20 -老獪な訪問者-
補足情報019
これだけVFが安定して運用できているのは七宮重工一社がほぼ全てのフレームパーツを作っていて、規格が統一されているからだといえる。当然ながら七宮重工はVFに関する重要な技術特許を独占している。
VF分野で七宮重工に対抗できるのはキルヒアイゼン社くらいしかいないかもしれない。
20 -老獪な訪問者-
「――つまらないわ。」
そんな私の率直なつぶやきは周囲の空気に飲み込まれる。
私、稲住愛里が七宮重工の社長に就任してからしばらく経つが、既に私にできる仕事はなく、最近は日がな一日社長室のデスクで時間を潰していた。
社内の散歩は飽きたし、工場の見学や社員いじりも飽きた。肩書き上、おおっぴらに外に出て遊ぶわけにもいかないし、詩的な表現をすれば“籠の中の鳥”状態である。
七宮重工の社長という肩書きを得たおかげで充実した日々を送れると思っていたのに、実際には経営に口出しできないし、金を自由に使って遊ぶこともできない。
形だけの社長、飾りとしての社長、いわいるマスコットとでも言えばいいのだろうか。
とにかく、私が思っていたような仕事ではなかったということだ。楽できるのはいいとしても、暇つぶしできないのは辛い。
そんな気持ちを口に出したところで退屈が解消されるわけでもないのに、よくもこう何度も無駄な言葉をつぶやけるものだ。
ただ、そのつぶやきは周囲の空気だけでなく一人の男の耳にも届いたらしい。
間を置かずして控えめな返事が返ってきた。
「稲住様、何かお飲み物でもお持ちしましょうか。気分もすっきりされるかと思いますが。」
「別にいいわよ更木。すっきりしたら余計に暇だってことを自覚してしまうでしょう?」
「はぁ、そういうものですか……。」
法務部の更木の提案をバッサリと切り捨て、私は社長室のデスク上にある情報端末の画面に目を落とす。
その画面に映っているのはウォーノーツで配信されているシンギの戦闘動画だ。
過去から今に至るまでシンギに関する動画は全部見て、最近の動画も何度も繰り返し見ている。とは言え、流石に何十回と見ると飽きてくる。
視点も上空からの視点で固定されているのでそこまで面白みもないのだ。
やはりゲームにしろ映像にしろ、戦闘モノや格闘モノは一人称視点に限る。
その点、あの真っ黒なVFの中に入っていた訓練プログラムは結構面白かった。
シンギが個人倉庫にこもっている間、更木に頼んでこっそりプログラムを複製して貰ったのだが、あれのお陰でひと月は暇をしなくて済んだ。実際には社長としての外向けの仕事をしながらその合間に遊んだので、プレイ時間は一週間から二週間程度だろう。
確かにあれは面白かったが、クリアしてしまえばどんなゲームもゴミと一緒だ。
(もっと面白いこと、ないのかしら。)
――私は小さい頃から何でもできる人間だった。
特に苦労もなく、そのせいで達成感もなく、気の赴くまま流れに身を任せて生きてきた。
そんな半生を送ってきたせいか、不幸なことに私はあらゆることに興味が湧かない。
齢24にして既に受け身の人生になっている。スポーツも勧められてやり始めただけで、別に順位にも強さにも興味はない。人気も名声にも興味はない。
人生は死ぬまでの暇つぶしとも言うが、これほど私が納得できる格言はない。
社長就任の話を受けたのも、社長ともなれば豪華な暇つぶしができると思ったからだ。しかし、現状を考えると思っていたのとは少し違っていたようだ。
そんな暇を埋めてくれる今の楽しみといえばもっぱらシンギだ。
「フフ……」
その名前、顔、匂いを思い出すだけで自然と笑みがこぼれてしまう。
――シンギ・テイルマイト……。
つい最近新しくできた私の弟。
生意気で強気で、外見は狼みたいに高貴さと荒々しさに満ちているのに、その実中身は一生懸命わんわん吠えてる可愛い子犬。
そんなシンギを私はひと目で気に入った。
