3 -VFB-
前の話のあらすじ
シンギはケイレブと共に修学旅行中の小学生児童を預かり、CE社内の見学を手伝わされることになった。
その最中、シンギは児童の話から柏木綜真の存在を知ることになる。
3 -VFB-
小学生児童どもの会社見学が終わってから2週間後。
俺はケイレブによって半ば強引にVFBを観戦させられていた。
(まさか本当に観戦するとは……)
実を言うと、俺はケイレブとそんな約束をしていたのをすっかりと忘れてしまっていた。
そのため、休日にいきなりケイレブが俺の部屋に現れて「観戦しに行くぞ」と言い放った時はかなり焦った。
当然ながら旅行の準備なんてしていなかったし、航空機やVFBイベントのチケットだって買っていなかった。
……だが、そんな心配は全く必要なかった。
何故ならば俺はHMDの画面越しにイベントを観戦していたからだ。
「――観戦って、ただの警備任務じゃねーか。」
現在、俺はCE社内のキュービクル内でアルブレンを遠隔操作している。
そのHMDにはアルブレンのアイカメラを通じてVFBイベント会場の様子がよく見えた。
結構古い感じのスタジアムがあるのはアフリカ大陸南東に位置するモザンビーク共和国の首都、マプトだ。
この場所は海にほど近い場所にあり、東側には広い海が広がっている。
海上都市群に住んでいるので見慣れている光景ではあるが、陸地の上から見る海というのはまたどこか違う感じがする。
……海についてはともかく、海に面しているこの国は、海上都市群から結構近い場所にある。
飛行機で数時間なのだし、わざわざ遠隔操作を通じて違法観戦しなくてもいいのではないだろうか。
ぶっちゃけどうせ観るならちゃんとした場所で観戦したい。
(旅費が浮いたって考えりゃいいか……。)
それはそうと、“警備任務に乗じて試合イベントをただ見しよう”なんてよく思いついたものだ。
ケイレブも結構手馴れているみたいだし、こういうセコいことを何度かやっているのかもしれない。
ちなみに、VFBのイベントの警備にCE社が雇われているのには理由がある。
……何を隠そうこのCE社もVFBのスポンサーらしいのだ。
少額しか投資していないので、比較的危険な場所でイベントをやる際にはたまにこうやって警備をしているみたいだ。
「移動費もチケットも無しに観戦できる。しかも報酬も出る。……文句ないだろう?」
「これが“観戦”ねぇ……。」
ケイレブのセコい考えはなかなかいい方法だと思ったのだが、今回は快適に観戦するのは無理そうだ。
その理由は単純で、ドーム型のスタジアムは周囲に観客席があり、入り口にほど近いこの場所からは観客席が邪魔して満足にアリーナの様子を見ることができないからだ。
結局俺とケイレブはスタジアムの上の方にある巨大モニターを見て試合の様子を見ている。
まだソウマとか言うランナーが出ていないので別に構わないが、これだとあまり迫力というものが伝わってこない。
遠隔操作をしているのでコックピットから降りて会場に行くなんて事はできないし、もちろん警備中なので持ち場を離れるなんてこともできない。
(ま、仕方ないか……。)
一応体面上は警備をしているのでおおっぴらに対戦イベントを観戦することができないし、巨大モニターが見える位置にいられるだけ運がいいと思っておこう。
ケイレブもそのことについては反省しているらしい、通信機越しに後悔の言葉を呟いてきた。
「悪かったなシンギ。……こんな事ならあのオペレーターの娘に頼んで中継映像を見せてもらえばよかったかもしれない。聞くところによるとキルヒアイゼンのスタッフなんだろう?」
唐突にセルカのことを告げられ、俺はケイレブに問い詰める。
「何でセルカがスタッフだって知ってるんだよ。」
「そうそう確か名前はセルカ・キルヒアイゼンだったな。この名前だけでもキルヒアイゼンの関係者という予想はつく。それに、彼女がこの間コルマール社長と社長室でVFBに関して話し合いをしているのを見かけた。……今時あんなにも深くフードを被っている女の子は珍しいな。社内でもかなり目立っていたぞ。」
やはりというかなんと言うか、キルヒアイゼンのご令嬢ともなれば普通にCEの社長と話すこともあるみたいだ。
中継映像に関しての話はともかく、フードについてはケイレブと同意見だった。
「フードのせいで逆に目立ってるって分かってねーよな、あいつ……。」
セルカがフードを被っているのは銀色の髪を隠すためだ。
俺はあの長くて綺麗な銀の髪を一度だけ見たことがある。至近距離から見たあの髪はまるでガラス細工のように繊細で、光が透き通っているかと思うくらいに清らかだった。
しかしセルカ自身はその髪にコンプレックスを抱いているらしい。
髪を隠すのもそのせいだ。
人の悩みをとやかく言うつもりはないし、解決してやろうとも思わない。
ただ、勿体無いというのが俺の正直な感想だった。
「逆に目立つ……? 何の話だシンギ。」
「なんでもねーよ。」
ケイレブの質問を適当にあしらうと、そのタイミングでスタジアムの中から観客の沸いた声が響いてきた。
どうやら今日のメインイベントが始まったようだ。
スタジアム内の巨大モニターにはソウマの名前が派手な装飾と共に表示されていた。
「『カシワギソウマ』か。」
ソウマはVFBで無敗のランナーと呼ばれている超強いランナーらしい。
その名前を見ていると、すぐに使用しているVFの名称もモニターに表示された。
