4 -無敗のランナー-
前の話のあらすじ
シンギはケイレブと共に柏木綜真の試合を観戦した。
綜真が操るVFアカネスミレは華麗な動きを見せ、大いに会場を沸かせていた。
このVFに着いて、シンギは詳細を知りたいと感じていた。
4 -無敗のランナー-
「――だから、これは正確にはアカネスミレじゃなくてリアトリスなんだよ。本物のアカネスミレは海上都市群で起こった暴走VF騒ぎの時に壊れちゃって、そのあとで鹿住さんがリアトリスをアカネスミレとしてカスタマイズしていったわけ。当時どれだけ2機が似た構造をしていたかっていうのがよく分かるよね。」
「へぇ、そんな事があったんだな。」
……モザンビークでのイベント試合を観てから数日後、俺はいつも通りキルヒアイゼンのラボを訪れていた。
来たからといって特にやっていることはない。
暇をつぶす場所が俺の部屋からこっちに移動しただけだ。
俺のリアトリスも作戦時以外はこのラボで世話になっているし、ほとんどの時間をここで過ごしている気がする。
俺はラボの中でも中央に位置する場所、複雑そうなコンソールがずらりと並んでいるところに佇んでいた。
この間まではリアトリスのコックピットの中でのんびりしていたが、最近はラボ内をうろついたり、ナナミと話すことが多い。
ナナミは忙しそうに作業しながらでも俺と会話できる器用な女だ。
今もリアトリスに張り付いて複雑そうな作業をしているのに、普通に会話が成り立っている。
セルカとは違って面と向かいながら話さなくても済むので、こちらのほうが俺も気が楽だ。
もちろんセルカとも会話をするこもある。しかし、セルカは有能なオペレーターでもあるので、意外とCEでの仕事で忙しいみたいだ。
そんな事もあってか、ラボでナナミと二人きりになる機会は結構多い。
だからといってどうという訳でもないが、今はアカネスミレについて教えてもらっていた。
(やっぱナナミは物知りだな……)
アカネスミレについては一応自分でもネットで調べてみた。
だが、やはりナナミが持っている情報のほうが多いし、説得力もある。
流石はキルヒアイゼンお抱えの技術者だ。
ナナミの話を聞く限りではキーワードは『鹿住葉里』とかいうVFエンジニアみたいだ。
話している間、何度も何度もその名前が出てきている。
俺はそのことを踏まえて思ったことを口にした。
「そのカズミって奴はリアトリスも作ったんだよな? だとしたらリアトリスとアカネスミレは兄弟みたいなもんか。」
俺がそう言うと、ナナミはすぐに頷いて反応を示し、肯定の言葉を返してきた。
「そうだね。どちらも鹿住さんが同じ時期に開発したVFだし、シンギくんの例えはピッタリだと思うよ。」
(同じ時期に同じ開発者によって作られたVF……)
そんな2機のVFがどうして別々のチームで使われていたのだろうか。
よく考えるとまだまだ謎が隠されている気がする。
キルヒアイゼンの巡業イベントもモザンビークで最後で、近いうちにアカネスミレもこのラボに戻ってくるらしいし、実際に見るのが楽しみだ。
直にアカネスミレを見れば、俺が疑問に思っていることの大半が解決できることだろう。
そんな事を思いつつ、俺は何気なく話題を変える。
「それにしても、そんな高性能なVFをただのショーに使うだなんてもったいねーよな。」
この発言はナナミにとっては気に食わなかったらしい。
ナナミは作業を中断して俺に反論してきた。
「ちょっとシンギくん、その発言はイラッときたよ。わたしからすればそんな貴重なVFで戦争やってるほうがよっぽど勿体無いよ。」
そう言いつつナナミはリアトリスから離れ、俺の元まで早歩きで近付いてくる。
足を前に踏み出す度にメガネが上下に揺れ、ロップイヤーを連想させる黒色の長い前髪も歩に合わせて前後に揺れていた。
表情も膨れ面で怒っているのがよく分かる。
しかし、全く迫力はなかった。
俺はナナミから受けた反論に対し、さらに強めに言い返す。
「はぁ? 戦争で使用してこその戦闘兵器だろ。……大体、そんな考え方してるからVFBの人気が出ねーんだよ。」
言い終えると同時にナナミは俺の正面に立ち、こちらの顔に向けて指差しをしてきた。