同じ匂いを感じたからなのかもしれない。
最近はあの真っ黒なVFに乗って大活躍したみたいだし、見ていて飽きない弟だ。
シンギに思いを馳せていると、社長室の中で動きがあった。
視線を向けると、更木が部屋から出て行こうとドアノブに手をかけていた。
独りになると退屈で死んでしまいそうだったので、もう少し部屋にいてもらえるよう、私は更木を引き止める。
「ねぇ更木、なにか面白い話はないかしら。なんでもいいから話してくれない?」
言葉をかけて強引に引き止めると、更木から意外なセリフが返ってきた。
「すみません稲住様、私は秘書でもなければ御用聞き係でもありませんので。こうも頻繁に呼び出されてしまいますと部署の業務に支障が出ます。」
「今日はやけに強気なのね、更木。」
言い返してくるなんて珍しい。
まぁ、今まで散々無理難題を命令してきたし、そろそろ限界なのかもしれない。むしろよくここまで耐えたものだ。
更木はドアノブから手を離して私に体を向けた。
「はい、2時間毎に呼び出しを食らう日々が数ヶ月も続きますと自然と気も荒立って来ます。社長といえど節度を持って欲しいものです。」
更木は冷静な口調を保ったまま半分キレていた。
そんな光景が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。
「フフ、やっぱり更木は面白いわね。」
「……。」
そんな私の対応に嫌気が差したのか、更木は何も言わずに部屋から出ていった。
……が、数秒もしないうちに再び社長室に戻ってきた。そして、その隣には見知らぬ老人が立っていた。
「お邪魔します七宮社長。……いえ、ミス・イナズミ。」
老人はしわがれ声を発して社長室内に勝手に入り、私のデスクの前まで歩いてきた。
足腰も問題なく、非常に健康そうな老人は素人の私が見ても分かるほど高価そうなスーツを着ており、フサフサの白髪は頭のてっぺんで綺麗に左右にわかれていた。
雰囲気を含め、概観すると“貴族”という言葉がよく似合いそうな老人だった。
私は、その老人を追うように入ってきた更木に事情を訊いてみる。
「……誰?」
「いえ、私も存じ上げません。三代目社長のお知り合いの方かもしれませんが……。」
来客の連絡もなしにここまで来れるとなると、余程の権力を持った人なのかもしれない。下手をすれば私よりも地位が高い可能性もある。
取り敢えず愛想笑いを作っていると、老人は更木の言葉をしわがれ声で肯定した。
「その通り。儂の名前は『アウロス』……七宮社長の数少ない友人で、随分前からある計画を二人で進めていた。今日はようやくその目処が立ったことを伝えに数年ぶりに来たわけなんだが……」
ここで老人は言葉を区切り咳払いをし、続けて物悲しそうな表情を浮かべた。
「とうとうあの七宮も他界したか……。」
「知らなかったの?」
口を挟むと、老人は力なく首を左右に振った。
「世間のニュースには疎いものでな。今日知った。」
疎いとかそんなレベルではない。ニュースで連日報道されていたし、七宮宗生の友人と名乗るこの老人が知り得ないわけがない。
私が疑いの目を向けていることにも気付かず、老人は本題に入ってきた。
「……そういう訳でミス・イナズミ、七宮社長と進めていた計画を引き継いでもらえないか。足掛け十数年の計画だ。ここで終わらせるのはあまりにも勿体無い。」
個人的なことならば他の誰にも知られていないはずだ。
一大企業の社長が十数年もの時間をかけて作った秘密の計画を聞かないわけにはいかなかった。
「興味あるわ。話してみなさいよ。聞くだけ聞いてあげる。」
新型VFの開発か、それともVFを超える何かを作る計画か、はたまた新しい兵器の制作計画か……。
このアウロスという老人の口から一体どんな言葉が飛び出すのだろうか、期待しながら待っていると予想だにしない言葉が私の耳に入ってきた。
「ミス・イナズミ……儂と一緒に“国”を作らないか。」