(文字ちっせぇな……)
モニターに表示された文字を解読するべくアルブレンのアイカメラをズームさせていると、通信機越しにケイレブが教えてくれた。
「『アカネスミレ』だ。シンギの持っているリアトリスと同じで随分昔からVFBで活躍している機体だ。俗に言うプリミティブVFだな。」
「へぇ……」
そう言えばナナミもそんな事を言っていた気がする。
昔の天才VFエンジニアが作っただとか……。
生憎その技術者の名前は思い出せないが、VFの進化に大きく貢献した人物だったということだけは覚えている。
リアトリスと同じということは、そのアカネスミレとやらも随分古いのだろう。
どんな外見をしているのか色々と予想していると、ようやく巨大モニターの映像がアリーナ内の映像に切り替わり、アカネスミレの全体像が映し出された。
(これが噂に聞くアカネスミレか……)
まず目に飛び込んできたのは真っ赤なボディだ。
頭のてっぺんからつま先に至るまで濃い赤色でカラーが統一されている。
まさに競技用のVFという感じだ。
こんな派手な色だと戦場ではすぐに発見されてしまうだろう。
全身真っ黒なリアトリスを操作している俺が言えた立場ではないのだが、ここまで赤いとペイント費用だけで結構お金が掛かってそうだ。
次に目立っていたのは腕部や脚部の関節部分に取り付けられているチューブ型の補助動力だ。
まるで人間の筋肉のように盛り上がっている。
CEの遠隔操作機であるアルブレンにも同じような物が取り付けられているが、アカネスミレに装備されているそれは比べ物にならないくらい太い。出力も桁違いに高いに違いない。
また、手の部分には頑丈そうなフィストガードが取り付けられた。
いや、むしろ巨大な爪と言ったほうがいいかもしれない。あれで殴られたら大きなダメージを受けるのは必至だ。
その後、改めて全体像を見ると、かなりリアトリスと似ている印象を受けた。
胸部の装甲の形状や股関節部分の構成もそっくりである。
ナナミの話によれば開発者が同じなので当然といえば当然かもしれない。
改良を加えてこれだけ似ているのだから、開発された当時はもっと似ていたに違いない。
……もう少し観察していたかったが、しばらくすると対戦相手のVFが巨大モニターに表示された。
そちらには興味がなかったので、俺はひとまずモニターから視線を逸らした。
「なぁケイレブ。あのアカネスミレのデータとか調べられるか。」
「どうしたんだシンギ。珍しく興味でも沸いたのか。」
そんな返事とともにケイレブはアルブレンを操作し、こちらに近寄ってきた。
興味を持ったことがよほど嬉しいのか、心なしか声色も少し高い気がする。正直気持ち悪い。
俺もアルブレンを操作してケイレブから離れると、ケイレブは元の位置に戻って俺の問いに応えた。
「今調べるのは無理だ。しかし、わざわざ調べる必要もないと思うぞ。毎日のように通っているキルヒアイゼンのラボで適当な技術者に直接聞けばいいだろう。」
「それもそうか……。」
アカネスミレの所属先がキルヒアイゼンだということをすっかり失念していた。
あのラボにはリアトリス以外にほとんどVFが置いていないので頭から抜け落ちていたらしい。
今回はケイレブの言う通り、ラボでナナミに色々と質問することにしよう。
ケイレブと話し込んでいると、不意にスタジアムから試合開始を知らせるブザー音が聞こえてきた。
同時に観客の声も大きくなり、大きな質量物同士がぶつかり合う重い音も周囲に響き始めた。
慌てて巨大モニターに目を向けると、そこには赤くて巨大な影がアリーナ内を駆けまわる様が映し出されていた。
相手VFは画面には映っていなかったがどうやら何か鎖状の武器を使っているらしく、画面の隅にそれらしき物体がチラチラと見えている。
アカネスミレは襲い掛かってくるその武器から逃げていた。
しかしただ逃げているだけではなく、わざわざバク転して避けたり、ブレイクダンスのように地面に手をついて足を大きく広げたりとなかなかアクロバティックな動きを見せている。
こんな動き方は戦場では全然見られないので、俺にとっては珍しい光景だった。
こういう風に機敏に動くVFを見ていると、改めてVFという兵器の可能性というものを感じてしまう。
これだけVFを自在に操れれば操作している本人もかなり楽しいはずだ。
もちろん見ている俺も結構楽しい。
(すげーなぁ……)
悔しいが、ケイレブの誘いに乗って観戦して良かった。
巨大モニターを食い入るように見ていると、俺はふとあることを思い出した。
「ん? そういや武器は使っちゃいけないんじゃなかったか?」
対戦相手が堂々と鎖状の武器を使っていたので疑問にも思わなかったが、事前に聞いたルールでは確か武器は使用不可なはずだ。
話を聞いていたケイレブはすぐに俺の素朴な疑問を解消してくれた。
「これはエキシビジョンマッチ、つまりショーみたいなものだ。公式試合と違って対戦者同士で段取りができているから武器を使っても問題ないんだろう。」
「なんだ、ショーだったのか……」
見世物だということを教えられると、何だか一気に冷めてしまった。
ああやって派手な避け方をしていたのも観客の受けを考えてのことだったのだ。
それ以降俺はモニターをぼんやり眺めるだけで、試合の内容に集中することはなかった。
……その一方で、本気でやり合う試合を観てみたいとも思っていた。