……つい先程までリアトリスをいじっていたせいか、その指先はオイルで汚れていた。
「シンギくん、その言い草はひどいしVFについて大きく誤解してるよ。VFは元々はスポーツ用のマシンだったんだ。つまり、今こうやってVFに戦争させている方がおかしいんだよ。」
俺はナナミの指差しを手のひらで覆うと、その腕と一緒にナナミの主張も払いのけた。
「おいナナミ、それマジで言ってんのか? だったら何でナナミはリアトリスのメンテしてるんだよ。」
「それは……」
「どうせ高い整備代が欲しいからやってるんだろ。もしそうだとしたら笑えるな。結局はナナミも戦争に加担してるってことになるじゃねーか。」
「……。」
久々に人を言い負かした気がする。
今まで“馬鹿”だの“殺すぞ”なんて言う中身の無い言葉の言い合いしかしてこなかったので、こうやって相手の揚げ足を取るのは非常に気持ちがいい。
しかし、俺の優越感は一瞬にして消え去ることになる。
「確かにそうだね。……今後一切リアトリスのメンテナンスはしないことにする。これでいいよね。」
「……!?」
ナナミの言い分は正しいし、俺もそう主張していたので反論する余地がない。
一気に立場が逆転してしまった……。
予想外の展開に、俺は思わず本音で反応してしまう。
「それは……困る。」
そんな俺のセリフに対し、ナナミは勝ち誇った表情を浮かべていた。
「だったら謝ってくれるよね。シンギくん?」
「……。」
もはや何も言えない。
俺はリアトリスのメンテナンスを依頼している立場にあり、メンテナンスを断られると作戦に参加できないのでかなり困ってしまう。
対するナナミは別にメンテナンスをしなくても報酬を貰えないだけで全く困らない。
黙ったまま色々と考えていると、ラボ内に誰かが入ってきた。
それはセルカだった。
セルカはすぐに俺とナナミを見て事態を察したらしく、間に割って入ってくる。
「また何か言っちゃったんですかシンギさん。」
「セルカには関係ねーよ。」
ぶっきらぼうにそう告げると、セルカは短くため息をついた。そして回れ右をしてナナミに振り返り、ろくに理由を聞くこともなく謝罪し始める。
「すみませんナナミさん。CE社のオペレーターとして謝罪します……。」
こうなってしまうと面目丸潰れである。
ナナミはセルカの謝罪を受けて自分がより優位に立ったと感じたらしい。先程にもまして強気な態度で俺に言う。
「セルカちゃんにまで迷惑かけて……。シンギくんは情けないなぁ。」
ナナミはメガネのレンズ越しに小馬鹿にしたような視線を俺に向けていた。
その目が気に食わなかった俺は、とうとう相手の外見を貶める発言をしてしまう。
「……うるせーよ、このメガネ女。」
「あー!! もう本気で怒ったよ? 泣いて土下座するまで許してあげないからね。」
ナナミはメガネの事を気にしていたのか、声を荒げてそう言って俺から顔を背ける。
その後ナナミは無言で操作端末が集まっているコンソールの前までずかずかと移動し、椅子に座って腕と足を組んだ。
(めんどくせぇ……)
原因が自分にあるのは重々承知だが、こうもあからさまに嫌な態度を取られると俺も素直に謝れない。というか謝りたくない。
「ほら、シンギさんも謝ってください。ナナミさんがメンテナンスしないとリアトリスで作戦に参加できなくなるんですよ。」
「別に構わねーよ……。」
強がってみたものの、リアトリスに乗れなくなるのはとても困る。
しかし、こうなってしまっては今更謝ることもできない。
一旦時間を置いてからナナミの機嫌が良くなるのを待とうかと考えていると、またしてもラボ内に人が入ってきた。
「なんだい、妙に賑やかじゃないか。」
そんな朗らかな声を室内に響かせながら入ってきたのは一人の青年だった。
無造作な髪型とにこやかな笑顔はその青年が純朴であることを表しているように思える。
服装はカジュアルで体格もやや細身であり、こちらに向かって歩いている所作からは上品さがにじみ出ていた。
これを見て、俺はその青年が自分と全く共通点がない、むしろ逆の性質を持つ人間だという印象を受けていた。
ただ、共通点がないというわけでもないらしい。
