケイレブは苦笑いをして話題を変える。
「……とにかく、いつもメンテナンスしてくれてありがとう。CEの整備部は優秀な人材が多くて助かる」
「それほどでもないっす……」
ケイレブに褒められ、若いエンジニアは後頭部に手をやり視線を泳がせる。
その時目が合ってしまった。
若いエンジニアはケイレブに質問する。
「そちらさんは誰っすか?」
「こいつはオレと同じCE所属ランナーのシンギだ」
「シンギって、シンギ・テイルマイト……?」
俺の名前をフルネームで知っているらしい。
若いエンジニアは視線をこちらに向けてじっと見つめてくる。
「何だよ」
その視線が気に食わず、シンギも同じようにガンを飛ばす。……と、若いエンジニアの態度が急変し、声を荒げて責め立ててきた。
「テメェ、毎度毎度ふざけてんじゃねーぞ。お前が馬鹿してるおかげで修理が大変なんだよ。今日もまたアルブレンを壊したんだってな。……ちょっとはケイレブさんを見習えよな、クソランナーが」
「あぁ? 今何て言った?」
これまでも何度か嫌味や文句を言われたことがあるし、それ自体は大した問題ではない。
……しかし、最後のセリフだけは頂けなかった。
若いエンジニアは同じ言葉を繰り返す。
「もう一度言ってやるよ。……二度とアルブレンを操作すんじゃねェ!! このクソランナー!!」
「!!」
言葉が終わると同時に、シンギは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、若いエンジニアに飛びかかる。
今日はアルブレンを壊されてむしゃくしゃしていた所だ。こいつを殴って憂さ晴らしをしよう。
そう思ったのも束の間。
相手に到達する前にシンギはケイレブに胸元を掴まれ、テーブルに押し付けられてしまう。
荒事には慣れている俺でも、元特殊部隊員の制圧術は体に堪える。
関節をキメられて抵抗することもできず、シンギは諦めて力を抜いた。
そのままの体勢でケイレブはキツめの口調で説教し始める。
「おいシンギ。やんわりと伝えるつもりだったがはっきり言わせてもらう。毎回あんな行動をされたらオレもみんなも困る。勇気があること自体は否定しないが、お前の場合は無謀とあまり変わらないぞ。自暴自棄になりたい気持ちもわかるが、いい加減大人になれ。地道に傭兵やってれば借金も30年で全額返済できる」
そんな事は分かりきっている。
ケイレブの説教に応じて俺も自分の考えを口に出した。
「だったら俺を作戦に参加させなければいいだろ。治安維持のための巡回任務なら俺でも問題なくこなせる自信はあるぞ」
しかし、ケイレブが言いたいのはそういうことでは無さそうだった。
「稼ぎの少ないパトロールをやるのもいいが、シンギはそんな器じゃない。オレやオペレーターの指示に従えば大きく活躍できるし、数年で優秀な傭兵になれると思っている。頼むから賢く生きてくれ」
「……」
なるほど、このケイレブ・スウォードという男は中途半端に関わるつもりはないみたいだ。本気で俺のことを考えてくれているらしい。
そんな面倒な男とはこれ以上関わりたくなかった。
「賢く生きるつもりならこんな傭兵になんかなってねぇよ。俺は敵と向き合って正面から戦いたいだけだ。CEのランナーは遠隔操作で命が保証されてる。そんなランナーがコソコソしながら作戦に参加するのは情けねーだろ。突っ込んで玉砕してこその遠隔操作VFだろーが。……俺は俺のやり方を変えるつもりはねーからな」
そう言いつつケイレブの手を払い、シンギはテーブルの上から降りる。
……このまま再度椅子に座って食事を続けるのも気まずい。
シンギは店の出口に向かう。すると、ケイレブが背後から話しかけてきた。
「なるほどシンギ、遠隔操作が卑怯だと言いたいんだな?」
よく分かってるじゃないか。
シンギは振り返り、ケイレブの言葉を肯定する。
「そうだろ。だから俺は遠隔操作でしかできないことを……」
同意の言葉を述べていると、ケイレブからすぐに反論が返ってきた。
「無闇に突っ込んで行って破壊されることが遠隔操作でしかできないことか? ……よく聞けよシンギ、戦場に卑怯なんて言葉はない。戦力の差があってこその戦争だ。強いか弱いか、ただそれだけだ。遠隔操作で戦うのと実際に搭乗して戦うのは、遠くから銃で撃つか、近くからナイフで刺すか程度の違いしかない。お前の考え方はあまりにも幼稚だぞ」
「何が戦争だよ。こっちの命が保証されてりゃ、それはただの一方的な攻撃じゃねぇか……」
自分なりに考えを伝えようとしたが、一方的な攻撃の何が悪いと言われてしまえば終わりだ。
これはスポーツでも格闘技でもない、ルール無用の戦闘行為だ。相手勢力のことを気遣っていいる方がおかしいのだ。
暫くすると、今まで静観していた若いエンジニアが不意に口を開いた。
「……つーか、そんなに遠隔操作に引け目を感じてるんなら直接戦場に行けよ。お前が言ってるのはそういうことだろ?」
「!!」
正論を叩きつけられ、シンギは何も言い返せず立ち尽くす。
そんな俺を見て若いエンジニアは嘲り笑う。
「ハハッ、大口叩いときながら遠隔操作を止めるつもりは無いんだな。情けねー奴……」
その言葉を聞き、自分がどれだけ甘い認識で作戦に参加していたのか、シンギは今更ながら自覚する。
同時に自分のことを不甲斐なく感じていた。
確かに、無謀なだけの俺はクソランナーと言われても仕方ないのかもしれない。
ところが、ケイレブはシンギを庇う旨の発言をする。
「情けなくはない。誰だって命は惜しいから仕方ないことだ。……どっちにしてもしばらくは頭を冷やせ。作戦にもしばらく参加するな」
そう言うとケイレブはテーブルの上に代金を置き、席から離れていく。
そのまま横を通り過ぎ、店から出ていってしまった。
「……」
若いエンジニアが言ったことも、ケイレブが言ったことも正論だ。
シンギはそれを分かっているつもりでいたが、何故だか釈然としなかった。
……その後、若いエンジニアもケイレブを追って店から出ていった。結果、シンギはテーブルに残された中華料理を一人で食べることになった。