その言葉の後、部屋の中の空気が一瞬固まった。
その間、私の脳内では“国”という言葉が反響していた。思っていたものと方向性が違うどころかスケールが違う。
悪い冗談かとも思ったが、アウロスの目は真剣そのもので、嘘を言っているようにも見えず、それどころか確信を持っているように思えた。
そんな馬鹿げた提案に更木は失笑していたが、私にはその計画がとても魅力的に思えてならなかった。
「いいわねそれ、とても面白そう。」
私の返事を聞いて真っ先に反応したのは更木だった。
「稲住様!? 具体的な事も聞かずにそんな簡単に……」
「いいじゃないの更木、これは個人的な話なんだから。」
私が更木の警告を無視したのを見て、アウロスは話を進める。
「承諾してくれて嬉しいのは山々だが、まずは七宮重工を自由に操れるようにならないといけないな。この話は七宮重工の資金力と兵器生産能力ありきの計画だ。」
「そうなの? でも重役連中を取り込むのは無理ね。あいつら社長の私より金や権力を掴んでいるわけだし。」
先程も言った通り、私はただの飾りなのだ。
権力を取り戻すためには色々とやることがありそうだ。
「……そうね、まずは重役共をここから追い出そうかしら。」
これが一番てっとり早い。
デスクの上で腕を組んで考えていると、またしても更木が私の考えを否定してきた。
「稲住様、重役の方々を追い出すなんて思いつきでできるようなことではありません。と言いますか、追い出すなんてことは不可能です。こんな馬鹿げた話、真に受けては駄目ですよ。」
「……そう? 更木が思っているより物事は単純なのよ。」
病死や事故死を装って殺したり、汚職や犯罪で会社から追い出すという方法もある。
更木もそのことに思い至ったのか、慌てた口調で私に警告してきた。
「稲住様、本気じゃありませんよね? どうか変な気を起こさないでください。面白いことなら私が全力で探して参りますから、何卒穏便に……。」
そんな事を言ったって今更もう遅い。
目的を達成するべく、私は更木も有効利用することにした。
「そうだ更木、今日付けで私の秘書になりなさいよ。それで重役共を監視しなさい。あなた、かなりの古株で誰にでも信頼されているんでしょう? 薬を盛ったり金の流れを探ったりするのも簡単にできるはずよね。」
「それはいい。適任だな。」
私の思いつきにアウロスも賛成してくれた。
しかし、指名された本人は激しく首を横に振っていた。
「無理です。私にはそんな大それた事はできません。」
そんな風に拒絶の態勢に入っている更木に対し、アウロスは低い声で話しかける。
「ミス・イナズミも“人を殺せ”なんて言ってない。でも、話を聞いてしまった以上は儂ら側に入ってもらわないと困る。従わなければどうなるか、分からないわけでもあるまい。」
そう告げてアウロスはにこやかに笑う。
しかし、その笑みから穏和さは全く感じられなかった。
「……分かりました。」
アウロスに脅された更木は肩を落とし、同時に首も縦に振った。
更木の同意も得た所で、私も重要な情報をアウロスから聞くことにした。
「それじゃあ、詳しい話を聞こうかしら。くだらない話だったら即このビルから追い出すわよ?」
「安心していい。なにせ、七宮宗生と儂が練った計画だからな。既に下準備も十分に済ませてある。」
アウロスは自信満々に告げると、何も言わずに社長室の出口に向かう。
ここでは話せないような内容なのだろう。
「フフ、それは楽しみね。」
久々にいい暇つぶしができそうだ。
――私はデスクの椅子から立つと、情報端末の画面の電源を切った。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
これで『安全な戦争』編は終了です。
次の話では『柏木 綜真』というVFBで活躍する無敗のランナーが登場します。
今後とも宜しくお願いします。