セルカの口からそれを証明する言葉が飛び出してきた。
「お帰りなさい、ソウマさん。」
(ソウマ……こいつがカシワギソウマか。)
その共通点とは“VFランナー”のことだった。
VFBで最も強いランナーと聞いて、もっと猛々しいというか、獣のようなゴツい男を想像していたのだが、俺の予想は見事なまでにはずれていたらしい。
ソウマはセルカの挨拶にすぐに応じ、軽く手を振る。
「ただいま、セルカちゃん。」
そう言ってソウマは近くまで接近してきて、セルカの正面に立つ。
続いて、何気なく首を動かして俺に目を向けた。
「えーと、君は……」
間を置かずしてソウマは俺に声を掛けてくる。
俺のことが気になるのも仕方がないことだ。何せ俺はこのチームとは関係のない部外者なのだから。
自分がCEのランナーだという事を簡単に説明しようかと考えていると、ソウマの口から予想だにしない言葉が飛び出てきた。
「君は……CE社のランナーだね?」
(……!!)
やはり、ランナー特有の波長のようなものがあるのか、ソウマは俺のことをランナーだと判断したようだ。しかもCEに所属していることまで分かるらしい。
思わず俺はソウマに質問していた。
「何で……分かったんだ?」
すると、ソウマは当たり前のように話す。
「だって君はこの間モザンビークでイベントの警備をしてくれただろう? サリナ社長から色々と話は聞いてるよ。」
「あぁ、そうだったのか……。」
少し大げさに考え過ぎていたようだ。
警備をするランナーのことくらい耳にしているだろうし、サリナから話を聞いたとなれば知っていて当然だ。
イベントの話が出ると、再びセルカがソウマに話し始める。
「ソウマさん、先日のイベントはすごかったです。……残念ながら会場には行けませんでしたけれど、中継映像でしっかり見させてもらいました。」
「いつも応援ありがとう。こんなに身近にファンが居てくれて僕も嬉しいよ。」
ソウマはセルカの一生懸命な言葉に笑顔で応え、自然な動作でセルカの頭をフード越しに撫でる。
(あーあ、やっちまったな……)
セルカにとってフードは銀色の髪を隠すための大事な物だ。そのため、少しでも触れれば過剰な反応を見せて嫌がるはずだ。
今回もソウマの手を払いのけて逃げるかと思っていた。
しかし、そんな俺の予想に反して、セルカは嬉しげに微笑んでソウマに撫でられていた。
(あれ……?)
セルカは自分で“VFBが好き”と言っていたくらいだし、本気でソウマのファンなのだろう。……だとすると、スタッフとしてランナーの傍にいられるこの状況はかなり幸せに違いない。
ソウマは慣れた手付きでセルカをあやしていたが、数秒もすると撫でるのを止めた。
手を離す際にセルカの頭をぽんぽんと叩くと、続いてソウマはナナミにも声を掛ける。
「ただいま。帰ったよ。」
ソウマに声を掛けられ、ナナミは少し遅れて小さな声で応える。
「……おかえり。」
まだ俺との言い争いが尾を引いているのか、言い方もどこか素っ気ない。
原因を知らないソウマは飽くまで優しい口調でナナミと会話を進めていく。
「なんだい、かなり不機嫌そうだね。」
「別に何でもないよ。」
ナナミは操作コンソールに視線を向けたまま、ソウマに顔を向ける気配は全くない。
ソウマはなんとしてもナナミと話がしたいようで、新しい話題をナナミに持ちかけた。
「……それにしても、僕がいない間にまたすごいVFを手に入れたね。」
すごいVFと言うのはもちろん俺のリアトリスのことだ。
ソウマは何気なくナナミの背後に回ると、これもまた当たり前のように肩をマッサージし始める。
いきなり体に触れられたら誰でも不快に思うはずだが、この二人の場合はそうでもないようだ。
ナナミはそれを嫌がる様子もなく受け入れ、一旦コンソールから手を離して伸びをした。
「んん……」
そのままナナミは背後に倒れるようにして仰け反り、すぐ後ろにいるソウマの胸元に頭のてっぺんを押し当てる。
そのナナミの表情は先程までとは打って変わってすっかり和らいでいた。
ナナミはその状態のまま、ソウマを見上げながら喋る。
「違うよ綜くん。これは預かり物で、単に頼まれてメンテナンスしているだけだよ。」
(綜くん……?)
ソウマの愛称だろうか……。
見た感じ2人は妙に仲がいいし、もしかすると恋人なのかもしれない。
いや、絶対にそうだ。そうでなければ人前であんなに密着することはないはずだ。
ソウマはナナミの肩を揉みながら話を続ける。
「預かり物……か。でも、今時プリミティブVFを個人で所有してるなんてすごい金持ちなんだろうね。一体どこの道楽者だい?」
「道楽者じゃねーよ。」
俺は咄嗟に反応してしまい、話に割り込む。
ソウマは肩を揉む手を一旦休め、何かを思い出したかのように俺に言葉を送ってきた。
「……あぁ、そういえばサリナ社長から聞いてたんだったよ。……プリミティブVFに乗って戦場で活躍しているんだったんだね。確か名前は……」
ソウマは“名前は……”というセリフを口にした後、言葉に詰まっていた。
仕方なく俺は自ら自己紹介してやることにした。
「シンギ・テイルマイトだ。CE社で傭兵ランナーをやってる。で、あのリアトリスはCE社の整備工場じゃ手に負えねーからここのラボで世話になってるだけだ。わかったか?」
「なるほど、海上都市の中でプリミティブVFをまともに整備できるのはここ以外にないからね。とにかく自己紹介ありがとう。僕の名前は……」
自己紹介を返されそうになったが、俺は既に相手の事を知っていたので先にソウマの名を口にした。
「『柏木綜真』だろ? VFBで随分活躍してるってこいつらから聞いてるぞ。」
「知ってくれているなんて光栄だね。嬉しいよ。」
ソウマは親しげに返事をすると、ナナミから離れて俺に握手を求めてきた。
渋々俺が手を差し伸べると、ソウマは俺の手を素早く掴み、半ば強引に握手を成立させた。
相変わらずソウマは笑顔を保っており、1mmたりとも表情が崩れることはなかった。
(気に入らねーなぁ……)
こうやって笑顔でいれば誰とでも打ち解けるとでも思っているのだろうか……。
少なくとも俺はそんな下心が見え見えの男は嫌いだし、ソウマとも仲良くするつもりはない。
ソウマの事が気に食わなかった俺は、握手ついでにきついセリフを送ることにした。
「……しかし、まさかVFBの有名人ランナーが同じチームのエンジニアとデキてるなんてな。ファンに知られたら大変なことになるんじゃねーか?」
「デキてる……?」
俺がナナミのことを指摘すると、ソウマはきょとんとした表情を見せた。
しかし、それも一瞬のことで、すぐにソウマは俺の指摘に対して笑って答える。
「あ、これは違うよ。でも勘違いしても仕方ないか、あはは。」
「何が違うんだよ。そんな言い訳通用しねーよ。」
そうは言ってみたものの、ナナミも口元を押さえて笑っているし、セルカに至っては俺から顔を背けた状態で体を小刻みに震わせている。笑いを堪えているのだろう。
(何だよ……俺が間違ってるのか?)
それから暫くすると、ようやくソウマが俺に詳しい事情を教えてくれた。
「仲がいいのは事実だよ。なにせ、京姉は僕の従姉だからね。」
「従姉……」
これは予想外の答えだった。
意外すぎる繋がりに俺は納得できそうになかった。
苗字が違うのはまだいいとしても、2人は全然似ていない。
親類だということに気づけというのは無理な話だ。
……というか、ソウマよりもナナミの方が年上だということも驚きだった。
ソウマは俺から離れると、再びナナミの元へ戻る。
そのままナナミの隣に立つとソウマは椅子に座っている従姉を自慢し始めた。
「京姉は僕が知る限り最高のエンジニアさ。いつも助かってるよ。」
「……。」
ナナミはこういう事を言われるのは慣れているのか、嫌がる様子もなく、かと言って喜ぶ様子もない。
それどころか“話は終わった”と言わんばかりに操作コンソールに視線を向け、何やら作業を再開していた。
だがその作業はリアトリスのメンテナンスではないみたいだ。
リアトリス近辺にあるロボットアームは全く動いていない。
まだ俺が言ったことを怒っているのだろうか……。
後で機会があればナナミに謝っておいてやろう。
それに、今はソウマと共に帰ってきたアカネスミレを受け入れる準備をしているだけなのかもしれない。
ソウマはというと、何だかんだ言ってリアトリスに興味があるらしく、ナナミの傍にいながらリアトリスを眺めていた。
「あの刀の模様、どこかで見たことあるんだけどなぁ……」
ソウマが目をつけたのはリアトリスの傍らのケージに無造作に立てかけられている刀型の武器『鋼八雲』だった。
一度見れば忘れられないくらい特徴的な刃紋なので、俺もその話には興味があった。
しかし、鋼八雲はここ数十年間ずっと七宮宗生の個人倉庫に眠っていたので“どこかで見かけた”というのは有り得ない話だ。
他にも同じような武器があるのだろうか……。
その俺の予想は正しかったらしく、ソウマはその武器について話す。
「あ、思い出した。あの槍と同じ模様だよ。」
(槍……?)
一体どんな槍なのだろうか。
俺はソウマに説明を求めるつもりで近付いたが、俺よりも先にセルカが反応を見せた。
「わ、私も思い出しました。確かに『グレイシャフト』とよく似てると思います。」
俺は背後から聞こえてきた声に反応してセルカを見る。
セルカはラボ内のある一点を見つめていた。
俺もセルカと同じ場所に目を向けてみる。
そこにはVF用だと思われる巨大な槍があった。
槍は壁に設置された2本の突起の上に乗っかるような感じで保管されていて、全体的に暗い色合いをしている。
セルカの言う通り、そのグレイシャフトとか言う槍の穂先には鋼八雲と同じ斑状の模様がはっきりと浮かび上がっていた。
「あの槍か……。確かに模様はそっくりだけど、地味な色だな。」
思ったことを呟くと、ソウマがその槍について何となく教えてくれた。
「最近の試合は素手同士の格闘がメインになっているんだけれど、つい十数年前までは武器の使用も許可されていたんだ。でも規制のせいで武器が使えなくなってね……。多分、あの槍もその時に使われなくなった武器だと思うよ。」
槍について理解したところで、俺は武器の使用規制について言及する。
「武器も使えないようなくだらない試合してるから人気がなくなるんだよ。この前のイベント試合みたいに遠慮無く武器使えばいいだろ。」
「使えたらいいんだけどね……。まぁ、規制が厳しくなったから仕方ないよ。」
ソウマもソウマで色々と悩んでいるみたいだ。
視線を下に向けて、悩ましそうにため息を付いていた。
「はぁ……。武器も使えて参加チームも増えればVFOBよりも人気が出てると思うんだけどなぁ。」
VFBはスポーツとしてそれなりの人気はある。しかし今はネットワーク対戦型のVFシミュレーションゲームのVFOBの方が圧倒的に人気があるというのが現状だ。
VFOBについて詳しいことは知らないが、有名なプレイヤーが出場している大会ではその試合だけでもかなりの額のお金が動くらしい。
やはり、自分でVFを操作できるというのは大きなアドバンテージだ。
スポーツは観るのも楽しいが、自分でやるのはもっと楽しいものなのだ。
セルカもVFBの人気低迷を嘆いているのか、ソウマの言葉に付け足すように語り始める。
「その通りだと思います、ソウマさん。……現在チームとして残っているのは『キルヒアイゼン』と『E4』と『クライトマン』と『ガムラ・システムズ』、そして『HAL&HEL』のたったの5チームだけですからね。しかも5チームともVF関連企業の宣伝部署や税金対策、あとは性能試験目的に設立されたチームで、純粋なVFBチームは一つもありません。……もっとスポンサーさんやVF開発企業が参入してくれるとありがたいんですけれど。」
よく理解できないが、色々と込み入った事情があるみたいだ。
その中で最も気になったのは5チームという言葉だった。
俺はそのことに関してセルカに聞き返す。
「5チームって、たったそれだけなのか? それじゃ大会って言えねーだろ。」
俺としてはもっと大規模なリーグ戦を予想していた。それがたったの5チームだけになると、途端にソウマがすごいランナーだとは思えなくなってきてしまう。
セルカは否定するでもなく俺の質問に対して肯定的に答えた。
「はい、情けないですがまさにその通りです。他のチームは経営が立ち行かなくなって解散してしまい、このVFBリーグも今では一部のスポンサーと七宮重工からの援助のお陰で成り立っている状態です。七宮重工のトップが変わった今、その助成金も打ち切られそうで……。」
ここでセルカは言葉を区切る。
援助が打ち切られるとどうなるのか、馬鹿な俺でも簡単に理解できた。
一呼吸置くと、セルカは先ほど言えなかった言葉を続けて言う。
「もし助成金が打ち切られてしまうと、VFBリーグは終わりというわけです。」
そう言うセルカに続き、ソウマは苦笑いしながら現状を語っていく。
「なるべく頑張って経費を削減しているんだけどね。もう専用のバトルフロートユニットもボロボロになってきてるし、色々と辛いよ。」
スポーツなんだし呑気に試合でもやっているのかと思っていたが、経済的には案外シビアみたいだ。でなければわざわざ外に出て巡業をする必要もない。
ソウマとセルカはチームの現状を話し終え、どんよりとしたオーラを纏っていた。
聞いておいてなんだが、こちらも申し訳ない気持ちになってくる。
そんな暗く沈んだ空気を押しのけたのはソウマだった。
「……さて、暗い話はこのくらいにしようか。せっかく久々に会えたんだ、何か楽しい話でもしようよ。」
ソウマは明るい口調で声を出し、セルカに笑顔を向ける。
セルカはその笑顔を見て一気に淀んだ表情から回復し、あまつさえ頬を赤らめていた。
そんな状態でセルカはソウマにVFBとは全く関係のない事を話しかける。
「あの、ソウマさん。今晩一緒にディナーしませんか? そこで楽しい話を……」
「それはいいね。実は僕もセルカちゃんを誘おうと思っていたんだ。喜んでディナーに誘われるよ。」
セルカが人を食事に誘うなんて驚きだ。
そこそこ会話をしてセルカの人物像についてはわかっていたつもりだったのに、男を食事に誘うような度胸のある女だとは思ってもいなかった。
ソウマの快諾を受け、セルカはうきうきとした様子で話を進めていく。
「あの、食事代はキルヒアイゼン側で出しますから、気にしないでください。」
「そうかい? 本当にキルヒアイゼンには頭が上がらないよ。」
「そんな事言わないでください。このくらいの経費は何でもないです。ソウマさんとお食事できるなんて、本当に幸せです……。」
「本当かい? セルカちゃんがそう思ってくれてると思うと僕も嬉しいよ。」
ソウマとセルカの2人は、俺を気にする様子もなく和気あいあいと話していた。
放ったらかしにされた俺は止む無く近くにあった椅子に座り、ラボの中をぼんやりと見渡す。
俺の目に入ってくるのはリアトリスでもなければグレイシャフトでもなく、ソウマを仲良さげに話しているセルカの横顔だけだった。
別にソウマに嫉妬しているとか、苛立ちを覚えているわけではない。
むしろ今の心情的には、可愛がっていたペットを横取りされてしまったような、そんな感情に近かった。
そんな風にイライラしていたこともあってか、俺はソウマに対して挑発的なセリフを言ってしまう。
「……あーあ、たった5チームしか参加チームがねぇのに、『無敗のランナー』とか言っちゃって恥ずかしくねーの?」
そんな俺の挑発に反応したのはセルカだった。
セルカは当然のごとくソウマを庇うような言葉を返してくる。
「ちょっとシンギさん、いきなりどうしたんですか? ソウマさんに向かって失礼ですよ。」
セルカとは違い、ソウマは落ち着いた口調で俺の言葉に応じた。
「いや別に構わないよ。確かに参加チームは少ないのは事実だからね。……でも、僕が無敗なのも事実だ。名乗るだけなら構わないだろう?」
なかなか説得力のある言い訳だ。
だからといって俺がここで引けるはずがなかった。
俺はさらに口調を強めてソウマを貶める旨の発言を続ける。
「何寝ぼけたこと言ってんだよ。俺は弱い奴が“無敗のランナー”だとか偉そうな肩書きを持ってるのが気に食わねーんだ。分かるだろ?」
そこまで言うと、ソウマに代わってセルカが俺に詰め寄ってきた。
「いい加減にしてくださいシンギさん。ついさっきもナナミさんと喧嘩してましたし、今日は何か変ですよ。それに、シンギさんよりもソウマさんのほうが強いのは事実なんですから、文句をいう資格はないはずです。」
ここまで言われてしまっては俺も引っ込みがつかない。
「ほお、言ってくれるじゃねーか。どっちが強いか試してみるか?」
そのまま勢いに任せて俺はソウマに力比べを提案してしまった。
ちょっとした事で喧嘩することになるなんて、つくづく俺も短気な男だ。
(ま、これくらいにしとくか……)
どうせ今から時間もないし、ソウマもさっきまでと同じように軽い感じで受け流すだろう……と、俺は考えていた。
しかし、ソウマは迷惑そうな表情を一つも見せず、むしろ嬉々として俺の提案に乗っかってきた。
「対戦か……。それはいいね。」
「え……?」
「そ、ソウマさん?」
俺だけでなくセルカも驚いたようで、ソウマの顔を見上げたまま固まっていた。
俺とセルカの反応を無視してソウマは話を進めていく。
「僕も同じ相手ばかりで最近退屈していたんだ。よろしく頼むよ、シンギ。」
「……おう、望むところだ。」
思わぬところでソウマと対戦することになり俺は動揺していた。
だが、同時に興奮もしていた。
ケイレブがあれだけ強いと褒め称えているソウマという男の実力がどれほどなのか、同じランナーとして気になるのは当然のことだ。
イベント試合を見た印象ではただ単に身軽なだけで、戦闘には慣れていない感じがする。
どんなに操作技術が優れていても、戦いにおいては戦場で何度も敵を撃破してきた俺のほうが有利なはずだ。
それに俺はプロのランナー向けの訓練用プログラムを完璧にクリアしている。
何だかんだ言ってソウマに勝てる自信はあった。
俺の提案を受けいれたソウマはすぐにラボの出口に向かっていく。
「じゃあトレーニングルームに行こうか。シミュレーションマシンで対戦できるからね。……京姉、準備手伝ってくれないかな。」
ナナミは作業しながらも俺たちの会話をしっかり聞いていたらしく、ソウマに確認の言葉を送る。
「でもいいの綜くん? セルカちゃんとディナーの約束があるんじゃ……」
「大丈夫。数分で終わるだろうから。」
何が大丈夫なものか。
逆に俺が数分でソウマを倒してやろうではないか。
「……カッコつけてんじゃねーよ。」
俺は小さく呟き、ラボから出ていくソウマの後を追った。




